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第一話

ある洞穴で、一人の老人が死を迎えていた。

粗末なゴザのような敷物の上で、その老人はゆったりと寝そべっている。

存外に大柄だが、痩せ細ったその姿は一回りも二回りも小さく見えた。

その老いさらばえて病にも侵された体躯には、恐らく、かつて世に天下無双とまで謳われた名残など何一つ残っていないのだろう。




――――志在千里、こう謡ったのは誰だったか――――さぞかし、稀代の大嘘つきに違いない。




もはや刀は握れず、満足に立てもしない。それでもまだ、俺に剣士たれと?

志など残っているに決まっている。けどそれは未練に似たようなもので、また走る足がない以上、この思いはどこにも行けはしないのだ。

そもそも俺は、こんなになってまで一体何を求めているのだろうか。

一度はその名を天下に轟かせ、嗣子は大名家の筆頭家老となり、晩年は得がたき知己の元で穏やかに過ごした、これ以上何が欲しいというのだ。




――――否。俺は何も手にしてなどいない。




俺は、自分の志したものの意味を未だにわからずにいる。

強いとは何か知りたかった。強さが何をもたらすのか知りたかった。どこまでも強くなりたかった。

けれど、天下に敵なしと言われてなお強いとは何かわからなかった。俺はこの剣で何を変えることもできなかった。そして最後は、手に入れた強ささえ失った。

俺の中に残っているのは、ただ色褪せかけた決闘と修行の追憶だけだ。老いて俺の手に残ったものなど、何もない。

それでも、もともと人間死ぬ時はこんなものなのかもしれない。走馬燈にだけ思いを馳せながら、無念さえも忘れて、まっさらになって消えていくのかもしれない――――――


「……おわり、か」

「それでよいのか?天下無双よ」


不意に声をかけられて老人のまどろんでいた意識が一瞬覚醒する。いつの間にか誰か来ていたのか。

昔は誰かが近付けばすぐ目を覚ましたというのに―――――――


洞穴の入口に目をやると――――声から察するに、男だろうか。誰かが外から入る光を遮る様に立っている。

もっともその濁った老眼では容姿を認めることはできず、ただぼんやりと人の影が浮かんでいるばかりであるが。

聞きなれない声だった。何者だろうか?そもそもわざわざこの病の老いぼれを訪ねてくるのは弟子達と細川家の家臣、それから二番目の養子に迎えた伊織だけである。

天下無双、などと不躾に呼ぶものはいなかった。


「道半ばにして倒れ伏して本当によいのか?」

「……………?」


ジャリ、ジャリという音で男が老人に近付いていくのがわかる。

男は老人のそばまでくると枕もとに仁王立ちし、そのまま続ける。


「儂がうぬを甦らせてやろう。そしてこれから新たな世界をもう一度生きてみんか?」

「………な、に?」

「もったいない、と言っておるのよ。天下無双」


老人にはこの男が何を言っているかがわからなかった。たとえ老いた脳症でなくとも、意味などわからないだろうが。

ただ、野太い声で世迷言をのたまうその男の言葉がどうも気になった。


「……………お前は…………?」

「んん? 儂か? 儂は漢女道亜細亜方面継承者、人呼んで卑弥呼よ。今は弟子に継承者の座を譲っておるがな」


不思議と老人は、この訳のわからない事をしゃべる男の話を聞いていた。なぜだか聞いてみる気になったのだ。

老人の抱いた今際の際の呆けなのか、どこかの狂人の戯言なのかは知らんがどうせここには老人と男しかいないのだ。酔狂になっても構うまい。

老人は皺だらけになった顔を引きつらせるようにして口を動かす。


「……………なぜ………?」

「なに、儂も漢女道を極めんとする者。道は違えど、同じように剣の道を極めんとする貴様に感銘を受けただけよ……べ、別に京にいた若い頃のうぬを偶然見かけて憧れたとかではないのだからな? 純粋な敬意なのだからな? 勘違いするでないぞ!!」

「ふん………」

「むう、興味すら持たれぬとはいささか傷つくな…」


……無視、とはいささか違う。喋る事そのものが、既に難儀なのだ。

声はかすれ、喉が詰まる。が、それでも男は問う。

何故だろうか……何故だか、だ。


「…………甦り…………とは…………?」

「ふむ。我が大和に神話の時代より伝わる秘術をもってすれば、俗人の精気を回復させ甦らすなど朝飯前。しかし正史において人の寿命を延ばす事は許されぬ禁忌……よってうぬには、新たなる外史へ旅立ってもらうことになる」

「さっきから意味がわからんよ………おいぼれにも……わかるように言ってくれや……」

「わからずともよい。運命に身を任せば物語は進む。たとえ知らぬ世界に行っても求道に命を懸ける熱きハートがあれば生きていけよう。臆せず旅立つがよい」

「…………」

「では、行ってまいれ。息災での」


男がそう言った瞬間、老人の意識はぶつりと切れた。




「さて……こうしてはおれん。儂も貂蝉に修行を付けに行かねばな…………」





「…………む?」


幾許の時が流れたか、彼は不意に射した明るさに目を覚ました。

瞼を開く。すると目に飛び込んできたのは仄暗い洞穴の岩肌ではなく、抜けるような高い青空である。

穴ぐら特有のじめついた空気ではなく、砂っぽい乾いた風が彼を撫でる。

一体ここは何処か―――――いや、それよりも。




―――――眼が、見える?




老いによって利かなかった筈の両目が、ハッキリと見えるのだ。目の前に広がる眩しいばかりの蒼が何よりの証拠。

それどころか常に半分靄ががかかっていたような頭の中もまた鮮明になり、病によってギリリと走り回っていた体の痛みも消えている。

まるで憑きものが落ちたかのようだ。これほど体調が良かったのは久しく無い。

その感覚にやや困惑しながら身を起こす。するとまさかというかやはりというか、立つことすら困難だったはずの身体がすくっと持ち上がった。

彼は勢いよく立ちあがり、背筋をピンと伸ばす。久しぶりに立ちあがったので少しフラリと来たが、両の足はしっかりと大地に根ざしている。


「…………」


顔の横にちらついたものに気を取られ、手でそれを撫でる――――――自分の髪だ。

後世に残される彼の肖像画を見れば解る事だが、その瞳や髪の色は、しばしば蜂蜜の様な明るい茶で現される事がある。日本人でありながら、バテレンや紅毛人に近い色であったという。容貌怪異と言われた理由の一つだ。

細く、色の抜け落ちて真っ白になった自分の髪。すっかり伸ばし放題だったそれは、太く、そしてかつて青春の頃の赤みがかった茶、彼の双眸と同じ、一度見たら忘れない、強い琥珀色をしていた。

掌を目の前に持ってくる。その手はカサついて血の気の失せた手ではなく、分厚くも瑞々しい、若者の手だった


「?」


足踏みしてみるとカチャリ、という音がした。見れば腰に大小二本の刀が差さっている。

縦に割ったリンゴの断面のような形をした海鼠透かしと呼ばれる鍔に、牛馬の皮を重ねた柄巻きなどは彼自身が拵えたものだ。刀の名は、和泉守藤原兼重。

彼の愛刀だった。しかしなぜここに?これは枕元に立てておいたはずなのに。


あの男が気を利かせたのだろうか。理由はわからないがとりあえず今は――――試したい。

彼の心に、そういう思いが立ち上った。


太刀を抜いて足を肩幅の広さで楽に開き一度自然体を取った後、やや右足を引いて体を極め、斬り上げる。

ダラリと緩んでいた全身の筋肉は急激に緊張し、刀は一気に速さを増して放たれた。


――――――瞬間、一迅の風が吹く。


振りぬかれた刀は一直線に頭上まで走り、その軌跡の空間を斬り裂いた。

一瞬周りの空気が消え去ったかと思うと、その風の中心にいた彼は鍔元を少しだけ見つめ、また元の鞘に戻した。


(…………甦りとは、こう言うことか?)


冥府の手前にいたのだから甦りではなく黄泉がえりか――――などとどうでもいいことを少し考えたが、すぐにそれを頭の外に置いて辺りを見回す。

周囲に広がっていたのは、荒野。遠くに山が霞んで見えるだけで何もなく、あるのはただっ広い大地だけだ。

状況はまるでわからんがとにかく、ここで立ち尽くして山と空をいつまでも見つめていてもどうにもならないだろう。

とりあえず――――――


「――――――歩くか」





そうしてしばらく歩いたが、見えてくるのは相変わらず地平線。

町の陰など見当たらず、時々つむじ風が大地の砂を巻き上げていくだけだ。


(……誰もいねえ……)


あまりに人に逢わないので彼は心の中で小さく愚痴をこぼした。

――――が、その不満は間もなく解決されることになる。


「――――よう、兄ちゃん、いいモン着てるじゃねえか」


もっとも、それが好ましい性質の人間であるとは限らないが。





「………? 俺のことか?」

「こんな所にてめえ以外に誰が居るってんだ? てめえしか居ねーだろうがよ」


何処から現れたか、不意に三人の男が彼を後ろから呼び止めた。

一人は小柄な男、真ん中の男は中肉中背の中年、そしてもう一人は大柄な彼よりもさらに大きい太った男。

見るからにまっとうな稼ぎはしていない風態で、全員頭には黄色の布を巻いている。


「ずいぶん良い物だな。錦か?それ」

「さあ………貰いもんだからな」


彼が身につけていたのは、およそ庶民の着ないような手の込んだ錦造りの羽織だった。

もっとも彼自身は服にはそれほど頓着はない。

身に着けているのは、動きやすい造りだというのと、先の細川家二代目藩主、細川忠利から特別に贈られた物だからである。

尤も、忠利が彼の為にわざわざ特注で仕立てさせたものなのだから、動きやすいのは当たり前であると言えよう。忠利自身、兵法には非常に明るい。伊達で柳生新陰流の免許を皆伝されたわけではないのだ。


「まあいい。とりあえず脱げや」

「…………」


――――――追剝か。

こういった類の人間に絡まれるのは一度や二度ではなかった。彼の生きていた時代は、そういう無頼の色が濃く残っていた時代であった。

ただ昔からこういう輩相手に実害を被った事はなく、年を取ってからは適当にいなしていた。

半分の人間は彼の顔を見ただけで退き、もう半分は彼の名を聞いただけでかかってこようとはしないからである。

もっとも、問われなければわざわざ名乗ったりはせぬ性分ではあるが。


「何ボサッとしてんだよ? 痛い目見たくなかったらさっさとしろや!」

「い、言う通りにした方が、い、いいんだな」


両脇にいた小男と大男が彼を恫喝する。

三人組からしてみれば彼は自分の食いぶちを満たすための獲物であり、首尾よく金目の物を奪って安全な所におさらばしたいのだ。

もたもたしていると、役人に目をつけられるからである。


しかし、この青年はのんびりとした声で言う。


「お前らも仕事だろうが、すまんな。この羽織はある大恩ある方の形見だ。やるわけにはいかんよ」


彼は組んでいた腕を解くと、身体を三人組の正面へと向きかえる。


「それにこの老いぼれは、そこまで人の良い爺でもねえ。餓えたガキの無心ならさすがに聞かんでもないが」


そうしながら普段の調子とそう変わらない声調でそう言った。


「はあ…………? 兄貴、こいつアタマおかしいんじゃないですか?」


小男が顔をしかめて主犯格らしい男に話しかける。まあ当然と言えば当然の反応である。

一見、自分達より明らかに年下の青年がそのような口ぶりで説教を始めれば腹立たしいと言うより訝しいと感じるのが自然だろう。

一体、何を気取っていやがるのか、と。誰だってそう思う。


「ま、こいつのアタマの事情なんて知らねえけどよ」


ふっと眼を伏せたのは一瞬。

淀みなく、さっと煌めいた。


「――――舐めてると死ぬぞ? てめえ」


そう言い放って男が彼の首に突き立てたのは、薄く刃の研がれた真剣――――

彼の持つものとは違う、鍔のない簡素な直剣ではあったが、人を殺すには十分な代物。

それを首皮一枚のところに突き立てている。


「……………………?」


しかし、一つの違和感がその切っ先の薄皮から過る。


「…………何、見てやがる?」


彼はそれに竦むでも憤るでもなく、さっきと変らない眼でただ三人組を見据えていた。

男の経験上、こういう反応は初めてだった。大抵の人間は命乞いをして素直に金目のものを渡すか、抵抗しようとするものだ。

しかし目の前の男は、腰の得物に手をかけるでもなく、ただ背筋をすっと伸ばし、涼しい目で見つめている――――――


それに男は苛立ち、ついに痺れを切らして剣を振り上げた。


「何を見てんやがんだコラァ!!」




「――――待ていっ!!!!」


だがその剣が振り下ろされる事はなく、どこからともなく響いた声が男の手を止めた。


「たった一人の庶人相手に三人がかりで襲いかかるなど……その所業、言語道断!!」

「あァ?」

「そんな貴様らが如き下郎に名乗る名など、無い!!」

「は――――――?」


誰も名前は聞いちゃいないだろう、とその場にいた四人全員が思ったが、それを口にする間はなかった。

声が響くや否や、口上の主は一瞬で三人の中で最も大柄な男を打ち倒したからだ。


「な、なんだこいつっ……がっ!!」


矢継ぎ早に槍を翻し、今度は小男を吹き飛ばす。

その神速の槍の主は――――女だった。

見ればまだ二十歳にも手が届きそうにない、切れ長の目を持つ美少女。


「なんだなんだ。所詮は弱者をいたぶることしか出来ん三下か?」


少女は、少し大袈裟に鼻を鳴らして笑い、三人組を挑発してみせた。

しかしその挑発に乗ることはなく、


「ちっ……逃げるぞ、お前ら!」


力の差を理解したのだろう、男は倒れた舎弟を連れて早々に逃げ去った。

仲間を見捨てないところだけは見上げた根性というべきか。

が、


「逃がすものか!!」


少女は追い払うだけでは足りなかったのか、逃げて行った賊を追って走り去ってしまった。


「……おーい」


そして一人、人畜無害な顔をした大男だけが残された。

せっかく逢えた人間に置いてけぼりにされ、また一人になる。

彼にとっては道を聞くなりできただろうに、残念であっただろう。

とはいえ、難を取り去ってくれたことには感謝せねばなるまいが。


「大丈夫ですかー?」

「ん?」


残念がった彼の後ろからかけられた声は、おっとりと間延びした少女の声。

見れば自分の胸の高さほどの身長の小柄な女の子が立っている。


「大丈夫か? 怪我は無いようだが……風、一応包帯を」

「もうないですよー。こないだ稟ちゃんが全部使っちゃったじゃないですかー」

「……そうだったっけ?」


そしてもう一人、今度も女。

こちらは少し大人びた、いかにもしっかりした感じの女性。

そして目にはやや縁の角ばった眼鏡をかけている。

眼鏡自体南蛮渡来の装飾品として貴重だが、それでもゴツく野暮ったいものが主で、あのしなやかな形のものは初めて見る。


「いや、大丈夫だ。すまんな」

「そうですかー? それはなによりですね~」


……しかし、眼鏡もそうだが、もっと特筆すべきは格好の奇抜さである。

おっとりした方の少女が着ている服は、ふわふわとしたどことなく明風の装束である。

しかし、東洋系の顔立ちながらえげれす人のような美しい金髪をもっている。

眼鏡の彼女の方は……もはや、由来がわからない。

黒のおとなしい色ではあるが、これまた南蛮の貴婦人がするような袖が肘のやや下まである形の手袋。

身に着けているのはスラっとした足元が露わになっている一つなぎの着物、そこから覗く脚にも太腿まである丈の長い足袋を履いている。

そして……


「やれやれ。すまん、逃げられた」


賊を追って行った例の少女が帰ってきた。彼女の格好もまた変わっている。

江戸の吉原や京の嶋原の花魁が履くような底の高い草履に、変わった形の被り物。そして異常なほど丈が短く、露出の多い振袖。

どうやったらあの底の高い草履であれほど速く走ることができるのか。謎である。


「星ちゃんおかえりなさい。……盗賊さんたち、馬でも使ってたんですか~?」

「うむ。同じ二本足なら負ける気はせんが、倍の数で挑まれてはな」

「まぁ、追い払えただけでも十分ですよー」


馬を追いかけて行ったのか。随分無茶をする。

しかし、かなりの速さで疾走したはずなのに彼女の息は一つも乱れていない。

先ほどの槍といい、相当の手練であろう。


「それにしても災難でしたね。この辺りは盗賊が比較的少ない地域なんですが……」


眼鏡の女性がそう言って災難を労わってくれる。


「ま、長く生きてりゃ、そういう事もあらあな。だからってそれが良いわけじゃあ、あるまいが」


全く、徳川の治世になってもう四十年だというのに嘆かわしい――――――

彼自身は徳川の治世、というものに、別段改まったものを感じているわけではないが、やはり治める以上はやることはきちんとやって欲しいというのが人情らしい。

しかし、一体ここはどこなのだろうか。日ノ本は若い時分広く行脚したが、ここは皆目見当もつかぬ。


「なあ、そこの娘さんよ」


彼は、その中で一番小柄な少女にちょいちょいと手を招いて問う。

が、そうやって呼ぶと、少女はぷくっと頬を膨らませた。


「ちょっとお兄さん、風はそこの娘、なんて名じゃないのですよー」

「なら、風で良いのか?」


言葉の端を捉えて、そう言ってみる。

――――――だが、そうするやいなや、三者の表情が露骨に変わった。


「貴様……どこの貴族か御曹司か知らんが、それは人を蔑ろにしすぎではないのか?」


先程の槍の遣い手が、構えて穂先を向けて来た。明らかな敵意を隠そうともしない。

いきなり、何だと思ったが、様子は只事ではない風だ。


「……なら、何と呼べば良い?」

「……結構だ」


まさか名前を呼ばずに会話するわけにもいかない。

彼はとりあえず何と呼んだら良いかたずねる。

それだけのことで、場のいきり立った空気が、クーっと下がっていくのがわかった。女が、向けた槍の切っ先を下げる。

真名、か。よくはわからぬが……


「はい。程立と呼んでくださいー」

「今は戯志才と名乗っております」


名乗っている、という事は、偽名の類か。

わざわざ自分から匂わすような明らか偽名は、果たして相手を不快にさせぬのか。

もっとも彼自身名前を何度も変えているし、さして気にかけることでもないが。


「ふむ……しかし、どこぞの貴族の不良息子かとでも思ったが、どうやら私が助太刀する必要など無かったようだな」

「…………」


がし、がし、と頭を掻く。兄ちゃんの次は息子と来たか。

まだこの面、拝んではいない――――と言っても、別段誇る程の顔でもないのだが。

この様に不可思議怪奇な状況であるからして、まあ元より何があろうが予断を許さぬものではあるが、自分の末の子より遥かに年下の娘に若いといわれるのは、やはり相当の違和感を覚える。

だが自分の身体に力が戻っていたことを考えれば、容姿も相応に若返っているのかもしれない。髪の毛や、掌の肉感の事もある。

それよりも彼にはふっと湧いた疑問があった。


「その不良息子っての何だ」

「身なり、風采は立派なのに、身嗜みに全然気を使っていないからだ。大方、無頼でも気取っておるのだろう?」

「ぬ……」


無頼を気取っている、というのは少し違うが、おおむねその通りであった。彼は大名家の客分であるゆえに身に着けている物は立派だが、生来身嗜みにはあまり気を使わない。

髪も月代せずに総髪で伸ばしっぱなし、ひげも伸びるに任せていて、汚れるようになったら剃る程度である。

しかし、本命の疑問はそこではない。


「…じゃあなぜ、助太刀はいらないと?」

「私に槍を突き付けられていたにも関わらず、お主は一向に慌てず私達三人を観察していた。恐らく中々に修羅場を潜っているのだろう?」

「……ほお。若いのに、よう眼が効くな」


彼が、思わずそう言った。

そして星はさっきみせたやや妖艶さを称えた顔で不敵に笑う。

槍捌きを見たときにすでに実力のほどはわかっていたが、洞察力も持ち合わせていたとは。だが、


「しかしまあ、憤っているように見せて、実は俺の腹を探っとったお前さんも相当の使い手なんだろうがね」


よもやそう返されるとは思っていなかったのだろう。星は豆鉄砲を食らったように目を開いた。

が、すぐに顔を戻すと、またあの微笑を浮かべる。


「ふふっ、面白いなお前は。気に入った。名は何と言う?」

「名前か? 俺は――――――」




「細川家居候、宮本武蔵」




かつて史上に、天下無双と謳われた男がいた。男は今、ひとたび生を受け、外史に生まれ落ちる。

その剣は、果たして何処に向かうのか――――――


どうもはじめまして。知ってる人は再見。ななわりさんぶです。

かつてNight Talker様で連載させていただいておりましたが、システム上の都合によりこちらに引越してきました。よろしくお願いします。

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