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中原動乱編・第七十八話―――――――「黄河の歌姫」




『おーい、虎狼……おーい!』


西涼軍は戦記を文書にして残さない。諜報も全て口で伝える。二百年あまり継がれてきた伝統。西涼人本来の言語や文字は同化政策によって封印され、もはや絶えている。

高順は記憶を頼りに、今日の曹操軍の戦いぶりを反芻していた。

高順が対陣したのは、曹操の直轄部隊。

漢人の戦い方は大抵、型が決まっている。まず最初に槍衾を組んで前面の敵に対応し、その後方に旗を一本立ててそれを元に陣形を作って睨み合いながら戦う、陣立ては中陣に弩兵、両翼に騎馬という編成が大半で、将によって幾許かの個性は出るものの大方の場合その倣いから外れて戦う事は無い。

この陣を基本とする戦術は短期速攻を得意とする騎馬民族達にとって格好の的であった。騎馬民族らは戦場についてすぐさま突撃を仕掛け、彼らが迎撃体制を整えるよりも速く攻撃を加える事が出来たからである。漢人の軍は圧倒的な数の有利が無い限り、ろくな反撃も出来ぬうちに突き崩された。

とはいえ、農耕民族である漢人には騎馬民族と同じような戦い方は出来ない。騎馬遊牧民の速攻戦術は定住地を持たず、ごく幼い子供を除いて殆どの人口を騎兵として運用できるという、彼ら独特の生活様式あってこそである。

であるが故に漢民族らは都市に城壁を築き、陣形をあらかじめ組んだまま100里程度の距離を五日も十日も掛けてのろのろと行軍せねばならなかった。200里を一日で踏破する事もある匈奴や鮮卑に取ってみれば鈍牛のようなもの、漢民族は長年の間、野戦においては彼らの機動力に翻弄され続けてきた。


『おーい!!』


曹操も例にもれず、先鋒に歩兵を立てる戦法を使ってきた。

高順は普段通り突入して先陣を蹴散らしたが、そこからが違った。曹操軍は突撃を受けるや否やそれまで組んでいた陣形を一気にばらし、此方の騎馬を中段まで引き込むと少数の部隊を新手として投入して突進を鈍らせ、その隙に散会した兵を再び束ねて包囲殲滅を図ってきたのである。結局、今日の所は痛み分けに終わったが、あんな用兵は高順は目にした事が無かった。

漢人達が古から尊んでいる孫子だの呉子だのの軍学者に照らせば、歴代の用兵家は皆、正兵と奇兵を状況に合わせて用いるべし、と説いている。正兵とは正攻法で敵に当たる兵であり、奇兵とは敵の側面を突いたり遊撃したりといった使い方をする兵である。漢人の優れた将帥は兵力を用途別に分派させ、状況に応じて使うという戦術を伝統的に取ってきた。

だが曹操が高順に対して使った、はじめ正兵として用いた兵を戦闘中にバラし、交戦の最中に再び結集させて今度は奇兵として用いる、という手段は奴らの従来の定石には存在しない。そもそも漢人の指揮系統ではそんな表裏比興の複雑な用兵は困難を極める筈だ。だが、曹操はそれをやってきた。


『おい!!』

『どうした、劉協』

『どうしたではない、もう外には出ないのであろ? ならさっさと召し物を換えよ、洗濯が終わらんではないか』


虚空を一点凝視するように瞑想していた高順の耳元で、幼い声が怒鳴った。

人を虎狼呼ばわりする、金髪碧眼の美しい少女。

その姿形は高貴なる漢人の証、中でも特に尊重な血であるとされる肌。


『やってくれるのか、洗濯』

『うっ……』


にやっと、高順はからかう様な微笑を湛える。灰色の瞳に喜色が滲むと、少女はたじろぐ様に顎を引いた。


『ありがとう、劉協』

『……ええい、白々しい! 従わざるをえん状況を作り出した当人が何をいうかっ、虎狼じゃ、こなたはまこと、人道から外れし虎狼じゃ!』

『あまり大口開けてわめくな。品を損ねるぞ』

『ぐぬっ……うう、いいからはよう脱げ! 次にからかおうたら、朕は舌を抜かれても洗濯はせぬ!!』


年相応の少女の様に、いや、下手したらそれよりも童らしくムキになる彼女に、高順はカラカラと、面白げに笑った。


『わかったよ』

『っ!? わっ、わー!! こ、ここで脱ぐ者があるか、たわけ!! 肌をそんな無造作に人前に晒すとは、なんというなんという……っ!!』


高順がその場で着物の襟元をはぐろうとすると、ぱたぱたと手足を振るった。初めて出会った時は、色に例えるなら純白という以外にありえなかった少女。最近は、少し違う。淡くではあるが、徐々に変わってきたように思う。

死ぬほど憎まれているには違いないとは思うが。

いや――――――ともすれば、憎むという事すら知らぬかも。それくらい、彼女は俗世の匂いに侵されていなかった。


『ええい、待っておれ、着替えを持ってくる! こなたは蚊帳の向うにおれ!!』

『ああ。ありがとう、劉協』


ちょこちょこと家事に勤しむ小さな背中を見て、高順は改めて思索する。

あれはつい数十日前まで、皇帝として君臨していた者そのものなのだ。

既にこの戦は、旧来的な『漢』という概念で推し量れる理解を超えつつある。いにしえの劉秀が隷属するべき植民とした西方の民は今再び“涼”の旗の下にひとつとなり、明確な反抗の意思を以て乱の火蓋を切り、帝国が誇る永遠の都を攻め滅ぼした。二百年以上絶対視され続けてきた『漢』という名の既成概念に、ハッキリと亀裂が生じたのだ。

だが、その命題は漢人だけでなく、この戦に携わる胡人にも平等に突き付けられている。

張遼と華雄は、虎牢関の戦いの後、高順の指揮する本隊に結局合流しなかった。それが今、曹操の軍に居るという事は、人質か、それとも。

呂布に言われるまで、頭の隅にも無かったが。

胡人である彼女たちが、漢人の曹操に与さないという保証はどこにもないのだ。無意識のうちに当たり前に“勢力”を“民族”で区切っている自分が居たが、純粋な胡人ならざる己自身が旧董卓軍の総大将をやっている現状を鑑みれば、どんな状況もありえぬという事は無い。

漢人でありながら従来の漢人の枠を超えた用兵を見せた曹操もまた然りであろう。


(倒す。穿つ。それが全て、だが)


胡人と漢人、その間に横たわる二百年来の頸木を白紙に戻す。その一念の下に開始されたこの南伐。

もし、この国に住まう全ての人間が“漢”という旧来の規範に縛られたままのものでしかないなら、あの洛陽の様に粉々に打ち砕かれて砂の如く滅び去るのみだが。

我らの前に立ちはだかるのが漢人にして漢人に在らざるものなら、この戦、予断を許すまい。







(中華最強の破壊力を持つ軍を相手にあえて短期決戦を望む。巧遅は拙速に如かずという兵法の大原則から言えば理には適っており、また華琳様の抱く国土再生構想を鑑みれば最低限攻略せねばならぬ課題。だが)


後漢最強の名をほしいままにした西涼騎兵を相手に、匕首を喉元に突き付けられるような距離で構えて戦う。

時代の先導者として中華の膿を一掃し、漢の国土を再建する。あの徐州侵攻を以て華琳が明確にした天下への意思は、そのまま曹操軍の進むべき道を四海にはっきりと明確に示す事になった。よってこの戦争は、長期化によって国土を荒廃させる事は許されない。逆に華琳の望む様な形で終結させる事が出来れば、曹操軍は覇道を一気に駆け上がる事が出来る。相手が漢民族から恐れられ、忌み嫌われる騎馬民族だからこそ。しかし。


(彼我の戦闘力の差は、思われたよりも深刻だ)


昨日の一戦で、最前線での此方の総被害は千名近くにまで上った。一日の交戦での被害としては常識を遥かに超える規模と言える。

戦闘は夏侯惇、夏侯淵の指揮する直属隊、さらに華琳の率いる本隊までもが前線に出る場面もあった。当面の戦いこそ引き分けたものの、こちらの主力を結集しての五分。敵は高順以下の旧董卓軍幹部級が出陣しているとはいえ、関中以西にまだまだ余力を残しており、兗州に入っているのは尖兵に過ぎない。その上、他の戦線では軒並み苦戦を強いられており、既に失陥した拠点も出ている。敵の攻めに恐慌するあまり戦わずして崩れる小隊もひとつやふたつでは無い。

なんと言っても、深刻なのは速度の差である。なにせ此方は軍中最高の速度を誇る夏侯淵隊でなんとか着いていけるという状態、それがそのまま攻撃力の差として如実に表れている。華雄が敵軍に同調し反旗を掲げた事も遠からず敵に知れよう、その時までに張遼が華雄を撃破出来なければ東と西で連携される事になり、最悪の場合、張遼までもが敵に回る事も考えられる。そうなれば到底凌げる状況では無い。

敵は頭を討てば瓦解する単純な軍事機構、軍師団はそう分析したが、こうまで敵の勢いが凄まじいと戦線を維持するので精一杯であり、とてもこちらが攻勢に回る余裕は無い。隙を見せれば主力部隊でも一気に持っていかれてしまうだろう。風が敵軍を暴風に例えたが成る程、大波か大火事か、軍と言うよりも天災を相手に戦っている様な気にすらなる。


(本来なら全身全霊を尽くし、背水の構えで敵にあたらねばおよそ勝利はおぼつかぬはず、だが)


それでも我が君は夜長は月を眺めて詩を吟じ、朝は泰山を望んで笛を吹く。平静と変わらず、優雅なものであった。

そして戦に出れば涼しい顔をして、敵の攻勢をさらりとかわしている。

郭嘉は夜を徹して策を練り、全智を尽くして挑んでもなお、日に日に神経を削る様な疲労を感じている。


(むしろ、この郭嘉に足りぬのはあの余裕か?)


自然と、足元に落とす様な視線になる。

殺到する敵にやられるまいと追い立てられる様に頭を酷使し、しかし戦況は変わらず、先を考えればさらに困難な趨勢が予想されよう。

身体の前に、精神が擦り減って参りそうになる。しかし、我が主は一片の気負いも見せてはおらぬし、常に共に策を立てる相棒も常と変らず、軍議中に居眠りをする余裕だ。

いや、実際にはそれほど悲観する状況でも無いのかもしれなかった。この郭嘉の余裕の無さ自体が、逆に自らを追い詰めているのか。

華琳様の様に、詩でも吟じてみようか。風のように気を抜いてみるか。

しかし刻一刻と敵の攻めは激しさを増しているのだ。悠長に構えている暇など何処にも無い筈。

あれこれ考えて、稟はかぶりをふるふると振った。結局、ああでもないこうでもないと考え、空回りのどつぼに嵌っているではないか。集中できていない。

策を献じよう。華琳様と今後について協議して、とにかく話を前に進めるしかない。今はそれしかできない。

眼鏡を上げ直し、稟は主を訪ねて足を進めた。





「曹操軍主席・曹孟徳殿は居られるや!」


胸を張った立ち姿に、軍服は良く映える。眼鏡の下の、意思の強い清らかな眼。

柔らかくも太めな声は、緊張感を湛えて凛としていた。

パリッとした覇気のある良き佇まい、だが。


「あ、稟様、いらっしゃいませー」

「…………」


街角の大衆食堂、『流琉飯店』の厨房には、それは聊か仰々し過ぎた。




「りーん。勝手口は従業員専用よ。ちゃんと表から入りなさいな」


稟を笑顔で出迎えた、裏の流しで仕込みを行っていた流琉を挟んで奥側、油の弾ける威勢のよい音に混じって、姿無き主の声が飛んできた。

口をへの字に結んだ仏頂面で、つかつかと表側の調理場に向かう。


「朝の交戦の最中に新しい調理法が浮かんでね。丁度いいから、食べていく?」


平常通り業務に勤しむ一般民衆の中に混じって割烹着姿で料理の膏に濡れていた、主のにこやかな表情を見て、稟は苦労人の様に額を指先で押さえた。

今後の作戦について方針を固めるべく政務室を訪れれば突然姿を消しており、宮城の何処にもおらぬと思ったら市井(こんなところ)で包丁を捌いている。

それも平治ならともかく戦中下、しかもあの羅刹の様な騎馬軍団を相手取っての戦でこの気まぐれである。

これが余裕と言うものか、いや……


「あの激戦の間に調理法を起草する心の余裕、我が君の多彩な才は全くお見事なものですな」

「あら、それってひょっとして韻を踏んだの?」


皮肉交じりの稟の仏頂面に対し、華琳は悪戯げな笑みを浮かべて言う。

からかわれた稟が虚を突かれた様な顔をした瞬間、華琳はケラケラと声を出した。


「詩は嫌いだと言っていたのに」

「戦局の現状について報告致します!」

(ええ!?)


厨房には数名の料理人が居るし、仕切りのひとつ向こうでは今まさに食事を行う市民が数十人から居る。

一般人も大勢居る公共のこの場で、軍の機密を公表するのか!?

後から付いてきて二人の遣り取りを見守っていた流琉は、心中で仰天したが、微笑む華琳と厳めし面の稟はそんな懸念を一顧だにせず続けた。


「かの涼州の賊は当初の予想通り、敵は先の連合によって解体された旧董卓軍の残党、それに羌族をはじめとした西方の辺境部族が合流した軍であります。先日の野戦では夏侯惇と夏侯淵隊にそれぞれ147と367人の負傷兵、うち36と43名は死亡、また甄城が于禁・李典の救援隊が間に合わず陥落、救援隊は作戦を中断して引き返しています。于禁らの斥候が掴んだ情報によれば、甄城を落としたのは長安から新たに兗州入りした新手の軍勢、先の虎牢関の戦いでの董卓軍勢力と涼州に長年割拠し続けた西方軍閥の勢力の事を合わせて鑑みれば、敵の全体兵力は10万を優に上回る可能性があります」


舌と唇が、滑らかに言葉を紡いでいく。


「また、厄介なのはこの混乱に乗じて小沛から兗州に攻め入ってきた劉備軍の存在です。小飼いである関・張の他に、華琳様に反意を持つ義勇軍がその傘下に加わっております。率いるのは先の徐州攻めの敗残なれど、その懸念は戦力以上に政治的な影響力。敵の敵は味方……今、劉備の勢力の伸長を許す事は、まかり間違えばあの涼州賊に別の大義を与える結果にも成りかねませぬ。さらに」


稟の言葉の裏では、華琳が捌く鉄鍋の中で波打つ飯が立てる油の弾ける音が絶え間なく鳴っている。

やがて華琳が一振りの酒を投入すると火柱が上がった。そこから流れる様にサッと離れて背を向けていた反対側の台に向き、あらかじめ用意していた皿の上に盛り付け、薬味を乗せる。

それはまるで洗練された武術の如き動作。滑らかで華麗で、それでいて鋭い。


「稟」

「はっ」

「出来たわ」

「はっ?」

「刻み焼豚(チャーシュー)の炒め飯。隠し味に昆布と牛蒡と鯖粉末を取り入れた曹操自信の新作よ」


差し出された皿、霧の様にゆらりと立ち上った湯気。

水蒸気が微細な粒となって空気の間に分け入り結晶の様に光を反射している向こうで、華琳がにこやかに笑っている。


「……して、この状況を脱すための布石として私が提案する方針は」

「食べなさいよ」

「この郭嘉の舌は美味を味わい分ける為にあるのでも、詩を吟ず為についてあるのでもございませぬ! 我が舌が述べるのは勝つ為の軍略のみ!!」


空気が冷えるかというくらい、思わぬほどの大きな声が出た。

華琳は微笑を浮かべ、するりと静かに、優雅に一歩近寄った。

たじろぐように、稟の胸が反った。


「ねえ、稟」


具えたレンゲを持ち、綺麗な半円形をした炒飯をそっと崩す、華琳の指。

ひと掬いして、ふーっ、ふーっ、と、息を吹きかける。

ゆっくり、口に持っていく。自身のでは無く、稟の口に。

その一定の動作悉くが皇女のようにたおやかであり、それでいて娼妓の様に艶めかしかった。

追い詰められるような心地で、しかし拒否など出来ようもなく。

食べさせられようとしているのに、これから迫られ食べられてしまうような、そんな感覚に襲われた。


「煌びやかな修飾や枕詞を一切付けぬ無粋極まる言葉の羅列も、『郭嘉』を表すひとつの詩。一度深く息を吸って吐いてみれば、思いもよらなかった自分の味が滲み出て来て、面白いものよ」


かたかた、わなわな、震えている。

口に入る。火傷しそうな熱さが一気に彼女の咥内を蒸し焼きにした。

しかし、それでも身じろぎひとつ出来ない。その悪戯な表情に居竦まされたかのように、視線は濡れた蒼い瞳に奪われて動かせなかった。


「その可憐な唇が無機質武骨で鋭利なばかりの軍略しか紡がぬ事はあまりに勿体無い」


朱色の唇の端が歪む。稟はごくんと飯を飲み、きゅっとレンゲを咥え込んで、鼻血をぷっと吹き出した。

血の昇って切羽詰まった稟の面が臨界を超えたその瞬間、華琳の纏う雰囲気から猩々緋色の艶やかさがパッと消え失せ、年相応の少女の表情へと戻り、ふふっと、面白げに笑みを零した。


「ここの名誉店長の渾身の一膳を存分に味わい、市中をゆるりと散歩して腹ごなしをした後に作戦室へと参上なさい。今、存分に血の巡って活性化している脳漿の中身はその際に聞きましょう」


悪戯を成功させた阿瞞の顔で、ケラケラ笑って足を歩ます。

硬直する稟の脇を抜け、すれ違いざまに流琉の肩をぽんと叩き、奸雄は颯爽と立ち去っていった。






(何が詩操、何が料理、何が味見!!)


白磁のような頬をやかんの様に沸騰させ、美しい眉を猛虎の様に逆立て、形の良い鼻の穴を詰めた包紙で膨らませて、だんだんと床を踏み鳴らしながら肩で風を切る。

資料を抱えながらとてつもない早足で風を捲く筆頭三軍師のひとり・郭嘉に、すれ違う女官たちは驚きおののきながら道を譲るばかりである。


「うーむ、うーん…………ん? おーい、稟」

「ッ! なんですッ、武蔵殿!!」


吹き抜けの広場から呼び止められ、キッと睨んだ。

庭園の中央で薄い木刀を持ちながらあれやこれやと頭を捻っていた大男。

名を、宮本武蔵と言う。


「ちょっとそこに居てくれやー」

「はぁ!? なんなんですか、私が今いそが―――――――しぃッ!?」


およそ四から五間余りの距離。ひらひらと木刀を振りかざし何やら言っている。

カリカリとしながらしっしと追い払おうとしたが、巨体は稟が息を継ごうとした瞬間、猛烈な勢いで突っ込んで来た。


「……うーむ」


息を呑む、稟。突如として矢の様な旋風を起こして肉薄してきた屈強極まる肉体。武蔵の影が覆いかぶさるように稟をすっぽり包んでいる。

何、何? 目を白黒させ戸惑う稟を向こうに紅茶色したどんぐり眼は、何をか不満か、ふーんと唸って首を捻った。


「いやなぁ、丁度いい辺りの間合いに居たんでよ。今ちょっと運足を工夫しててな、この足裏の抜きならもっとより遠くに腰を飛ばせると思ったんだが」

「…………」

「脚が着いてこなんだな。前にのめってコケそうになる。この捌きだとそうなっちまうかァ、それに踏み込みが上手く太刀に伝わらん……膝の鍛えが足らんか? いや、何かうまいやり方が……違うか? うーむ……」


呆気に取られ口を開ける稟を尻目に、ぶつぶつひとりで自問自答をしながらくるりと踵を返し、またのっしのっしと庭園の方へ。

何だったのだ? 一体。


「ん?」


わけがわからぬ、怪奇なる張本人が何かに気付いた様にピタッと止まる。


「おい、稟」

「ほぇっ!?」

「口。タレが付いとるぞ」


上半身だけで振り向き、とんとんと自らの口元を指さして示して、またスタスタと歩いて行ってしまった。

取り残された稟。呆けてばかりいるわけにもいかず、舌で唇を舐め取る。

先ほど、流琉に振る舞われた料理の餡。やや冷えて生冷たい、が、非常に、美味。

彼女のいらいらは頂点に達した。


「……っ軍師の志操に詩想など不要!! この郭嘉に天下国家の大計以外に為すべき事があるものかぁー!!」


天才肌だか多才だか何だか知らんが、どいつもこいつも突飛な行動で周囲をさんざんに振り回しおって!

私は郭嘉だ! 私は軍師だ! この郭嘉の時の刻みようは郭嘉だけのものだ!!

肩を怒らせて歩くうちも稟の頭は高速で回転し、次から次へとあらゆる可能性の戦場を想定し、それに対する策を生みだしていた。脳の中身はそれ一色であり、不純物の混じり込む余地は無かった。

バン、と威勢よく政務室の扉を開いた稟の眼は、獲物を前にしたように鋭く、集中していた。


「な、なんか気合い入ってるわねえ」

「ふっ切れたのではないですか?」


先に政務室に到着していた、小さな二人の軍師が呟いた。

華琳が上座で、にやっと笑った。


あー具合悪。此処に来てこの疲労、この発熱。

休むべき時期なんだろうか。

パッキャオが沈んだねえ。パッキャオのラッシュと圧力に翳りは無かったと思う。恐るべきはジリ貧になりながらもあのカウンターを生みだしたマルケス兄の精神力と集中力。あの右絶対狙ってたよな。プロ歴20年のキャリアの厚みってものを見せて貰った気がする。

前戦のブラッドリー戦はともかく、今回の決着に疑問を呈す人はいないだろう。まあ別にブラッドリーよわくないんだけど。絶対的強者であるパッキャオでも立ち上がれない事はある、拳の勝負はそれ位紙一重でありながら奥深いものであるし、40近いマルケス兄がああいう事をやるっていうのは世のお父さんの励ましにもなったんじゃないかと。

総合の菊野選手が昨日KO勝利を飾られました。KOタイムの短さが=実力差ってわけじゃ決してないんだけど、文句のつけようの無い見事な勝利でした。

菊野選手のブログによると、今年の三月から始められた沖縄空手の修業を毎日の様に欠かさず続けて来られたそうです。菊野選手の沖縄空手の先生はこの世界では知る人ぞ知る達人なのですが、菊野選手は沖拳の稽古に参加する際、自ら白帯を締めておられるそうです。

6月に北岡選手に敗戦した際、「ワケわかんない古流なんかに傾倒してるから負けるんだよ」って言う声もあったらしいです。ですが菊野選手は雑音に惑わされる事無く、信じた先生の教えを守って黙々と稽古を積んで来られたといいます。

その謙虚さと学びに対する真摯な姿勢、強さへの求道心。男だよな。ヒーローってこういう人の事を云うんですよね。カッコいいぜ。

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