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黄色頭巾編・十二話

「さすがは夏侯淵殿だな。まさか本当に日のある内に着くとは」

「当然だ。そのように行軍してきたのだからな」

「そうだな。せっかくだから、もう少しお年寄りを労る行軍をしてみる気はねえかい?」

「いらぬ心配さ。そんな元気な年寄りはおらん」


日は少し赤みを帯びてきたものの、未だ沈まず、一直線な地平の上に煌々とその存在を誇示している。

そのおかげで、彼方に見える巻き上げられた砂塵の影が、ハッキリと見えていた。


「……聞いてたより全然多いな。五千は下らんぞ」

「まあ、そうは言っても私達に出せるものはもう無い。やるだけやってみるさ」


紅の影を受けた人の波は、二人がはじめ頭に思い描いていた想像よりも、さらに勢いを増したものだった。

その全員が全員、街に向かって攻め入っているわけではなく、むしろ戦闘を行っていない人員の方が多かった。このままでは、例え奇襲を加えたとしても街から引き離せるかどうかはわからない。

それでも、急発進でここまでやって来た彼らには、何か策を弄する手札などあるはずもなく。

あまり勝ちの目が濃いとは言えない中で、彼らは勝負を強いられてしまった。


「どうする? 一息入れるか? 一気に行くのか?」

「勢いは殺さん。このまま速度を上げ、側面からひと当てする。その後は退避し、距離を保って睨み合いに持っていこう」


腹に響く馬蹄の唸りは、後続の歩兵を振り切らない、ギリギリの速度を刻んでいる。

よく訓練された八百だが、同時に強引に掻き集められた八百というのも、また変わりない。元々、所属している部隊も、受けて来た訓練もまちまちである。

それだけに、この強行軍を脱落者を出さずに遂行できた要因の重きは、兵の個々の練度もさることながら、秋蘭の卓越した指揮の妙による所が大きい。


「ほんだら、まずは斥候――――――――…………お?」


軍議とも呼べぬような、手早い二、三の相談事で方針が決まり、次の行動を決めようかと言う所。

接近して来る砂煙の中に、眼を細めた武蔵が、見覚えのある何かを見つけた。


「…………ほう」

「!ッ――――どうした?」


武蔵がにわかに馬を蹴歩させ、隊列から離れて行く。

突然の行為に、秋蘭が声を上げるが――――――


「戦闘は無しだ。とりあえず全員、あの街の中に入れてくれ」

「なっ……おい!」


それだけ言い残して、武蔵は秋蘭の静止を振り切り、馬を追いながら鞭を入れて脚を速めると、あっという間に後続の部隊を置き去りにしていった。

――――――遠目に、それも煙に巻かれてのものではあったが。

それでも、秋蘭の鷹の眼にも比する、武蔵の両目は間違いなく捉えていた。

えらく目立つ、一度見たら二度と忘れないだろう、チビと、デブと、ノッポの姿を。





「お頭ァ!!」

「どしたあ!」


軍勢から少し切り離された前線、その中ほどに陣取った、長身痩躯の男の元に、喧噪入り乱れる人混みをかき分けて、一人の青年が走り込んでくる。

ペラの着物、一枚だけを浅黒の素肌に引っかけた、顔に幾何学的な紋様を彫っている、十七、八かそこらの若者。

そして頭にはしっかりと、黄色の布を巻いていた。


「北と東の間の方から、変なヤツが向かってきてます! 単騎です!」

「あぁっ? 『大梁義勇軍』じゃねえのか?」


頭と呼ばれた口髭の男は、自身の体躯のように細身の長刀を肩に担いで、トントンと遊ばせながら、無頼にして、どこか親しみやすい雰囲気を醸し出す若者に続きを促す。

そして、男の傍らに侍っていた二人が、倣うようにその若者を出迎えていた。

本当にただ何気なく、否、口髭の男の言う通り、今、事を構えている敵方の誰ぞなのであろうと何の警戒もなく話を聞いていて、片方の男にいたっては呑気に乾し飯を、湯でほぐさずそのまま、菓子の如くバリバリとかじっていたのだが。


「いえ、なんつーか、みずぼらしくありません! デカい馬に、高そうな錦の羽織着たヤロウが跨ってます!!」


という、入れ墨青年の予想を裏切る言葉に対し、


「高そうな錦……」


大男の方は、乾し飯を口に運ぶ動きをはたりと止めて、


「……の羽織着たヤロウ……?」


小男の方は、何かが引っかかったように眉を顰める。


「………………まさかっ!?」


そして、思い当ったように長身の男が声を上げると、


「あっ!? お三方、どちらへ!?」


三者同時に、示し合わせたように顔を見合わせ、ピンと背筋を伸ばすとともに、群衆の中、北東目指してあっという間に走り去って行った。






「あいつか……………?」


軍中を抜けその先頭に立ち、二、三歩出でた三人の目に、ぽつりとこちらに向かってくる一人の騎馬の姿が映った。

遠きに見えるその男の、さらに遥か後方――――――――地平のかなたに巻き上げられた風塵が、まるでその武者を彩る背景のように立ち昇っている。

ぐっと、目を凝らしてみた。

だんだんと近づいてきてその輪郭をはっきりとさせた男は、確かに見覚えのある、錦造りの美しい羽織を纏っていた。

しかし――――――――

それを身に着けていたのは、雄々たる馬に跨り、ややきつめだが中々に才気の香る鋭い眉と、涼やかに力の宿る眼差しを湛えた、精悍な青年である。

否、それは恐らく、切り出し絵のように客観視したものであるならば、不自然なく調和した、能動的な野性味を湛える、それでいて、その中に隠し味の様な落着きを含ませた伊達な男。


だが三人にとってその組み合わせは、この上ない違和を覚える、非常にチグハグとしたものだった。





「よお。こんな所でなにやってんだ、お前ら」


ある種、無造作な風で彼ら、延べ五千超はあろう大軍の前に出でて、若者は手綱を引いてゆっくりと馬を止め、気さくな様に少しだけ笑い、それを率いるようにあった三人に声を掛けた。

しかし、三人はそのなれなれしくも余裕綽々の、こしゃくな笑みに慣れた見覚えは無い。

いや、確かにそれは、一度見たものではあるのだが…………余りのイメージの違いに、気が付けずにいた。


「ああ? テメーこそ何もんだ!!」

「あの大梁なんちゃらの仲間、なんだな?」


その若者は二人の物言いに、今度は緩めていた眉を怪訝そうに寄せるが、三人の中心に構える痩躯の男は、それにはばかる事無く肩に乗せた薄刃の切っ先を彼へと向ける。

後ろに構える兵たちもまた、その刃によく似た顔に、攻撃的な意志をたっぷりと含ませて、彼を突き刺すように睨みつけていた。


「その羽織は武蔵のダンナのモンだろう。何でてめえが着てる? 何処のもんだ、てめえは」


そう低めの声で問いかけた男の言葉で、若者はじっと目を細め、、一つだけ深く息を吐くように鼻をフンと鳴らすと、おもむろに、一纏めにされた長髪を束ねている白の髪紐を解いた。

ばらりと、癖の強い茶髪がほどけて、その顔に簾がかっていく。

そうしてぶんぶんと、二、三、若者が水浴びを終えた狼のように頭を振った。


「…………え」

「……………あ」

「まさか…………」


そして散らかった御簾のような長髪が、彼の顔を覆ったのと。


「「「ダンナぁ!?」」」


先頭に立った三人が叫喚の声を上げるのは、ほぼ同時だった。




「俺の顔くらいパッとわかれよ、お前ら」

「わからねえよ!! 妖怪変化かアンタは!?」

「柑橘系っすか!? 夏に向けてさわやかさ強調してみようとか何かそーゆーアレっすか!?」

「腕の立つ若旦那に色男補正とかどんな優遇措置なんだな。作為が感じられるんだな」


邪魔くさそうに前髪をひと束握って眉を寄せてみた武蔵に対し、三人組の猛抗議が入る。

特にデブなどは、何やらただならぬ危険な雰囲気を醸し出す言葉を口走っていたが。


「お役所勤めってのも結構めんどうなんだよ……それはそうとな」


改めてぐいと髪を後ろによけて、ぱっと手を放すと同時に、自分の視線を追わせるようにおもむろに、三人に合わせていた視線を後ろの人の群れへと移した。


「とりあえず戦を止めてくれんか。少し話がしたい」

「……戦を?」

「頼む」

「…………チビ!!」

「へい!!」


ノッポはやや訝しげな顔をしたが、一瞬吊り上げた片眉をすぐに戻し、剣を納めて下知を下す。

それは具体的指示など何も含まれてはいなかったが、チビはノッポの言葉の元に、すぐさま馬を駆けさせて前線へと赴いていった。


「悪いな」

「なんの」


現状は把握できぬのでともかくとして、戦っていたには戦っていたなりの理由があろう。

部下を持つ彼らが、横槍を入れられる形で戦をやめるのはいろいろと不具合も多いだろうが――――――


「しっかし……まあ、よくぞ集めたなあ」


武蔵はチビの姿が見えなくなると、しげしげと溜息をつくように言葉を漏らす。

彼らが従えていた軍は装備はともかく、数でいえば華琳の抱える兵士の数にも引けを取らず、それが集合しているさまはさながら、人で出来た河のようであった。

それを聞いてノッポは、少し得意げに口を歪めて、へっへっへと庶民的な、男くさい笑みを浮かべた。


「いやぁ、知ってるヤツにテキトーに声かけてったらネズミ算式に増えて行きましてねえ。まあおかげでダンナんトコに馳せ参じるに、面子は立つだけの頭数は集まりましたがね」

「うむ……?」


その言葉に、武蔵は一瞬何の事だったかと、見つからないパズルのピースを探すように、自分の記憶へと問いかける。


「…………おおっ」


『お前らが人の繋がりを手繰るとどうなるのか、楽しみだ――――――』


すぐに、かつて自らが言った、かの言葉に思い当り、その疑問は氷解した。

が、武蔵の顔は未だ怪訝なままだ。


「して、その兵が何でまた、これから参陣しようって人間の治める街で略奪しとる?」

「…………略奪ぅ?」


しかし、武蔵がそのしかめっ面の理由を問うてみると、今度はノッポが訝しげな顔を見せる。


「ちょっと待ってくれよダンナ。そりゃあ誤解だぜ」

「は?」

「俺たちゃ別に、街襲ってお祭りやってるわけじゃないんだな。『大梁義勇軍』ってヤツらと戦ってるだけなんだな」


それを聞いて、武蔵はその怪訝な表情の片眉をさらに上へと吊り上げる。

武蔵の「略奪」という言葉を否定する二人。

すると今度は、報告の中身に無かった、初耳の軍隊の名前が出てくるではないか。

疑問が疑問を呼び、場には何とも言えぬ、混沌じみた不快な空気が匂って来ていた。


「大梁義勇軍……? 何だそりゃ、お前らの克ち合い組か?」

「いや、知らんヤツらですわ。そもそも俺たちゃ、ダンナんトコに行くためにこの街に逗留してたんですが……」







「……っかぁ~~~~~!!! やあ~っっっと一息つけるぜ!!」

「あぁ~~……マジ腰痛ェ……」

「ヤりすぎか? ははっ」



――――――時はちょうど、武蔵がのんびり碁を打っていた時分にさかのぼる――――――

それほど広くは無い茶屋を、どやどやとした喧しさが満たしていた。

否、この店だけでなく、あちらにもこちらにも、所によっては席を野外に出していて、それを黄色い頭巾の集団が埋め尽くしている。


「お姉ちゃーん、こっちの机ヤキソバの皿盛りね」

「後、どんぐらい歩くのよ?」

「一日くらいじゃね? 多分もう山越えはねーよ」

「タリィわー」


皆、大体が、十五から二十歳の間ほどの青年ばかりである。

大所帯で茶屋を占拠しながら、ガヤガヤとやかましく、ふんぞり返り、あるいは足を投げ出して、たまり場のようにしてくつろいでいた。


「ギャハハハ! 何? そんでお前、その女ハメる直前に逃げられたワケ?」

「ダッセーなぁ、オイ」

「イヤ、シャレになってねーんだって……玉潰れるかと思ったモン。まだ痛てーんだよチキショー」


まあ、そんな物で態度も話の内容も、あまり品性に優るとはいえぬものだが。

あるいは長旅の疲れが、それに拍車を駆けていたのかもしれない。


「つーか頭達は? 見ねえけど」

「さあ? もっと良い店で休憩取ってんじゃねーの?」

「なんでェ、ずりーな。俺らはこんなシケた所に押し込められてるっつーのによ」

「そう言うモンだろ。あの人たちゃ皆、この辺の筋モン当たりゃ、必ず一人は知ってる奴のいるっつー侠客だぜ?」

「そーそー。俺らと同じトコでメシ食うわけねーって」


そういう何気ない雑談も、集雑団塊が生み出す特有の音の波に、巻き込まれて溶けてゆく。


「貴様ら、少しはわきまえんか!! ここは天下の往来ぞ!!」


だから、異物がポンと投げ込まれると、その流れは自然の摂理の如く、そうなるべくしてなったかのようにぶつりと切れてしまって、止まった舌の代わりを務めるように、無数の眼がそちらを向いた。


「あー? 普通に飯食ってるだけだろが! 何でテメェにンな事言われなきゃなんねえんだよ!!」

「そのやかましさを控えろと言っている! 客は貴様らだけではないのだぞ!!」


その様子は、人数が多すぎて店の外に吐き出された野外の席で繰り広げられていた。


「じゃあオメーのために一っ言も喋んねえで黙って喰ってろってのか!? ふざけた因縁つけてんじゃねえぞてめぇ!!」

「吠えるな、黄巾の婢賎めが!!」

「な・ん・だ・と~!!!」


椅子を蹴倒し、憤る黄巾の男と言い争うのは、腕に「尽忠報国」の刺繍を持った、その色黒の青年と、同じ頃の歳の青年。

背中には「大梁」の丸印を背負っていて、一様の出で立ちをした数名の男が、「でいり」の匂いを嗅ぎつけて集まって来た、黄色い頭巾の男たちと睨み合っていた。

口論は、続く。


「ふん、金を払って……か。大方、どこぞで行った盗みの帰りではないか?」

「てめえ……いい加減、何様のつもりだコラ……」


剃刀のようにイヤな感じの、刺激的なキナ臭さを発していた空気は、さらに加速していた。

双方、眉の間にこれでもかと言うほど深い溝を湛えて、噴き出すような殺気をまるで隠すことなく、がべり合う。


「貴様らなどに名乗る名は無いわ、下衆めが!!」

「上等だァ!! クチの聞き方ぁ、死んで悔いろや!!」


言葉が引き金ととなれば、後は雪崩。

そのヒビ割れの様な眉間に溜められていた暴力的な衝動は、解放されると同時に瞬間的に彼らの全身を駆け巡る。

肩を、胸倉を、あるいは髪や喉を鷲掴みにする。瞬く間に、紅に染まる。

波のように全員を巻き込んで、混沌が燃え広がってゆく。

数分前に談笑と食事を楽しんでいた、憩いの客は一瞬で暴徒と化した。






「まあ……吹っかけられて買っちまったんだな」

「面目ありませんね、ウチの若いのが」

「しかし、乱闘になったのに、よくちゃんとした戦の形に持って行ったよな」

「へえ。つっても、向こうの方がちょこまか動くのをおっつけてったら、たまたまこうなったってだけですがね」

「ほー………………まあ、ふぅむ…………」


武蔵は普段の着流しでするように懐に腕をしまい、羽織の前を開け、その下の着物の襟を少し開いて、顎に手を添える格好を作る。


さて、如何にすべきか。


確かに、彼らの素行は褒められたものではなかったであろう。

また暴動を抑えられなかった、ノッポらの監督不行き届きという面もある。

しかし、いくら理由があるとはいえ、その程度の事であからさまに喧嘩を売る形で突っかかっていった、その「大梁義勇軍」とやらも、やや性急に過ぎるのではないか。

確かに、喧嘩を買うという行為は推奨できるようなものではないが、大梁の行為を咎めずに彼らの気性のみを言及するのも、いささか酷な話である。

彼らにも咎はあろうが、その大梁義勇軍の存在を抜きにしてその責任を問うのもまた、いかがなものかと思えた。

それにしても――――――



「いかんせん、その黄色頭巾の意味がようわからんな。誤解のタネじゃねえのかい?」

「これですかい? こりゃあ――――――――」

「アニキーーーーーーーー!!!! 前線のヤツら、引き揚げさせて来ましたぜーーーーーー!!!!!!」


ノッポが口を開きかけたとき、遠方から馬を駆って出でたチビの声が、中軍を割って届いた。


「おう! でかした!!」

「へい!!」

「……なあ、チビよ」

「? 何すか、ダンナ」

「お前らの被ってる布ってよ、何の意味があるんだい?」


とりあえず、武蔵はノッポにするはずだった質問をチビにかけてみる。


――――――武蔵の基準で言うなら、黄巾党の黄色頭巾は、五行説に基づいた太平道の打倒・漢の象徴だ。


だが、元々彼らのように悠々自適な盗賊稼業を営んでいる人間が、太平道という民間宗教結社にハマるとはどうも思えぬし(そもそも「太平道」という思想自体、この世界に存在するのか疑問である)、

黄巾党の名を借りて盗賊行為を行っていたとすると、官僚の注意がそれに向き始めた現段階では面倒なものでしかない。そもそも武蔵に降るつもりなら、賊の肩書などとっくに捨てていよう。

つまり、彼らが黄巾の出で立ちをしているのは、何かしらのこだわりがあるからで―――――――

彼らがそうまでして黄色い布に拘る理由が、どうも見当たらないのだ。


「…………はぁ? ダンナぁ、それ本気でいってるっすかぁ?」


だからこそ、この世界の黄巾党は、史実に置けるようないわゆる宗教団体ではなくて、もっと何か、別の思想、ないし象徴を中核に据えた団体なのだろう――――――と、武蔵は踏んでいた。


「ダンナぁ、数え役満☆しすたぁずを知らないなんて、時代に取り残されてるんだな」


呆れ顔を見せたチビからパスされる形でデブが口にしたそれは、彼の予想のはるか斜め上を行っていたのだが。


「…………はぁ?」

「張角、張宝、張梁ちゃんの三姉妹の歌姫でさぁ、今、ピカイチで乗ってる三人組ですぜ!」

「最近、しすたぁず名義になってからのニワカが増えましたがね、俺たちゃ正真正銘、張三姉妹時代からの最古参っすよ!」

「こいつはその、『数え役満☆しすたぁず親衛隊』の公式会員っていう証なんだな」


興奮気味で語るノッポと、ハイに入って語るチビ・デブの口から、何やら無視できぬ大物の名前が飛び出した気がしたが、武蔵は斜め上から襲ってきた奇襲に対応しきれないでいた。


「でも、しすたぁずになってから一気に露出増えたんだな。真名も教えてくれたし……フヒヒ」

「んーでもなあ、もっと牧歌的な感じって言うのかね、初期の良さも忘れないでほしいね、俺は」

「俺は初期だろうが後期だろうが関係ねえ、黙って人和ちゃんに付いてくだけよ」


武蔵の頭は次々と入る新情報を処理しきれすに、盛り上がりを見せる三人を眺めるようにあった。

真名ってそんな簡単にバラしてええんけ? と、現在、全く注目すべきでない所への感想が頭を過ったのが、その最たる証拠であろう。


「……じゃ、じゃー、アレか、お前らの兵は全部、そのしすたーずの……」

「違げーっすよダンナ! 『しすたーず』じゃねっすよ、『しすたぁず』っす!!」

「お、おお……」


とりあえず懐に潜りこもうとジャブを打っては見たものの、かぶせられて落とされる。


「アレは元々は違うんでさぁ。舎弟とか、舎弟の舎弟とか、その又舎弟とか、お隣の友人とか……」

「……じゃあ何でその、会員登録?」

「若ぇ衆が兄貴分の言う事聞くんは当たりめーじゃないっすか」

「あ、そう……」


もはやその場は完全に、三人組が支配していた。




「…………で、ダンナ。なんでこの黄巾が、誤解のタネなんですかい?」

「おお、それなんだがな」


ここまで来て、ようやく武蔵に話の主導権が戻る。

武蔵が語ったのは、所謂、世間に受けている黄巾“賊”としての概要。

曰く、手当たり次第に村を襲い、

老人、子供にも無慈悲であり、

男を皆殺した後に、人妻、娘に、果ては馬や食糧にいたるまで、容赦なく奪い尽くす―――――等々。

まあそんな話をつらつらと語っていったのだが。

三人の表情が七面相の如く変化していき、最後に激した顔になったのは、当然と言うべきか、意外と言うべきか。


「何ですかそりゃあ! 俺らが人和ちゃんの名前を冠に置いてそんな悪さァしてると!?」

「ふっざっけっんな!! 俺たちゃ女掻っ攫うにも食いモン分捕るにも地和ちゃんの名は口が裂けても言わねェ!!」

「これは陰謀なんだな。天和ちゃんの評価を貶めようと企む香具師の仕業なんだな」


心外、そして憤慨と言った様相である。


「俺ら親衛隊の悪評を流すことで三姉妹の好感度下げようってハラか!! ふてえ野郎だ!!」

「カチコミに来ねーで影で情報操作とかマジ許せねーんだな。キモヲタのウザさ、ここに極まれりなんだな」

「許されねえ……許されねえコトやりやがったぜ、どっかの誰かサンよォ……」

「いやあ……いろいろ違うぞ?」


鬼も逃げる勢いの彼らにかけた武蔵の声は、非常に冷たいものであったが。

もはや極限に燃え上がる彼らの前には、それは焼け石に水のようだ。


「聞けぃ、野郎どもォ!!」


ノッポ――――否、アニキが振り向き、彼方に見える山をも圧するほどの気焔を放つ。


「俺達『数え役満☆しすたぁず公式親衛隊』の名を貶め――――ひいては、その名を騙って山賊畜生の如き狼藉を行う、不届き千万の奴らが居る!!」


ざわっと、一つのしわぶきが湧き、やがて静寂する。


「こいつぁ、黄天を頭に戴きながら、女をかどわかし、金銀財宝を奪う不逞の輩よ」


その、アニキの云い様に若い衆はうろたえた。

――――――が、すぐさま舌鋒一筋を持って、その意志を鎮めさせる。


「しかァし! 案ずるこたぁねえ。こちらにおわすお人こそ、剣聖・宮本武蔵殿。この天から遣わされし御遣い様が、この無法無道を正すために、俺らの元に来てくれた!!」


どよめき、鎮静、そして今再び彼らがどよもすのは、歓声。

アニキの言葉は、火種を煌々とした炎に変える、風が如きものであろうか。


「いいかあ! これを正道に正さんことにゃあ、例え、神様仏様お天道様が許しても、俺らの三姉妹が許しちゃくれねえ!!」


大袈裟な身振り手振り、最後に、ぐっと拳を握り込む。


「ナメくさりよったシャバ僧共をぶち殺し、俺らの手で、中天に瞬く黄の意志を、あるべき姿へと正すのだ!!」

「中黄太乙!!!!」

「在天黄老!!!!」


握り拳を掲げると、従者二人がそれに呼応し、黄巾五千の怒濤が木霊した。

まさにその意気は、蒼天を自らの色で塗り潰さんがばかりである。




「…………すまんな、華琳。俺の懐加減じゃあ、恐らくこいつらは量れねえ……」


達人、天を仰ぐ。

人生、六十と余年。武蔵、もはや晩冬も越えた頃。

この日、十数年ぶりに「未知」と出会ったという。





「夏侯将軍! 迎撃部隊の設置、完了致しました!!」

「ご苦労」


――――――夏侯淵が仕切る、八百余名と千余名。

秋蘭の率いていた部隊と、街に立て籠もっていた義勇軍千を加えて、新たに布陣を引き直す。

数の上では多いとはいえ、練度と言う面で見ると秋蘭の八百とは比ぶべくもなかったが、それでもなんとか統合して、陣を引く事は出来た。


「…………」


それでもなお、この氷の美将の表情が晴れぬのは。


(……数を頼みにすれば、一息に押しつぶせるはず。なのに何故、攻めるのをやめた……)


自らの思考と、戦場の色との食い違い。

そして何より――――――


「何をしている…………武蔵…………」

「どうしたい?」


まあ――――――

最大の悩みのタネは、例の如くひょっこりと、何事もなかったかのように背後から現れた。






「む……………宮本!!」

「ただいま」


彼女ほどの武人の背後をこうもあっさり取れるのは、この達人ならではか。

尤も、不覚と安堵と多少の憤慨とをいっぺんに抱いた彼女の心とは裏腹に、武蔵の顔は普段と変わらぬ、まどろみの眼だった。


「貴様、たった一人で敵と接触するなど……」

「ああ……俺には色々と……凄まじかった……」


少し、責めるような味付けで彼を言及する秋蘭に対し、武蔵はやや大げさな調子で、肩を落とし、眼を伏せる。

副将が、主将の意を仰がず単独行動――――――普通ならば問答無用で切腹ものだが。

秋蘭は彼が普通でない事は知っていたし、

何よりも聡明な彼女には、武蔵がここに居る、と言う事が、何を意味するかはすでに理解出来ていた。


「和議は成ったか?」

「ああ。なんかようわからんもんに祭り上げられちまったが……」


憑き物がある様に目を細くする彼を見て、秋蘭はようやく、ふ、と、ため息のように笑みを漏らした。

突飛な行動ではあるが、やはり何かしら期待の持てる所はあり―――――

何より、同僚が敵中で八つ裂きにされると言う、寝覚めの悪い事態にはならずに済んだ。

もっともこの男は、やられぬと言う確証がない限り、無鉄砲さを発揮せぬ性質ではあろうが。


「して、義勇軍の頭はどいつだ?」

「ほう、耳が早いな」

「まあな」


小さな驚きも、すぐに合点がいく。

賊と接触した武蔵ならば、当然義勇軍の存在を知っていておかしくはない。


「そこの」

「はっ!!」


秋蘭は、近くに居た兵を適当に見繕って呼び止める。


「楽進を是へ」

「はっ!!」

「む……?」


その名前と、武蔵の聞いたある言葉が、反響して交錯する。


『つっても、向こうの方がちょこまか動くのをおっつけてったら、たまたまこうなっただけで――――』


「……」


剛胆威侯のその人なれば、なんの違和があらんや――――――


「は?」

「いや、なんも~」

「……?」


楽進。陽平郡衛国県の人。小柄であるが牛勇果断。諸戦に随行し、功を為す。

その戦いぶりは度胸満点と評するにふさわしく、参陣した戦で尽く一番槍を取り、勇名を馳せた。


「夏侯将軍、楽進、参上致しました」

「うむ……宮本」

「おう」


彼は顔を上げ、そして見た。

幾多の将を討ち取り、曹操軍の前線を支えた名将――――――その名を冠する者は。


「…………ほう」


大人と呼ぶにはまだ若干の幼さを残しつつ。

牙の様な鋭さを持つ顔つきで、さりとてその内に素朴さにも似た美しさを湛えた――――――

褐色の肌の、“美少女”であった。


「まあ、今さら驚かねえよ?」

「……何か?」

「気にするな。こいつは少し変わっている」


顎に手を添えながらしたり顔で口走った武蔵に対し、楽進がそのあどけない表情に似つかわしくない、傷の目立った小さな顔を少しかしげる。

それに対して秋蘭は、肩をすくめて笑うのみだ。


「なんやぁ、凪、呼びだしか?」

「……な! 真桜! 待っていろと言っていただろ!?」

「……お?」

「だめなの! 凪ちゃんだけじゃ心配なんだから」

「沙和まで!」


その後すぐ、後ろから小走りで追いかけてきた――――――

楽進と同じ程の年頃の、娘二人の片方に、武蔵は見覚えがあった。


「カゴ売りのカラクリ娘……」

「んあ? お兄さん、どちらさん?」


だが、少女――――――少し前に得体のしれないカラクリを武蔵にいじらせ、 カゴまで売りさばいたその彼女は、武蔵に気付いた風はない模様。


「ねねね、真桜ちゃん! あのお兄さん、お知り合いなの?」

「ん~……やあ……知らんけど……」


むしろ大きな反応を示していたのは、楽進を挟んで逆隣りに陣取っていた方の少女だ。

カゴ売り少女は、「……どっかで会ったような……そうでもないような」と怪訝な顔で頭をひねっている。


「沙和ちょっと好きかもー♪ なーんかオトナのオトコーって感じするしー」

「えー、ホンマ? ツリ目の切れ目の奥ぶた重やで?」

「……なあ、君な」


二重は関係なかろう、と、一瞬浮かんだどうでもいい言葉は呑み込んで、武蔵は傷の少女へ問う。


「はっ!」

「この戦の発端を知っているか?」

「はっ……その場に居たわけではありませんが、我らの兵が黄巾の兵に暴行され、乱闘を起こしたからと……」

「ふむ……」


武蔵は腕を組み、一旦口を閉じる。

果たして黄巾党のならず者がクダを巻いて絡んだのか、正義の使者を気取った義勇軍の下っ端が、悪しき黄巾を成敗しようと思ったのか。

――――――今となってはもはや、事の発端はわかるまい。

いずれを言及するにしても、一方的な裁きとなってしまうだろう。


「しゃーかて恐いやん! いかついやん!! 肩幅ハンパないやん!!!」

「真桜ちゃんってばわかってないのー。草食なだけじゃ流行んないの! 頼りがいもなくちゃダメなの!」

「…………」


見当違いのところで盛り上がる彼女らは、とりあえずは置いといて。


「秋蘭」

「何だ?」

「この娘たちはお前の指揮下に入るのか?」

「いや。今は成り行き上、私の指揮下に入っているが……最終的な処遇は、華琳さまに委ねる」


本よりそれは、武蔵の裁可に非ず。

主将たる秋蘭のものであり、その主たる華琳のものであろう。

なれば、武蔵の行うべき所はおのずと一つになる。


「お前さんたち。名前は?」

「自分は楽進と申します。天の御遣い様、お会いできて光栄です」

「知ってんのか?」

「はい。才気煥発にして、剛勇無双。煌びやかな錦と細身の剣を履き、古今例のない武術の使い手であると……」

「……ふーん……」


その、恐らくは噂話から仕入れた天の御遣い像に、武蔵は難色を示す――――

――――が、顔には出さず、意識の内でも、気に留めるのをやめた。

と言うのも彼の晩年には、すでに宮本武蔵の名前は半ば伝説と化していたわけで。

曰く、藤沢で義経の亡霊と立ち会って一本取っただの、狼の群れに襲われた際、それを素手で返り討っただの、短筒を操る異邦人と決闘して勝っただの……

中には烏天狗の鼻をもいで不死になったとか、舟島ならぬ鬼が島に渡っただとかとんでもないものまであり、虚実入り乱れた逸話が様々な形で脚色され、殆ど講談の主人公が如き様相を訂していた。

それに比べてみれば、天から降り立った御遣いという評判も、まだ生身の人間を思い起こさせる要素がある分、可愛いものかもしれない。


「ウチは李典や。あんじょう宜しゅうな、天の御遣いはん」

「沙和は于禁って言うのー! 宜しくお願いしますなのー♪」

「ほう、于禁か」

「御遣い様、望めるのであれば、我らも曹操軍が末席に、加えて頂きとうございます」


自分を御遣いと呼び、何の疑いも持たぬ眼差しをした少女を見て、年若い老翁は、ふっと微笑を浮かべた。


「俺はそんな大層なもんじゃねえがね。まあ俺でよかったら、華琳に口添えはしておくわ」

「はっ! ありがたき幸せ!!」


堅い堅い、もっと楽にいこうぜと、手をひらひら振りながら、視線は秋蘭に持って行って、あとの処理を促す。


「もう戦にはなるまい。あとは持ち場に戻り、本隊の到着まで待機していてくれ」

「はっ!」


して、軍礼もそこそこに、自分の幕営へと下がらせた。





「……で?」


何故、わざわざ会話を切って早々に下がらせたのか――――――

長い言葉は口にしないが、武蔵に向き直った秋蘭の眼はそう聞いていた。


「あの娘たち、抱えるんだろう。なら黄巾の奴らも抱えてくれんかね」

「……何?」


武蔵の為すべき事。

それはこの戦いを、真の意味で無傷のまま終わらせることである。


「正気か? 奴らは黄巾の賊徒――――――」

「頭に黄色い布を着けてるってだけで賊になっちまうのか?」

「……ッ!」


武蔵にしてはやや語気の強い、ピシャリと言い放つような語り方をされて、反射的に秋蘭は口を噤んだ。

黄巾は、ワルモノ――――――

なるほどそれは、政を司る、ひいてはそれを取り行う者に仕える人間の裁きとしては、御法度。

迂闊であろう。


「……我が軍は未だ兵力には乏しく、さらなる軍備増強が必須。降兵は積極的に取り立てるべし」

「そう、華琳さまへの伝令には付け加えておこうか」


そこまで彼女に言わせて、武蔵はニヤリと笑みを浮かべた。

気性が似ているのか、思考に通じるところがあるのか、この二人は、あまり多く言葉を交わす必要がないようである。


――――――本質を見極めぬ裁きは、即ち曹操の裁きでなく。

彼らの性質は、すでに武蔵が推し量っていた。


「しかし、参ったな」

「なにがだ?」

「そうなると、お前の軍規違反も考慮に入れねばならぬ所だが……」

「……うげ」


秋蘭が、いかにも神妙そうな表情を作る。

武蔵はと言えば、うやむやの内にしておけなんだ事を惜しんだか、先の秋蘭のように口を噤んだ。


「ま、私が出した和睦の使者、という事にしておいてやるよ」

「今度、何か奢ろう」

「安い酒で済ませてはもったいないな。貸しは大事に取っておく」

「おっかない女だな」


武蔵は今日二回目の、秋蘭の悪戯っぽい笑いと共に、窮地への道を退けたのだった。


「じゃあ早いトコ伝令出して、幕営張って休もうや。ジジイはいい加減疲れたわ」

「ああ」


武蔵は伸びをし、秋蘭はやっと力が抜けたように深呼吸して、共に並んで本陣へと歩を進めた。





「そういえば」

「なんじゃい」


しばらく歩き、戦向けに作った殺伐とした気分が、ようやく二人の身体から抜けて来た頃、おもむろに秋蘭が声をかけた。


「お前、于禁について何か知っているのか?」

「……ああ、それか。いや何――――――」


それは先ほど、于禁という名に反応した事を言っているのであろう。

武蔵は、いつもと変わらぬ、温い笑いを浮かべている。


「于禁はな、俺の好きな武将なんだよ」

「は?」


「伊織は関羽が好きなんだよな。あいつわかってねえ」

「……知らないな。誰だそれは?」


きょとんとした秋蘭に、武蔵は適当に三国志の武将を挙げていく。

知っている奴、知らない奴。様々いて、武蔵は現時点で誰が有名かを聞き分けていきながら、頷いたり、笑ったりしていた。


「……ところで、宮本」

「全く、羅貫中だか施耐庵だか知らねーが文則さん冷遇する奴ぁ死ぬべき……っとすまん。どした?」

「その……夏侯惇はどうなんだ?」


しっかし、こんな長いの読んでくれる人いるのかなあ? と思わないでもないが、読んでくださっているようでなによりです。感謝感謝。

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