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第九十話「獣の夢」

「参ったな……」


多くの人間がしきりに疑問そうに囃していた事がある。

“なぜ戦場に往くのか”と――――――

俺にはそれが分からなかった。疑問や質問の意味が、ではなく、その感覚が。

別に戦場なんぞ好きでも嫌いでも無い、特段考えた事も無い。ただ戦場を中心に生活するのが俺にとって一番安穏としてる生活だったと言うだけだ。

命などさして要らんし、痛みなんぞただの危険信号だろう。お前らは毎日決まった時間に起きて決まった場所、集団で暮らして夜は石の箱で寝て同じ朝を迎えるのを日常と呼ぶらしいが、それこそ俺は理解できない。掛け離れている、という問題では無くて、異次元の常識だったんだ。

身体の声も聴かず言いたい事も言わず、感情を圧し溜めて鬱屈としながら随分となにかを我慢してる様に見える。その捌け口のために絶対反撃してこない、自分の牙を剥く可能性の極めて低い相手を見つけて石をぶつけて弄ぶ。それも決して、その箱庭の中から出ない範囲でだ。攻撃性というか他の何かを責める事は好きなのに“戦い”は徹底して避けている、それでただのびのび生きてる俺達を悪鬼だ羅刹だと怖がる。俺達のように生肌を晒して斬り合うのは許されない事らしいが、手も足も出ない一人を大勢で取り囲み遠巻きに石を投げぶつけて遊弄ぶのは良いんだって。挙句の果てに“そうしている”自覚すら失うらしい。全く理解できず、俺はずっと不気味だった。

そんなに“ヒト”として歪んでまで、命を惜しみ、痛みを怖がり、そうまでして何を守りたいのだろう?


「生まれて初めて、帰りたいと感じているのに――――――帰るという事がどういう事かわからない」


ピンと来なかった。きっと多くの人間は俺のこういう感覚が、理解できないんだろう。

ピンと来なかったんだよ。

帰りたいと想う“もの”はわかるのに、俺には分からなかった。それがどんな場所なのか、どうやったら其処に行けるのか、そもそも帰るって言うのがどういう事かっていう事すら、わからなかった。


「笑えねえな。結局これしか思い付かない」


目の前の事柄を何とかしてくれそうな予感のするっていうか、自信持って地に足付けられるピンとくる手段ってのが、俺にはどう足掻いてもこれしか思い付かなかった。






「――――チィッ!!」


郭巳は舌打ちした。東へ東へ向かう脚に一条の矢が突き刺さった。深い。後ろを振り向けば、あの敵影は見覚えがある。そしてこの間合いも。


「夏侯淵か!」


自分で呟き、忌々しく響く。そいつは疾く、烈しい。我々に単身で唯一追い付ける速度を持つ。連闘に連闘を重ねた我らの馬では振り切れぬ。

誰かが切り結ばない限りは。


(…………)


『お前が俺と一緒に来ると言ったのは不思議だった』

『あ?』

『西涼十健将のうちで最も軍略に長け歴戦の猛者。その血は伝説の英雄・郭須陀の末裔。混乱を続ける涼州母軍を統率するのにこれ以上の人材は居ない』

『何だ急に、歯の浮くような……気色悪いな』

『西に往け。宙に浮いた涼州十万を束ねられれば再起は図れる。いや……天下を獲れるぞ。お前が望んでやまなかった、西涼民族による新しい天下だ』


月と同じ色の流し眼。昼間に見えるその寝待ち月は多くの人間を射竦ませてきた。味方すらも怖れたものだ。

高順の飲んでいた酒の水筒がじゃぼんと鳴った。郭汜はそれを掠め、ぐいと煽った。


『そんなものより、俺はこの酒が良い』


がぼがぼと飲みまくると、口を放した瞬間、肺に入ってくる外気がことさら新鮮に感じられた。

弾けるような刺激がある。


『良い味だ。風の匂いがよくわかる』


喉の熱さ。それが心地良い。


『天下という区切りを意識した瞬間に、俺の中で何かが違っていたよ。この荒廃した中原に縛り付けられ殺し殺されを繰り返す事は……俺の思い描いた馬上の民の姿ではないな。漢土は俺達の大地では無い、いや……大地はもともと、誰のものでも無い……だろう?』


仰ぎ見た空と、立つ地との間に、愛馬と己だけがあった。それだけで、良かった。


『俺はただ、胸を張って西涼人だぞと空を向きたかった。馬一頭だけで、この大地を果てるまで自由に駆け巡って居たかったなぁ、何を気にかける事も無く……』






――――――敵は、速く。激しく、容赦なく。眼前に迫る。


「下らぬ一生だな。そのうえ詰まらん死に様だ」


殿で一人、翻る郭汜に従う者は無い。先頭を往く者は、群れの主は既に呂布に。

彼らが生きろと願った者に。


「恋、長く生きろよ! 幾度の春と幾余の冬を見て、幾人の孫に囲まれて死ねい!!」


何ももたらさぬ生であった。大地と風の間を自由きままに駆け廻れればそれでよかった。欲しいものは中々手に入らないものだ。

突撃する郭汜に従う兵が、十人ばかり追従してきた。振り返りはしない。止める事も。

いつものように両目で睨みつけたまま。真っ先に敵に突入し、花火を挙げ、どよめかせ、そして、ぐしゃっと潰れた。






「ッッツツツツ!!!!」


滑るように飛び込んできて、稲妻のように擦れ違う。刃が花弁のように散って、砂ぼこりの中に存在を示す。

あるいは、銀の星の様だ。

武蔵に一つの誤算があった。馬上の戦をしてきた彼らは地上戦でその戦闘力を比較的に落とすと思っていた。つまり地上に舞台を降ろした時点で武蔵とって有利に働くものと計算していた。

実際には逆であった。


「――――――ッツ!!」


スピードはそのままに縦横無尽の回転力がある。幾何学的な動きで次々と攻撃線を変え、一所に決して留まらず、相手には息つく暇も与えない。その格闘性能は、例えるなら蜂に似ている。

馬上で培った地力を非常に効率よく地面の戦に転化しているとみえた。

人間という動物が闘う能力を作る時、その最も基本的な要素とは何か――――――


「ッツ!!」


それは、『歩く』という能力である。

猿が二足歩行という能力を獲得した瞬間、人類の歴史は始まった。樹上の住人であった我々が始めて地平に降り立った時に獲得した歩行という能力。その切っ掛けが、数が増えるあまり手狭になった樹上に変わる新天地を地上に求めたのか、それとも追われて降りる事になったのかは定かではない。だがヒトは歩くと言う機能を下地に様々な能力を獲得してきた。新たな土地を見る事も、新しい知識を聞く事も。

闘う事において、“如何に上手く歩けるか”自らの肉体を操作する事の根幹的な土台となる。東洋武術は正しい『立ち』を遵守したまま動作を行う“型”によってこの能力を培い、西洋武術はロードワークによって身に付ける。

上手く歩くと言う事は、重心を上手く動かすと言う事だ。人体はちょうど水と個体の中間の様なものだ。骨格という骨組に筋肉が巻き付き、その間は粘膜と水分が満たす。それが皮膚という革袋に包まれている状態である。そして重心は各所に点在している。腕一本取ってみても、単純に手首、肘、肩と三分割した中のそれぞれに重量の中心となる点が存在し、さらに腕を一本として見た場合の重心も別に存在する。それらが皮膚によって肉体の中に納められているから、ひと塊に見えてその実、思いのほか中身はバラバラなものだ。全力疾走をしながらそのスピードを緩めずに右に曲がろうとする事を想像すればわかりやすい。多くの人は恐らく大幅に減速しながら大きく膨らんでようやく曲がって行く筈だ。これは肉体の中で重力に逆らえず軸足に残った重心と、進行方向に進もうとする重心が一致していないからである。固体の様に各所の重心の結びつきが強く一点で纏まっていれば方向転換の際の重力の負荷も減速もずっと少なくて済む。同じ質量でビニール袋に入っていると仮定し、水と氷であればどちらが投げた時遠くに飛ばせ、かつ思い通りの地点に放れるか、という話を思い浮かべばわかりやすい。

それほどヒトの身体は流動的なものなのだ。逆に緩やかに結合している中で上手く重心を纏めて使う事が出来れば出力のロスはそれだけ少なくて済む。力を思った通りのベクトルに集中させる事が出来る。

古くから武術家はこの能力を養う為に形を練ってきた。頭を動かすな、足音を鳴らすな、必ず進行方向に目線をやれ、両手両足の動きは一致させる事。少しでも武の心得がある人間が必ず一度は聞いた事の有るこれらの要決は、すべてこの能力を修得する為の口伝だと言っても過言ではない。

さて、そこで彼ら涼州騎兵だが――――――


「さッ!」


まさしく乱剣という剣風である。四方六方八方と飛んでくる銀の軌跡は滞る事を知らない。

中国武術には“馬歩”という立ち稽古がある。太極拳にも八極拳にも馬歩はある。空手のナイハンチにも酷似するその形は流派を問わずあらゆる中国武術の基本功として広く伝わっている。爪先を閉じて膝を張り、腰を立て胸を起こし、脇を締めて頭の頂点を天に向かって真っ直ぐに伸ばすその姿勢が、方々に重心の散らばる人体をさながら鉄の丸球のように纏め上げ、戦いにおいて最も速く強い状態であると気付かせたのは、恐らく最初からその形があったのではなく、中華の人間が繰り返してきた闘争の歴史だろう。

馬の騎乗姿勢が先だったのか、馬歩を発明したらたまたま騎乗姿勢に似ていたからそう名付けられたのかは定かではないが、奇しくも馬上の民がこの姿勢を、一日の生活の中で普通に歩くよりも長く取り続ける生活様式であった事は間違いない。しかも彼らは自分とは別の生き物であり意思を持った馬を自分の下肢としながら意のままに操る、馬首に合わせて自らの重心をシフトさせ、馬の筋肉の一部となったようにしなやかに動く。

そんな芸当が彼らにとっての普段なのだ。

そんな彼らがひとたび地面に降りて己の肉体のみを操縦すれば良い状況になったとき、性質が変わりこそすれ戦闘力そのものが損なわれる道理は無い。

重心の扱いを誰よりも熟知した彼らの強さは、彼らの日常が約束していた。


「なるほど、な」


彼らの強さが日常の延長にあるものだとすれば――――――日本武術の強さは、非日常を日常のものとした事にあるだろう。


「っ!?」


のっぺりと張り付くような感触が、確かにあった。硬質の鋼同士であるのに、漆でひっ付けられたかのようなぺたりとした感触が。刃が飛び散るほどに激しい刹那の交錯の連続、まるでその中のひとつを選んでそうやってみせたかのような異質なそれに、高順は明確な戸惑いを覚えた。


「生き物そのものとしての強さだ。生き物がひたすら生きようとする力の、ただそれだけで戦ってきたのか」


推手という訓練法がある。

ふたり向かい合って手を合わせ、感触・圧力が常に変わらないようにしながら押し引きを繰り返す練習である。

人間は予想を覆されると硬直する習性がある。打撃・剣撃を加えれば衝突した対象からは当然に反力が生じる。身体は無意識のうちにその反動に備え、あるいは利用して次の動作に移る行動を起こす。それは経験則からなる反射である。人間が重力の影響から逃れられない以上、この反射は幼少期から刷り込まれる宿命であり、“立ち上がる”という単純な運動一つを取ってみても、地面に体重を加えた際の反力を計算した上で行われている。

つまり、がつんとぶつけた筈のものがふわっと力が吸い込まれると、脳は思い込みと結果とのギャップを再計算しなければならず、その間、身体は硬直する。

武田惣角はその現象を誘発させる事を“合気をかける”と表現したが、宮本武蔵は“漆喰の身”という一言で表している。


「生まれ持った力が強いほど、その性を変えるのは難しい。お前の強さは行ったら二度と戻ってこれねえ強さだ」


虎の様な巨体が高順の懐でサッと陽炎になり、驚くほど感触無く擦れ違い、振り返った時にはもう、白刃が深々と胴を引き斬っていた。

血が溢れ、腸が食み出て、はしっこが重みに逆らえず切れ込みから千切れてぼちゃッと落ちる。どろっとした肉の中身が外に出て来て、凍る空気に触れて湯気を起こす。


「お前のそれとどう違う」


高順はそれを一瞥したのみで、薄笑いを武蔵に向けた。

人間は腹直筋を断裂されれば姿勢を維持出来なくなり、内臓に傷が至ればショック症状で即死する、などと西洋医学の有識者は言うのだが、その机上の論理が現実の戦いでは往々にして追い付かなくなるものだと、剣を取る者達は知っている。

ましてこの餓狼どもはそんな類の男たちばかりだろう。


「命は弱さを、許してくれねえ」


思いのほか弱弱しかった声とは裏腹に、強靭な魂と精力を宿した二つの肉体は激しくぶつかる。

剣線は迷い無く清んだ奇跡で、互いの命を取りに行く。






「ご無事でございますかぁーー華琳様ぁぁぁーーーーーー!!!!!!」


馬が涎を撒き散らすほどむちゃくちゃに飛ばしてきて、終いにはつんのめる様に落馬して転げながら曹操の下に馳せ参じたのは夏侯惇だ。


「大儀ね、春蘭。任務御苦労さま」

「申し訳ございません! あの程度の敵に手間取り遅参したばかりか敵の接近を許すとはこの夏侯惇一生の不覚でございまするー!」

「大袈裟ね」

「ああっ、こんなことならば桂花と稟の作戦など無視して華琳様に付きっきりで居ればこんな事にはー!!」

「「おい」」

「華琳様」


華琳はと言えば既に馬から降りて鎧も外し、侍らす美少女に肢体の汗を拭わせている。

土塗れになりながら喚きまわる春蘭の脇に控えた秋蘭は対称的に、粛々としたものである。


「乱戦の跡から敵将・郭汜の骸を発見致しました。他の敵将の行方はわかりませぬが、残党は皆、青州へと敗走した模様」

「それって本当に敗走かしら?」


きょとんとしたのは春蘭と季衣のみで、他の諸将はみな緊張の面持ちを解かぬ。華琳は唯一やや気の抜けた様な表情をしていたが、秋蘭自身も表情は緩まない。その言葉の意味する所はわかっているからだ。

一番強い狼が、まだ生きている。その限り涼州軍との戦が集結しないであろう事は、此処に居る皆は骨身に沁みて知っている。

そして奴らは生きてさえいれば、それがどこであろうが戦場だ。


「ま、いいわ。私もあの暴威にまともに触れてさすがに少し中てられた。この戦の始まりより彼らと切り結び戦い抜いてきた曹操軍の諸兵はまったく見事なものよ。覇王・項羽と戦い続けた高祖の軍ですらここまでの烈戦を経験した事は無いでしょう」

「その暴威の只中に我らの隊長がひとり、取り残されております!! 今すぐ私に援軍をお預けください!!」

「それには及ばないわ、凪」

「なぜ!?」

「落ち着け、凪。華琳様を襲撃した一隊を撃破したときその中に高順の姿は無かった。その際の敵勢はおよそ三百、それを失ってなお戦闘を継続する筈が無い。武蔵ひとりを何が何でも殺さねばならん理由など高順には無い」

「それにー、斥候を各地に放ちましたが未だ、戦闘の続く主だった戦地はすでにございませんー、この兗州内における戦闘は概ね沈静したと考えてよろしいかとー、加えましてーすでに沙和ちゃんの指揮で捜索隊が出陣しているわけでしてー、この上、凪ちゃんまで出陣する必要は乏しいかとー」

「ならば全軍を上げてでも捜索し、逸早く隊長をお迎えに上がるべきでしょう! 貴方を御守りする為に隊長は敵中に突入したのです、こんな所でお休みになられている場合では無いはずだ!!」

「落ち着きなさいっての! ここまで連戦連闘してきた兵馬の疲労を考えれば今から全軍作戦なんて出来っこないわよ。気持ちはわからないでもなくはなくなくなくないけどね、感情論と曹操軍を引き換えには出来ないわ。それにほっといたってあのバカ、どーせ死なないっての」

「ですが……」

「天の御剣がこのような所で折れるのであれば、この曹操の天運もそれまで。この曹操に天運ならば、あれもここで死ぬはずが無い。少なくとも、私はあれを覇道に引き込んだ時からそれくらいには思っているわ。そして私と命運を共にする貴方達、志士たちにもね」

「…………」

「だから、今晩は思うさま、私に美女を抱かせなさい、ね?」





互いに刃を振り抜いた瞬間、血の華がぱッと咲いた。高順の彫刻の様な面の鼻骨が砕け深々と真一文が刻まれる。武蔵の頬骨の皮膚にもかすり傷が入っていた。


「っ……」


たたらを踏んだ高順の唇が、うっすらと歪んでいる。苦痛の色では無かった。口の端には血の泡が浮かんで、臓物混じりの腹の出血は止まらず着物をべったり黒く汚して上から下まで血塗れだったが、眼はまるでまどろむが如く柔らかに光っていた。


「ここは……そんなに居心地の良い場所か?」

「あ?」

「お前、今笑ったぜ。唇だけで、にやっとな……イヤな顔だ。こっちは死にそうだってのによ」


武蔵は、ことさら眉を顰めてみせた。眉間に皺を作る様にして、親指で血の滲む顔の傷を払う。


「余裕ヅラはサムライの嗜みなんだと思ってたが……単に退屈してただけだったんだな。刃が届いてみて面白がる奴を……本当の意味で戦う事に理由の要らない人間を初めて見たよ」

「お前とどう違う」

「違うさ……俺はお前と戦って、初めて自分の本当の顔がわかった。戦場は俺にとって一番、俺が俺のままで居られる場所だった。でも本当は……ただ、帰りたいだけだった」

「帰りたいなら帰りゃいい。戦いなぞ辞めたけりゃいつでも辞められる。どこでもいけばいい」

「出来やしないさ……お前が言ったじゃないか。俺の強さは後戻りできない強さだと。それはお前と同じかもな。あるいは俺の中に観たお前の影法師か……もっとも、俺は最後の最後で違ったがね」


劉協、お前の下に帰りたい。

恋、お前に笑っていて欲しい――――――


「あまり自分の事を好きだとは思えねェ人生だったが……お前が俺より強くて良かった。悪戯に憤りをぶちまけて向かうもの片っ端から壊しまくるだけの戦いは疲れた。最期の最期で……行きたい場所に行く為の剣を振るう事が出来る」


血の滴り落ちる切っ先をこちらに向けた時、武蔵は高順の背の向こうに大きな黒い影を見た。

とっくに戦場から退いた筈のその群れが、何故こんな場所に現れたのかはわからない。幾多の死を司ってきた嗅覚が死に損ねの群れの長を迎えに来たのか、それとも血の匂いを嗅ぎつけてやってきたのか。

血と臓物で真っ黒に染まった高順は、地鳴りと轟音に呑み込まれる様に背後から押し寄せる羅刹の集団の中にあっという間に姿を消した。とぐろを巻く怒龍のように、一体の巨大な化物となって武蔵の身体に迫ってくる。

武蔵は、フンと鼻を鳴らした。


「強くなりてえってだけで剣振ってたらダメなのかよ?」


童のような横顔で、少年の様な口ぶりだった。

迫りくる巨大な圧力。立ち向かう、たったひとり。虎の目によく似た琥珀色の瞳孔が、月が満ちる様に開いていく。両腕を悠々と開く。右手の太刀は晴天のようにきらりと光り、軽く掌を開いた左の前腕は重種馬の前脚のようにバキバキと筋が盛り上がり、無数に刻まれた疵の跡を紅く浮かび上がらせた。

ぽかん開いた口からは雄叫びも裂帛の気合も無く、無声で一切の迷い無く、“敵”の只中に飛び込んで行った。


――――――この日、熾烈を極めた兗州動乱は、涼州軍総大将・高順隊の壊滅と幹部諸将の戦死という戦果と共についに終結する。

敗残した涼州軍は猛将・呂布を先頭に青州へまで逃げ込む。これまで中原中に割拠していた大小の諸勢力は軒並み消滅し、その全域は曹操の支配するところとなった。

曹操は焦土と化した中原全土の復旧に集中し、その一方で涼州軍を完全に掃討するべく軍備の立て直しを進めていった。

そうして血の臭いの薄まる約一年間、宮本武蔵は帰ってこなかった。




スト魔女一期がもう七年も前だって事実に少なからぬ戦慄を覚えております、ななわりさんぶですたい。

最近「九尾の妖狐」というジャンルにハマっています。

妖怪大乱闘みたいなアクション小説書いてみたいな。とりあえず良妻狐たんハアハアっていっておく。

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