反董卓連合編・四十六話
「おう、来たか。問題児ども」
長椅子に腰掛けた、しなやかな肉体。両膝に肘を突き、首を傾けて前を覗き込む。
高順は、薄笑いを浮かべて彼らを迎え入れた。
関の外に、既にかち割れんばかりの鬨の声が満ちているのがありありとわかるが、司令室に居る彼らに、焦った様子は微塵もない。
「もう洛陽は陥ちたか? わからんが、まあ時間の問題だな」
「あらあら、どうしましょう~?」
言葉とは裏腹に、高順の口調には責める様な色は無い。
「あらあら、じゃねーだろう、魏越。いつものうっかりじゃ済まねーぞ」
「うぅ、申し訳ございません~」
その分、脇に立つ李確は呆れるというか、不満げな様子を微塵も隠そうとしない。
既に、三人に作戦概要は伝えてある。高順は笑みを湛えた表情で、ものの見事に計略に引っ掛かった彼らをからかうが、それを受けた女性は頬に掌を添えて、首を傾げて、いかにもおろおろとした口ぶり。李確が斬り込むと、今度は深々と頭を下げる。
毎度の事ながら、魏越のこういう所には、どうともなく毒気を抜かれてしまう。
それ以上、どうとも追求できずに、李確が何とも言えぬ表情を浮かべると、高順がくッく、と笑った。
何というか、何処かの有閑夫人のような、いかにもおっとりとした仕草であり、ひとつひとつ、やたらと品が良い。それにあつらえたようなのんびりした声が、殺気立った戦場の調子を狂わせる。
加えて、優美な腰付きの、垢抜けた美貌。気品のある広い額に、ほわりとした印象の、垂れ下がり気味の眉と目元。
血腥い馬上の益荒男共を統べて魁を駆け抜ける、西方の異民族を震わせる猛将の名前とこの姿は、およそ一致しがたい。
「べつにいーだろー? 過ぎた事ばっか気にしてると禿げるぜ、おっさん」
「おめーはもう少し気に病むなりしろよ、お子様」
「うるせーな!! ウチは子供じゃねーっつーの!!」
「俺だってまだ二十六だよ! おっさんじゃねーっつの!」
「うっせ、バーカ!」
「あんだとぅ!?」
「よせ、確。お前はコドモか。老け顔の上にコドモか」
「溜息ついてんじゃねェ、順! 俺がおっさんって事は、お前も自動的におっさんって事だからね!?」
「何でもいいよ、俺は」
美女の隣にちょこんと立っていた幼い少女が、両手を頭の後ろで組んでぶっきらぼうに軽口を叩く。
魏越と常に並んで出陣し、幾多の戦線を抉じ開けて来た成廉だが、李確とじゃれる姿といい、その仕草といい、馬の上に在らねば、まるで、ただの無邪気な少女である。
魏越とは歳の離れた妹か、姪といった風であろうか。
「それで。高順将軍」
「……ん?」
するり、と、はしゃいでいる成廉と李確、それを微笑ましそうに眺める魏越の間を、その声は縫って、高順に届いた。
縫う、というよりは、這う、か。
背は李確ほどに高い。比較的細身で、長めの髪を全て後ろにやり、軽く結っている。
蜥蜴の様な印象の男。
「私の敵は、どちらですか?」
生粋の涼州人らしい、白い肌。表情は涼やか。瞳には、不敵の色あり。
「慌てるなよ、張繍」
高順は肩をすくめ、片頬で笑みを作った。
「すぐ其処だ」
「数は?」
「二十万か、それより多い」
「ほう、それは、それは」
細面を和らげ、張繍は紳士的な柔らかい笑みで、にこりとした。
「――――――獲物の取り合いには、なりませんね」
「花蓮様、思ったよりも簡単にいきましたね」
「そうねえ」
すでに洛中には、夥しい戦火が上がっていた。
整然と、美しく整えられた碁盤の目の街道を、民衆と軍人が入り混じり、暴徒となって走り回る。
彼方此方からぶつかり合う、喊声と人の群れ。褐色肌に黒い髪を持つ漢女と少女が、それを縫い、人の流れの中を巧みに駆ける。
血走った目を剥いて暴走する大衆とは反し、目的意識に基く冷静さを眼に具えていた。
潜入し、流言に内応扇動を施して撹乱し、この暴動を引き起こしたのは、この僅か二名の工作活動によるものだった。
そして彼女らは今――――――その、最後の仕上げに取り掛かるべく、ある一人の人物の首を狙い、暴動の煙に紛れて徘徊する。
「お馬鹿さんばかりだもの。ねぇ?」
「え?」
周泰に言葉を返すよりも早く、祖茂は袖に仕込んだ袖箭を手の中に入れた。
袖箭は、竹筒に内蔵したバネを利用し、小型の鉄製の矢を発射する暗器。
―――――ばっ、と、向かいから流れて来た、人の塊。その中から二人の、褐色肌に碧い目を持つ男二人が躍り掛かり、交錯するように斬り掛かってくる。
「ッ!!」
「ぐっ!?」
「っは……!!」
だが、その剣の刃が降り掛かるよりも速く、周泰がそれを斬り捨てた。
小柄な背中に背負った、身丈の三分の二ほどに届きそうな大太刀をすらりと抜いて、瞬く間に一人目の肘を削ぎ、返して、二人目の喉を打った。
流れる様な体捌きで、歩み足で身体を送るまま滑るように、しかし、まだ生きていた一人目に対し残身、周泰は身を翻す。
既にその敵には、肘を打たれて出来た隙を突くようにして、祖茂が袖箭を撃ち込んでいた。
鉄製の、冷たい袖箭の矢が、胸元を抉っていた。
「っ……南人の血を引きながら、漢民族に与するのか……やはり、黒髪の雑じり物など、信用するべきではなかっ……」
祖茂は声も発さず、二射目の矢を口の中に撃ち込んだ。
そのまま、グラリと揺れた身体を、擦れ違う様に置き去りにして、足を止めず走り去る。もはや、眼を遣る事も無く。
掠れ声の言葉の続きは、紡がれる事は無かった。
「本当にお馬鹿さん」
再び、ぼそりと祖茂が呟いた。
一度、耳に触れれば忘れぬ、大仰で野太い猫なで声、小さく、誰に言うでもなく放ったよう。
周泰は並走しながら、問い返しはせずに、ちらりとその横顔を見遣った。
「大昔の劉邦ちゃんが、『漢人は偉い!』って繰り返したの。どうして漢人が偉いのかって、ちゃんと理由を考えた人は居たのかしら?」
視点を遠くに見ると、黒煙と喚声・怒号が、到るところから上がっている。もうもうと燃え上がる火の手が、肌を照り焼きにする。
そしてごった返す、人、人、人。
狂気の声を挙げて、武器を振り上げ、走り回っている。自分達の街を壊しながら。
異民族は悪だ、という。董卓と涼州軍は軍人でありながら、執政権を奪ったから皇帝を蔑ろにしている、という。
誰かが声高に言ったそれだが、“何故?”と問うた人間が、この中にどれほどいるだろう。
董卓は駄目で王允なら良い理由、それを説明できる人間は居るのだろうか。
それを唱える事によって、誰が得をするのか、その事に疑問を抱いた人間は、果たしているのだろうか。
かつて、ある一人の独裁者が言った。
大衆とは、脆弱な自我しか持たず、自らの力で考え、判断し、決定し、行動するという自主性を欠いている。
故に権威主義的であり、外部の大きな何者かに寄り掛かろうとし、集団意識に盲目的に従う。
そのくせ、驚くほどに原始的で、政策の意味は理解できず、印象と感情によって動き、わかりやすい、単純化された言葉と断定的な思想を好み、周りを模倣する。
故に暗示に罹り易く、扇動によって操縦され、それをあたかも自分達が、自ら判断して抱いた総意であるかの如く錯覚し、自己は賢く、正義であると思い込んでいる。
民とは、極めて無知で愚かである、と。
「ほんとにほんとに、お馬鹿さん。うふっ」
そのくっくとした含み笑いは、別段、誰に言うようでも無かった。
その横顔をちらりと見た周泰、彼女は祖茂が自分を今回の潜入捜査の相方に選んだのが、“黒髪であった”からだという事は知らされていた。
『綺麗な黒髪だからね。紛れやすいのよん』
祖茂は冗談めかしに、そう言っていた気がする。別に気にはしなかった。
彼女は只、任務を遂行する為に、粛々と、人の群れを縫い分けていく。
「……!!」
ふと、人の群れが溜まっているのが見えた。
滞った流れ、激しく、鋭く動き、二種類の喚声が交ざって聞こえる。
人の群れの合間から、切り結ぶ董卓軍と、殺到する漢の正規兵、さらにその奥に――――――
(白馬の引く、天蓋の馬車……あれね)
――――――標的を見つけた。
「行くわよ、明命ちゃん」
「はい!」
送る足が、より静かに、より速くなる。
二人は渋滞する人の群れの間を縫い分け、ひたひたと紛れて、“それ”に迫っていった。
「よいか!! これは逃走では無い、目の前の敵を粉砕、撃破、討滅せんが為の突撃であると心得よ!! 一身鋒矢の陣を持って、我らの往く手を阻む者、その悉くを、堂々と正面から突き破り、蹴散らかして討ち払わん!! 繰り返す、これは逃走では無い! 我らは逃げる者では無く、挑む者なり!!」
郭汜が愛馬の上で矛を振るい、革の鎧を纏った屈強な体躯を奮い立たせ、率いる羅刹の集団を鼓舞する。
馬上の餓狼どもは、その姿に呼応して、喝采の様な雄叫びを揚げた。
「関羽ッ! 今度こそ貴様の頸を刎ねてくれる!!」
「あんまり気合入れすぎたら、鼻血出んで? かゆっち」
「…………くぅ」
「恋、寝るんやない!」
「…………!」
燃える様な、栗毛の毛並み。その見事な馬体に跨りながら、かくん、と舟を漕いだ呂布。張遼が声を掛けると、はっ、として、ぱかっと目を開ける。
が、起きたかと思うと、今度は、
「…………お腹、へった」
「……平和やねえ、恋ちん」
ぽそっと、暢気な呟きを落とすのである。
華雄と呂布に挟まれた張遼は、さながら保護者の様だった。
「魏越姉ェ! どっちが先に敵陣を抜くか、競争だかんな!!」
「あらあら、成廉ちゃん。怪我だけはしないでね?」
ぶんぶんと長刀を振り回す、馬具も付けぬままの、小柄な裸馬に跨る成廉は、必然的に仲間達を見上げる格好になる。
対し、比して大柄めな馬に乗る魏越は、手綱をゆったり手に掛けながら、無邪気な彼女の様子に、微笑ましそうに表情を綻ばせていた。
「お子様は、安全な所に退がっていて下さっても構わないのですよ?」
「ムッ」
かぽり、かぽりと、後ろから歩を進めた長身の影の呟きに、グルンと振り返る。
右に左、ちょこちょこと忙しい子だ。
「私の取り分が減りますのでね」
張繍は柔らかな物腰で、口元だけで微笑を作る。
「うるせーヘンタイ! 絶対おめーより活躍してやっかんな!!」
「私の何処の辺りが変態なのですか、失礼な」
門の前、勢揃いした五万の騎兵の前で、やいのやいのとそんな応酬を交わす。
彼らからは、緊張感は微塵も漂っていない。まるで今から、ぶらりと茸狩りにでも出かけるかのようだ。
「ったく、目的は脱出だってわかってんのかね、あいつら」
「いつもあんなもんだろ?」
「逃げる戦は、あんまりやった事がねェな」
「敵に突っ込む戦なら、死ぬほどやってるだろう。文字通り、死ぬほど」
「まーそーだけどよ」
李確と高順は、少し離れた所でその様子を眺めていた。
「あ」
そしてやがて、はた、と李確が何かに思い当たり、神妙そうに切り出した。
「すまん、順。脱出は考え直してくれ」
「なぜ」
「俺、洛陽に出来たばっかのオンナいんだよ」
「別れろ。そして忘れろ」
「わかった、一日待て! サッと行ってパッとヤッてシャッと帰ってくるからよ!」
「お前は行った土地には必ず一人は現地妻が居るだろうが。そいつらで我慢しろよ」
「頼むって! まだ味見しかしてねーんだって! 十六だぜ、十六!」
「生きてりゃその内、洛陽にも帰ってくるさ。それまで我慢しとけ」
「今回はマジなんだよ、民族を超える真実の愛にだな……」
「お前の愛はプラスチックで代用可能だ」
「酷くね!?」
ぐびり、と腰に付けた酒を煽り、高順が笑みを浮かべる。
李確も抗議をしつつも、手を出して瓢箪を受け取り、けッと恨めしそうにちらりと睨んでから、ゴクゴクと呑んだ。
高順の嗜む酒は喉が焼けるほどに度の高いものだが、極寒の地で生まれ育った彼らにとっては、水も同然らしい。
「兄弟よ」
「ん――――――?」
ふと、二人に声を掛ける者があった。
腹の底に響く様な、重低音の声音。彼らにとっては、聞きなれた声だが。
「どうした、徐栄」
「この戦、脱出という事だが」
声も太いが、容貌の迫力は輪をかけて凄まじい。
八尺を超えていそうな身の丈、身体の線はごつく、筋肉の鎧のようである。猛牛の様な、という例えがこれほどすんなりとくる大男もいまい。
極太の首があり、頭の毛は全て剃り込まれていて、顔には右頬と左の顎下に、そして露出した頭皮にも一筋、それぞれ大きな裂傷の縫合後があった。
「阻む敵は、殺してしまっても構わんのだろう?」
フランケンシュタインの怪物――――――とでもいおうか。
ぎょろりとした、瑪瑙色の目がぎらぎらと剥いて、少しも揺れずに、真っ直ぐに李確と高順を向く。
その言い様に、二人はふーっと微笑を作って、同じように肩をすくめ。
李確は手に持った高順の瓢箪を、そのまま徐栄に投げて渡した。
「淳于将軍! 首都の主要拠点は、現在、洛中蜂起軍によって、ほぼ陥落したとのこと!!」
「うむ!」
その報せが連合本陣、袁紹軍都督・淳于瓊にもたらされた頃、既に虎牢関攻めも最終局面を迎えていた。
此度の総攻撃は袁紹軍も、その部隊を前線に出していた。張郃・高覧の二将にそれぞれ五千を与えて、門攻めに参加させている。
(これで洛陽は行動不能! 後は一挙に虎牢関を陥落させ、我ら連合軍の兵数で圧倒、敵の機動力を封じ込めたままに包み込み、押し潰す!)
その、最後の砦である虎牢関も、連合軍の波状攻撃の前に風前の灯火となっていた。如何に難攻不落の要塞といえど、二十万が次々に入れ替わり、攻撃を掛ければ一溜りもない。
奇しくも、先の一戦での手痛い敗北により、練度の低い軍が早々に戦線離脱した事が、良い方向に働いた。相互の連絡関係こそ今一つではあるが、各々が周りの状況を鑑みながら、淀みなく入れ替わり立ち替わり、攻撃を続けている。実戦に耐えうる軍のみが戦線に残った結果であり、嬉しい誤算ではあった。
後は分断され、孤立した虎牢関守備隊が後手に回っている内に、一気に勝負を決めるのみ。
あえて言うと、一つの気がかりは――――――
これほどの猛攻を受けていても尚、あの陥陣営は籠ったまま、不気味に沈黙を保ち続けているという事か。
「もう落ちますの? 虎牢関は」
「はっ、虎牢関に依る董卓軍は、未だ殻に籠り続けておりますが、、それも風前の灯かと」
天蓋の付いた輿の上で、すらりと伸びた脚を組んで優雅に身を掛ける袁紹。
肘かけに頬杖を付いて戦場を眺める、その座は、淳于瓊が立つ、指揮を執る為の高台の上に、さらに一段高くして設けられている。
「狙撃されやすく、以ての外」と反対したのは顔良であったが、袁紹は聞く耳持たなかった。
その事については淳于瓊も難色を示していたが、郭図の、
「姫が自身の御意を覆すと思うか?」
という一言で一蹴された。幹部や側近は、さすがに袁紹の性格を熟知している。
尤も、もはや狙撃の心配をする様な段階ではないのかもしれない。味方の前線は既に虎牢関に取り付いており、もはや一息で突破できるという所だ。
(しかし、侮りがたいのは孫策軍……)
淳于瓊が遠くに視線を飛ばす。孫策軍の布陣は虎牢関の正面、後方に下がった劉備の代わりの位置に入った形だ。
郭図の唱えた、洛陽に駐屯する董卓兵を撹乱し、その隙に潜んでいる反董派を挙兵させようという策、その実行役として真っ先に名乗りを上げたのが、孫策だった。
「我々に任せてもらえれば、五日でその策を成功させて見せる」
洛中にて反董派挙兵、との報が連合大本営に届いたのは、董卓軍に虚報を流し撹乱する役と、より多くの兵士と民衆を扇動し、王允らの味方に付かせて蜂起させる役、その実動部隊を孫策軍から派遣させた後より、わずか三日後の事である。
その手際の良さには、味方ながら舌を巻いた。
(……とはいえ、虎狼の娘。うかつには信用できんが……)
淳于瓊には、彼女の母親、孫堅の事が頭にあった。規模は大幅に縮小したとて、孫策軍には旧孫堅色が濃く残っている。故に、彼女が大権を握る事を懸念していた。
かつての『南陽の乱』、孫堅が荊州広域を占拠した事件の内情を知っている者にとっては、それは順当な発想であった。
――――――最前線、城門を切り崩しにかかる孫策の軍は、一際、機敏な動きを見せる。
袁術の属将の一人として、せいぜい一千程度の軍を指揮している分には、優秀な猟犬となるだろう。
たがそれ以上の大きな力を持てば、必ずや頭角を現す。
それが“乱”を起す類の才である事には、確信めいた予感があった。史上、戦争の上手い英雄とは、得てしてそういうものだからだ。
「!!」
ドンッ、と一際大きな轟音が轟いた。同時に、一筋の土煙り。
公孫賛軍と韓玄軍の混成部隊が、城壁の一角を切り崩した。淳于瓊の目が、鋭さを増す。
思索は、後に置くのが軍人だ。
今は小さき味方への懸念よりも、まさに、乱の中心となっている、目前の的に対し心を砕くべきである。
ならば、次の状況に備え、速やかに態勢を整えるべし。
「顔良、文醜! 隊列を組み直せ! あと一息で城門が陥落する。開き次第、敵の反転を許す前に速やかに突入するぞ!」
「はい!」
「あいあいさー!」
一段高い座台の上から出された淳于瓊の指示を、二人の少女が迅速な手際で遂行する。
(さあ、来い、陥陣営! 貴様が如何に強く、速くとも、この十重二十重に敷いた二十余万の布陣を、陥とす事は敵うまい!)
「一手、先を取った行動。良い判断だ、淳于」
カッ、と、軍足が、座台の階段を蹴る音がした。淳于瓊、そして袁紹が、そちらを振り向く。
「だが、突入はしばし待て」
「何……?」
細面の、不健康そうな顔色の男が声を掛けた、何だ、と、淳于瓊は振り返る。
顔を見遣り切らぬうちに、城門の方角から、再び喚声が上がった。
「うおおおおおおおッツ」
「――――――むッ!」
砂塵がもうもうと煙って、その一角に、味方の兵が雪崩るように吸い込まれていく。
「陥ちたか! よし――――――!?」
バッと右手を振り上げ、合図を下そうとした淳于瓊の肩を、郭図が掴んだ。
再び、何だ、と振り向いた。相変わらずの、血色の悪い仏頂面があった。
瞳が、光る。薄い唇が、紡ぐ。
「――――――来る」
「狩りの獲物は、俺達か? それとも――――――お前らか」
韓玄、公孫賛、それに続き、袁術の前に展開していた孫策軍――――――
それらの兵が突入したと思った時、いきなり、城門の前に殺到していた人の塊が吹っ飛んだ。
まだ、土煙りが晴れぬ最中、人垣が粉微塵に砕け散り、血と肉が間欠泉のように噴き上がる。
目の前でそれを目にした、今まさに後に続いて突入せんとしていた後続の兵士は、急に視界を反転させたその赤と黒の“それ”が何なのかわからなかった。認識する前に、ハッキリと目視する前に、その激流に飲み込まれていった。
――――――その、圧倒的な圧力と速さこそが、“それ”が何であるのかの証。
咆哮し、唸りを上げる馬蹄の地鳴り。地を捲り上げ、血を撒き散らす。
高所から戦場を展望していた淳于瓊と郭図からは、人の流れを圧し戻し、一気に侵略していく、その黒鹿毛の暴威の正体が何なのか、はっきりと見る事が出来た。
城門が、崩れ落ちる音がした。
地獄の門が、開く音だった。
長島自演乙選手っているじゃないですか。僕は彼のファンでしてね。
クラウスに負け、お膳立てしてもらった中国人にも負けた時、彼の精神的なダメージは相当なものだったと思う、それでも復活した彼は本当に強い。
しかし、あのコスプレパフォーマンスはどんなもんかなあ? ファンとしては否定的、とまではいきませんが、どうだろう、という感じ。
まあサキエルとかカミナとか、あの辺なら許容範囲だと思うんですよ。
ただ、ランカちゃんでキラッ☆ってやったり、ハルヒでハレハレやったり、あれはどうかなあ、と思う。少なくとも個人的には、はっきり「無い」と断言できる。
試合というのは、誰かのオンステージではありません。少なくとも相手がいます。そしてその選手の関係者やファン、二人三脚でやってきたスタッフは皆その選手に期待や希望を託しますし、何より選手自身の努力と想いの積み重ねがあるわけですから、それに一定の尊重と敬いの意を払う心を忘れてはなりません。
たとえ敗れたとしても、「長島という才気ある強い選手」と勇敢に戦った男となるか、それとも「なんやミクのコスプレしてネギ持って女装して変なダンス踊る、気持ち悪い男」に負けた男となるか、そのどちらかで、そこらへんは大きく変る筈でして。
まあ僕は長島選手のファンですから。彼のブログとかインタビュー記事とかちょくちょくチェックしてますけど、それを見る限りでは野次などのアンスポーツマンライクな振る舞いを嫌っているようですし、試合後の相手サイドへの一礼を忘れないところからも、彼が常に相手へのリスペクトを持った男であるというのは伝わってきます。
ああいうパフォーマンスは覚悟と心臓を持ってるからこそだからだとか、実力があるからいいんだとかいう種の擁護意見もあるけど、そういう問題ではない。常識的に考えて。
増して強けりゃ何しても良いんだとか、そんな奴に負ける弱さが悪いんだろとか、そういう覇道的・暴君的な意見は、極めて良くない。そういうのアンチヒーローが持て囃されるのは、それこそアニメ・マンガやss等のフィクションの中だけで、現実にそれでいい筈がない。少なくとも、礼に始まり礼に終わる日本武道の精神からは著しく懸け離れている。
君子の武道というのは、別に空手に限ったことじゃない、彼のやっていた柔道や日拳にも当然通ずるものでしょうし、それこそが日本武道が兵法三大流祖から脈々と引き継いできた、武の心というもの。スポーツマンシップにも通ずる所のある思想であり、それこそが理想であるはず。
弱い奴が好き勝手吠えてるだけやったら、大した問題ではありません。しかし、長島選手は強い選手です。強い人ほど後進の規範として、努めて君子たらねばならない。
強い人は、当然多く勝ちます。だからこそ、負けた相手を「無様な男」にしてはいけないんですよ。如何な理由を付けたところで、相手や周囲から見れば女装やオタ芸パフォーマンスはナメられてる、と感じる。それでは良くない。相手の為にも、強くて立派な奴でいなくちゃいけない。それが強い奴の責任の一つでもあるし、武道を学ぶものはそうあることを目指して稽古に励むべきである。まあ人間だし、実際は粗があってもしょうがないもんだけど、それが理想であることに間違いはない。
勝った後に相手に向かってファックユーポーズをかますような奴だったら、こんな事言いませんし、いくら強くてもファンにはなりません。けれど競技そのものや相手に対して真摯な態度が伝わってくる長島選手だからこそ、僕はファンになったわけだし、TV局主催の格闘技イベントがエンタメ性の強い興業である以上、ある程度のパフォーマンスはしゃーねーというのも確かだとは思ってる。僕はハメドのファンでもあるしね。
その上で、礼の心を知る長島選手だからこそ、ある程度の節度を持ってほしいなあ、と思うわけです。
まあ、何か長々といったけど、要約すると「空気は読むもの」ってなもんで。
ジャギ様のコスで入場曲が「youはshock」なら、まあ許される範囲だろうけど、ミルキィホームズのコスで、思いっきりきゃるきゃるしたアニメアニメの曲で入場ってのは、やっぱハズしてるし、失礼にあたるでしょ。長島選手は集中力もった上でやってんだろうけど、相手がそれを理解できるかったら恐らくノーだし、生きるか死ぬかくらいの緊張感でリングに上がってきた相手の気持の腰を折ることにもなる。
コスプレ自体を否定してるわけじゃないから、オタ向けのイベントでそういうパフォーマンスをやるのは全然いいと思うけど。やっぱ場の雰囲気って大事だから、試合のときはレパートリー考えたほうがいいと思う。
とらのあなやアニメイトで、布袋の8ビートやレゲエが流れてたら、変だろ。いくらいい曲だっつってもさ。
平たく言えば、それと一緒。