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第九十七話「西涼・中原戦争終結」


 超高速の拍動のようでいて、同時に無音のようでもある。


「――――――…………」


 武蔵と呂布。二人の呼吸。

 互いに交じり合う一点を捜している。

 先に獲るのは、いずれか。

 決着は、近い。


(……重い……なんと重く、濃密な空気だ……)


 たったふたりの作る空気が、万衆を釘づけにしていた。

 ぼたり、ぼたり。武蔵の肩から肘にかけて、滴る血液が唯一の変化として、戦場を濡らす。

 幾度目かの、雫が地面を黒く染めた、その刹那。弾けるように、両者は動いた。


「ッッツツ!!!!」


 先に動いたのは――――武蔵。

 おそらく、この立ち合い、はじめて武蔵の方が先手で動いた。

 二間離れて一挙、脇構えからの一文字大薙ぎ。

 火の出る様な打ち込みにも、呂布は当然のように反応する。


「ッツ!?」

 

 がっちりと防いだ構えに、構わぬとばかり、武蔵は振り切った。

 思わず、周囲が目を瞑りそうなほどの轟音が木霊する。

 呂布の身体が、わずかばかり浮いた。


(――――崩れた! 呂布が!)


 歩み足で逆一文字。これも呂布は、正面から受けることになる。

 ――――呂布の反応が、ほんの一拍だけ、遅れている。さっきまでの呂布ならば、これほどの大振りなら皮一枚で躱し、反撃に転じているところ。


「……効いているのか!? さっきの一撃!」

「戦闘能力を著しく欠いたわけではない。しかし、あの完璧とも言える心意六合の構えをわずかながら狂わせている。そのわずかな狂いが、反応のわずかな遅れとなって現れている」

「それだけではない。おそらく……敵の反撃を食らったというのは、呂布の人生の中で、そう何度もあることではないのだろう。もしかすれば、初めてかもしれぬ」

「自分より強いものと、戦った経験の差が……」

「ああ。この大詰めで、出始めている……」


 下腿の負傷は、状況によっては上体のそれとは比べ物にならぬほど、戦闘能力に支障をきたす。機動力に影響するからだ。

 反応が一歩遅れる。躱せるはずの攻撃が躱せない、踏み込みが浅くなる。一瞬一秒が勝敗を分ける武の世界で、その差はまさに致命的となりうる。

 呂布は、常人のそれに比べれば微塵もその影響を感じさせぬほどの、凄まじい動きを見せた。

 しかし、それでもなお、冴えた打ちを脛にしたたかに食らって、まったく影響がないと言うことは、やはりなかったのだ。

 無敵の魔物と思えた呂布も、やはり血と肉で出来た生身の人間であるに、違いなかった。


「……うるさい」


 武蔵有利とあって、観衆はがぜん、色めきを見せる。

 呂布はそれらごと、攻め立てる武蔵の剣を振り払うように、竜巻のような横薙ぎを払った。


「うるさいッ!!」


轟音の向こうで、躍動する肉体。

武神・蚩尤の依り代がごとき美しい肢体に宿る魂は、怒りで真っ赤に染まっている。


「お前にとっては……目に映るもの、すべてが敵か」


 剥き出しの刃のような瞳から、血の涙が流れているような気がした。


「俺も似たようなものさ。こいつら、別に仲間じゃねえ。だが、敵でもない。夜、横になって眠ることはできる」


武蔵は、果たして声でそれを伝えていたのか。

それはわからない、ただ武蔵の、呂布の眉間を真っ直ぐに捉えた中正眼の切っ先が、そう語っていただけのような気もする。


「倒し続けるだけが人生か。出逢うもの全てを斬り伏せるのは……疲れるぞ」


本気の本気で――――いのちの一線を越えた者同士。

生死を交錯させた間柄では、往々にして、尋常の付き合いの一生を掛けても分かり合えぬ部分が、おのずと知れるということがある。

例えそれが、互いに刃を向けた同士であったとしても。


「俺には、お前がそういうふうなものであるようには、どうしても思えんのだ」


終わりがすぐそこであることは、おそらくふたりにはわかっていた。


「ッッツ!!!!」


呂布が迫る。その武威が、かつてないほどに密度を増して。

下段の脛払い。しかしそれは、攻撃ではない。

蓄剄――――比較的緩やかな速度で楕円を描いた方天画戟が、銀の閃の途切れぬまま上段に達する。 打撃力を決定付ける遠心力を十分に溜め、重力を最大限に利用するただ一点。己のすべてを一点に集約してぶつける真意六合拳の真骨頂。


「ーーーっっッッツツ!!!!」


  まさに雲耀の太刀。もはや雷撃と同等と化した一撃は、武蔵をもってしても外す事は敵わず、受ける他、無かった。

それは、とっさの判断であったに違いない。空となった左腰の鞘をサっと引き抜き、櫂の木剣と重ねて二刀持ちで受けた。

呂布の幹竹割りは、鉄拵えの鞘を易々と砕いた。そのまま木剣まで達して、怒濤の勢いのまま、武蔵の体を、たたらを踏むほどに大きく下に崩す。


「ぐおっ……!!」


ドンッ、と、呂布の左腿が大きく踏み込まれた。武蔵の肉体を骨の髄までしびれさせた、怒龍が軌跡を翻る。呂布の圧倒的な体幹の強さから繰り出される、絶対不可避の"一の太刀の裏"。

重心の余すところなく乗った左脚を軸に繰り出される神速の切り上げが、震脚の反力を上乗せして、腰の砕けた武蔵に襲い掛かった。

それは、すでに人界の理を超えた、もはや魔剣だった。およそ人間に対抗しうる速度と圧力では、到底なかった。


(受けは取れん! 体が崩れちまった、躱しも……間に、合わん!!)


 すでに死に体。回避は不可能。

 死――――


「――――……っっっ!!」


 視界すらかすむような魔剣の暴風の中で、 武蔵の脳裏に刹那のうちに甦ったのは――――

 かつて、身動きはおろか、まばたきひとつすることすら敵わなかった、一筋の燕であった。


「ッッッツツ!!!!」


 響いた炸裂音。それは――――人体を裂く、肉感的な真っ赤なあの音ではなく。

 金属を弾くような、細く、冷たい透明な音。


「「――――脇差!!?」」


 腰の落ちたままの体勢で、左逆手のまま、半ば程まで鞘から引き抜いた脇差。

 刃を飛沫のように散らしながら、それは武蔵の正中を真っ二つに貫かんとする、怒龍の兇牙――――方天画戟を阻んでいた。


「……呂布よ」

「……ッツ!!」

「やはり、俺の言っていたことが正しかったぜ」


 渾身の一打を打ち込んだ呂布は、武蔵から見て十分すぎるほど、懐深くに踏み込んでいた。

 猫のようなしなやかさで上体を逸らす。

 しかし、武蔵が右片手で振るった横殴りの木剣は、その細い胴体を肋骨ごと逃がさず、したたかに打ち砕いた。


「「――――ッ!!」」


 その光景に――――衆目は、そして呂布自身も、時間が止まったような錯覚を覚えた。

 止める手段など見つからないかと思うほどの、無双を誇った肉体が、崩れ落ちる。呂布の無限大の暴威を支えていた魔人の身体は、その身にとり憑いた武神がふっと抜けていくように――――地面へと仰のけにどうと倒れた。


「――――……ッツ!!」


 歓声が地鳴りの如く木霊する。大地の震えを五体で感じながら、呂布は戸惑いと困惑を感じていた。

 立ち上がろうとした身体が、命令を聞かなかった。指一本すらも。


「疲れたろう」


 それは、おそらく肺臓まで突き刺さった肋骨の、肉体的な損傷の影響だけでなく。

 今日まで戦い続けた、数多の傷と軋みとが、この瞬間にいっぺんに逆流してきたかのような、そんな感覚だった。


「俺は……疲れたぜ」


 脇差一本だけを腰に差した男が、倒れ仰のいた呂布の側に、どかっと座った。

 座り込む直前、放り棄てた木剣は、地面に着いた瞬間、力なく、ばきりと真っ二つに折れた。得物の耐久力すらも、もはや限界であったのだ。


「俺とお前さん……どっちが立っていたか、これはもう、もはや人智の及ぶ範疇の立ち合いじゃあ、なかった」


 あの、最後の振り下ろしの一打――――よもや木剣一本のみで受けていたら、木剣を断ち斬り、武蔵の面を真っ二つに割って、両者の立ち位置は真逆であっただろう。


「ただ、俺は……おそらくはお前さんより、ずっと多くの己より強い奴らと戦った。その経験の中の薄刃一枚分のひとつが……たまたま、俺の命を繋いだ」


 絶対不可避の二段打ち。目に映す事すら困難なそれは、しかし、太刀の軌跡がどう進むかあらかじめわかっていれば、受けることは可能となる。

 武蔵はたまたま、その必殺の太刀と全く同じ軌跡を描く技を、その心にこびり付けていた。


「武蔵」


馬上から、可憐な声が降ってくる。

それは少女の顔をして、眼光はさながら、目覚めし覇王のようであろう。


「大儀であった。呂布は討たぬか」 

「時間外労働はしたくない。ここにはもう敵はいないはずだ」


 その時の武蔵の目はさしずめ、はぐれ狼のようであった。


「曹操の恐ろしさを天下に知らしめるための血は、十分流れただろう。これ以上は要らぬ」


 それは、安住の地を持たぬ代わりに、一切の権力者も干渉できない類の者の目である。


「まるで、児鬼を護る親鬼のようね」


 曹操は陽光に影をつくり、面白げに笑う。


「良いでしょう。この戦は、貴方のものよ」


 その少女はどこか、思い通りにならないものを見つめているときの方が、愛おしげであるような気がした。


「陥ちたわ」

「……万億の旗か」


 一騎打ちの決着とほぼ同じくして、最後まで抵抗を続けていた北海城に、曹操軍中一の無道者の旗が上がった。

 思えば、半年近くも本隊から切り離され、補給も受けず敵地で戦い続けたのは李通の部隊のみである。李通の戦いぶり無しには、徐州攻略は不可能であったろう。

 ともあれ、西の端、長安から始まり、漢帝国を滅亡させ漢土を縦断した西涼騎馬民族の、その拠り砦の最後のひとつが、ついに陥落したのである。


「――――終戦と戦勝を宣言する!! 凱歌の鼓を打て!! 敵兵の降伏を受け容れる、今からは戦後と心得い!!」


 曹操が全軍に告げた瞬間、天を貫くような勝ち鬨の歌が木霊した。


「……だそうだ。とりあえず助かるぜ。お前さんも、お前さんの友達もな」


 身体を投げ出した武蔵が、呂布に語り掛けた。

 呂布は大地に身体を横たえたまま、その歓声をどこか遠く、聞いた。

 緋色の瞳に映る蒼天が、ただただ、青かった。


呂布編終了しました。次回は日常パートから新章突入。

その前にちゃちゃっとモバマスのss書いてきます。

剣豪完結したら別の書きたいものも溜まっているので、駆け足にならないように注意しつつ、サクサク更新していければと思います。

……それにしてもウマ娘まだサービス始まらんのか? そうこうしてる間にサクラ大戦が復活するらしいぞ? 大丈夫か?


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