黄河の峻才編・三十五話
やよいー!! やぁー!! やァー!!
やぁアアアアア!!!! やァ嗚呼ああ!!!!
や嗚呼ああァ嗚呼!!!!!!ほあああああああ!!!!!
「どうした魏志才。機嫌が悪いな」
「あたり前です」
月明かり、ふんわり浮かんで、夜映ゆる。
街を見下ろす金色は、秋深い、長い夜を優しく照らす穏やかな芋名色。
煙管はもうやめたらしい。懐に仕舞ったそれが、次に使われるのは何時の事やら。
「真名を許しも得ずに軽々しく呼ぶような軽薄な殿方との食事では、舌が潤う筈もありませんから」
旅籠の近くに位置する飯屋も、薄明の少し過ぎ、この刻頃には昼間の怒濤の喧騒も落ち着きを見せ、店員が捌くのにも手頃なふうの、程良い席の空き具合になっていた。
まったり話しこむには非常に適した雰囲気だが、男の対面に座った少女はツンとして、利発さを湛える品のある顔立ちに、まったく愛想というものを浮かべようとしない。
「執念深い女だねえ。俺は言われるまで忘れとったのに」
「そういう所が配慮に欠けると言っているのです!!」
眼鏡の下の目を吊り上げて、キン、と耳に響く声を通しながら、身を乗り出す。
武蔵は薄ら笑いのまま、身体を背もたれに預けて水で口を湿し、程立は魏志才の隣で棒付きの飴を舐めながら、ぼーっとその遣り取りを見ていた。
「大体、なぜあなたがここに? 私達と話す事などなにもないでしょう」
ハァ、と溜息を吐きながら眼鏡の縁を抑える。
武蔵の調子は変わらない。いつも通り。
「いやあ、見つかったのが俺で良かったと思うぜ、むしろ、な」
「はあ!? なぜそのような!」
「博打は御法度だぜ?」
「ッ!?」
火に油を注がれるが如き勢いでまくしたてる彼女だが、不意に言葉を詰まらせ、身体を固くした。
武蔵の調子は変わらない。いつも通り。
「賭博法くらいは知っとろう? 俺が知ってるんだ。お前が知らん筈がねえ」
にわかに魏志才の、眼鏡越しの眼差しが厳しくなった。
武蔵は頬杖を付き、顔は笑ったままだが。押し黙った膳の場に、隣の席の、無邪気な談笑の声が流れてくる。
政府の認めない賭博行為、及び富くじ等に関する社会的法益に対する罪。
公序良俗と私有財産の保護を目的とした法令は既に漢王朝中興の祖・劉秀の時代から布告されている。
そして、此度の大規模都市開発に伴い、曹操がこの法を一層厳守させる事の御触れを出したのは、わずか二月程前の話である。
「…………ッ」
「やめておけ」
思いつめた表情を見せていたが、一向に変わらぬ顔に呟かれると、はっとした。
「どうせ、斬れやせん」
武蔵の頬は、掌に乗ったまま、流し目だけ、ひとつ。
眺めるような眼で、それは魏志才の細い脚、膝上まである長い黒足袋と、衣服の間から覗く、体温の質感を帯びた生白い人肌色――――――
そこに巻き付けられた、レッグホルスター状のバンドに納められた短剣の柄に白い指が触れていたのを、武蔵は見逃さなかった。
「手慰み程度にぶら下げた気休めじゃ、俺は殺せん。その脳漿なら、あるいは……やも知れんがな」
「…………」
くっと、知性の滲む眼差しが細くなる。
といっても苦虫を噛み潰すような、苦渋の類の表情では無い。
見定めるような眼だった。
彼女とて、何もこの場を切り抜けてやろうと思ったわけではない。
道理に合わず刃を上向けるのはヤクザ者の所業である。
というかそれ以前に、彼女は武芸の心得などからきしだ。こんな時世には却って珍しいやもしれぬが、生まれてこの方、書生肌で、武に関しては太刀の振り方一つ、手ほどきを受けた経験はない。
まして、飴を咥えながら器用に運ばれてきたヤキソバをもくもくと食んでいる、ことさら暢気な隣の連れは、自分に輪をかけて身体も小さく、体力も無い。
不意を付けたとしても、目の前の、筋肉の塊のような強靭な大男と取っ組み合い、退けられるか否か、等は、わざわざ彼女の神算鬼謀を駆使するまでも無く、判り切っていた。
それでも、護身用にと携えていた暗剣に手が伸びていたのは、本人も思わずの事。
不穏な空気に促され、身構えるが如く、知らぬ間に柄に手をやっていた。
――――――当人も半ば無意識であった事。
それを、全く顔色も声調も変えず、普通に会話をするようにしたまま、見逃さなかったこの男……
「さすがは、宮本武蔵……と、言った所ですか?」
「……それはどういう意味で、だ?」
「あの何儀を万衆のただ中で討った兵法者の名は、既に噂に上っていますよ。曹操軍中随一の遣い手である、と……」
「…………」
「それにー」
下がっていた武蔵の眉が、もとの真顔に戻った。
些か、興が冷めたような、ちょうど無表情な顔になると同時に、ズルズルと、机に杯を置いたまま、ストローで子供のように空の中身を啜っていた風の口が、言葉を紡いだ。
「私達は星ちゃんを知っていますからー。こと武芸に関しては、星ちゃんの言葉以上に信頼に足るものは無いですねー」
聞き覚えの名前が出てきて、武蔵は口は結んだまま、しかし琥珀色の目を丸めた。
「そうだった、そうだった。趙雲は何処だ? まだ一緒に居るのか」
「いえ。星とは幽州で別れました。『やはり、私には武の道が性に合う』と……」
「『ついでに乏しい路銀の足しに、首の一つでも挙げて参る』と、そのまま幽州の太守様の軍に参じてしまいましたねー」
「…………ふーん」
あの綺麗な顔で、猛々しいと言うか、無鉄砲というか。
「しかし……」
「?」
「あの用心棒無しに、お前ら二人だけでよくこんな所まで来たな。一緒に行こうとはしなかったのか?」
「私達は、暫し見聞を広めたいと思ったのと」
「やっぱり、客分として逗留していると仕官の話などにもなってくるわけですからー。そうひょいひょいと決められるものではないな、とー」
「そりゃあ殊勝な心構えだが……それで博打で金稼ぐハメになっちまぁ、本末転倒だろう」
「……それは、返す言葉もありません」
「まあ博才も理財の才のうち、と言うではありませんかー」
「……むう、そういう考え方もあるか」
武蔵が腕を組む。
この男、普段は糸の切れた凧かのように、あらゆる事に無頓着だが、士魂商才の話になると、どうも腰を据えたがる癖があるらしい。
「――――――お前の話す正論ほど、似つかわしくない物も無い、な」
武蔵はふっと、少女二人の頭越しに視線を逸らし、釣られて魏志才が後ろを振り返る。
「その癖、自由気ままに話すから、どんどん脇道に逸れる。そろそろ本題に入ったらどうだ?」
掠れ気味の艶声を囁くように、美女は傍らをすり抜け、大男の隣に着く。
流れるようなラインの腰を椅子にかけ、長い脚をすらりと組む。
「今日は非番じゃなかったのか?」
「非番だったさ。張角達と偶然、街であってな」
「それでか」
秋蘭の細い指が自身の唇を軽く撫でると、武蔵の鼻を酒の香りがくすぐった。
酒を飲み損ねて、文句を言っていた三人を思い出す。
「酷い男じゃないか。あの張三姉妹の誘いを蹴って、こんな可愛らしい客人と食事をしているなんて」
「美女四人で飲んでる姿はさぞ絵になっただろうな。で……あいつらは?」
「張宝が潰れてしまってな。屋敷まで送って、別れた」
「おいおい」
微笑を浮かべ、鷹の眼をとろんと緩ませ、武蔵を面白そうに眺めた。
落ち着いたヘーゼル色の、美しい瞳。
武蔵がやや、眉間にしわを寄せ、杯の中の水を眺め、口に運ぶ。
「…………」
少し見つめて、おもむろに右手を伸ばして掠め取った。
空中で武蔵の手から秋蘭の手に杯が移って、それを一息で空ける。
秋蘭の、少し赤みが差した白い喉が、こくん、と動く。
煽り終えると、ふう、と気だるげな溜息を、一つ。
「郭嘉と程昱だな?」
いくらか素面に戻った様な表情で、秋蘭は対座する二人を見た。
「武蔵は違う名で知っているようだが……金屋の脱税の証拠と……先の黄巾の乱に置いて、諸反乱勢力の兵の流動に関しての情報を提出した者の名だと記憶している」
「郭嘉……程昱………………あぁ」
秋蘭の口にした名前を、武蔵は呟きながら机を指でトントンと叩き、やがて何かに納得した。
秋蘭は武蔵に、どうした? とは声をかけず、そのまま二人の少女に言葉をかける。
「単刀直入に言うが……曹操様はお前たちを所望だ」
二人、特に眼鏡の少女がびくり、と肩を震わせた。
程昱はまどろむような眼、それをゆったりと、眠たげに開く。
「しかし……」
「悪いが、断らせはせん。賭博の件もあるし……な。この男は、初めからその話は不問にするつもりだったようだが」
「武蔵殿が……?」
秋蘭が顎で指した男は、手持ち無沙汰に福耳を掻く。
「見知った人間を役人に突き出したって、寝覚めが悪いだけだろう。そんな事は、わざわざ国が取り締まるような事じゃねえよ」
「……そのような」
「……ま、この男、万事に置いてこの調子でな。要するに適当なのだ。約束もよく破る」
「おいおい、お前との約束を破った事はねえだろう?」
「言われたくないなら、待ち合わせは時間通りに来い」
「意地悪だな、今日は」
「フフッ」
低い声と低い声で、時々、笑いが漏れる。
聞いていると、眠たくなるような会話。
「……あなたは、夏侯淵さま、ですね?」
雑談をし始めた二人に、郭嘉は言葉を投じた。
武蔵と秋蘭が、ゆらりとそちらを向く。
「あなたが曹操様から並ならぬ権限を委任されているのは存じております。ですが……だからと言って一存のみで法を曲げてもよろしいのですか?」
背筋を伸ばして、大真面目な顔で点した問いに、目を丸めたのは武蔵。
その後、くっくと笑いだした。
「生真面目な女だな、お前さん」
「は?」
「審問にかかっているのは自分だと言うのに」
「……それはわかっています。ですが、それは法の是非とは別の問題です」
武蔵は面白そうな顔で、「何が可笑しいのか」と問いたそうな、眼鏡の奥の眼差しを眺める。
そのうちに、回ってきた給仕の女性が、持ってきた冷やのお代りに口を付けると、再び秋蘭が口を開いた。
「先程はああ言ったが……主催者や胴元でなければ、賭博罪はそれほど大きな罪にはならない。注意か、悪くて罰金程度だ。だが、華琳様……曹操様の元に連行する理由にはなる。断れば、公務執行妨害でどのみち連行するが。お前達が断れない、というのはそういう事だ。まあ……せっかくの御目通りの機会だ。面会くらいはしてみても良いだろう? 仕えるか仕えぬかは、それから決めても遅くはあるまい」
「博打如きで罪も何もねえと思うがな」
「おや? さっきと言っている事が逆だな?」
「『博打で金を作る』というのが建設的じゃねえと言ったまでさ。賭け事自体は余興の範囲だろう」
「そう、奔放に割り切るわけにもいかんさ。治安を維持する立場としてはな」
「世知辛え」
「そういうものだよ」
徒然なるままに、武蔵は言葉を発す。まだ酔いの残る秋蘭もそれに構い、またつらつらと取り留めの無い雑談が始まる。
話が脇に逸れる、というのはまさにこういう事を云うのではあるまいか――――――
「ふむ。でしたら、お邪魔いたしましょうか、稟ちゃん」
話に決着を着けにかかったのは、今まで最も口数少なく、今まで最も表情の変わらなかった少女である。
「泰山で日輪を捧げ持つ夢を見て折り、名を改めその陽たる御方を探して参りましたがー……これが一つの機かも知れませんねー」
「風」
郭嘉が隣の相方を見遣る。相変わらず、眠そうな顔。
「その招聘に従いましょう。どうぞお願いしますねー」
「……よし。ならば、急いだ方がよかろう。もうすぐ夜が更ける。上手くいけば、今日中の御目通りが叶おう」
宵の口はすでに過ぎ、空の黒は濃く、高い。
中天に位置した月の光は、一層、強く。
「…………」
「少々、法に触れたからって、何も奉公出来なくなるわけじゃないんだぜ? あんまり深く考えなさんな」
未だ眉間の険しさが取れぬ郭嘉を見て、武蔵はまだ半分以上残ってあった冷たい水を一気に飲み干し、呟く。
「それはわかっていますが……やはり、倫理的に」
「……法とはあくまで、国の治安を守るための規範だ。倫理を問うものでは、決してない」
立ち上がった秋蘭が言った。少し重心が踵にかかる。いつもの彼女とは、少し違う。
「倫理を問うなら、私達は問答無用で悪人さ。一体幾つの怨念を背負ってると思ってる?」
揶揄を受けた武蔵は、きょとんと気の抜けた表情を作ったが。彼女は武蔵を見、くすっと、悪戯っぽく笑う。
普段あまり見せない顔。それは酔いの残滓か。
「詰る所、天下の士に求められる資質とは、如何に天下に有益か……それに尽きる。それは法も徳も超越した場所にある問いだ」
少しの笑み。その“少し”の分だけ、彼女はいつもと、少し、違う。
「――――――さあ、問いの答えを聞きに行こう。その問いを常に我らに問いかける、我が主に」
その後――――――その日の内に二人は華琳と面会し、翌日、改めて仕官する事が決まった。
二つの有力な情報を提供した功で取り立てられた二人は、この後、曹操の頭脳として、その覇業に大きく貢献する事になるのである。
――――――後日談。
「かつて羽を休めに来た二羽の千鳥が、再び私の元に帰ってきてくれた僥倖。だけど……」
上座から礼を拝す二人に語りかけるのは華琳。
やたらごつい殿座に、ミスマッチな程に小さな体。少女の顔貌で、余裕たっぷりに足を組み、頬杖を突いて見降ろして眺める、お決まりのポーズ。
「公孫賛の元を去り、数多の太守の元を去り、そして私の元を去りながら、再び私の元に舞い戻って来た。何故、黄巾討伐の折りに仕官しようとしなかったの?」
「はいー、よく考える時間が必要だと思いましてー、やはり、仕える主を決める訳ですからー」
「ふむ……まるで、弟子の師匠選びの様な話だな」
「あら? それは面白い話かしら?」
「はっ、ある兵法者が、師について修行した時の話なのですが……」
ぼそっとした呟きだったが、その独特の張りのある語気で、発したのが春蘭だとわかる。
華琳はそちらに目を流し、問う。
「その男は自ら遠方よりその師を訪ね、弟子入りを志願したのですが、初稽古が終わった後、入門の件は保留にして欲しい、と言いだしたのです」
「ふむ」
「その心は、『私は世を知らな過ぎる故、先生が他の武芸者に比べ、如何に優れているかを知らない、だから他にある複数の流派を学び、誰の元で学ぶかはその後に吟味したい』と……」
「へえ、中々言うわね、その男」
「当然、その師の高弟は男を無礼と怒ったのですが……師は『弟子に疑念を抱いている内は技は身に付かない』と言って、その男を許します。その後、男は数年間各地を回って見聞を重ね……結局その師の元に弟子入りするのです。師は『教えを乞うべき師を見極めるために費やした数年間は、下らぬ師について学んだ数年よりもずっと実りのある数年である。この聡明な弟子を得た我が身が嬉しい』と言って、この弟子を称賛したと言います」
「ほお。よく知っとるな、春蘭」
「アンタにあるまじき長台詞ね」
「ふふん」
「……それは確か、宮本が前にしていた話ではなかったか?」
「俺そんな話したか?」
「していたよ」
「ボケ老人」
「……いえ、残念ながらそういうお話ではなくー」
「なぬ」
蘊蓄を披露して偉気高、鼻高々だった春蘭だが、あっさりと風に否定される。
「確かに、南は南陽、北は長城まで巡り、仕える主を見定めて参りましたがー、風達は先の牢破り件に関与した時、すでに曹操様に仕える心づもりでは、いたのですよ」
「ならば、何故?」
「それはー……」
じーっと、目線をゆっくり横にやる。その先には郭嘉。
未だ跪いたまま、顔を上げず、俯いている。
「郭嘉?」
ビクリ、と肩が跳ねる。
しかし返事が無く……無いばかりか、一拍置いてわなわなと震えだした。
「曹操様、ちょっと真名で呼んであげて下さい」
「……いいのかしら?」
「許可はとってありますからー大丈夫ですー」
「…………稟?」
「…………ッツ!」
「曹操さまー、もう一声」
「……稟」
「………………ぐぼっつ!!」
「――――――え?」
返事の無い郭嘉に一同が怪訝な顔をし始めた折り、彼女の項垂れた頭が跳ねるように翻り、
――――――鼻から一筋の鮮血を噴き出し、辺りを血で汚しながら仰向けに倒れていった。
「ちょっ、ど、どうした、おぬしっ!?」
「あー……やっぱり出ちゃいましたかー。結構頑張ってたんですけどねぇ」
「おい、大丈夫か!? すぐに典医を……」
「ああ、御心配なさらずー、はい、稟ちゃん、とんとんしましょねー、とんとーん」
「くふっ……すまん、風……」
いきなり昏倒してひっくり帰った郭嘉に、うろめいた夏侯姉妹と裏腹に、風がとてとてとエビ反りになった彼女に歩み寄って、上半身を起させ、暢気な声で呼びかけながら首のあたりを軽く叩く。
すると郭嘉は、頭をぐわんぐわんとさせながら、気を付かせた。
「……郭嘉は、持病か何かを患っているの?」
「いえー、稟ちゃんは、かねてから曹操様に仕える望みを持っていましたからー、曹操様は稟ちゃんにとって、太学時代からの憧れだったのですよ」
「ず……………ずみません、緊張のあまり……」
首から上をグニャグニャさせながら、郭嘉はそう弁明した。
鼻からは、まだ鮮やかな鮮血色の血液がだらだらと流れ、鼻下から唇を横切り、筋を作っている。
顎先からポタポタと垂れ落ちる雫が、毒々しい程に紅い。
「これでも、だいぶ良くなった方なのですよー、牢破りの時は感状を頂いただけで鼻血ブーでしたし、黄巾党の時は曹操様が面会を求めていると、役人の方に言付けされただけで出ちゃいましたからー」
「これで慣れた方なの……」
華琳が笑うが、どこか表情は乾いていた。
郭嘉は未だ『ぐふっ……』っと時折呻き、血を吐き続けている。
「……どうする? 無理なら、追加の沙汰は後日でも良いのだけれど」
「い、え、御心配にはっ…………ぶふぁっ!!」
「……無理そうね」
「稟ちゃん、風の顔に熱いものをぶっかけないでください」
「お、おい、洒落にならんのじゃないか? その量は……」
「……この癖は、早期に強制して貰わねばならんな。史上初めて、鼻血で死んだ人間を見る事になる」
壺にでもハマったのか、またしても追加の血を噴き出し、ビシャッ、っと生々しい音とともに、飛沫が周囲を濡らす。
介抱する風の顔を赤く染めながら、郭嘉は今度こそ、大広間の床に沈んでいった。
「……なーんか久しぶりだよなぁ、このノリ」
「……もっと硬派な作風を目指してるんだけどね」
流れに乗れなかった蚊帳の外二人が、ぼそりと何かを呟いた。
それを聞いた者も、意味を解した者も、二人以外に、誰も居ないと思う。
すいません、取り乱しました。