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反董卓連合編・四十九話――――――「虎牢関の決斗」



「おう、おう、おう! 乳臭ェ小娘三人と男二人か!? 舐められたもんだなァ、おい!!」


十完歩、二十完歩。袁紹軍が誇る、袁紹直属親衛隊を木端の様に蹴散らして、見る見るうちに袁紹の天蓋に接近する。

淳于瓊が指揮を執る為の高台から走り降りる。その手前の地べたを両脚で掴み、袁紹の盾となる様にがっしりと戟を構え、顔良・文醜がその脇を固めた。


「淳于、文醜、顔良!!」

「おう!」

「言われなくとも!」

「了解です!」


ガガガッ、と、一足で跨ぎ越える勢いで、一気に高台に迫り、斬り込む。

強襲してくる、羅刹共。

袁紹の傍らに侍った郭図の声に応じ、三人が立ちはだかって躍り出た。


「ッハァ!!」

「おうッ!!」


身体ごと、一本の槍となって突っ込んで来た李確の突きを、淳于瓊の戟が受け、


「憤ッ!!」

「くっ!」


剛腕の生み出す膂力と馬力の力を、余す所無く乗せた徐栄の豪打を、顔良が遮り、


「よっとっ!!」

「……っちィ! 小賢しい小娘が!」


それらの進路の隙間を縫って、速度に乗って袁紹を狙う郭汜の進行方向には文醜が割って入り、走るまま薙いでくるその矛を、大剣で迎え撃った。

各者三様、すれ違う様な一瞬、超高速の刹那のうちに、一合、応ず。


「……やるな。だが、それくらいの手応えはなきゃ――――――」


三つの人馬一体の獣の襲撃を受け止め、袁紹への道を逸らし、退かせた。

その後ろから飛来した、四つ目の影。


「――――――こっちも、命を張る甲斐がねェ」


三対三で刃を合わせた、その刹那。

現れた、しなやかな金色の馬体が飛翔し――――――三方の襲撃を受け止めた三つの盾を、文字通り、“飛び越えた”。


「なっ……」

「やばっ……」

「――――――郭図ぉーー!!」



不意の襲撃、そしてその跳躍に、驚愕――――――対応し切れずに、後ろを振り返った三人を尻目に置いて、白銀の瞳を持つ美丈夫を背負った優駿はそのまま指揮台に着地し、再び、地を飛び越える。

盾は躱した。前に残っているのは、姫君と智嚢のみ。


「ちっ…………!!」


健気な細腕で、小癪にも佩いた剣を抜いた郭図に向かい、再度、跳躍した。


「……ふんっ」

「!!……ッ」


応戦してくる、血錆の付かぬ真新しい直剣に、高順は容赦なく歴戦の一打をぶつけ、それを巻き上げる。

郭図の顔が、手を伝って肩まで響いた、激しい痺れに歪む。直剣は、ほとんどなんの抵抗もなく弾け飛んだ。

優駿は、天馬の如く、宙に在るまま。高順の刃は、返す刀で、袁紹の――――――


「きゃあっ!!」

「くッ!」


輿にあつらえられた、絢爛なる天蓋を撫で斬って行った。

飛ばされた傘が、派手に転がる。思わず、袁紹と郭図が身をかばう。

その間、三将は後方に気を取られた三盾を、その隙を突いて突破すると、しかし郭図と袁紹には目もくれず、その脇を通って、走り抜けるままの高順に追従する。


「おい、軍師よ!」


既に袁紹らを抜き去っていった高順が、走るままの馬上で上半身を捻って振り返り、弓を構えた。


「その非力で俺に立ち向かった、度胸だけは買っておく!」


射られた、その銀色の瞳と同じ色をした鈍色の矢の切っ先が、空気を裂いて、真っ直ぐに放たれる。


「ッ!!」


ドッ、と、鋭い衝撃と食いこんで来る鉄の感触が、郭図の左肩に撃ち込まれた。

そのまま片膝を付いて、崩れ落ちる。


「はっはァ! 次に俺達を呼ぶ時はァ、百人の美女を供に侍らせて迎えるんだなっ!!」


走り抜けていく高順らに、すぐさま弩の矢が射かけられたが、彼らは嘲笑うかのように、矢の雨の中を事も無げに駆け抜けていく。

去り際に叫んだ李確の軽口を置き去りに、彼らは再び、戦場の土埃と喧騒に飛び込み、消えていった。

最期、振り返った顔を前に戻した高順が、不敵に笑っていたような気がしていた。






「郭図さんっ、無事ですか!?」

「公則さん! 大丈夫ですのっ!?」

「袁紹様、貴女は!?」

「ええ、私は……」


高順に肉薄された二人に、三人が駆け寄った。

袁紹は輿から転げ落ちたが、大きな外傷は見られないようだ。

淳于瓊がその無事を確認すると、文醜は目を遣ってそれを認めてから、腰を下ろした郭図の、左肩に突き刺さった矢をひっ掴んで、そのまま強引に引き抜いた。


「……ッ……」

「ったく、無茶すんなよー、お前、弱いんだから」


鏃の反しに引っかかって、肉が抉られた痛みに郭図は顔をしかめたが、文醜はお構いなしに一息で引き抜いて、ズルリと鮮血の滴る矢を、ぽいっと無雑作に捨てた。


「だが、功労だ。よくぞ身を呈して袁紹様を守り切った……さすがに、肝が冷えたがな」

「…………フン」


今更ながら噴き出して来た額の汗を手で拭いつつ、淳于瓊が戦傷をねぎらう。

だが、当の郭図は自嘲気味に冷笑を浮かべたのみ。


「俺の悪あがきなど、奴らにとっては木の葉よりも脆弱な代物だ。殺そうと思えば、奴らは殺せた」


血の滲む傷口を右手で押さえる。じくりとした痛みが、奥へ奥へ、侵食していく。

あの、擦れ違いざまに垣間見た、跳躍する馬の上で浮かべた微笑。逆光に浮き出る黒い髪の下から覗いた、溶ける様な灰色の瞳。

袁紹と郭図の首では無く、からかいついでの様に天蓋を斬って落としていった、あの戦ぶり。


(敵を討つも見逃すも、全て気分の赴くまま。遮る者は、居らぬが如く。あれが大陸随一、陥陣営の戦いか)


既に消えた、高順の後ろ姿を見遣る様にしてから、砕けた腰を再び立たせる。

見た目ほどの出血は無く、存外、すくりと立ち上がる事が出来た。


「何者も追い縋れぬ、無双にして疾風の騎士。もし董卓騎馬軍が全員、押し並べてああいうものだとしたら、到底、止めようがあるまい」


――――――郭図の唇が、歪んだ。


「だが――――――果たして人とはそういうものか?」


口角が少し、ゆるむ。


「どうしたところで、集団というものには、優秀な部分と劣等な部分が生まれるものだ」


普段の不健康そうな顔色に、輪をかけて青白い顔。滲んだ汗。

しかし、そこには生気がある。


「見ろ、戦場を。先行していった部隊と、後続の部隊の間に、僅かに速度の差が生じ始めている。強兵と弱兵の差が表れ始めた」


上がらぬ腕の代わりに、顎で指して戦場を示す。口調は何時もの通り。

眼下で黒鹿毛は、猛る。弱きを徹底的に排除し、強き者のみを選んできた騎馬軍の猛威は、ひと駆けで戦場を一変させるだけのもの。

生まれながらの、兵士達。


「淳于、張郃と高覧に、一気に両側から敵を絞り込むように伝えろ。顔良、文醜、お前らの部隊も前に出す。いいな」


――――――だが、狼では無い。軍とは、どれほど精強であっても、人間の群れだ。


「軍を動かすぞ。あの暴れ馬共を狩る時間だ」





「報告!」


敵を斬り分けながら疾走する張繍らの一隊、そこに、一騎の伝令が追い縋り、馬を寄せて来た。


「何事です?」

「高順将軍の率いる一軍が、敵本陣を突破! そのまま東進し、戦場からの退避を始めているとのこと!!」

「何ぃ!?」

「ほう、それはそれは」


馬群の中から先頭まで上がってきた伝令兵は、早口に連絡をもたらした。

味方の作戦成功の報に、強い反応を示したのは成廉。張繍の一馬身ほど前方を行っていた彼女だが、ぐりん、といきなりに後ろを振り向く。


「少々、気合を入れ直さねばなりませんね。後塵を拝することに甘んじるのは、頂けません」

「ちっきしょう、モタモタしてらんねー!! 董卓軍最速の称号はウチのもんだァぁっっ!!」


ブン、と無茶苦茶に振り上げた長刀が、無雑作に、一人の孫策軍兵士の顎を捉えていった。弾き飛ばしたそれを歯牙にもかけず、遮二無二、馬を追って、一気に速度を上げる。敵の群れの中を、小さな嵐のように駆け抜けていく。


「あらあら~、張り切ってるわね、成廉ちゃん」


ドシッ、と、右側に張り付いた兵士を斬り捨てて、魏越が後方から上がって来た。いつもの、おっとりした笑顔を浮かべたままである。


「でも、味方同士なんだから、追い駆けっこする事ないのに」

「そういう訳には参りませんよ、魏越嬢」


張繍が槍を翻して、馬の行く手にある敵を突き殺した。

乗り馬がロデオの様な歩様を刻んで敵を躱していくが、会話を続ける張繍の物腰柔らかな口調に、全く乱れは無い。


「変態・狂人と呼ばれるのはともかくとしても、のろま・弱卒と呼ばれるのには耐えられませんから」

「皆さん、負けず嫌いですものね~」


甲高い雄叫びを上げて敵中を突っ切って行く成廉を、頬に片手を添えてしみじみと見遣り、暢気にそう言う。

張繍と並走する魏越の馬の挙動もまた、尋常ならざるものであるが、彼女の表情も平静そのもの。

血にまみれながら。


「あらあら~、成廉ちゃん、そんなに急いでると、転ぶわよ~?」


ドン、と馬の腹に合図を送る。

一人で突出する成廉に追従するように、魏越も馬の脚を速めていった。


「…………」


しばらく、魏越の後ろ姿を見遣った後、猛る馬上にあって、おもむろに、張繍はすっと目を閉じる。笑みを浮かべながら、すーっと、鼻から深く息を吸い込んだ。

鉄の匂いと、汗と脂が混ざった人間の生臭さが、肺に浸透していく。

涼州の民にとって。

敵の怨嗟、味方の苦悶、それは、子守唄――――――故郷の歌も同じだ。

懐かしく、そして最も慣れ親しんだもの。

十年来、大陸最強の騎馬軍に籍を置いてなお、最前線に突入し続けた張繍は、まさしく純血なる、涼州の戦士だった。


「――――――ハッ!!」


カッ、と、見開いた目に一挙に色を灯し、獰猛な速度のまま、再び敵の一群に突入する。

身体に伝わる、ガツンとした手応えと振動、弾んで吹き飛ぶ、跳ね飛ばした敵の身体と捲いて行く血液、それらが張繍に確かな昂揚を与え、闘争の愉悦を与え、とめどなく増してゆくような疾さの感触に、頬は緩んでいく。


灼熱の、脈動の最中。


(――――――?)


ふと、澄んだ音を聞いた。


(鈴の音――――――?)


戦場に似つかわしくない、涼しげな音色。

溢れ返る、どれも似た様な悲鳴と怒号の中で、一際目立って、耳に届いた。


「――――――随分と、好き勝手にやってくれたな」


流れのままに、捻る様にして身体を切り返した。

地を滑る様に、敵の群れの中から現れた一つの影。

木端雑兵とはまったく比較にならぬ速度でもって、不意に視線の上に現れた。

あどけなさを残す顔立ち、目ばかりが、刃の如く鋭い。捲いた風に捲り上げられた裾から、露わになった瑞々しく張った褐色の肌。

女、否、少女だった。

他を一蹴する勢いで、その少女は深く深く、身を沈め、しかし速度を損ねる事無く、地を這うような形で、馬の足元を狙って斬り込んできた。


「ッツ!!」


張繍は一気に馬体を翻し、かと思うと手綱は片手で御したまま、身体を馬からぶら下げる様に、膝を開いて脇から地面スレスレの所まで落とし、地を滑る少女に身体の高さを合わせる。

曲乗りのまま馬を駆けさせ、しかしその特異な走りに動じることなく、低い体勢から刀を振るって来た少女に対し、片手のみで槍の標準を合わせ、擦れ違う刹那、一合、交えた。

金属音が響き、鋭い閃光が、一筋、走った。





「……ほう!」


ガカッ、と、馬が二足、たたらを踏む。

手綱を引いて宥めつつ、張繍は交わっていった高速の影を見返った。


「鈴の甘寧。お目にかかるのは初めてですが、随分と可愛らしい御顔立ちなのですね」


小さな顔、人形の様な顔立ち。やはり、目ばかりが妙に鋭い。

細身の、小さな肩。しなやかな褐色の肉体は、何ら心を動かす事が無い風に、表情を一欠けらと揺らがせる事無く、粛々と再び、構えを取った。


「……頂けません」


口角がつり上がる。

脇では、味方が留まる事無く流れていく。張繍はその中で、馬首を返した。


「実に頂けませんねえ、貴女」


張繍が呟くと、愛馬が、ぐう、と首を改めて伸ばした。

たてがみを逆立てるように、ぶるぶると震わせる。


「私を殺せると思ってらっしゃるのでしょう?」


槍をゆらりと翻し、ピタリと、切っ先を突き付けた。

愛馬が、猛る。


「――――――思い上がりも、甚だしい!!」


雄大な馬格が襲歩を駆け、ものの数歩で最高速に達する。

やや脇に構え、先手は穂先。人馬をさながら、一本の槍と為すが如き構えで、一直線に襲い掛かる。

狂暴なる速さの塊が、怜悧な刃と再び、交錯した。

馬上で嗤う張繍の表情は、どこまでも喜悦――――――





「おぅらァッ、どきやッ!!」


スパッと翻って、偃月刀が二人の兵を斬り払う。

豪快な騎馬術に反して、その得物の扱いは流麗にして、鮮やか。

馬と連動した身体の使い様で、荒々しい馬力を見せる愛馬を見事に乗りこなし、巧みに敵群を斬り分け、速やかな脚ですり抜けていく。

しかし、騎馬に群がる兵士達の動きには、一向に乱れや動揺が見られない。ぬえのように一連となって動き、馬上からは攻撃しづらい低い体勢から、しつこく馬の足元を狙ってくる。


(これが曹操軍かいな。やりおる……)


嘶く愛馬の口をグイと引っ張り、左側から馬の脚を払って来た打ち込みを紙一重で躱して、避けざま、叩く様に脳天をかち割った。

前曲に居た軍と違い、後方に居た分だけ態勢を整える事が出来たのだろうが、それにしても、この全体としての練度の高さは侮れぬ。

歩兵ならではの小回りで、纏わり付くように騎馬の行く手を遮ってくる。


「……ちッ、やりにくいったら無いわ!!」


馬の勢いに任せて突貫するが、彼らはその突撃を食わないように、真正面には決して立たない位置取りをし続ける。かといって馬を好きなように駆けさせるのではなく、側方から圧力を掛け、組織した動きで馬の脚を止めに掛かってくる。

公孫賛を突破した時とは、抗力の質が明らかに異なる。ぬかるみを駆ける様な、不快感が付いて回った。


「うわぉッ!?」


――――――突然、馬の脚がガクン、と折れた。

歩様が乱れ、にわかにおかしな走りになる。落馬しそうになり、慣性に従って、馬から前方に向かって飛び降りる。

着地し、地面と摩擦を起こす足袋。土埃を巻き上げる。


(―――――――狙撃!? 石弓……いや、弩の矢か!?)


転げる様に受け身をとって、漸く止まり、体勢を立て直しながら、其処を狙って群がって来た数名の兵を一瞬で斬り伏せた。

振り返ると、今まで自分を運んできた乗り馬が、痛がって脚を振り回し、暴れている。肩先に、弩の矢が深々と打ち込まれていた。

痛々しい愛馬の姿に、張遼はこれ以上ない渋顔で舌打ちし、不覚を取った憤りを露わにした。

愛馬を潰された怒りと、狙撃を食った事の、自身の腕の不明へである。

突撃を最も得意とする彼ら、董卓騎兵にとって、馬の脚を止めんとする為の斉射に晒される事などは日常茶飯事である。その矢の雨が着弾するよりも速く駆け抜け、次の矢を装填するよりも速く敵に襲い掛かり、粉砕する――――――それが可能であるからこそ、彼らが大陸で最速・最強の軍隊と呼ばれる所以なのだ。

飛び込んできた一矢は、張遼が敵兵を躱す所を、見事に狙い撃った一射だった。

騎乗に絶対の自信を持つ彼女にとって、捉えられた事は少なからぬ屈辱である。


「張遼だな? お前に一つ、諺を教えてやろう!」


瞋恚(しんい)を含んだまま、眼を、ぎっ、と前に再び送った。

群がる兵が、遠巻きに割れていく。掃けた人の群れの向こうに、片膝を着いた構えで、臂張式の弩を此方に向けた少女が居る。すだれる、ザンバラの長い髪。華雄や李確と同じ系統の白い肌、白い髪。

その少女より数歩、前に出て、将軍然とした女が、ぶん、と片手に引っ提げた大剣をひとつ、鳴らした。


「将を射んと欲すれば、まず馬を射よ!」


得意気に、黒髪を揺らせて背筋をピンと張った、屈託のない覇気。


「誰でも知っとるっちゅうねん。アホか」

「何っ」


鋭い表情のまま、張遼はぶっきらぼうに言い捨てた。

意味も無く、自信満々であった女将軍を口先で出鼻を挫く。


「つーかそれ、さっき隊長が言ってたのの受け売りだろ」


そうした遣り取りをしている間に、ひょっこりと、兵の中から、一人の兵卒らしき男が、一歩前に出て来た。


「まあ、俺も知らねーけどね、意味」


存外に小柄。


「……ふーん」


張遼の姿を、下から上まで、しゃくるように眺めて、トン、と、携えた得物を、自分の肩に乗せた。

気だるそうに、肩越しに得物であろう棒杖を引っかけた、黒髪の青年。

やや開いた襟元から、極彩色の彫物が覗いていた。


「夏侯惇のお守りってだけでもめんどくせーのに、カンベンして欲しいね」

「李通、陳恭! 張遼は私の獲物だ。お前たちは手出しするなよ!」

「やだよ」

「なんっ」


よく通る声で明朗に叫ぶが、青年はさらりと流した。


「口出しするし。手出しもするよ」


白樫の棒杖を手の中で滑らせ、低く、低く構えた。長めの黒い髪が、少しだけ揺れた。

一見、気の無い様に見えて――――――双眸は、既に深々と張遼を捉えている。

その様子を見て、夏侯惇が一瞬、所作なさげな風をしたが、やがて不満げに、フン、と鼻を鳴らして大剣を一つ払い、構えた。


「…………へっ」


二人の戦士の数歩奥で、ガシャン、と矢を装填するのが見えた。

少女は、声も無く。前髪の向こうの表情は、何も発していない。


「良ェな。そやったら、ひと暴れしたろうやないか」


薄ら笑いを作り、慣れぬ地べたの上で、張遼は得物を構えた。

向こうに回すは、三者。取り囲むのは、精兵。

死闘は、未だ終息しない――――――






「張遼が止められたと!?」


豪快な大振りで進路を阻む敵を薙ぎ払いつつ、並走して来た伝令兵に華雄はがなる。


「どういう事だ! 詳しく話せ!!」

「はッ! 張遼将軍は、速度を保ったまま敵軍中に突入、されど、その軍中で落馬され、現在は曹操軍兵士と乱戦状態にあるとの事です!!」

「ぬうっ……」


公孫賛を躱し、次いで相手と定めた曹操軍、華雄は中央、張遼は左翼に向かって、それぞれ突撃した。

出撃前、虎牢関の城壁から敵陣を見下ろした物見の報告から、大まかな連合軍の陣立ては明らかになっている。が、各軍の細やかな軍容まではさすがに掴めていない。

しかし、張遼を止めるほどの部隊がいたとあらば、左陣に曹操の本隊が潜んでいたか、あるいはそれに匹敵する部隊を率いる健将がいたか。

ともあれ、敵中で孤立しているであろう張遼の状況を考えれば、苦戦は必至。ここは軍を引き返し、張遼の元へ救援に赴くのが常道。

だが、


「ならば、捨て置けい! 張遼ほどの将が、そう簡単に引けを取る筈が無い! 涼州の武は、決して後ろを顧みてはならぬ! この戦は、人馬の全身全霊を前方に注ぎ尽くさねばならん!!」


叫ぶ様に意向を達すると、華雄は再び、敵に向かって戦斧を一振りし、なおも馬の脚を速めた。

この戦、彼らに退路は無い。少しでも前に往く力を躊躇わせれば、瞬く間に数の暴力に圧殺されるだろう。この戦は、最期の九分九厘まで敵を突き、最後方を突き破るまで突き進まねばならぬ。余計な気を回して共倒れるのは下策中の下策。涼州の、董卓軍の戦にはありえぬ事だ。

その所作は、張遼もわかりきっていよう。華雄の知る、張遼の将器を鑑みれば尚更、その選択肢はありえない。


(もし武運の如何が張遼の命運を妨げる事がないならば、張遼は必ず敵の包囲を打ち破る!)


斬り払い、血煙が捲く。

敗れる事あらば、是非もなし。それはひとえに、力量の差なり。

強きが栄え、弱きは死ぬ。


(曹操の軍を突破すれば、その後ろには前線から下がった劉備軍! 関羽よ! 必ずや再戦し、今度こそ貴様の首を、一対一で刎ねてくれる!!)


戦斧を返して、敵の頭蓋を粉砕する。

血を浴びるごとに、敵を屠った手応えが得物を通じて手首の骨に伝わってくるごとに、身体は弾み、軽やかになってゆく。

彼女もまた、涼州の戦士。

馬の脚が増すごとに、その身は火焔となって、燃える。


「――――――!? ぬァッ!」


不意に、目の前に飛影。

何か、掌の長さ程の、鋭い棒状のものが眉間の辺りを強襲して、華雄は反射的にそれに反応して、戦斧を払い、弾く。


「ッツ!?」


――――――それが、自らを狙って打たれた、棒手裏剣である事に気付いたのは。

先程払った、一段目、そのすぐ後に陰になるように放たれた二段目の手裏剣が、自らを運ぶ愛馬の眉間に、突き立っていたのを目視した後である。


「……ちィ!!」


馬は鮮血を滴らせながら華雄を数歩運んだが、やがて沈むようにガクンと態勢を崩し、華雄は馬首を飛び越える様にして、脚の追い付かなくなって転げた馬から、勢いのまま下馬した。


「――――――よう、若いの。そんなに急いで、何処に行く?」


つんのめるような勢いで、ガガガっと地面を抉りながら着地した華雄が体勢を整えると、見計らったように、その声は届いて来た。

涼やかで、低く、まどろむ様な――――――そんな声だ。


「少し、付きあっていかねえか? 爺の戯れによ」


土埃と血煙のけぶる向こうから、ゆったりと、その男は現れた。

戦鬼の咆哮する、火の如き最速の戦場の真っ只中ににありながら、それを全く意に介さぬが如き――――――どっしりと、深々と沈み込む様な、独特の空気を纏って。


いい加減酷くないpが更新してくれないと窒息する。俺が。

あ、ニコマスの話ね。

今週は邦枝先輩が可愛いかった。そしてこち亀がおもしろかった。

某所で「同コンセプトでオリジナルで書けば?」と言われて、じゃあという事で構想を練っていたらどんどんそっちが書きたくなってくる。どうしよう。

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