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邂逅編・第七話

男は馬上で揺られ、ゆったりと往く。

少し足早の人の群れの中、やや殺伐とした雰囲気にありながら男はぼんやりとまどろみの眼で山波の線をなぞっていく。

馬の上にあっては、人の早足程度の速度だとちょうどよい揺れになるのだろう。

その男は――――――名を、宮本武蔵と言った。


「しかしまあ、ずいぶん遠くまで来たもんだ」


所は陳留刺史、曹操こと華琳が率いる討伐軍の軍中である。

だが、今現在居る場所は山一つ越えた見慣れぬ土地。武蔵もこちら側に来た事は無い。

目当てとする盗賊一団、その根城を目指しての行軍の最中であった。


「『宝探し』もいいが、ここまでして探すほどのもんか?」


武蔵が揶揄した「宝」とは、華琳の求める古書のこと。

なんでも「手に入れれば天下が取れる」という、いわくつきというか、性情定かならぬ代物なのであるが。


「うむ。『大変要人の書』だな」


「……」

「……」

「……『太平要術』だ、姉者」


春蘭の何気ない一言に一同沈黙するが、それはひとまず置いといて。


「言ったよな!? 私そう言ったよな!?」

「ああ、春蘭。惜しかった。何せ一文字違いだからな、うん。もう殆ど合ってるものと見做してもよかろう。次は万全を目指せばよい」


そういって武蔵は、春蘭の頭にぽんと手をやりながらにっこりと笑う。

顔は若いが、それは今は亡き彼の育ての親が時折見せたような好々爺の笑顔……


「ああ、やめろ! そんな幼子の間違いを暖かく見守る父親のような眼で私を見るのはやめてくれ!!」

「今回華琳さま御自ら出ていらっしゃるのは、何もそれだけが理由ではないさ」


名誉を挽回しようと粘る姉を尻目に、出来た妹、秋蘭が武蔵の疑問に答えた。


「と、言うと?」

「……このあたりは、華琳さまの治める地域ではないのよ。前任の太守は、賊に攻められて逃げ出したらしいわ」


その言葉尻を取って繋いだのは、先ほど華琳に見出された軍師、荀彧こと桂花である。

華琳の治める地域ではない、と言う事は、県はおろか、郡境も越えていると言うことであろうか。道理で遠いはずである。

だが、一つ疑問が残る。隣県というからには華琳の治める地域であったという認識が普通である。

しかし桂花がいうにはここは華琳の治める土地ではないという。管轄でない地域の県に出兵するとは、これいかなることか。


「ん……? 待て待て。県令じゃなくて、郡の太守が逃げ出したのか?」

「……それだけじゃないわ。名目上はあくまで『隣領の隣接する県に逃げ込んだ賊の追討』だけど……実際には郡の太守はおろか、州の責任者まで逃亡してるのよ。だから、実質無政府状態ってワケ」


武蔵も同じ疑問に辿りついたようだが、返ってきたのは想像を超える返答であった。

つまり、隣の土地が丸々治める者の無い空白地帯になっているという事である。


「じゃあ、中央から誰か鎮圧軍と一緒に役人が派遣されるんじゃないのか? 隣の土地を治める俺らになんの干渉の余地がある」

「……そんな真っ当な対応ができる政府なら、賊に責任者が追い出されるなんて事態にはならないわよ」

「うーむ……何というか、俺らもやってる事は空き巣のようだな」

「なっ……宮本!! いきなり何だ、その言い草は! 我々がまるで卑怯者だと言うが如き言い様ではないか!! 大体、空き巣とはどういうことだ、空き巣とは!!」


武蔵の言い方に思う所があったのか、春蘭が怒声を張り上げて噛みつきにかかる。

平静を保って行軍を続ける軍中でその声はよく通った。


「まあこういうと語弊があるかも知らんが……つまりな、ポッカリ空いた権力の穴にお上のケチが入る前にこっちが唾付けちまおう――――そしてそのための強行軍でもあるわけだ」

「……発想が卑しいっていうか、なんか棘のある言い方ね……」

「歳とるとどうもそういう所にばっかり目が行くもんでな。ただ……そんなもんがまかり通るなんぞ、何やらもうグダグダじゃねえか、この国は」

「………………そうかもね」


武蔵の言いように、桂花は珍しく素直に同意を示した。

ただその眼は物憂げに伏せられていて、真意を見てとることはできない。


「華琳さまは決して邪な理由で派兵されたわけではない。どちらにしろ、指導者不在のままでは混乱は一層深まるばかりだろう」

「まあ、正式に任命されたのかもわからん地上げ屋あがりみてーなのが権力握るよりは、華琳がやったほうがいいだろうさ。やってることは大して変わらんにしろ」

「まあ……な」

「別にあいつだって、お為ごかしをするつもりは無かろう。国というバケモンをどうこうするには、そういう強引さも必要かも知れん」


それに元来、戦っつーのはそんなもんなんだろう、という台詞で、武蔵は締めた。

土地を治めるべき太守がその任を放棄した――――――いうなれば突然、権力空白の無政府地帯が出現したようなものだ。

通常ならすぐさま中央から新しい責任者が派遣されるのが普通だが、そもそも太守が逃亡し、隣郡の支配者(ここでは華琳)が軍隊を率いて堂々とその土地に踏み入るような状況である。地方がまともな政治体制でないのは武蔵にも容易に想像がついた。

ならば例えば、「治安維持のため、その統治を兼任する」という名目で隣領の領主が介入してくることもありうる。

とはいえのんびりしていると中央政府もさすがに対応を考えるだろうし、なにより賊の横行によって都市が荒廃する。ならば、なるべく迅速に治安を回復し、民心を安定させねばならない。

当然、華琳がその支配体制を浸透させ、民心を得ていることが条件である。何にしても、華琳の実地検分も含め速い行動が不可欠なのだ。

武蔵の言を借りてざっくばらんに言ってしまえば、まさしく「空き家をかすめとって居直ってしまえ」という考え方に近いのだが、地方の行政者がコロコロと変わってしまうというのは、国自体がもはや末期なのである。

これだけ対応の遅れた中央政府が派遣する役人が新たな為政者となっても、状況が好転するとは限らない。


「……さっぱりわからん。なにを言ってるんだお前らは」

「ようするに、華琳さまの治める土地が増え、力が増す、と言う事だよ、姉者」

「ん、そうなのか? おお、それは良いことだ! うむ、実によい!」

「よかったな、姉者」





「して、桂花よ」

「…………あんたに真名で呼ばれるのは、非常ぅっっっっに物凄く腸が煮えて沸騰して千切れそうなくらいに不快なんだけど」

「そ、そりゃあすごいな……」


桂花が呪怨とでも呼ぶべきかのような怨嗟の眼差しでギッと武蔵を睨んでくる。

一体何がそこまで彼女を駆り立てるのか。恐らくは想像を絶する何かに違いない。彼女的には。


「しゃーないだろう。華琳の命ならば」

「うぅ……華琳さま、なぜこの桂花に男などという醜い生き物に真名を犯されるなどと言う苦行を………」


華琳が桂花に真名を呼ぶことを許した際、同じく春蘭、秋蘭、そして武蔵らにも真名で呼び合う事を命じた(もっとも武蔵に真名は無いが)。

しかし、春蘭、秋蘭に対しては比較的穏便にいったが、何故だか武蔵だけにはどーにも懐かない。

男嫌いなのか武蔵嫌いなのかはわからぬが、名前を呼び合うたびにこのやり取りを続ける二人の精神的耐久力は相当なものなのかもしれない。


「……で、何?」

「ああ……お前が華琳に出仕した時のことだが、あんな無茶せんでも仕える事は出来たんじゃないか? 荀家と言えば名門だろう」


ぶすっ、と頬っぺたを膨らましながらも質問に答えた桂花に、武蔵は改めて本題を切りだした。

武蔵の云う無茶、とは先日の華琳と交した問答の事であるが、普通あんなことをやっていれば勘気に触れて首が飛んでもおかしくない。彼女の場合は華琳の気性を読んだ上での行いであるから、そこは大したものだが。

しかし、あくまで武蔵の元居た世界の史書が伝える所ではあるが、当時の荀氏と言えば神君と称えられた彼女の祖父・荀淑やその子らである荀氏の八龍など、名だたる名士を輩出した名門中の名門である。

それこそ、中央官僚として権力の中枢にいても何らおかしくない家柄の出であって、その名声をもってすれば地方大守に召し上げてもらう事くらいは容易く出来たはずなのだ。


「……名前で官吏を取り立てて上手くいってれば、私達の国はこんなに荒れていないわよ。それに、華琳さまは名に踊らされるような方ではないわ。無茶でも通さない限り、採用してはくれないでしょ」


桂花はちらりと、意味ありげな視線を秋蘭に送る。


「武ならば私や姉者が少しもんでやれば大体分かるのだがな……文官は実際に使ってみなければわからん。何より華琳さまはたとえ名家の出や太学出身者であろうと、使えない者を用いようとはしない。それは、お前もわかるのではないか?」

「ああー……なんとなくはな」


その言を聞いて武蔵は合点が行った。

そもそも郷挙里選に従い、儒教の徳目と照らし合わせて門閥賢者を取り立てていった結果が、この未曽有の政治混乱だったのだ。

中央では官僚が利権を握るための賄賂の金と人脈を作ることに執心し、ほったらかされた地方では無法が横行し、民は悲鳴を上げる。

取りたてられた役人は礼法とおべっかしか知らぬからまともな仕事は出来ないし、甘い汁を吸うためやたら重税ばかり取り立てる。それが何をもたらすかもわからずに。

そうやって、「漢」は腐っていった。賊に追い出される太守に横からしゃしゃり出てくる州刺史、という異常事態がまかり通る現実がそれを如実に物語っている。


そして華琳は肩書きに左右されることは無いし、逆に実質的な能力の無い者は使わない。どこの馬の骨とも知らぬ武蔵に利用価値を見出して傍に置いているのが良い例であろう。

そういう「異端」な主君に仕えたいと願うなら、自分からその目に止まる様に力を示さねばなるまい。隠者のように庵に籠って、読書をしながら他人を批評に精を出して名声を集めていても召し上げられるわけがなかった。

そのためにあえて、茨の道を行く。ただ能士としての出世を目的とするのでなく、あくまで曹操という人間に仕えたかったからこそ為し得た事だった。


「まあ、そこへいくとさすがだったな、桂花は」

「……別にあんたに褒められてもうれしくもなんっっともないけど」


そういった桂花の顔は、やはり憎々しげ。


「もっとも、どっかの考えなしみたいに勢いだけで行動したわけじゃないけどね」

「どっかの考えなし……」


その言葉にふと、一同が首をもたげ見遣る先には――――――


「……なっ、なんで私を見るんだ!?」

「いやあ、素直そうないい娘だなあ、と」

「むっ……そ、そうか?」


――――――素直と単純は、紙一重…………。




「伝礼!」


そのまま軍の中陣に布陣していた彼らの元に、整然とした隊列を横切って後曲から一人の兵が駆け込んできた。


「どうした? 申してみろ」


跪いて軍礼をとる伝令役に馬上のまま春蘭が発言を促す。


「はっ! 曹操様より、夏侯惇、夏侯淵、荀彧、宮本武蔵の四名はすぐに本陣へ集合せよとのお達しであります!」


それを聞いて、今挙げられた四人の表情が締まり、手綱を握る手にわずかに力が入った。


「――――――なんか動きがあったかね」

「うむ。すぐに伺うと曹操様に伝えてくれ」

「御意!」


秋蘭が伝令に命じたのを見計らい、春蘭が馬首を返して全軍に号令した。


「お前たちはこのまま行軍を続けよ!! 下知があるまでは足並みを乱すな!!」

「はっっっっっっ!!!!!!!!!!!」


均一にそろった点呼が、空気を揺らす。


「行くか」

「うむ」




「華琳さま! 夏侯惇以下四名、参上いたしました!!」

「ごくろうさま。崩していいわ」


華琳に促されて四人が軍礼を解く。


「して、何だ? 華琳よ」

「偵察から報告が入ったのよ。前方に軍と思しき集団が確認できたそうだわ」

「数は?」

「数十人程。身に着けている鎧や武器がまちまちだったと言うから、そこらの脱走兵の寄り合い組織である可能性が濃厚ね」


ずばずばとおくびもせずに話の催促をする不届き者が約一名いるが、華琳は特別そこに気にかけることもなく質問に答えていく。


「ならば、もう一度斥候を派遣しましょう。春蘭、宮本。あなたたちが指揮をとって」


もっともそのおかげで他の者の発言が促され、話がスムーズに進んでいく効果があるのだから、こういう人間も組織に一人くらいは必要なのかもしれない。


「おう」

「うーむ、春蘭とか…………秋蘭じゃダメか?」


耳触りのよいカラっとした返事をする春蘭とは対照的に、武蔵は難色を示す。

その言い様に春蘭は眉間にしわを作るが、


「なんだ宮本。私に何か不満があるのか」

「……手綱を離したらすぐにぶっ飛んで行きそうな暴れ馬に乗せられた気分だ」

「何ぃ!?」

「何処に行くかわからない暴れ馬だから乗り役が必要なんじゃない」

「ちょっと待ていお前ら!! それでは私がまるで敵と見れば誰彼かまわず突撃するようではないか!!」

「違うの?」

「違わんだろ?」

「違わないでしょう?」

「ううっ……華琳さままで……」


言っては見たが敬愛する主を含め三人の思いが合致、さらにぶん、と振り向いて意見をもとめた秋蘭にもただ黙って深々と頷かれてはいたしかたなく、


「………………(くすん)」


彼女の抗議は、例によってここでも意味を成さないようである。


「指名はありがたいが、私も出るとこちらが手薄になり過ぎる。それに万が一戦闘になったなら私よりは姉者のが適任だろう」

「そういうこと」

「…………むぅ」


加えて秋蘭と桂花の言が、最終的な決め手となった。それでも春蘭はまだ不満気な顔であったが、


「行ってくれるでしょう? 二人とも」

「承知いたしました!!」


華琳に改めて命ぜられると先ほどの沈み具合はどこへやら、再び元気を取り戻して一目散に自分の馬に跨りにいった。


「すまんな、宮本。姉者のお守りは頼む」

「……まあ、信用されてる、と解釈しとこうかね。任されよ」


武蔵はやや含みのある笑みを秋蘭に向けると、春蘭の後を追って踵を返した。


(……疑っているわけではない、のだがな)




「おーい、春蘭。ちと速いぞ」


偵察隊は、春蘭の率いる隊から供回りのみが先発された。

数としては心許ないが、元々戦闘をする部隊ではなく、また機動性を考えるなら妥当な人数であろう。

……そう、「戦闘」が目的ではないのだ。あくまでも。


「俺はお前ほど馬は達者じゃねえんだ。年寄りにゃあ気ィ使ってくれ」

「ふん。本当に年寄りなら年寄りらしくしろと言うのだ。そんな元気な年寄りが居るものか」


武蔵は姿恰好は若いが、齢は六十を超えている。

以前一度だけ武蔵は「あなた一体いくつなの?」と華琳に聞かれた折に年齢を明かした事があるが、冗談だと思われたらしく相手にされなかった。

確かに、春蘭でなくとも、見るからに健康体の青年である武蔵が、いくら前の世界に居た時には病に侵された死ぬ寸前の老人だったのだ、と説明したところで、とても納得してはいただけないだろう。


「何か怒っとらんか?」

「あたりまえだ! 寄ってたかって暴れ馬だの猪だの脳みそが筋肉で出来ているだのと……」

「そこまでは言ってねえよ……」


そう言う武蔵の言葉にも、ぷう、とふてくされたままそっぽを向く。

敬愛する主君の言でも、やはり粗忽だガサツだと揶揄されたのはご機嫌斜めのようだ。

大雑把に見えて、年頃の娘らしく繊細な所があるのかもしれない。


「いやいや、春蘭は勇敢だからな。それに、どっか百人でも千人でも一人で何とか出来ると思ってるようなフシがあるから、やっぱり華琳や俺たちも心配になっちまうんだよ」

「……それでも、一人で敵に突っ込んでいくほど迂闊ではないぞ、まったく……」

「わかっとる。悪かった」

「…………ふんっ、わかればよいのだ」

「はいはい」


ようやく膨れていた顔を元に戻してくれた春蘭を見て、武蔵はくっくと眼を細めて笑う。

――――――思えば、彼の息子たちはみな若いくせに律儀で、それ故、大人じみて我を殺すような子らばかりだった。

武蔵がまだ野人の剣を振り回していた若造だった時分と同じ位の歳の頃で、主君の追い腹を斬って亡くなった造酒之助みきのすけや。

特に弱冠二十歳で豊前小笠原家が家老に出世した伊織などは、まだ十もそこそこの童だった頃から、物をねだりもせず日々書から学問を学び、剣を鍛える日々を送っていたような子であった。

今になって、もう少し父親らしく甘えさせてやればよかったと武蔵は思うものの――――彼らの関係は純粋な父子と言うよりは、若干師と弟子の意味を孕んでいるようなところがあった。


老いてなお剣を模索し続けた求道的な父の存在か、あるいは養子という身の上かが、彼らの間に微妙な距離感を作っていたのかも知れなかった。


年相応な表情を見せてくれる彼女と話す武蔵は、楽しそうである。

それが孤高の剣豪の顔でなく、ただの一人の老翁の顔であった事に、武蔵自身は気付いているのだろうか。





「夏侯惇様、前方に敵影を確認しました!!」

「む、そうか、御苦労!!」


先鋒の兵の報告に前を向くと、なるほど一団に固まった数十人ほどの軍団が見て取れる。


が――――


「……妙だな」

「なにがだ?」

「動いてねえ」


人塊になった集団は、行軍するでもなく、そこに留まって動かない。まるで何かを中軸に添えて、釘付けになっているような……

だが、あんな殺伐とした風で宴会もあるまい。何やら剣を抜いて、しきりに中心に向かって動いている。


「……何かと、戦っているのか?」

「かもしれねえ、もう少し寄るか」


そう言う武蔵に促されて、足を踏み出そうとしたとき――――不意に、その一団の輪が波打った。


「―――こ―――っき――――!」

「―――――かこ――――つぶ―――……」


なにやら遠く聞こえる怒号が激しくなるにつれて、にわかにその人だかりが割れていく。そしてそこから垣間見えたものとは――――



「……おい、あれ子供じゃないか!?」

「ああ、子供だ! 子供が……一人か!? 一人で戦ってる!!」

「なんだと!!」


そこから見えたのは、それを囲む人間たちよりも大きく背丈の劣る、子供。それがたった一人で、数十人の中心で奮戦している。


その光景を認めた兵たちはそのあり得ぬ光景に色めき立ち――――春蘭はそれ目掛けて飛び出した。


「春蘭、待て!!」

「待たん!!」


馬脚を速めた武蔵が春蘭を制止するが、春蘭はそれを振り切って、付いた加速をそのままに一気に走り抜けて行った。


「……おい、兄ちゃん」

「……はっ! 自分でありますか?」


武蔵は行ってしまった春蘭からは目を切らず、そばにいた兵士の一人に声をかける。


「正体不明の部隊と接触、戦闘に入ったと本陣に伝えてくれ。……残った奴は夏侯惇に追従、突出した彼女と合流しあの子供を救出する。急ぐぞ」

「はっっっっっっっ!!!!!!!!」






「でぇりゃああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」


少女のかん高い声に似つかわしくない、腹の底から響いたような気合い声とともに得物を振ると、相対していた一人の兵が吹き飛んだ。


「チッ、てめえらァ! 相手はガキだぞ!! タラタラやってんじゃねえ!!」

「まだまだぁ! ちょおりゃああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」


その少女が振るう得物は一言で言えば、異様。

手元にある金属製の柄に鎖がくくり付けられたそれはやや特殊な形状ではあるが、いわゆる鎖分銅――――見方によっては、かつて武蔵が相対した鎖鎌に類するもののように見える。

だがその鎖の先――――分銅の代わりについているのは、棘の生えたとんでもなく巨大な鉄球。


「…………がっ………」


それを振り回して敵の頭蓋を粉砕していく、小柄な少女の姿はまさに異様というさまそのものだった。




「正面切って挑むんじゃねえ、回り込んで後ろとればそれで終いじゃねえか!! 数で潰せや!!」


恐らくは首客と思しき男がそう怒鳴る。なるほど、確かに無軌道に動く鉄球、何よりその圧力を前にして並の者がそれを正面から崩すのは容易ではない。


「はぁ、はぁ…………もうっ、こんなに一杯……多すぎるよぅ……」


こめかみから滴る汗が、いかに連闘を重ねているかを物語る。

すでに転がっている人数は十人を下らない。これ全てをこの少女が倒したのだとしたら、その疲労度合いはかなりのものだろう。

加えて――――――


「おらあっ!!」

「うわわっ!!」


ふっ、と息継ぎをした瞬間に襲ってきた横殴りの太刀を、少女は身を翻してかわす。

この、四方を囲まれているという状況はより一層疲れを速めたはずだ。そして、疲れは集中力をすり減らす。途切れれば――――――


「もらったあ!!!」

「あっ…………!!」


しまった、と言ったようであったか、少女は後ろに迫る敵への反応が遅れた。

もはや、仲間を幾人も屠ったこの武威に、少女のなりといえど遠慮する者は無かった。

その振り上げられた剣は、振りかえった少女の頭上に一直線に振り下ろされ――――――


「はああああああああああああっっ!!!!!!!!!!!!!!!!」

「ぎゃあぁっ!!」


――――――なかった。

振り下ろすべき剣を携えた男の両腕は、不意に後ろから吹きつけた剛風に吹き飛ばされるが如く、肘から上を斬り取られていた。

その風の主、闘争心の権化の如き一太刀を見舞ったのは――――――


「貴様らぁ! たった一人の少女に寄ってたかるとは、卑怯と言うにも生ぬるい!! その狼藉、この夏侯惇が許さんぞ!!」




少女の包囲を破って現れた春蘭に、彼ら数十人はどよめく。

この一瞬で包囲を破る突破力こそが、秋蘭と桂花が適任と評した理由なのだろうが。

……ある欠点を除いてなお、そうであるのかは個々の判断か、あるいはこの不測事態はさすがに考慮の外であったということか。


「夏侯惇ってえと……あの曹操の所の夏侯惇か!?」

「なんでンな大物がこんなトコに居んだよ!? ニセもんじゃねえのか!?」

「馬鹿野郎、じゃあてめえかかって行けや! 見ただろうが、さっきの!!」

「待てよ待てよ……夏侯惇が居るってこたあ曹操の軍勢も……!!」


「何をゴチャゴチャと言っておるか! だぁらあああああっ!!!!!!」


ざわめいている兵たちをお構いなしに、春蘭は当たるを幸いとばかりに敵をなぎ倒していく。

その武威と――――脳裏にちらりとよぎった「曹操軍」の存在は、彼らに戦闘を放棄させるには十分だった。


「……チイッ、退け! 退けえーーーー!!!!」

「逃がさん!! 全員残らず叩き斬って…………」

「待てい」


なおも逃げる敵に追いすがろうとする春蘭だったが、がし、とその右肩を掴まれた。

敵に不覚をとったか。振り払うべく上体をぐん、とひねって後ろを見遣ると――――――


「………………なんだ、お前か」


背後に居たのは武蔵と、春蘭が率いてきた偵察隊の面々であった。


「止めるな、今すぐあいつらを追撃に―――――痛ぁっ!!?」


すぐさま追撃を再開しようという意思を見せた春蘭にむかって、武蔵は中指を親指にひっかけすべての力を集約し放つ技――――通称「デコピン」をその額に叩き込んだ。


「……くうぅ~っ………な、何をする……」


その一撃に春蘭は一瞬息がつまるも、額を手で押さえながらぐっと武蔵を睨む。

が、武蔵は気押されず、逆にその眼をじいっ、と覗き込んだ。

涙を目に溜めて上目遣いにぐっと睨んだ春蘭だったが、武蔵の無表情に逆に気圧される。


「お前、さっき俺になんつったか覚えてるか?」

「…………むぅ?」


そのまま静かに口を開いた武蔵の言葉に、春蘭は思案を巡らす。

額の痛みを堪えながら記憶を辿って往くと――――


『……それでも、一人で敵に突っ込んでいくほど迂闊ではないぞ、まったく……』


「……………………あ」

「迂闊よなあ。まったくもって猪って言われてもしゃーないくらいに迂闊よなあ……」

「ううっ……」

「手綱を離したらぶっ飛んでいくとかそんなチャチなもんじゃ断じてねえ。もっとおっかねえもんの片鱗を味わったよ、俺は」

「ぐむ……」

「反省せい」


実際には待て、という制止を振り切ってなおぶっ飛んで行ったわけで、暴れ馬の上を行く、いわばロデオであるが。


「あ…………あの!」


しばらく春蘭は武蔵にぐちぐちと責められていたが、その間に先ほど春蘭が助けた少女が割り込んできた。


「お姉さん! さっきは助けてくれて、その、ありがとうございました!! だから、えと……」


少女は春蘭に勢いよく頭を下げた後、ちらり、と武蔵の方を見上げる。

その姿に、武蔵の口元がふっと緩んだ。


「……ま、いいか。お手柄にゃあ違いないしな」


そう言ってふわりと笑うと、先ほどデコピンをかました方の手でぽん、と春蘭の頭を撫でるように叩いてやった。


「…………ふん」


春蘭は、武蔵から視線を外してそっぽを向いて、ぷいっ、と、またむくれてしまっていた。





そんな話をしていると、けたましい地なりと共に砂塵が後方からやってくる。先ほど武蔵が遣いをやった、華琳の本隊である。


「春蘭、武蔵。その正体不明の部隊とやらは? 戦闘があったという報告は受けたけど……」

「ああ、春蘭がその娘を助ける時に追っ払ったよ。一応、追跡するように何人か斥候を出しといたから、ねぐらはすぐわかるんじゃないか?」

「あら、気が利くじゃない」

「いつのまに……」

「ん? お前を追っかけてる道中にちょいちょいと」

「う……」


そう言われてまた黙ってしまった春蘭を見て、武蔵はケラケラと笑う。


「なるほど……先ほどの山賊らしき集団と、関連のある部隊なのかしら?」

「状況から考えればそう考えてよろしいでしょう。宮本の派遣した斥候が戻り次第――――」


武蔵が春蘭を相手に雑談をしている間も、華琳と桂花は軍議をすすめ、秋蘭は自軍の統制に目を光らせている。

こういう何気ない一幕にも、性格というものは出るのかもしれない。


「……ねえ、お姉さん」


しばらく武蔵にからかわれていた春蘭だったが、先ほど助けられた少女に呼ばれて、そちらに馬首を向ける。


「どうした?」

「お姉さんたちって……ひょっとして、国の軍隊……?」

「まあ、そうなるが――――――」

「――――ッツ!!!!」


春蘭がその問いに同意を見せるや否や、少女は訝しげだった表情をキッと険しくし、二、三歩と大きく後ろに飛びのく。

そして距離を十分に開けると――――足を前後に大きく広げて踏ん張り、大きく鎖で弧を描くと共に、春蘭めがけて携えたその巨大な鉄球を振り下ろした。


「ぐっ!?」


ずん、と轟音を鳴らしたその一撃は横にそれたが、それに春蘭の騎乗していた馬が驚き、イレ込んだ時のように大きく前足を跳ね上げてしまう。

春蘭は半ば振り下ろされるような形で、乗り馬から飛び降りた。


「貴様っ、いきなり何を!!」

「うるさい!!」


少女は春蘭には耳を貸さず、地面にめり込んだ鉄球をぐん、と引き戻し、頭上で旋回させるようにして勢いをつけると、またも猛烈な速さで打ち込んでいった。


「国の軍隊なんか信用出来るもんか!! 僕達を助けてもくれないくせに、税金ばっかり持って行って!!」

「ぐうっ……!!」

「ボクが……ボクが村のみんなを守らなくちゃいけないんだ! 盗賊からも……お前たち、役人からも!!」


その鉄球を正面から受け止め、地面から引き抜かれるように春蘭の身体がズレる。

自慢の大剣でがっちりと受けてなお、身体が振られるほどの衝撃。


「……なあ、華琳、このままだと春蘭が負けるぞ」

「っ!?」


何合かの打ち合いを遠巻きに見守っていたが、不意に武蔵の漏らした物言いに、秋蘭と桂花が彼を振りかえる。


「春蘭は迷っている。あれでは、倒すことも制すこともかなわん」


武蔵の言に、秋蘭がばッと二人の立ち会いに再び目を向ける。


「たぁぁぁあああああああ!!!!!!!!」


少女の一撃には、ありありと怒りがこもっている。そこに迷いは無い。対して――――――


「ちぃっ!! ……くそっ…………ふうっ!!」


春蘭は遠く間合いの離れた所から距離を詰めようともせず、その場でいなし、あるいは受け止めるだけだ。少女に遠慮をもってなのか、その所作に迷いがあるのは明らかである。少なくとも、斬ろうという意思は見られない。

怒りも迷いも、本来剣を振るう時にはあってはならぬものだ。武蔵もそれを「忌むべき七念」の中のそれぞれ一つとして常に自他に戒めている。

だが少なくとも相手を倒そうとする怒りの剣と、倒す意思のない迷いの剣では、どちらが勝つかは明白だった。


「華琳さま、致し方ありません。兵を――――」

「――――武蔵」


華琳は兵を差し向けようとする桂花を片手を上げて制し、春蘭達を見据えたまま武蔵の名を呼ぶ。

武蔵は華琳の意を酌み取ったか、そっと馬を降りた。


「止めは出来るかも知らんがね、止めてどうする?」

「どうするもこうするもないわ。彼女は敵ではない。守るべき民よ」

「――――はいよ。任せんしゃい」


武蔵は一度目を合わせると、そのまますっと春蘭と少女の戦いに近付いていった。


「か、華琳さま、よろしいのですか!?」

「兵を差し向けたら、あの子も兵も無駄死にさせてしまうでしょう」

「ですが……」

「任せておけばいいわ。今回の春蘭のお守役は、彼でしょう?」





「どぉりゃあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

「ぐ、おっっ…………かあっ!! このっ…………!!」


ひと際大きい一撃を払いのけた春蘭の額からは汗が飛び散る。打たれるままこの豪打にさらされ続けていれば当然であろう。


(もはや、仕方あるまいか……)


このままではじり貧になる事は、彼女とてわかっていた。

打ちこまれた鉄球が再び戻って行くと、覚悟を決めたのだろうか、ぐっと立ち足を極めて構え直す。


(……気は引けるが、どうにもならんのなら倒すまで――――――!!)


そして今一度見極めるべくその両目に力を込めて、次に飛んでくるであろう一打に備えた――――――





「とぅりゃ!!」

「へ―――――――? …………うわあっ!!?」


が、その一打が春蘭に飛んでくることは無かった。

その一撃を繰り出すべく鉄球を再び自分の所に引き寄せた少女を、いつの間にか後ろに回り込んでいた武蔵が抱きかかえていたのだ。

当然、発射台が地面から浮いて急に重心を失った鉄球は、彼女の元には戻らず――――――


「うおわぁ!?」

「コッチ来たぞおいー!?」


――――――乱れた軌道のまま、あらぬ方向に飛んで行った。

巻き添えを食らいそうになった者がいくらかいるようだが、気にしないでいただきたい。


「――――――よいしょっと」


彼女の脇の下に手を差し込んで頭上まで抱えた武蔵は、鉄球が派手に音を立てて着弾したのを見届けると、再び彼女を地面に下ろした。


「落ちつけ」

「う……」


じっ、と、武蔵のドングリまなこが少女を見遣る。

――――――武蔵がやった事は、実は先ほど春蘭に斬られた山賊らとそうは変わらない。

彼女が春蘭との戦いに集中しきるのを見計らって、悟られぬよう後ろから近付き、鉄球の行きかう拍子を見極めて入り込んだだけのこと。

山賊らは彼女が疲れた所を狙ったが、武蔵は彼女が春蘭にかかりきりになるのを狙った。共に、意識の外から攻めたというのは同じである。

それに多大な犠牲を払った山賊らと、あっさり入って見せた武蔵の違いを一つ挙げるならば――――武蔵はその振り回される鉄球の軌道を、きっちりと見切っていたという事。


少女が振り回す鉄球は常識離れした巨大さである。故に、必然的に予備動作は大きくなり、また打ちこむ軌道も単純化せざるを得ない。頭に昇った血は、その傾向をより顕著にさせただろう。


さらに言うなら鎖が弛んでいるとその力が鉄球にうまく伝わらない。それを補うための旋回動作であり、無軌道に見えて、実はごく規則正しい一定のリズムが潜んでいるのである。

またその動作も、鎖の長さやモノの大きさに比例して大きくなるのは言うまでもない。


彼女の技と酷似した――――――否、規格がはるかに小さい分、それよりもずっと複雑多様である鎖の技を相手取った経験のある彼にとって、それを見極める事はさほど難しい作業ではなかった。

なお、春蘭と彼女の立ち合いでその技を観察出来たことも大きな理由だという事を付け加えておく。


高速打の行きかう中、地面を強く捕まえるように踏ん張り、上半身で鎖を目一杯引きあげて無防備になる、全身に最も負荷のかかる鉄球を引き戻す一瞬を見極めて割り込めたのは、彼ならではかもしれないが。


「――――っ!! 宮本! 貴様、どうして……」

「……俺にゃあ、この娘は斬れん。お前だってそうだろう」

「え…………?」


少女は自分の両肩に手を置いて、先ほど立ち会っていた女と言葉を交わす男を見上げる。

本来なら敵に後ろを取られた由々しき事態なのだが、なぜだかその手はとても優しく――――――


「そこまでよ。二人とも」


武蔵によって戦いに小休止が図られたのを見計らい、先ほどからそれを見守っていた華琳が、馬を降りて近付いてきた。


「剣を引きなさい、春蘭」

「…………はっ」

「あなた、名前は?」


春蘭に剣を引くよう指示すると、華琳は少し膝を折って、小柄な自分よりもさらに背の低い彼女に目線を合わせた。


「あ、えっと…………許緒、です」


自分に刃向かうものが居なくなったからか、華琳の態度に敵意が緩んだからなのかはわからないが――――彼女は華琳の求めに、素直に応じて自らの名を名乗った。


「そう……」


華琳は彼女の瞳を見つめると、視線を外すことなく。


「私は曹操。ここから、山向こうの陳留という所で、刺史をしている者よ」

「山向こうの……? あっ!! それじゃ……あ、あの、ごめんなさい!!」


華琳の話を聞いて何か思い当るところがあったのか、今度は少女――――許緒が華琳に頭を下げる。


「噂で聞いてます!! 山向こうの刺史さまは凄く立派な人で、悪い事はしないし、税金も安くなったって……でも、ボク、顔とか名前とか全然知らなくて、だから、その……前のお役人が逃げちゃって、また代わりのヤツが来たんだって思って……」


逃げたお役人……とは、桂花の言っていた賊に攻められて逃走したここの太守なのであろう。

ここの政治機構がしっかりとしていれば、ここに攻め込んだ賊はここの責任者が対処するのが当然であって、元より華琳が介入する余地などないのである。

この政治崩壊が四百年の威容を誇った漢王朝の末路とは、いやがおうにも栄枯盛衰の真理を思い起こされよう。


「代わりの……という意味では私も変わらないわ。賊を討伐するとともに、あわよくばこの地を治めようと来たのだから」

「この地を、治める……?」


許緒の胸に飛来しているのは、前任の太守の治めぶりだろうか。それともこの地に踏み込んできた賊なのだろうか。

それとも――――それにずっと泣かされてきた、彼女の村の民なのだろうか。


「許緒」

「……はい」

「政とは、この地の上に生きる者の営みの(しるべ)の事を云う」


華琳はかがめていた膝を伸ばして、ゆっくりと天に向けて背筋を伸ばす。

許緒から未だ外さぬその眼の奥に宿った光は、まるで揺らぐことは無い。


「そうして導き、統べた人の塊が、国というものよ。国無くしては、人は寄る辺を持てずに疲れ果ててしまう」

「……でも、この国は、ボク達を守ってくれない。導いてくれない。ボク達はこの国では生きられないんです」

「ならば許緒、あなた、私に力を貸してくれる気は無い?」

「えっ?」


華琳の申し出に、許緒はその大きな目を一層見開く。

黄金色のそれは、まるで遮る雲の一つとしてない夜空に浮かぶ、満月のようであった。

穢れの無い、無垢な色。


「国が間違っているなら、正さねばならない。国が万の民を飢えさせるなら、億の民を食わせるように」

「……」

「貴方が何十の餓死者を見て、何百の故郷の人間を国と賊から護ってきたかは私には解らない。どんな死に顔と苦悶の声を聞いてきたかは知らない。けれど、万と億の人間を活かす事を望むなら、この曹操に仕えて欲しい。国を再び作る為に」

「…………ボクは」


うつむいた、許緒。

その一拍の沈黙に、桂花が走り込んで来た。


「――――華琳さま! 斥候が戻りました! かの集団の本拠地は、ここからおよそ八里の位置にある砦! すぐそこです!!」

「わかったわ――――許緒」

「はっ、はい!」

「ここを襲った賊とは、あの者たちで間違いは無いのね?」

「はい!!」

「ならば……まずは今だけで良い。あなたの故郷を守るために、私に力を貸して頂戴」

「……わかりました!! それなら、喜んで!」


国や政を論じられていた時には、まだどことなく宙に浮くようにさせていた許緒の眼は――――――

対象が自分の村と言う、ハッキリと質感の持てるものとなった時、瞬く間に色を付けた。

大切な物を、守りたいという色に。


「あの、夏侯惇さま……」

「ん?」

「さっきはその……ごめんなさい……」

「ああ、気にせんで良い。それよりもその力、華琳さまのためにしっかり役立ててくれよ」

「……はい!!」


そういって、ぱあっ、と灯りがついたかのように輝いた彼女の笑顔は、とても可愛らしかった。

彼女の根の素直さや優しさが見て取れるような、良い笑顔である。


「さて…………皆の者! 目指すはここから十里にある砦!! 我らが勇で一挙に打ち倒すべし!! 総員、配備!!」

「はっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!」


華琳は許緒の笑顔を見て笑みを漏らしたが、すぐに引き締まった顔に戻して全軍に号令する。

それに応じて、大気を揺るがすかのような兵士たちの気焔がこだました。





目指すは、敵の総本山――――――――




昔投稿したものの焼き直しというのは、思いのほか精神がガリガリ削られるものですね。

痛い、痛いよ!

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