第九話
『そっちへ逃げたぞ!』
『追え! 逃がすな!』
『な、何なんだよお前達は! クラリス、こっちだ! 急げ!』
『はぁ、はぁ……』
『ボォ!!』
『アチィ! うぅ……』
『いやぁ!! 手を離さないで!!』
『観念しろ!!』
『そうだそうだ! なんであんたはゲルダーツさんを選ばなかったんだ!』
『うぅうう……』
『泣いたって許さないぞ! ゲルダーツさんは何度も何度も敵の攻撃からあんたを守ってきたはずだ。あんたのためだけに冒険を続けていたのに、それなのに、どうして最後に選ばなかったんだ!!』
『ほら! その手を離せ!!』
『いやーーーーー!!』
『そいつは、ずっとあんたのことを虐げてきた男だろう? それなのに、なんでそいつを選んだんだよ!! 理由を教えてくれよ!! 俺達“いい人”は、なんで報われないんだよ!!』
『理由なんてない! 私はこの人が好きなの! この手をけして離したくないの!!』
『いいから離すんだ!』
『やめて!』
『こうなったら力ずくだ!! もう一度『ファイヤ』を喰らわしてやる!』
『…………もう、やめてください』
『ゲルダーツさん?』
『もう、やめてください。お願いします』
『…………』
急に、空から雨が降ってきた。そして、天の恵みは男女を分かつ炎をやさしく消した。寄り添う男女は固く握られていた手をさらに強く握り、愛を確かめ合った。そして雨の向こうに消えていった。
『…………私はただ、もう一度、クラリスと二人きりで話をしたかっただけなのに。それすらも、望んではいけなかったのかなぁ……』
ゲルダーツさんの頬に流れるのは、涙か雨か、だれにもわからなかった。