彗 秋野
願いの天使編
いよいよ決着です
幾百もの斬撃戦
斬って交わして流して防いでを幾百も繰り返した彗とウリエル
息も絶え絶えで、浅いが無数の切り傷から血を流す彗
それとは逆に、ほぼ無傷の状態で深く息を吐くウリエル
彗の攻撃は全てウリエルに防がれ
逆にウリエルの攻撃は全て防ぎきることができていない彗
「中々しぶといな」
攻撃を通しているのはウリエルなのだがいくら攻撃しても致命傷にならずに防がれる
「はっ!!…そりゃお前が弱いからだろ!!」
ウリエルから警戒は解かずに、深呼吸をする
一瞬でも注意を逸らせばその一瞬はそのまま、死への一瞬となる
集中
全神経
全魔力を総動員させて、引き締める
刀を持つ手にはまだまだ力が入っていることを確認する彗
彗は刀などを使うのは初めてである
「っ…ふ!!」
ウリエルは身の丈と同じくらいの大剣を担ぎながら、彗よりも速い速度で接近する
真横からの強襲
万力が込められた一撃を彗は刀の腹で受け止める
衝撃を逃がすように自らインパクトの瞬間に後ろに跳ぶ
衝撃を逃がすと同時にウリエルの二撃目を紙一重で回避
額が僅かに衝撃で斬れる
「ち…なんだその刀は…」
舌打ちをするウリエル
天使として人を越える力を持ち、更に魔力による身体能力の強化によって身の丈程の重さ50キロもの大剣を軽々と扱うウリエル
大剣と違い、彗が持つのは刀である
切れ味は最高峰であるが、折れやすく曲がりやすいことが特徴であり、大剣の一撃を刀の腹で受け止めようものならば、真っ二つに折れるのが普通である
彗がまだ生きている理由の七割は刀の性能のお陰である
「知るか…これは飛影のだ」
軽くて使いやすい
それが彗の感想であった
「そうか…友人にすぐに会わせてやろう…本気で相手してやる」
ウリエルの魔法は対価の魔法
補助にも戦闘にもあまり適さない
だから、ウリエルは剣に魔力を込める
「聖剣…解放」
不格好な大剣が光に包まれる
白い光の中で大剣は二つに割れる
光が止んだときには、ウリエルの手には白銀の剣が二本握られていた
「っ!!?」
彗に圧力が襲い掛かる
ウリエルからではなく剣から発せられていた
ウリエルよりも力強い圧力
聖剣の光が一瞬だけ輝いた
「!!?」
そう視認した時にはウリエルはすでに背後に回り込んでいた
眼ですら追えぬ速さに彗の身体は反応することすらできない
そしてそのまま、ウリエルは躊躇いもなく彗の首を跳ねる
「な…」
筈であった
しかし彗は刀を使ってその攻撃を防いでいた
「はい?」
それは彗にとっても予想外である
ウリエルが硬直したのは一瞬
しかし、すぐにもう片方の剣で斬りかかる
やはり速すぎる斬撃
防がれた刀を使い眼にも写らぬ連撃を放つ
だが、剣が当たるのは刀である
(なんだこれ!!?)
彗の意思ではない
刀が勝手に彗の身体を無理矢理動かして無数の斬撃を防ぎきる
自らの限界以上の速度で攻撃を防いでいるが、逆に防いでいるが故に彗の身体は悲鳴をあげる
「死ね…!!」
彗の態勢を体当たりで崩し、二振りの剣を使って彗の身体を挟む
一本しか武器を所持していない彗では防ぎきることはできない
体当たりで僅かにふらついた彗はそのまま態勢を低くして回避
上出来
と刀が誉めるかのように僅かに振動すると、双剣が交差するタイミングで打ち上げる
二本の剣と一刀の刀が空を舞う
「っ!!?」
「く!!?」
圧力が弱くなった
その瞬間に、彗は拳を握りウリエルに殴りかかる
「うぉぉぉぉ!!」
雄叫びをあげながら彗の拳はウリエルの顔面を捉える
完璧なタイミングでの一撃
「ふんっ!!」
しかし、ウリエルは僅かに後ろに進んだ程度でダメージはあまり無い
彗が危険を感じて後退するがウリエルの蹴りが彗の腹を捉える
「がっ…!!?」
胃から込み上げる吐き気を感じると共に吹き飛ばされる
(…もっと速く)
辛うじて受け身を取り、ウリエルの追撃を回避
純粋な脚力の差と純粋な魔力の差
一度攻撃を避けれたが、すぐに次の一撃が彗を襲う
(もっと速く…もっと速く!!)
彗の後頭部に向けて凪ぎ払われた裏拳
それは死ぬ一撃である
《》
ウリエルの裏拳は空を斬った
「なに!!?」
今までとは比較にならない速度で、回避された
ウリエルが驚く間も無く攻撃を回避しながら側面に回り込んだ彗の蹴りがウリエルに直撃した
(もっと強く!!)
《》
魔力単体で充分に受け止めることが可能であった彗の攻撃
だが、ウリエルの骨が軋む
「ぐ…」
(もっと硬く…)
《》
お返しとばかりに彗の顔面へウリエルの拳が突き刺さる
無数の切り傷に、骨の一~二本、筋肉の断裂、内臓の損傷といったダメージを受けている彗
止めの一撃であるのだが、直撃した彗は僅かに揺れるだけであった
「…魔法…使い」
「へぇ…これが魔法か…なるほどな…願えば願うほど、魔力を込めれば込めるほど肉体が強化されるみたいだな…」
ふらふらとした足取り
戦闘中に魔法を習得する異常事態に加え、魔力操作の能力がまだ低いにも関わらず連続して使用している彗の身体と精神は悲鳴をあげるが、勝てる兆しが見えたのだ
《限界突破・一極強化》
彗は自身の魔法を名付ける
その名の通りに限界を越える魔法
攻防速の強化に更に拳が限界を越える
狙うは愕然としているウリエル
ウリエルの反応も当然と言える
戦闘中に魔法を習得するなど有り得ないのである
「うぉぉぉぁぁ!!」
「しまっ!!?」
ウリエルが我に返った瞬間にはすでに遅かった
彗の全力の拳が顔面に突き刺さる
「ぐ…が」
15メートルほど吹き飛ばされ意識を手放す
「…はっ!!俺の…勝ち…だ…な…」
同時に限界が訪れた彗の視界も暗転して気絶した
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一方の秋野
空から一方的に攻撃されており、回避するのに専念していた
「あ~もう…ずるいなぁ!!」
ガブリエルの攻撃は秋野の体力と魔力を削っていく
《カナン・セカンド》
ガブリエルの手が光に包まれる。一振りで二つの光球が秋野へと放たれる
ガブリエルの魔法の本質は伝達
白の光を秋野へと放っているのは、その一種、携帯電話のメールを用いて願いの天使としてウリエルの魔法を伝達したのもガブリエルの魔法である
真っ直ぐに飛来する二つの光球
「…」
速度はかなり速い
だが、秋野は直撃する直前で溜め込んだ瞬発力を使って、全力で横に跳躍して回避する
着地した場所には拳大の石が埋まっていて、それを強引に引き剥がす
そのまま、全力で投擲した
メジャーリーガー顔負けの速度でガブリエルに拳大の石が放たれる
《カナン・レイセン》
光を手に宿して一閃
石は真っ二つに裂けた
「良い肩だね…少し焦ったよ」
余裕の表情であるガブリエル
《カナン・キャノン》
(なんか…やばい!?)
手の光が一際輝く
込められた魔力は高く、強烈な一撃が放たれることは安易に想像できてしまう
回避するために集中、一瞬の瞬発力で回避しようと脚に力を込める
ガシっ
「っ!!?」
力を込めた脚を何かが掴んだ
地面から伸びた白い光が帯状に変形し秋野の脚を掴んでいた
「セカンドは二段構えの束縛する技だ…君じゃあ抜けられないよ」
秋野が引き剥がそうと脚を動かそうとするがピクリとも動かない
そして容赦無く、巨大な光球が秋野へと放たれた
「…っ!!」
上体の動作だけで回避しようにもその光球は秋野と同じくらいのサイズであり、避けようも無い
(これ洒落でもなくて死んじゃうって!!…こういうときはどうすんの!!?どうすれば良いんですか!?飛影先輩!!安倍川先輩は…まだ戦ってる。防ぐが吉か抵抗するのが吉か…どっちでも死ぬかもしれないなら…最後まで足掻いてやる!!)
「…すぅ…はぁ」
深呼吸
拳に魔力を集中させる
(私の身体は一本の槍、だと思いこむ!!光球の全部を消し去る必要はない…だから、防ぐ必要がある箇所だけを相殺させる!!)
腰を深く落とす
考えてやっていることではない、感覚的に行っていることである
腰を深く落とすことで直撃する箇所を制限
(あとはタイミング!!)
高速で放たれた光球に自分の拳が一番威力がでる位置に合わせる必要がある
だが、戦闘経験はほぼ0
飛影からは戦闘に関することをあまり教えてもらっていない
だが、秋野は命を失う可能性があるにも関わらず、頭は冷静に身体は反射的に動いていた
(飛影先輩から教えてもらったこと…乙女に必要なのは…)
「気合!!」
最高のタイミングで拳を振るった
光球と拳がぶつかり合う
「根性!!」
拳の骨が悲鳴をあげ、光球の威力に腕が震える
だが脚だけは掴まれているおかげで踏ん張りが効いていた
「お淑やかさだぁぁぁぁ!!」
秋野の拳が光球を二つに裂く
同時に拳の骨と腕の骨が折れた
命をなんとか拾ったが、右腕はもう使い物にならない
「嘘…だろ…」
自分の中で高威力を誇るキャノンが、魔法使いでもない少女の右腕一本で防ぎきられた
代償として右腕は再起不能だが、確実に殺せる一撃だったのである
(…絶対にあの顔面を殴る!!そのために足場がいる)
「こんのぉぉぉ!!」
セカンドによる束縛が解けた秋野は一直線にガブリエルまで跳ぶ
「無駄な足掻きを…!!」
空中に跳んだのはガブリエルにとっては行幸である
空中では身動きが取れない人間がわざわざ跳んだのである狙い撃ちにするだけである
《カナン・スナイプ》
狙うは一発
腹部に直撃させて貫通させれば、俊敏な動きは無くなる
撃つタイミングは上昇力と重力が均一化し、硬直する時
(何でもできるのが魔法なら…)
「空中を飛び回れる魔法ぐらいあったっていいじゃない!!」
《》
ピタリと秋野の動きが止まった
「残念だったね!!」
そしてガブリエルは秋野の腹部目掛けて放った
残り20メートル
近付くことすら儘ならなかった
放たれた光は秋野の腹部へと吸い込まれ直撃する
その前に、秋野は更に空中で跳躍
必中の一撃を回避した
ガブリエルが秋野に第二射を放つ前に秋野は接近した
「なっ!!」
「そのムカつく顔面を吹き飛ばしてやる!!」
《》
再び秋野は跳躍
回転しながらガブリエルの顔面に渾身の回し蹴りを放つ
「がっ!!」
かなりの勢いで地面まで落下して叩き付けられる
「どうだ!!」
(負ける!?絶対強者級になるはずなのにたかが反則級のガキに負ける!?あの木から魔力を吸いとれば…ウリエル…は?)
叩き付けられたガブリエルの視界に映ったのは、倒れて動かないウリエルの姿と同じように倒れている彗の姿であった
「人間ごときに負けたかウリエル!!?」
《カナン・キャノン》
そんなことはあってはならない
だから、ガブリエルは彗に向けて全魔力を込めた自身の最強の一撃を放つ
「安倍川先輩!!」
《》
再び空中で地面に向けて跳躍
先程とは密度が違う一撃に、秋野一人の抵抗など無駄であるがそれでも秋野は彗の前に立ちはだかり壁となる
ゆっくりと脚を挙げる
「安倍川先輩…先輩は覚えてなかったみたいですけど、私は先輩と会ったことがあるんですよ?二年前の夏にトラックにひかれそうだった私を助けてくれたのが先輩です。あの時本当にヒーローみたいだと思ったんです…それから…今回の事件でまた私は命の危機にあったとき…先輩はまた助けてくれました…変わってないって確信できて本当に嬉しかったんです…本当は先輩が起きてたら…勇気があったら言いたかったんですけども…私は…佐藤秋野は二年前から安倍川彗先輩のことが大好きです!!」
《》
不可視の何かが秋野の左足に展開される
そして光球とぶつかり合う
「ぐっ…ぅ」
片足だけの踏ん張りじゃ足りず、徐々に下がっていく
だが徐々に光球のサイズが小さくなっていた
秋野自身もわかっていない魔法の効果であると感じた
秋野も全魔力を込める
しかし、徐々に徐々に下がっていき、ついには彗の目前まで下げられてしまった
(あと少し…)
あと少しでどうにかできる確信はあったが、そのあと少しが絶望的に足りない
このままでは押しきられて秋野も彗も死ぬ
「?」
ふわりと秋野の背中を押すように追い風が吹いた
ただのちょっとした追い風
身体を支えることも無く、髪の毛が少し揺れるだけ
その暖かな風は、秋野の気持ちを一押し
《》
再び魔法を発動
地面につけていた軸足を一瞬だけ浮かす
そして固定
地面よりも踏ん張りが効いた
徐々に押されていていた光球と拮抗する
「あと…ちょっとぉぉぉ!!」
当然、後退することで僅かに逃がせていた衝撃を、秋野が全て負担することになっている
秋野の気合いの掛け声と共に、光球の勢いが停止した
「な……」
初めは直径三メートル程の巨大な光球が、直径50センチほどの小さな光球にまで小さくなっていた
《》
勢いが停止した光球を射出する
「っ!!?」
紛れもなく、ガブリエル自身が放った光球
だが魔法を解除しても光球は消えることはなかった
自身の全魔力を込めた一撃
威力は自身が一番理解していた
咄嗟に横に跳躍するが、一歩間に合わなかった
「がぁぁぁ!!」
左腕と左翼が抉りとられる
痛みで絶叫しながらその場に倒れ伏す
「どうだ…こらぁ」
正真正銘全魔力を使った秋野はすっきりしたような笑みを浮かべて、彗に折り重なるように倒れた
「ぐ…ぁ…ころ…す」
逆に痛みで意識を失うことは無かったガブリエルは出血が酷くなるのもお構いなしに立ち上がりフラフラと秋野と彗へと近付く
「ふざ…けるな…こんな人間のガキに負けて…たまるかぁ!!」
《カナン・キャノン》
なけなしの魔力で、しかし彗と秋野を殺すには充分な威力を込めた一撃を放つ
桜の木の魔力を吸いとれば、傷は癒えて魔力も増大するのだが今のガブリエルにはその判断ができていない
「よっと」
放たれた一撃は空から降ってきた蹴りによって、地面へと叩き付けられる
「お前…さっき!?」
邪魔をした相手は先程ウリエルが殺したはずの男であった
「悪いな…あれぐらいじゃ死なねえよ」
ニヤリと笑う飛影の片手にはいつの間にか気絶しているウリエルの頭が掴まれていた
「そういえば、お前らなんか言ってたよな?絶対強者級になるんだっけか?」
飛影の魔力が解放されていく
「そ…んな…」
それは絶対強者級の魔力
反則ではなく絶対的な強さの、絶対的な量の魔力である
(こんなの…あの桜の木を百本…いや一万本用意しても…敵わない…!!?)
「アハハ!!面白い冗談だ!!」
笑いながら、愉快そうに飛影はウリエルの頭を躊躇なく握り潰した
「残念だが、お前らじゃ一生涯掛けても不可能だ」
飛影は軽く腕を振るう
ただそれだけの動作で衝撃波が発生し、桜の木を粉々に粉砕する
「あ…ぁ」
ガブリエルを襲うのは、桜の木を壊された怒りでも、ウリエルを殺した飛影への復讐心でもなく、絶対的な恐怖であった
身体が動きもしない
逃げたい衝動も本能が逃げろとも言っているが、動くことはない
そして飛影の拳が無情にもガブリエルの身体を粉々に砕いた
「願いの天使の物語…これにて一件落着ってとこだな」
倒れている彗と秋野を見て笑う飛影だった
次話は軽い後日談
その次は待ちに待った(作者が)神登場
あ…この話、70話目でした
特別編をやってなかったですね…