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なぎの間編・六十四話―――――――「とも」

お詫び

武蔵のところ、最初はサラっと終わらそうと思ってたんですが、あれもこれもと書くうちに、やたら長くなってしまった。

読んでいただけたら幸いですが、アレやなって感じだったら読み飛ばしてください……

「……バカ野郎が、落ちぶれやがって――――――」


一つ、べッと、唾を吐いた。

ノッポは、淀みのない所作で、片手に得物を携えたまま、小刀を腰から抜く。


「!」


関行が、少し、目を見開いた。

ノッポはてきぱきとした所作で、自らの右目のぶすいろ、その中心にある掠り傷――――――

その上から、躊躇うそぶりもなく、思い切りよく、その短刀の切っ先をぶっ刺したのだ。


「ぐっ……ぬッ…………」


眉間に皺を作りながら、食い込んだ切っ先を、そのまま捻る。

毒に侵された部位を、中の肉ごと抉り出し、それ以上の毒の浸透を防ぐ。

みちり、と、有機質な、粘る音がした。

血が、溢れる。


「ッ……関行よお……そんな下らん術が…………今のテメーの技か」


そして、ピッ、と、素早く、切る様に、短刀を抜き去った。

あらたな紅い鮮血が、しとどに、だくだくと流れて、顔の右半分を覆う。

抜けた血液と一緒に、紫の痣から腫れも膿も引き、症状の進行は。極めて強引な毒抜きによって止められた。

だが、荒療治のおかげで、瞼の肉がぱっくり抉れて落ちてしまい、結局、右目は塞がってしまう。


「蘆塾三羽の筆頭が、幽州一の出来人が、こんなしみったれた戦い方をする様になったのか?」


隻眼。残った左眼のみが、じっ、と、闇の中の関行を見据えていた。

関行は――――――フっ、と、鼻で笑った。


「こういう戦い方も、生き残る為の術なのさ。正常位だけじゃあ、楽しくねーだろ?」


少し、冷笑的にすら思える。あるいは、わざと、そうしたのかも知れない。

無形の構えで、ノッポを眺めるような風でいた、関行の得物が、再び、仰々しく翻った。

どっしりと、腰を落とした重厚な構え。森の隙間から差し込む、月光が照り返す。

血と毒に塗られた牙に返された、碧く、冷えた月明かり。


「悪く思うな、糜芳」

「…………ちッ」


容赦なく、そして躊躇いなく、奴はこの立ち合いで初めて、自ら飛び込んできた。

悪魔の顔をした、偃月刀が迫る。







「はい、いいですか、お前らぁ~。まずは、足運びについてだが」


武蔵が、掲げた左手をくるくると回す様にして、講義する。握ると開くの中間の、中途半端な手の形。人差し指だけが、天を指す。

お馴染みの面々が、それぞれの態度で、それを聞く。


「物が移動する時に最も効率が良いのは、等速で運動する事だ。つまり、最初にピッと動いた力のまま、スーっと前に滑っていくような運動だな。氷の上を想像してもらえるとわかりやすい。要するに、接地面の抵抗が少ないほど、力を損なわずに前へ送れると言う訳だ。この場合、接地面との摩擦が大きいほど、それだけ踏み込みの力が、地面に向かって逃げていると考えても良い」


いや、一人、その場に居ない奴が居た。

少し離れた場所、木を背もたれにし、頭の裏で両手を組んで、居眠りに耽る李通。

空に浮かぶ月は真ん丸く、満天の天井は高く澄んでいて、美しかった。

しかし、暗い森の茂りの傘の下では、赤黒い血が地面に染み込み、未だ生々しい肉片が辺りに飛び散り、こびり付いている。

人斬り包丁を操る術が、本来、何を求めているのかを、何よりも如実に物語る、陰惨な景色。

屠場(とば)のような修羅場の中で、臓物のベッドに寝そべり、李通は心地良さそうに、うたた寝をする。

その、長く伸ばして、組んだ脚のふとももを枕に、小さな小さな頭を乗せて、長い髪が、銀の糸のように、ぱらり、と、広がっている。

血で汚れるのも、何ら構わないふう。天使の様な顔で、陳恭がすやすやと寝息をたてていた。


「徐々に加速していき、途中で最高速に達するような動きは上手くない。初動から最高速! それを維持したまま、等速でツーっと行く。そういう動きが望ましい。これは運足に限らず、打ち込みにも言えることだな。でだ、そこを目指すために、どうするのかというと」


少し、語り口調に熱が入ってきたようにも思える。

好きな事だと、この男は良く喋るのだ。


「筋力の力で足を運ぼうとすると、足をよいしょ、と運ぶ時、軸を移動させる時に、時間差が生じる。これは、加速度的な動きであるから、望ましくない。まず、軸は必ず前足の上にあり、腰から頭まで、一直線にある事! 基本の立ち方はこれだ」


左前屈に構えて、左手で、自らすっと指で示し、上から下に線を引くようにして、軸の位置に関して説明する。

居並ぶ各人、思い思いに、頷く。


「倒木法、という理合いがある。朽木が地面に倒れ込むのを、お前ら、一度は見たことがあるだろう? あれは、地面がものを引っ張り込む力を持っているからだ。踏み込む時は、その原理を応用する。重心を自然落下に委ねて、相手の懐に向かって倒れ込んでいく、あるいは、滑り込んでいくような感覚だ。膝を抜いて、こう――――――」


武蔵の腰が、突き出される様に、前にのめる。

否、投げ出される、で、あろうか。言葉では、簡略には表現し難い。

姿勢は、ほとんどそのまま。腰を送り出すと同時に、後ろ脚を持っていく。

同時に、重心を受け止めていた、左足の膝がするっと緩まり、支えが消失する。

重心が滑落して、水のように、ずるり、と――――――


「――――――前に踏み込んでやるわけだ。そして、落ちていった重心を、追っていった右足で受け止めてやる。当然、この時、腰は前足である右足の上にある事。この状態からなら、同じことがさらにもう一度出来るわけだ」


落ちていった先で、追い足の右がその巨体を受け止める様に、入れ替わった。

ちょうど、先ほどの構えと、左右対称の形になる。


「この、膝抜きと倒木の理合いを応用した動きを繰り返し、落ちていく重心を次々に受け止めてやることで、限りなく等速に近い運動を再現できるわけだな。膝を抜くときに、前足の虎趾に置いてあった重心を、かかとに移して踏み込むようにすると、さらに大きな推進力が得られる。これがコツだな」


スッ、ス、と、軽くその場で、運足を実演してみせる。

土と血の混ざった地面が、ぺちゃ、と、音を立てたような気がした。


「で、この際、気を付ける事は、だ……重心を受け止めるときに、腰が前足よりも後ろ側にあると、前足が壁になり、勢いをその分、殺してしまう。これでは、次の動きを阻害する事になる。この瞬間の腰は必ず、前足の上にある事が望ましい。だから、腰をしっかりと前に持っていくことが肝要だ。また、だからと言って、重心を固定してしまうと、動きの自在性を損なう。打ち込む瞬間は重心は虎趾にあるべきだが、踏み込む際はかかとで踏むから、むしろ爪先は浮かせるような感覚だ。体の軸は常に、しかるべき場所に操作出来る様にし、尚且つ、固まらず自由であること。くれぐれも、居着かないように注意すべきだな」


いよいよ、饒舌になってきた気配である。

喋る語気に、途切れる気配が見えない。


「ま、追い足で注意すべき要点は、こんなところだ。修得すれば、自然体からでも同じことが出来るし、方向を転換する際、送り足や継ぎ足の様な運足でも、同じ事が出来る。よくよく、鍛錬すべきだな」


腕を組み、構えを解いて、直立する。

目を一同に遣りつつ、また、人差し指の立った左手を掲げながら、舌を滑らす。


「はいはい、せんせー!」

「はい、沙和」


しゅぴっ、と、背伸びするように手を挙げた沙和を、武蔵がピッと当てる。


「何で、地面にはものを引き付ける力があるんですか? なのー」

「知りません。ダイダラボッチがそういう風に作ったからです」

「ほなら、何で紙とかはひらひら~って、ゆっくり落ちるん?」

「軽いからです」

「じゃあじゃあ、石がすとんって落ちるのは、なんでー?」

「重いからです」

「せやったら、水の中には、紙は浮くのに石はなんで沈むんか……」

「で、次は太刀遣いについてだが……」


会話の流れのまま、真桜の追問をするっと受け流して、自分の話に戻る。

悪ノリで話を脱線させている、確信犯には違いないだろうが、一応、ぶぅ、と、唇を突き出して、膨れて見せた。


「当然、踏み込んだ時の勢いを、そのまま打ち込む勢いに使う事になる。足捌きから手の内まで、すべて一繋がりの動きと言うわけだな。別々ではいかんぞ。太刀を打ち下ろすときも、自然落下の力を利用する。打つ時は、切っ先から入っていく。腹から打ち付けると、重さが十割、乗り切らん。しっかり斬れるように、刃物として扱う」


すらっと、一瞬で太刀を抜き、パッと振り下ろした。

流水のような、淀みのない所作。


「そして、手の内を決める瞬間にだけ、手首を使い、引きを作る。膂力の力に頼るのは、相手を打つ、この瞬間のみ! この瞬間にのみ、身体を締める。この千分の一秒だけでいい。あとは、脱力する」


ヒュンッ、と、空気を斬る音がして、まっすぐに落ちる。

白刃の、きらめき。


「この時、自分の足を、得物よりも前に出さないこと。斬られるからな。逆に、相手の爪先が前に出てたら、貰いもんだ。斬り払うなり、踏むなり、取るなりして崩してしまおう」


すっ、と、太刀を払う。

殆ど、脱力した自然体のままで、太刀を扱う。

そういえば、武蔵が腰を据えて構える所は、あまり見たことがない気がする。


「しかし……お師匠、それは」


星が、おもむろに、自らの顎に右手を添える。

すらりとした、細く美しい人指し指が、紅い唇をトントンと叩く仕草。少し俯き加減で、意味深に間を溜めて、やがて、二の言を継ぐ。


「要するに、我々が普段から、いつもやっている基本の稽古ではないですかな?」

「うん」


さらりと答えた武蔵の言葉に、それまで身構えた顔をしていた一同が、がくーっとずっこけた。


「なんスかぁ、そのオチは!?」

「てっきり、兵法の奥儀に通じるものかと……」

「いやあ、でも、そういうモンなんだよ」


そういうチビとニキビに、武蔵は先ほどと同じ、少しも変えない表情でまた、さらりと、そう言う。


「大方、“人を斬る”なぞというのは、突く切る払うがある以外には、打つと薙ぐがあるだけだ」


たらん、と、右手がぶら下がる。

切っ先が地面に触れるか、触れないか――――――というほどに頭を垂れ、落ちぬぎりぎりの所で、ぷらん、と、人差し指に引っ掛かる。


「その単純な問いを、歴代の武人は飽きもせず、しつこく捏ね繰り回してきた。武術の発祥から数えて千年分の人間、すべてひっくるめて、たったそれだけの事を極めんとして、今日まで“これ”を継いできた。きっと、生まれたばかりの武術は、今よりもずっと回りくどく、無駄が多く、勿体付けた大仰なモンだったんだろう。その無駄を、時代の流れが削ぎ落し、少しずつ、少しずつ、研磨を続けてきた」


そこから、まっすぐに振り上げる。

足は、まっすぐのままだ。棒立ちのようにも見える。

非合理のようにも見える振り方。

しかし。


「木像を、毎日拝むようなもんさ。決まり切った動きを、わかりきった理屈を、ただ、ひたすら繰り返す。体に染み込むまで。たったひとつのことだけを、求めて」


その、非合理で遊ぶことが出来るほどに。

“理”を追求し続けたのがこの男であり。


「その繰り返しだけが、千分の一秒を約束してくれる」






閃光が、斬り裂く。

暗黒の中に走る、その冷たい光は、そこに存在している「闇」という空間を、ギラギラと煌めく銀色で引き裂き、断ち切る。

――――――“闇”を?


「くッ…………!!」

「…………」


もうひと振り。空を切る。

そう、それは、空を切っていた。そこにある闇を斬っていた。

人の肉を、目掛けて振り下ろしているにもかかわらず。


「…………」


手応えが手に伝わらず、斬らんと牙を突き立てようとしたその身体は、煙のように逃げていく。


「ぐっ……!!」


間が開き、構えて相対す。弾んだ息が、あたりの静寂に交る。

幾度となく振り下ろした、青龍偃月刀。だが、


(―――――――なぜ、入らん!?)


最後に刃の触った、あの目元への一振り。止めを刺すべく、続けざまに振り下ろした――――――しかし。

関行の打ち込みは、あれを最後に、その痩せぎすの身体を、一度も捉えられていなかった。

毒入りの偃月刀。切っ先で、少し肉を抉るだけで勝負は付く。糜芳はすでに、手負いなのだ。

だが、それでもなお、届かない。捉えたと思っても、その薄い肉体が闇の中に融けるかのように、偃月刀の刃先から、するりと逃げていく。

急に、一向に、奴の身体が、遠くなった。


「つまらねぇ男になったなあ、関行」


汗が顎を、伝って滴り始めた関行に、暗闇の中から、奴の声が聞こえてきた。

暗闇に融けるかのように遠かった、奴の輪郭が浮かび上がってくる。


「…………!?」

「その馬鹿でかい偃月刀を、小枝のように振り回す……なるほど、あの頃と変わらねえ、豪椀だ」


不意の言葉に、その、険しさのさらに増した切れ目を大きく開いた、関行。

そんな彼に構わず、ノッポは言葉をつづけた。


「そんなお前が、なんでこんな貧相な男を捕まえられねぇか、教えてやろうか」


淡々と。


「掠っただけで致命傷、等と――――――刃に仕込んだ、そのケチ臭ェ毒なんぞに頼ってやがる。それがお前の追い足を一足も浅くする」


ノッポの口調は、平淡としていた。

全く、息の乱れがなかった。


「―――――――今のお前に、怖さはねえ」


刹那、闇の中から、丁度、月明かりに照らされ、現れた。

低く、低く。這うように、飛び込んできた、奴。

それはこの立ち合いの、どの場面よりも深く、懐に。


「……ッツ!」


今まで、下がるばかりだった。

急に調子を変えてきた、その一足に、関行の反応は一瞬、遅れる。

飛び込みざまに放った、斬り落し。それが、咄嗟に受けの体勢を取った偃月刀の切っ先を、強かに打つ。

そして押さえたまま、ノッポの身体は、流れる様に、右脇に抜けていく。

一瞬、その場に残った得物は、身体の動きに従うように、付いていく――――――


「――――――ッツ!!」


そのまま放たれていった、抜き一文字。

関行の右脇を、撫ぜるように抜けていったそれが、深く、深く、その左目を捉えた。


「がっ…………!!」


関行が、思わず、真っ赤に裂けたそこを押さえた。

ノッポは残身を取り、そのまま歩み足で間合いから抜けていって、再び、向き直る。

三間ほどの間合い、ノッポは、構えを崩さない。


「…………!!」


声無く、関行は顔をあげた。

熱い痛み。視界が、半分になっている。掌のぬめり、温さ。

般若のように、一層、激しく険しくした、残った眼で――――――奴を見遣る。


「あいこだぜ」


ニヤリ、と、少し、ノッポは笑う。否、口の端を、釣り上げてゆがませる。

その右目は、間違いなく塞がっていた。鮮血で汚れている。

だが――――――見えている時と、何ら変わらない、いや、むしろ、それよりも深く、躊躇いなく。

奴は、突っ込んできた。

俺の刃に、毒に、何ら、恐れる事もなく。


「なあ、関行」


勇壮な青龍刀。

相対した、細身の無銘。

闇の中で流れる、血は。その光沢(いろ)は。いつものそれとは、どこか、違う。


「俺達は、同じ敗北を背負ってる。あの時、俺達は負けた」


故郷も、家族も、自信も、あの敗北は、何もかも奪っていった。

『俺は強い』という、俺が俺であった証も。


「それでも、今日まで戦う事を辞めなかったのは、何でだよ?」


無くしたものを、必死に取り戻そうとしていたんじゃないのか。

“強さ”を、諦めなかったからじゃないのか。

そんなのが、お前にとっての、“強い”って事だったのか?

そうだとするなら、俺達の目指したものって、一体、何なんだ?


「のた打ち回って、それでもしがみ付いてきて出した答えが、お前が縋った“ちから”は――――――そういう剣だったのか?」


殺すだけなら、後ろから闇討ちすりゃあいい。頭数揃えて、なぶり殺しにすりゃあいい。

俺らがそれを選ばなかったのは、なんでだよ?

強いって、そうじゃねえって知っていたからだろう?

馬鹿じゃねえのかってくらい、寝る間も惜しんで熱中して、繰り返した稽古だけが、強さを約束してくれると。

飽きるほどに繰り返した、振り続けた一太刀だけを、頼みにしてきたはずだろう。

俺らの命は、丸ごとそれに預けた筈だろ。

鍛え上げた、その一太刀に、意地だの何だの、合財乗っけるんだろう。

それを信じず、何を信じる?

俺達の強さは。

お前の強さは。

そういうもんの筈だったろう?

鍛え抜いた一振りに、全部懸けるんだろうが!!


「お前に俺は、殺せねェ」


俺は、俺を取り戻したかった。

……お前は、違ったのか?


「ッツ!!」


やせぎすの、のっぽが突っ込む。

低く、低く。

敵に迫る。肉薄する。その身は疾さと一体となり、ぶつかり合う一瞬の真空が、血を逆流させ、背中の総毛を逆立てさせる。

優雅な鶴でなく、

雄々しい龍で無く、

その男は、蛇の剣。

地を這いずる蛇の剣。

それでも良かった。強くなれるのなら。

痛みは、怖くはない。死ぬ事になろうが恐れはしない。振りかざされた、どんな太刀の下にも突っ込んでやる。

厭うのは、たったひとつを失う事。

取り戻す為に、しがみ付いてきた。

最初は、目を背けていたよ。俺は、お前みたいに立派じゃねえ。腐ってたさ。

日陰の中に居て、稽古もしなくなって、これでいいやって。こんなモンだろ、って。

思い知らされた、俺は、“強くなかった”のだと。自信を見失った。ムカ付いたさ。

汗を吸った手拭を破り、稽古に使った巻き藁を処分し、道着も捨て、何もかもぶちまけ、投げ捨て。

腰に佩いた一本の剣も、地面に叩き付けて、それでも。

――――――心は、剣を離してくれやしなかった。


「ッ」

「っ」


負け犬には、なりたくなかったんだ。

誰だってそうだろう? 男なら。

俺達は、男なんだよ、だから粘ってきたんだよ。まだ戦っているんだよ。

そうだろう……?

俺にとってのお前は、もっと。

ずっとずっと、強い男だったんだ。


「ッ――――――」


刃と刃の、噛み合う音。生じた火花、炸裂の閃光。

身体ごと叩きつけた、ノッポの振り下ろしが、重厚な青龍偃月刀の牙と、真正面からぶつかり合う。


「っ!」


今日何度目かの、鍔迫り。伝わってくる、肉体の圧力。

ぐん、と、噛み合った体勢から、さらにノッポは腰を切り、強引に腕を、剣を、振り切った。

偃月刀が、外へ持っていかれる。当然、大きく太刀を使ったノッポの身体もまた、強引に振った方向へと流れていく。


「…………!?」


だが、ノッポの身体はそこで止まらなかった。大振りに振り切るまま、さらに振り抜いて、身体ごと回す。

背中を見せるほどに、身体を後ろに回し――――――

後ろ廻し?


「ッツ!!」


一瞬、その動きに虚を突かれ、刹那の後、関行が反応する。

一拍よりも短い、太刀を組み交わす最中(さなか)の、毛孔が総開きになる一瞬の、本当に、薄刃よりも短い、“遅れ”

その間に、ノッポは足を入れ替えていた。出足を己の正中より向こう側に持っていき、奥足を従わせて、そのまま身体を旋回させる。

不意の角度、裏から飛んできた、長い腕。その先に握られた、得物。

「敵に背後を見せる」という、本来の武術的観点の理合いとは真逆の体勢をあえて取る、危険と裏表の“邪道の武技”

離れ業、後ろ転身――――――





『邪道だ』


背中を合わせて遠くに居た、関行がおもむろに呟いた。

「あん?」という表情で、汗まみれの目付きの悪い、その長身痩躯の男が振り返る。


『敵に背後を見せる技は、不合理だろう?』


声の主は、糜芳に背中を向けたまま。

黙々と、大刀を模した訓練槍で、空打ちを繰り返している。


『地力に不安があるから、そんな捨て身技に頼ろうとする考えが生まれる。所詮、曲技、芸当の類など、実戦では通用しない』

『ケッ、言ってろ』


へっ、と、挑戦的な笑みを浮かべて、糜芳もまた、背中を見るのをやめて、元通り、前を向く。

お互い、離れた所で、再び背中合わせ、糜芳はまた、剣を振るい、ひたすら転身打ちの稽古を繰り返す。

時折、吹いていく風、そして打ち込みが生み出す旋風が、足元の短い草をざわつかせる、二人の間。


『精々、後悔する事になるだろうぜ。これは、テメーから一本取るための“ヒサク”なんだからよ!』

『フっ……』


肩越しに、言葉だけが届いてきた。

関行は、汗によって額に張り付く長髪を払う事もなく、得物を振る手を止める事なく、その合間に、一つだけ薄笑いを浮かべた。


『マジメだねえ~、おめえら』


集中した表情、砥がれた顔つきで黙々と鍛錬を続ける、ふたりの背中と背中の間に、ぽん、と、気の抜けた声が投じられた。

柔らかい芝生の上、寝そべりながら耳をほじる、簡雍が。


『芳よぉ、そんなに腕っ節ばっかり鍛えてどうすんだ? 職業軍人にでもなんのか』

『あ? ………………あー?』


むくりと、長くなっていた身体を起こし、簡雍はおもむろに、そんな事を尋ねる。

糜芳からは、意味のある言葉は返ってこない。結局、間を開けて考えて、結局何も思いつかず、やみくもな返事をした。


『なるほど、何も考えていないと』

『なっ……ちげーよ! 考えてるよ俺だって! 将来の進路くれー!』

『じゃあどうすんの? 具体的に』

『あ!? ……………………あー!?』

『やっぱ、考えてないじゃん』


言ってはみたものの、改めて問われた瞬間、すかん、と、頭の中が空っぽになってしまう。

言うべき言葉が見当たらなくて、とりあえず怒鳴った。さっきと全く同じである。

そんな糜芳を、簡雍は座ったまま、けらけらと笑う。


『いいんだよ! とりあえずはオメー、こいつに泡吹かせてやんのが俺の目下の課題なんだよ!』

『ガキの頃からずっと言ってるよな、それ』

『うるせー!! てめえこそ少しは稽古しやがれ!!』

『は? いや、おめーアレだぞ? 俺はいざって時にはアレだから、目覚めるから』

『何がだよ!?』

『……博才?』

『不健全まっしぐら!』


とぼけた事を言う。

糜芳の若い声が、キンキンとうるさい。


『……ふっ』


ずっと背中越しに、声だけ聞きながら、基本を繰り返し続けていた関行が、二人のやり取りに、笑いを洩らした。


『――――――……関行』

『ん?』

『お前はどうすんだ? 官僚にでもなんのか』


手を止めた関行に、木剣を肩に担ぐように乗せて、糜芳が訪ねた。

振り向いたときに、関行の長い髪の先から、汗が滴り、草の上に落ちた。


『そうそう、おめーはこいつと違って頭も良いしよ』

『テメーが俺に言えたセリフか!!』


肩を組んできて茶化す簡雍の耳のすぐ横で、糜芳ががなる。


『うーん……俺には正直、中央に参政したいという気持ちは無いかな』


上げて纏めた髪、露わになった広い額に、汗が光っている。

端正な顔を、少し照れくさそうに――――――改まって、そんな風にさせて、頬を指先で、少し掻く。


『ただ、生まれ育ったこの地の為に戦い……師や、俺を育ててくれた人たちに恩返しして』


作ったのは、笑顔だった。


『大切な人を守れたら、それでいいと思っている』





「――――――ッツ…………!!」


一閃した、銀色の線。

関行は、それに何を見ていたか。


「関行よ」


思えば――――――

俺はあの日以来、日課の抜刀千遍をやらなくなった。

いろいろ、無くした。家族も、故郷も、友も、夢も、信じていたものも、縋っていたものも、矜持も。

敗北は、俺からいろいろ、奪っていった。


「てめーは、妹を」


お前の、小うるさい技。覚えていたつもりだったが。

片手剣の名手・糜芳が、何やら粛々と温めていた、“ヒサク”の事も。


「愛紗を守ってやるんじゃなかったのか」


――――――っ


(そんな事すら――――――忘れていたとはな……)


一瞬か、一刹那か。それだけ、少しの間があって、その銀の軌跡が切り裂いた其処から、鮮血が吹き出した。

闇の中に、真っ赤な血。喉から噴き出す、真っ赤な血。

暗黒の中で見る血は、いつもとは、少し違う。

逆一文字、片手で振り切った細剣。ノッポの顔が、返り血で紅に染まった。

ノッポは、瞬き一つ、することは無かった。淡々と、目の前の眼光を見据え。

険しい殺気を湛えていたそれが、何故だかふっと緩み、そうして、ゆっくりと仰向けに倒れて行くまで――――――

一瞥足りとも、目を逸らす事は無かった。




強いと言う事。

何も持たない彼の誇りは、それしかなかった。彼の財産は、それしかなかった。それだけでよかった。それには、それだけの価値があった。

――――――強いというのは、そういう事だ。

敗北は、存在意義の喪失を意味する。彼は、それをどういう風に受け止めたのだろう。

消えない傷だったはず。

それでも戦う事をやめなかったのは。彼が、彼を信じた証拠を。

それを必死に、取り戻そうとしたからだ。

真綿で首を絞められるように、日ごとに奥へ奥へと深くなってくる敗北感を、肚に溜めながら、それでも柄を抱き続けて。

辿り着いた、今日だった。








「――――――よゥ、まだ、生きてるか?」


月が、深緑の傘の合間から垣間見えた。

座り込み、それを眺めるノッポ。傍らには――――――仰向けに、土の上に大の字なった、関行があった。

かっ捌かれた喉笛から、流血は止まらない。もはや、虫の息で、胸を大きく上下させて息をついているが、既に上手く、空気を取り込めない様であった。

呟きのような、ノッポの問いかけに対し、反応を見せるが、声にならず、代わりにごぼっと、せり上がってきた血の泡を、口から噴き出しただけだった。


「いいよ、喋んなよ」


ノッポは、少し強い口調で、しかしまるで普通の会話のように、口を開く関行を制止する。

そして、自身の懐に手を伸ばし――――――煙草がない事に気がついて、小さく、舌打ちした。


「何言いたいのかなんざ、喋んなくたって、なんとなくわかるさ」


手持無沙汰になった手を、そのまま両手とも地面について、ノッポは月を仰ぎ見る。


「………………」


関行の眼に――――――もはや、月は霞んだ銀色にしか見えない。

それでも、ノッポの声は耳だけで、彼に届いたか、すっと、荒い呼吸を鎮め、そっと、静かに目を、ゆっくり、閉じた。


「なあ、関行よォ」



「俺達が初めて会ったばかりの時、俺達がいつか三十のおっさんになるなんて、お前、想像出来たかい?」



「そうだよなァ、あの頃は、そんな事、他人事だった」



「もう少し、なんつーか、立派なもんだと思ってたけどな」



「ははっ。そだな。きっと、何年経っても、おんなじことをボヤいてんだろうな……生きていたら、な」




「……おい?」


返事は、無かった。

いや、そもそも、“言葉”を喋っていたのは、ずっとノッポだけだったのだが――――――

それでも、返事は、無かった。


「…………」


もう、動かなくなった屍を一目、見遣ると、彼はゆっくりと立ち上がり、暗い道を歩き始めた。

右目の痛みが、唐突に戻ってきた。それをきっかけに、膝や、腕や、背中や、胸骨や鼻、身体のあちこちが軋みだす。

時が、再び流れ始めた。

ノッポは表情をほとんど変える事はなく、ただ、閉じたままの臼歯から、少し擦れる音がした。

そうして、幾分か鈍りかけた歩み足の次の一歩を、やや大げさに大きく踏み出させると、そのまま森の作る、闇の中へ消えていく。

だらりと、柄に引っかけた、左手。指先まで伝って、ぽたぽたと流れる、流血線。掌にあるのは、柄尻のみ。

ノッポが振り返る事は、二度となかった。




この一夜の戦いで、関行傭兵団は壊滅した。

後になって、歴史的観点から振り返ってみれば――――――この一戦は、ゲリラ部隊としての純兵による歩兵部隊の有用性を示した戦闘であり、引いては曹操軍における、純兵制の導入活性化の一因となった時点であると位置づけする者も居るが、基本的には、夏侯淵が鎮圧した、数多の武装勢力の掃討戦、そのうちの一つとして、史書においては、ぽつりと一行で済ませられるだけの戦である。

頭目、関行の行方は知れず――――――この夜襲にて戦死したとも、あるいは生き延びたとも、ついに判断がつかなかった、という。

名もなき兵卒に斬られて、首も取られずに打ち捨てられたか、いずれにせよ、膨大な歴史書の文言の中に、埋もれるように記載されたこの人物が、当世において、いかなる評判、いかなる経歴の人物であったのか、後世に伝える史料は存在しない。


あざりん可愛いよ、あざりん。

あざりんと番組の企画で一日デートとかしてみたい。

家に帰った後に半角さんに「…………浮気?」って小首を傾げながら跨られて区切られたい。


三国志12には9であった異民族を希望、あと、ゲーム後半になったらローマ帝国と決戦するイベントとか欲しい

オルドみたいに、各地から娶った姫を後宮に入れて、息子や娘を要職に付けつつ支配力を増していくシステムとかもあったら面白いな。

ほんで、姫の能力とプレイヤー武将の能力との兼ね合いで子供の能力決まってくんねん。曹操の娘を後宮入りさせたら、曹操が外戚になって指揮兵力や管理出来る都市の数が増えるとか。

呂布らへんを外戚にして、権力を強くしていったら裏切られたり。で、直接の血縁者は滅多に裏切らないとか。

いろいろ出来そうじゃね? とりま、期待して全裸待機してます。


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