黄色頭巾編・二十七話
「万億……万億……」
「おお、宮本。帰ったか」
一度、桂花と別れて私室に戻り、改めて練兵場に向かっていた武蔵に、合流する様に歩調を合わせて来る声があった。
「秋蘭か。潁川組の方が早かったのか?」
「一日だけ、な。私達は騎兵であったし、戦も数日で終わった」
眼光鋭く、されど紛れも無く美女の範疇には入る、凛とした女性が隣に来ると、武蔵はやや歩調を落とした。
カツリ、カツリと、廊下に響く二組の足音が重なる。
「聞いたか? 春蘭が切り結んだって話」
「うむ、その事だが……実は、帰還した我らに、郊外で妙な降伏者が出てな」
「妙な?」
「うむ」
武蔵が袂の中で腕を組みながら、秋蘭に疑問の視線を投げると、彼女の涼やかな目が、答えるように視線を合わせて来る。
「『将軍を射った、負けたから降伏する』と言って、弩を携えて帰順してきた者が居てな。詳細を聞いても、碌に喋らん。罪状が明瞭でない故、縛に繋ぐ事もぬが……恐らく、そやつも此度の検分に議題になるだろうな」
「やれやれ」
腕組みをほどく。
面倒臭げに耳を掻いた。
「何と言うか色々、慌ただしいこっちゃ」
「おや?」
御殿の袖から、ぬっ、と出でた偉丈夫と、颯爽とした美女が姿を現したとき、向いた目は六つ。
衛兵どもはただ一点を注視し、頑なに各々の使命を全うしていた。
「捕虜検分と聞いたが、はて」
武蔵が、練兵場を見下ろすと、問うような声を点す。
場内には数十程の武骨な鎧兜に剣を佩いた兵が二つの列を為し、華琳の座と、その側近たちの侍る高台と土で出来た練兵場を繋ぐ階段は、さらに数名の番兵が塞いでいたが、その間に胡坐をかく縛られた人間は一人しかいない。
「随分大仰だな」
「あれは、この数倍の人間の群れを掻き分けたそうよ」
秋蘭は華琳に一礼し、彼女が右手を挙げて答えると、そのまま、その横側にピタリと侍った。
武蔵は憚らず、大股でゆったり華琳の椅子の後ろまで来て、背もたれに肘をついて尋ねる。
華琳は特に一瞥もしない。いつものように脚を組み、頬杖を突いている。
「わざわざこんな広いトコ使う必要はねえだろう」
「捕虜の検分に練兵場を使うのは規定事項なの。ていうか、アンタは砕け過ぎよ! 少しは弁えなさい!!」
「春蘭、あいつは強いか?」
「ん……」
「流すな!! せめてこっちを一度見なさいよ!!」
右の桂花から左の武蔵、さらに右の春蘭へと、言葉が行ったり来たり、転がっていく。
気ままな会話が交わされていたが、華琳がもう一度右手を挙げると、スッと止んだ。
「万億、と言ったわね。あなた、何の罪で捕まっていたのかしら?」
「……さあ?」
「さあ……って、さあとはなんだ、さあとは! 自分の罪状くらい、把握して居るのが普通だろう!」
「いちいち覚えてねえよ、そんなん。どれの事を言われてるのかわからねえし、どれの事で捕まったのかわからねえし」
「……罪人の罪状は布告で知らされるはずだ。お前たちも立札くらいは読んでいるだろう」
「知らん。読めねえ」
春蘭が声を大きくし、秋蘭が冷静に尋ねるが、万億はしれっと言ってのける。
華琳がそのやり取りを目の端に移しながら、傍らの桂花にそっと耳うちした。
「……桂花?」
「はい。あの者は先日の乱で盗伐した賊の頭目・呉覇の兵として捕えられていましたが……以前、と言っても、華琳様が陳留に赴任される前の話ですが、その頃の太守であった周直が、反乱の際、十三歳の少年兵に殺されています。その下手人の名が、万億と」
「そう……万億」
「あん?」
「今回の集団脱走の首謀者を知っているかしら?」
「まさか。牢が破れたって誰かが騒ぎ出したから、チャンスだと思って便乗しただけだよ。他の奴もそうじゃねえの?」
「……ちゃんす?」
武蔵と春蘭の声が揃った。少しのぞき込む様にしながら腕を組み、互いに見合わす。
全く同じような仕草である。
「なぜ脱走を図るのに、わざわざ春蘭の本陣に突入したの?」
「逃げるために突っ切ろうとしたんだよ。そしたら、その女将軍と当たった。たまたまさ」
「切り結んだと聞いたけど?」
「……おいおい、アンタらも斬った張ったが生業なら、一旦始まった戦いの途中で背中見せるのが、どんだけリスキーかってくらいわかるじゃん。ごくシンプルな理由さ」
「……おい、華琳」
「……どうしたの?」
ワイングラスを傾けて眺めるような眼で問答をしていた華琳に、武蔵が割って入った。
若干、その目が細まる。
「沙和を呼んでいいか?」
「どうして?」
「通訳が居らんとお前らの言葉が今の俺には理解出来ない。お前らはシンアルの民か?」
「落ちつけ。言語は通じているぞ」
したり顔で刺してきた秋蘭に、武蔵はねめつけるような流し目を送る。
「お前にはわかると言うのか、秋蘭」
琥珀色の目玉が、並々ならぬ威圧感を持って光ったが、秋蘭はフッと、余裕の色をたたえながら鼻で笑う。
「見縊るな。リスキーと言うのは、危険度が高い事を指す俗語だ。街の若者が良く使っている」
「何……!?」
「……そうかそうか。つまりお前は、私をそういう風に見ていたんだな。言っておくが私は若いんだ、お前よりは」
見開かれた、武蔵の目。
秋蘭はわざとらしい位の、深いため息をついた。
「……わかりました? 華琳様」
「わかるわよ、そのくらいは……」
そんな妹の隣で、春蘭がこしょこしょと自分の主に尋ねる。
華琳はどうでもよさそうに答えていた。
「面白えな。お前らの大将」
「…………」
万億はいで立つ兵の一人に声をかけてみたが、石像のように一点を注視しながら、何の反応を示す事も無い。
万億の方も特に面白い回答など期待していなかったのか、ただ笑っていた。
「あなたは以前も反乱に与した事があるそうだけど」
「ん……? ……あー、まあ、結果を見ればそう言う事になるのかもね」
「あなたが戦う意味は? 官に敵対する、その真意は何? 今の政府への憤り? それとも、貧困がそうさせた?」
「……………………へ」
華琳の問いかけに、しばし、沈黙すると、やがて声は無く、空気が漏れるような音で、笑った。
冷たい笑い方だった。
「やっぱりアンタらだと、そういう発想にいっちゃうんだろうなぁ、どうしても」
憚らない声色だった。
重くは無く、熱も無く、そして、疑いも無かった。
「税金が高けーとか、お上の治めぶりが悪りーとか、よく聞くけどさ。ンな事言う奴は、ちゃんと家に畑があって、屋根のある小屋があって、真名付けてくれる親が居た連中じゃん。贅沢なんだよ、言う事が」
「贅沢?」
ささやかな平穏を望む事が、人並の暮らしを与えてもらう事を願う事が、贅沢か。
「俺の生まれた所の川、機会があったら見てみなよ。黒いから」
彼は笑って、そうだと言った。
「罪の無い無辜の民が虐げられているのを見ても、そう言える?」
「罪のある人間なんか居るのか?」
一瞬の静寂が、膜を張る様にその空間を覆った。
「アンタは囲碁で負けたって、理不尽だとは言わないだろ?」
激するわけでなく、さりとて、厳かに毅然と諭すわけでもない。
縛られたままだが、何故か縄目が緩く感じる。
「金が無かったら欲しいもんが買えねー、弱かったら喧嘩に負ける、顔が悪けりゃ女獲られる。仕事が出来なきゃクビになる。そんな仕組みは、いつの時代でもあったんじゃねえ? それが一番過激なのが、“今”ってだけでさ」
餓えぬのは豊かだからで、のさばるのは強いからで、慕われるのは目立つからで、偉くなるのは成りあがったからだ。
「人は一人。即ち、唯我。何にも頼まず、拠り所は己?」
「自分すら信じられないような奴を、助けてやるお人好しが居るか? それにそんな奴は、救われるべきじゃない」
「持たざるものであっても?」
「物乞いや家なしっ子だって、少しでも這い上がろうって、死ぬ気で頑張って生きてるさ。てめーで頑張って生きてる。そういう奴らに目もやらない癖に文句ばかり言って、自分じゃ何もしないような奴を引き上げてやるのかよ? それこそ、理不尽だね」
ただ、語る。喋る。
世相を肴にだべる、食事時の雑談の様に。
「別に何もおかしくなんかないのさ。要は全部、当たり前の話」
その言葉は。
「世の中の作りは、いつだってシンプルだ」
華琳の耳に届く、その甲高い声は。
陰は無く、歪みは無く。
恨も怨も呪も無く。
「悪いのは他の奴らで、自分たちは何も悪くないから、いつか英雄が救ってくれる? 自分だけには、素敵なプレゼントを持って来てくれるのかい?」
仲間だから守る、敵だから殺す。腹が減ったから奪う、嫌いな奴は嫌いで、好きな奴は好き。美しいものは愛で、醜いものは軽蔑する。ただその関係が人の数だけ連なっているだけ。
詰まるところ、それは“己”という名の縄張り。
勝つ奴が居て、負ける奴が居る。ようは、ただそれだけだと。
「世の中は、そんなに甘いもんじゃないよ。誰だって生きたいと思ってる。誰だって自分は悪くねえって思ってる。自分だってその仕組みに従って生きてるってのに、自分だけは厳しさから救われる事を望んでる」
そして誰よりも傲慢で厚顔に、もっとも強靭かつ巧妙に我を通したものが、帝王を名乗り、やがて真人を名乗った。
別に正しかったからじゃない。
なら弱い者が虐げられることも、別に間違っているわけじゃないんだ。
世の中が悪いとゴネて嘆く奴の悲鳴は、所詮は勝てない人間の負け惜しみ。
ただそれだけの事を、いかにも理不尽や不合理である様に、言葉を使って飾り立てる。
不細工な化粧。
「牛や豚はさんざん働かせた挙句、使えなくなったら潰して食うのにさ。所詮はそれの一直線上の話じゃん。人間ってのが、そんなに特別な生き物だと思ってるのかね?」
国の王は兵を殺し、役人は税を絞り、そして民は、自分が食うために子を間引く。
全員その仕組みに歪みなく乗っている。
戦わなければ生き残れない。その事実に目を背けて、自分のやっている現実には、仕方が無いからと蓋をして、ただ救済だけを待ちわびる。
その、怠惰と浅ましさ。
戦う事をやめたくせに、その仕組みの恩恵だけはちゃっかりと受けてるくせに、聴き心地の良い言葉に甘えて、口を開けて待っている。
「そういう屁理屈を捏ねるヤツはさ」
戦う牙の無い、生まれる前に堕ろされた間引きっ子だって、そんな言い訳はしないって言うのに。
「世の中で一番、チープなヤツだと思うぜ――――――俺はね」
身体を少し、よじると、後手に縛られた縄が抜けて、フッと立ちあがった。
辛辣で、救いの無い万億の言葉は
華琳の耳には、真理の響きを伴って届いた。
「李通」
舞台から飛び降りて、階段を遮る番兵の頭を飛び越えて、その男の目の前に現れた。
六尺を超える巨体が、ザンっと派手に着地して、縄抜けして立ち上がらんとした万億の前に居立ち、彼に向けられる抜かれた剣を遮った。
「李 文達か?」
「…………は?」
顔を覗き込む様に尋ねる武蔵に、万億は要領を得ない顔をした。
「命は、弱さを許さない」
武蔵はそれを聞いているのか、聞いていないのか。
「人は、ただ命だけ貰って生まれて来る。要は何者になるのかだ」
ニヤリと笑う。
いつもの、底の深い笑い方。
「自分の肉食わせて、ガキの餓えを何とかしてやるならともかくさ。自分が餓えるからって、てめえのガキ殺して、その肉食うんだよ。それで、『英雄様、弱い俺達を食わしてくれ、守ってくれ』なんて平気で言ってやがる。そりゃあ、通らねえよなぁ。自分のやってる事には責任持たんとよ」
「……あんた、俺を知ってるのか?」
「いや」
スッと半身になった万億を、見下ろす格好になる、大男。
大人と子供ほどの、差。
「ただな。お前が、嘘や誤魔化しや矛盾を、これまでずっと嫌い抜いて生きてきたのはわかるよ」
華琳が、すっと立ち上がり、右手を地平線と並行に滑らせた。
すると、御殿の袖から、衛兵を一人、後ろに付けて、一人の少女が出でて来た。
小さな少女。細い肩で、肌は白く。長い長い、ザンバラの銀の髪。華奢な指には、両の人差し指にだけ、不似合いな胼胝。
蹶張弩を使うもの特有の、射手の証。
「恭……」
「…………」
少女の青い眼と、彼の黒い瞳が交錯した。
言葉は何もなかったが――――――ただ、万億は構えを解いた。
「万億」
華琳が声を落とす。高みから。
「あなたの言葉には偽りが無い」
「…………」
「でもそれは、国や天下と、一度も交わった事の無い者の言葉よ」
「…………」
「天下の法則は最初から一つで、それに従うべきだとあなたは言う。でもね」
その姿は、自信に満ち、
「天下とは、人と人との間に生まれる営みが作るもの。その寄る辺がなければ、人は疲れ果てるしかない。それを統べるのが政、つまりは、国であり為政者」
その声は、何よりも明朗な響きを持っていた。
「言うね。まるで、自分こそがその人だ、と言わんばかりだ」
「無謀と笑うかしら?」
「俺は、何処にいようが俺。悪りーがそういう話には、興味が無い」
「あなたには関係無くても、私には必要なのよ。何処に居ても、自分の在り様を曲げないのなら、私の元でも構わないでしょ?」
「……」
「その男が、ちょうどそんな男でね」
「おい」
「あら、何か間違ってる?」
顎で指し、皮肉を混ぜて、華琳は笑う。
「弱肉強食の法則に従うなら、あなたは最も強い者の元に居て、天下と交わってみるべきよ。国にも拠らず、民にも拠らず、恐らくは、名すら無く。己のみを拠り所にしてきたあなたの剣は必ず私の役に立つ」
少女の様な顔で、まるで天下人のように。
「これからは李通と名乗り、まずはその男を通して、この曹操の天下を見てみなさい」
その無垢で可愛らしい容姿とは裏腹に。
圧倒的に、色濃かった。
「……なーんか、また面倒なのを押し付けられちまった気がする」
「類は友を呼ぶ、でしょ?」
各々、先に華琳を奥の間に送った後、固まって連れ立ち、自室のある幹部用の棟へと、やたら幅のある宮城の廊下を、すれ違う文官や宮女に頭を下げられながら、あるものは手を挙げて労をねぎらい、あるものは挨拶で返し、またあるものはいないかのように全く無反応で通り過ぎる、それぞれの反応をしめしながら、ぞろぞろ、まったり、喋りながら各々の私室に向かっていた。
「誰がじゃ」
「いやいや、案外、桂花の言う通りかもしれん。何せお前の率いる兵は、色々な意味で曲者ばかりだ」
桂花と秋蘭が意地悪く笑う。とりわけ、桂花は邪悪に。
武蔵は眉をひそめて、何とも言えぬような微妙な表情をした。
「そういやあ、春蘭。どうだったんだ、あいつと戦ったんだろう」
「あ、う………うむっ、それはだなっ」
妙におとなしい春蘭に、武蔵は先ほど聞きそびれた話題を振った。
春蘭はぴくんっ、と、飼い主に呼ばれて耳としっぽを立てる猫のように、背筋をピンと立てる。
そして立ち止まると、言い淀みながら視線を少し泳がせ、やがて改まる様に胸を張って、ごほん、とわざとらしい咳払いを一つした。
「今日はその……お、お前にこの間、その、教えてもらった技が、上手く出来てなっ」
「ほう、そりゃよかった。つうことは、きっちり勝ったわけだ」
「う、うむっ」
口元に拳を添えて、視線を斜め下にやっていた春蘭が、ちらっ、と上目遣いに武蔵を窺うと、満足そうに笑う武蔵と目が合う。
「だ、だからな、その…………あ……」
「うん?」
再び視線がだんだんと下に下がって行きながら、最後の方は、ごにょごにょと、聞き取れなくなる。
いつもあっけらかんとしている彼女にしては珍しい態度に、武蔵は耳を傾けるが、背中に両手を回して項垂れた彼女の声は、再びは聞き取れず。
妙な沈黙が、四人の空間に舞い降りてきた。
「……お、教え子がきっちりと教えを果たしたわけだからな! だから、お、お前は私を、ちゃんと褒めるべきなのだ!!」
「ああ? ……ああ、まあ、そうか?」
「う、うむ! 信賞必罰! 常識だ、常識っ!」
「まさかお前に常識を諭されるとは思わなんだで」
やがて再び踏ん反り返ると、今度は一気に早口でまくしたてる。
時々、焦る様にどもりながら、しかも普段絶対使わないような四字熟語まで使って、どう考えても平静ではないのだが、言っていること自体は正論なので、勢いも手伝って、武蔵も納得せざるを得ない。
「よ、よし……褒めろ!」
「また、ぶしつけだな……」
「…………」
「……えー……よく、頑張りました?」
「……つまらん男だな、お前は」
「簡潔にして実に重い一発をくれたな……何をしろと言うん」
「だ、だから、それはその~……た、例えば、だな……」
「おう」
「あ、あ……あっ、あくまで例えだぞ? 例えば、その……」
「……おう」
「……あっ、頭、などをな、その、な……」
「…………な?」
「な…………う…………」
「な…………?」
「…………」
「…………」
微妙な雰囲気。再び、沈黙。
それを通り越して、もはや静寂。
「~~っ……なんでもないっ!!」
「!?」
溜めて溜めて、溜めていたかと思うと、いきなり怒鳴られた。
首まで真っ赤に紅潮させながら、一目散に疾風の如く、今来た道の逆方向に走り去って行った。
「…………何だあれ?」
「……さあ?」
「…………」
残されたのは、ただひたすらに混沌ばかりである。
「おい、秋蘭よ。ありゃあ何だ、一体」
「さあ……? 年増女の私には、姉者のような麗らかな若い乙女の感性など、とてもわからんな」
姉については日ごとの睫毛のキューティクルを完璧に把握していると言っても、あながち嘘では無いであろう春蘭の専門家に、あの奇行の真意を尋ねるが、彼女はわざとらしく肩をすくめ、とぼけるようにして意地悪く笑うのみ。
「まぁだ言ってやがる……根に持つねえ、お前も」
「フフッ。まあ、後日、何か美味い物でも食わせてやるといいさ。店は私が決めてやろう」
「……お前の分も奢れってか?」
「はて……確か囲碁で、私に連敗していたのは誰であったかな、宮本殿?」
「いや……俺はまだ負けてはおらん、武士は死なん限り負けでは無い、そもそも囲碁と言う児戯は両者の合意無くしては終わらないと言う基本原則があってだな……」
「負け惜しみは武士としては潔くないんじゃない?」
バッサリ斬ってきた。
女は、優しくない生き物である。
「ったく、大体、ありゃあ、お前が秋蘭に口添えしなけりゃ、まだわからん勝負だったんだぜ。せっかく競ってたのに」
「私はあんたの吠え面かく姿が見られれば、それでいいのよ。ま、可愛い可愛い桂花様、どうかこの駄犬にお力添えをしてくださいませ、って地面に這い蹲ってお願いすれば、一番、最初の一手だけは教えてあげなくもないけれど?」
「初手は何処に打とうが殆ど同じだろうが、阿呆」
「チッ! 野人のくせに、鋭いわね」
「俺がお前くらいの年頃なら、恐らくここいらで殺意が芽生えておる」
結局、いつものような漫才になってしまい、春蘭の真意は、武蔵にはわからぬままであった。
「あれ? そういえば」
「うん?」
「あんた、調子悪い、って言ってたのは、どうしたの?」
とりとめのない会話。
日常とは、とめどなきもの。
流れて、積んで、重なって、目新しい物の無い、捉え難きもの。
「……治った。全く」
「はあ?」
――――――そして時たま起こる特殊な事は、惰性の中に埋没していく。
やばいなあ。
何がヤバいって、僕9時から約束があるんだよね。一睡もしてない(現在5時)。
これも、ニコマスの架空戦記が面白過ぎるからである。チクショウ。
やっぱリッチャンハ、カワイイデスヨネー。