なぎの間編・六十六話――――――「西の果て・中編」
「て、手切れって…………どういうことだよ、爺様っ!!」
武威での戦いに大敗した馬超は、乱戦を辛くも脱し、散を乱して、さらに西へと向かった。
高順は捕虜を処刑すると、張繍・呂布らを切り離して、各地に点留する諸部族の駆逐に当たらせ、自身は馬超を追走しにかかる。
執拗な追撃に晒されながら、もはや僅かの手勢のみとなった、満身創痍の彼女らが逃げ延びた先は、漢土の西の果てをさらに超えた、異民族の領域であった。
「……中平末年、反董卓連合」
若く、張りのある、美しい声。強いが、しなやか。馬超の声は、そういう声だ。
朗々とした、良く通る声で怒鳴れば、それはこの宮城の大広間、一杯に広がる。
うら若い、この美しい彼女と一対一で差し向かう、その巨躯の男は、微動だにせず。
上の台座に腰を掛ける大男は、夥しい傷跡の残る腕を杖に、頬を預けたまま。
瑞々しい馬超の声を浴びせられても、何ら、感情の目立った揺らぎも見せずに、厳かに、しゃがれた声で重重しく、厳めしく口を開いた。
「忠告はしたはずだ。かの戦は、西涼の血を流すべき戦では、決して無い、とな」
「っ……!」
「初めの半年は関中を席巻出来るだろう。だが、もう半年で盛り返される。次の一年で、落人の憂き目を見る事になるだろう、と」
最果ての異境、酒泉。
本来、異民族の領域であるこの地で、静かに御座を守り続ける男――――――韓遂。
かつて涼州四軍閥の一角であったこの男が、何故、この僻地に居座り、沈黙を保ち続けるのか、それを語るには、まずは涼州の血で血を洗う戦史を紐解かねばならぬ。
そもそも、現在の涼州は元々、胡人系人種である、西涼の騎馬民族たちの住まう土地であった。それを光武帝・劉秀が侵略し、漢土の一部としたわけである。
劉秀の治世こそ、同化政策の下、一様の抑圧と支配下にあったが、劉秀が崩御し、時代が下ると、やがて有力な部族と、そうでない部族の差が生まれ始めた。こうして台頭してきた部族が、後に軍閥化する事になる。
その頃辺りから、涼州では主に、二派の世論に勢力が分かれる様になった。
即ち、漢に対し高度な自立を望む中立左派的派閥と、断固とした独立論を唱える民族主義派。
やがて大小の軍閥が、右左を行き来しながら、付いたり離れたりして、対立や抗争を繰り返す事になる。
後漢統治下も、後半の百年は、ほぼこういった対立に端を発した争い、それに国境内外の異民族を交えた大小の戦争が、涼州では絶え間なく繰り返される事となった。
つくづく、戦が戦を呼ぶ宿運、戦いそのものを自己の文化とせざるを得なかった、涼州人の民族性ゆえの因果と言えるだろう。
やがて涼州は、西半分を馬騰・韓遂、東半分を董君雅・張済を中心とした軍が、それぞれ治めるという構図に至る。東西は互いに統一を賭け、幾度となく決戦。
結果、董君雅、張済、馬騰と、四元首のうち三人が戦死する凄惨な戦争の末に、東軍側が勝ちを収める事となった。
敗れた韓遂と亡き馬騰の軍を継いだ娘・馬超は漢の国境を超えて西羌まで逃げ込み、董卓・張繍を新たに盟主に据えた涼州東軍が覇権を握った。
やがて東軍は、各地の反乱に悩む皇帝の要請を受けると、董卓を戴き、彼女こそ全涼州軍の首頭であると宣言して入朝、功績を挙げて漢の中枢で実権を掌握する。
そして反董卓連合、それに加盟して馬超が董卓打倒の兵を挙げるという様相になっていくのである。
「貴様は、その忠告を聞かなんだ。諌言に耳を貸さず、大見栄を切って飛び出し、ここに逃げ帰ってきた。母親の遺した軍を全滅させてな」
「…………」
つまりは、董卓を打倒し、涼州に旧西軍の威勢を復興させることは、亡き母・馬騰、そして馬超の率いる旧馬騰軍全体の悲願であった。反董連合は、そのまたとない機会だったわけである。
だが、その機に際し、馬超の同盟者たる韓遂は挙兵を拒んだ。気に逸った馬超は、単独で挙兵。捲土重来を期して一気に東進し、一時は長安に迫る勢いを見せるも、結局は敗退し、再び、元居た西羌の領域まで落ち延びてきた、という次第である。
「若さゆえの向こう見ず。同情に値せん」
冷たい声だった。
「それ以前に……だ。西涼の戦士の戦とは、徹頭徹尾、自らの意思によって基き、完結せねばならぬもの。貴様は反董卓連合などという、漢人の理屈で起こった他人の戦に、狐のように便乗した。貴様は、西涼の民としての誇りを自ら放棄したのだ。にも拘らず、こうして逃げ帰り、一度、決別した筈の男に助けを乞う。愚昧の極み、恥を知れ」
のそりと、まるで石像のように重苦しい語気、唇の動き。
それを発する口元、そのすぐ下の、片顎にも、古い疵が刻まれていた。
刃か、槍か、鏃か。いつのものかはわからない、いつかの戦傷の痕。おそらくは、馬超がこの世に生まれるよりも、遥か前から刻まれていた、それだ。
「……確かに、返す言葉も無いよ。今さら助けてくれだなんて、調子の良いことだって分かってる。付いて来てくれた仲間たちを死なせたあたしに、もうこんな事、頼める資格はないのかも知れない。もう縁切りだって言われても――――――首を出せって言われたって、仕方がないんだろう」
紅花の様な、鮮やかな下唇を噛んだ。
馬超の顔は、苦汁の色に歪んでも、美しかった。
「……でも」
少し、俯き加減だった馬超の頭が、地面に垂れた。
膝を着き、掌を伏せ――――――深々と下げた。
「それでも、頼むっ! あたしの事はいい、頭なら、いくらでも下げる。だから、あたしに付いて来てくれた残りの兵たちと、蒲公英……馬岱だけは、どうか、助けてくれ!」
膝と、脛の骨に、硬い石畳の感触が、掌に、同じ、冷たい触感があった。
頭を垂れた馬超に、韓遂の表情は見えない。
ただ、しばしの沈黙があり、やがてゆっくりと、座に着いていた脚が動くのが、目の端に見えた。
「……やれって言うなら……」
その軍足はゆっくりと歩み出し、やがて、馬超の目の先まで来た。
大きな足だ。女の馬超のそれよりも、ゆうに二回り、三回りも大きかろう。
「何でも、します。靴の裏だって、舐める。だから……」
言葉を、彼女なりに選ぶように、慎重に紡ぐ。
馬超が目を閉じたのと、その一房に束ねられた髪が、不意に強い力で引っ張られたのは、殆ど同時だった。
「痛っ……!」
強引に、上を向かせられる。
面を上げた馬超の顎を、韓遂の大きな、疵だらけの手が掴んだ。
「…………」
節くれの親指と人差し指が、馬超の両頬を強く圧す。彼女の小さな顔は、その巨大な掌の中に、すっぽり収まってしまう。
ぐい、と、向かせた。歪んだ唇の隙間から、歯を食いしばっているのが見えた。眉間には、苦悶が寄る。
否、それは、不安の方が大きかったのかも知れない。
「…………醜い」
しゃがれた、低い声。
冷たい声だった。その時の韓遂の声は、まるで鉄のようであった。
「黄色の肌、栗色の髪。どちらも、西涼の民のものに非ず。混じりものの証、漢人の血で穢れた証拠。醜い、汚らわしい、あいの子の容姿だ」
呪詛の様な、その言葉。
それに、馬超は信じられないものを聞いたような、そういう、瞳をして――――――目を見開き、身を弾けさせた。
跳ねる様に、身体を翻させ、韓遂の手から逃れてやおら立ち上がり、後ずさる様に、距離を取る。
「汚れてなんかいないッ!!」
張り裂けるような声だった。
甲高く、そして伸びやかな美しい声が、その間に、悲痛な響きを持って、木魂した。
無理やりに引き剥がした時、ぶちり、と、ちぎれた、栗色の長く、美しい髪の毛が数本、韓遂の拳の中に残っていた。
「あたしはっ、母様はッ! 汚れてなんかないッ」
動物が、威嚇するような声だった。
猫が必死に、人に牙を見せるような。
空虚なまでに、殺風景な広間が、震えた。
「母様は、いつか胡人と漢人が憎み合わなくて済む世の中にするって、そう言ってたッ、漢人に自分たちを認めさせるには、まず自分たちが漢人を認めてやらなけりゃダメだって、そう言ってたんだ!! そうやって……」
馬超は、目を剥いて、美しい顔で、般若の様な相貌を象る。肩を大きく震わせ、息を吐く。
対面する、韓遂は、片膝を立てた姿勢のまま、じっと、静かに見据えていた。
真っ白な髪、抜ける様な肌、まっすぐに視線を迎え撃つ、瑪瑙を思わす、不思議な輝きの瞳。
「嘘だろう?」
ひびの入った、硝子。
指で強く押したら、ぜんぶ割れてしまうような。
そんな風な、馬超の声だった。
「爺様……母さんの事まで、そう思ってたのかよ? ほんとに、母さんを、あたしを…………今まで、そんな風に見てたのかよ?」
黄色人種の皮膚、“肌”色。黒髪の艶をそのままに、明るくしたような、絹の色の如き栗色。
綺麗だ、それは間違いない。
それらが形成する容姿は、眼の前の純血胡人の老人に、少し似ている。線の細く、長い肢体、小さな顔、が――――――やはり、違う。
瞳の色も。顔立ちも。それが、隠しておきたい事実を突き付けられているように、今の馬超には映ってしまった。
やがて、韓遂はゆっくりと立ち上がる。馬超に、何も言葉を掛ける事のないまま。
巨躯が身を起こすにつれて、馬超の目線が、徐々に仰ぎ見る様に、上に釣られていく。六尺五寸はあろうか。
巨大な影、とても、とても冷たい瑪瑙のような瞳に射られた、馬超の背中はとても小さく、華奢に見えた。
ぐっと、睨む目を作った顔の、唇が震えていた。とても、不安そうにしていた。それは、先ほどの苦悶の裏側に見せた不安とは、まるで比較にならないほどに。
壊れてしまいそうだった。
「――――――去れ! 漢民族の混じりものが!!」
「ッ!!」
一喝する、重低音。
馬超の身体が、びくっと震えた。思わず、両手を胸の前に身構えていた。
見捨てられた猫の様な、はっきりとした“怯え”だった。
……否。それは、そんな単純な一言で説明できる色彩では、無かったかもしれない。その瞬間の、馬超の、こころは。
「…………畜生」
ふるふると、わななかす。肩を、拳を、心を。
握った両手は、握りしめる掌と裏腹に、力無く、下に垂れた。
息を呑むように、半開きになった唇を、噛み締めていた。
唇から流れるのは、血。赤だ。
その隙間から漏れた、吐息混じりの声は。大きな目から、滲み出したそれは。
悔しさ、絶望、あるいは別の何か。言葉では定義できない、感情のエキス――――――
精製しないままの、原液のようなそれ、そのものの吐露であった。
「……ッ~~~~畜生ッツ!!」
弾けるように振り返って、部屋から出てゆく。
叫んだ言葉が、空気を裂いた。
「…………」
一人残った、韓遂の表情は、動かず。
ただ、静かに、深い皺を幾重にも湛えていた。
「………………」
声もなく、一行は山路を超える。
韓遂に受け入れを拒否された以上、一行は、さらに逃げ続けるより他にない。
しかし、行くあても無かった。意気消沈する馬超は、それでも先頭を進み、側近の進言のもと、さらに西へと進む。
「――――――っ!?」
やがて、東の空から、鬨の声が響いてきた。
「出たか、韓遂」
一陣の突風が、濡れたような黒髪を巻き上げた。
悪鬼羅刹の餓狼の化身、黒鹿毛の竜騎どもを従えて一騎、騎上で佇むようにある、白銀の瞳が、遠目に、その怪物のような、巨躯の影を確認した。
「おう、タヌキ爺ィ、漸く、やる気になったかァ!?」
「まさか、ここで韓遂が動くとはな。馬超の事は、もう見限ったと思っていたが……」
「オメーの見立ても当てになんねーよなァ、郭汜」
「ふん……」
「あの枯れ草ジジィだって、仮にも四強の一角だぜ! 戦わずにアタマ下げると思うかよ!?」
李確が、吠える様に嘶いた愛馬の手綱を押さえつける。その顔は、嗤っている。歯を見せて嗤っている。
それは、狼が羊に剥く、牙を晒したあの面容。
その表情に、そっくりだった。
「馬超は……西に逃げたのか? どうする、別動隊を編成して、追わせるか」
「いや。もう、馬超はどうでもいい。どの道、奴を斃さん限り、この先には行かしちゃくれねえよ」
郭汜は得てして、冷静だった。獣並みの目で敵の陣容を見渡し、馬超の姿が見えぬと見るや、すぐに彼の脱出の可能性に行きつき、高順に進言する。
高順はそれを退け、酒を煽り、瓢箪を投げ捨てる。
「考えてみれば、韓遂は俺達がまだ名の無い餓鬼の頃から、ずっと“韓遂”だったわけだ」
紅を塗ったような唇を親指でひとつ、こすると、狂い水が弾けた。
「一度目は、何もしない間に額を割られた。二度目は、仕留め切れずに得物を折られた」
極寒の、西の果てのこの地に吹き荒れる烈風は、厳しく、冷たい。それはまるで、突き立てられた刃の鈍色だ。
「“歴戦”は、際の際であるほどに怖い」
暗くて凍えた、血のこびり付いた切っ先の色だ。
「まるで、今は名高い一廉の人物にでも成った、みてェな言い方じゃねェか、順よォ」
嗤う李確の方を、高順は流し目で向く。
この美しい横顔もまた、氷の刀のように、鋭い。
「今も昔も、やってる事ァ、一緒だろ?」
李確の馬が啼く。
高順は、口元だけで静かに笑う。
「郭汜! この軍勢の総指揮は任せる。俺の小隊は、策を立てる上で、切り離して考えてしまっても構わない」
「応ッ」
「確」
「あん?」
大柄の李確と、それよりやや下にある高順の顔が、面と向く。
高順のちらりと見えた糸切り歯が、愉快そうに。
「久々に、競うか?」
「……ははッ! いいぜ! 韓遂は俺が貰うッ」
「ふっ……じゃあ、郭汜」
「うむ」
両脇の二人が、矛を鳴らす。
高順が、刀を抜いた。
「往くぞ」
「――――――殿! 敵軍、動き始めました!!」
「うむ」
窪地を挟んで、向こう側の丘。列為す黒の群れが、動きだす。
自ら低地に下る悪手を犯しながらも、その不利に構わず向かってくる。
「殿、馬超様は……」
「捨ておけい」
「しかし……」
「くどい。西涼の戦士が気にかけるべきは、敗残の落人でなく、眼の前の敵のみと心得よ」
「……はっ」
坂を、滑る様に駆け降りてくる。速い。
遠目にも、動きが充実しているのがわかった。
心身ともに力強さに満ち満ちた、若き疾風の戦士たち。
何も恐れず向かってくる。自らの力と速さを疑わず、全開の勢いで攻め寄せてくる。
「敵軍の先鋒が、恐ろしい速さで直進してきます!」
「速すぎる、この勢いではッ……」
「――――――得物を持てい」
「はッ!」
韓遂は、騎乗しない。
そのまま、近従に自らの得物である双戟を持たせ、取る。
(翠――――――)
その巨躯の翁は、黙して。表情も変えず。
(――――――生きよ)
一振りを二人ががりで抱え持つ、双戟を両手それぞれに携え、水平に構えると、地の底から震えるような声で、裂帛した。
「総員!! 戦闘準備ッ!!」
「御意ッッツツ」
「……この喚声は……まさか、爺様か!? どういう事だよ!」
鬨の声の響いた方角、それはまさしく、韓遂の据わる幕営。
思わず、馬超は馬首を返す――――――
「!?っ」
が、それは、半身を向こうかという所で、傍らに侍る腹心に肩を掴まれた。
「韓遂殿の命により、この先に住まう羌族の首長が、我らを保護すべく、冥安まで使者を遣わしている筈です。早急に向かいましょう」
「……?」
「何卒、戻ろうなどとは御考え為されませぬな。韓遂殿の馬超追放の儀を兵にもし、『一軍の長として敗戦の責を問い、袂を分かった』のではなく、『古縁による私的温情から、避難させた』と捉えられてしまっては……士気の低下は免れず、また、軍規鉄守を掲げる韓遂軍の求心力は地に落ちまする」
「!!」
馬超は、悟るや否や、一目散に転身しようとする。
「お察しなされいッ!!」
その馬超の駆け足を、部下は思い切り袖を鷲掴みにし、引きよせ、制止した。
「離せ!! あたしは爺様を助けに行く!!」
「あなたが向かった所で、もはや戦況が変わると御思いか!」
「っ……!!」
振り切らんばかりの馬超を、酷薄な言葉で押し留めた。
「もはや高順は、韓遂殿があしらった名も無き一兵卒でもなければ、御母堂を苦しめた董君雅の一将でもありません!」
革鎧の上の布が、握りこぶしの中に取り込まれて皺くちゃになる。
「およそ、二十年の歳月は、かつては辺境の戦を駆け回る、いち小隊長の手勢でしかなかった尖兵を、中華において最強・最速と謳われる軍団へと変貌させました。東西戦争で、多くの勇者、戦士が入れ替わった。あれほどの威容を誇った董君雅も張済も死に、御母堂も討ち死に為され、生き残ったのは、御母堂が生まれる以前より戦い続けている韓遂殿のみ。そして董父娘の下で戦い続けた高順は、今や旧董卓軍勢力を纏め上げ、その指導者として君臨しようとしている」
「…………っ」
「姫君よ。あなただけが、まだお若い」
「……ッ、あたしに親殺しになれってのかよ!?」
ばッと、掴まれた腕を、身体ごと振り払って、噛み付くように向き直る。
袖が千切れて、切れ端の布だけが、拳の中に残った。
「漢人の高官を父に持ったあたしの、涼州人としての親父になってくれたのは爺様だ! とっとと中央に帰っちまった父親の代わりに、ガキの頃から側に居てくれたのは爺様だった! 馬も槍も弓も、全部あたしは、爺様から習ったんだ! なのに……なのにその上、爺様を盾にして自分だけ生き延びろってのか!? そんな甘えが、許されるかよ! そんなのは、あたしが爺様から教わった武の使い方じゃない!! あたしは……あたしは、馬軍の主なんだ!!」
「主と言うなら、どうぞご随意に為されるが良い! 我ら馬軍の兵達に、自刃せよと命じた上で!」
「っ!?」
叫ぶ馬超に、叫び返した。
自らの襟元をぐいと掴み、首元を晒した一言に、馬超は思わず口をつぐんだ。
「何故、歴戦の我らが若年のあなたに従って戦い、何故、先君より戦い続ける我らが、未だ勝利の味を知らぬあなたに従い、死んでいったか! それはあなた一人の天命が、我らすべての身命を超えたものであるからにござる!」
「…………」
「そして、その天命は既にあなた自身の意思をも超越したもの! あなたが主たらんとするならば、あなたが殉ずるべきはご自身の矜持でなく、亡き先君、馬騰様の悲願なり!」
「っ!」
「馬騰様は、我らの身命をすべて背負って戦い申した。あなたは、それこそを継がねばなりませぬ。それを担う器であると信じたからこそ、我らはあなたにすべてを託した。亡き御母堂も、そして、韓遂殿も!」
韓遂があなたを生かしたのは、決して私情などではない。あなたが真に一軍の長足る人物であり、旧西軍の、抱いた理想の勝利であると信じているからだ―――――――と、部下は語った。
「漢人にとっての御旗が天子なら、我ら西涼の民にとっての錦は、あなただ」
あなたさえ生きていれば、馬超軍はまた再興出来る。
馬超さえ生き残れば、志は、民族の象徴は生き残る。馬超が死ねば、我らが我らである所以は地上より消え失せる。あなたは既に、我ら同志にとって、そういう存在でなくてはならぬのです――――――
そう言って、供は拳と手刀を合わせた。
「生きてくだされ。我らは馬超殿であり、馬超殿は我らでなくてはなりませぬ。我らの総大将は、あなたでなくてはなりませぬ。西の民の真の自立……その志の下に集う者達を、あなたは導かねばなりませぬ……それが、次代を担う主の役目に御座いまする」
いつしか、馬超の握った手綱は緩んでいた。
項垂れ、静かに、静かに――――――血が滲むほどに、唇を噛んだ。
「……走れ」
馬首を返す。
再び、先頭に戻り、ぽつりと言った。
「……走れッツ!!」
馬超は強く、自らの馬に鞭を打つ。勢いよく、愛馬は地を蹴り出した。
今は落ち延びようとも、必ず、復権する。
大軍の先頭を往く者は、常に一人でなくてはならない、後ろを振り返る事は、有ってはならぬ。
眼から溢れてくるものの理由が何なのかは、わからない。それは、言葉では定義し切れぬ感情の塊。
無念か、悔しさか、腹立たしさか、憤りか――――――それらの綯い交ぜ。
風が吹き荒れた。
極寒の、西の果てのこの地に吹き荒れる烈風は、厳しく、冷たい。
思うに、ツンデレってのは、ハマーン様くらいのランクからの事を云うと思うんだよね。つまりひとつひとつのリアクションどうこうではなく、一貫してのキャラクター性と言いますか。
ハマーン様のプライドと高圧的な態度って言うのは、言わば自己防衛なんですよ。心の柔らかい部分を他人の土足から守るための鎧。それは彼女にとって、それだけ“犯され難い”ものなんですね。だから図らずとも覗き見されたカミーユにブチ切れたわけです。攻撃的なのは、打たれ弱さや傷つきやすさの裏返しなわけです。可愛い。
言ってみれば、あれは「照れ隠し」なわけですね。古手川さんがリトに対して鉄拳を見舞うのと質は同じ。状況的に向いた先がカミーユだっただけで。彼女にとってシャアっていう男性との想い出は、不可侵で、恥ずかしく、デリケートで、秘め事で、極々プライベートな聖域なわけです。
「よくもずけずけと人の中に入る。恥を知れ、俗物!」というセリフにそれがよく出てる。
ハマーン様はシャアに対してだけは絶対に下手に出たくない。それは照れ隠しだから。心の無防備な所に触れられるのなんて、想像しただけで恥ずかしくて我慢できないわけです、彼女は。だから安全の為に、常に先手を取って優位に立っていたい。
だからデレそのものっていうか、本人にデレられないせつなさやいじらしさ、にこそ、ツンデレの本懐があると思うのですよ。「バカバカっ」って胸をポカポカ叩きながら赤面することなんか、彼女にはできません。シャアは坊やじゃありませんから、そこまであからさまにデレたらバレちゃいます。もう、照れを隠すためにはガチでブチ殺しにかかるしかない。いや、まあ、シャアはハマーン様がまだ自分に焦がれていることくらい察していたかもしれんけど。
まあ、だから、男と決別した後、一人で唇を噛む事しかできなかったハマーン様のいじらしさにこそ、ツンデレの本来の魅力があると思うんだな。
アイマスでいえば、いおりんよりもりっちゃんの方が、僕の中では正統的なツンデレですね。
はあ、踏まれたい。