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第二十話:隣にいるのに触れないとか、ただの罰ゲームじゃん

「ではでは! カンパーイ!」

 藤崎くんの明るい声とともに、四人のグラスがコツンと音を立てる。


 随分前から藤崎くんが提案してくれていた、藤崎くん、杏奈、私、そして史人の四人での飲み会。

 外はまだ冬の寒さが残る、春の始まりの手前。

 杏奈のリクエストで選んだ沖縄料理屋さんは、南国の賑やかな雰囲気と、週の真ん中とは思えない活気にあふれていた。


「てかさー。二人が付き合ったのもびっくりしたけど、まさかもう同棲までいくとはね」

 ビールを一口味わったあと、藤崎くんが目を丸くして言う。

 他人から『同棲』というワードを突きつけられると、なんだか急にこそばゆい。


「いつ? 引っ越し」

「再来週」

 海ぶどうを箸でつまみながら答える史人。

「ふんふん」


「……で、結局どっちからなの? きっかけは?」

「……まあ、いいじゃん。別に」

 ここぞとばかりに核心の質問に切り込んでくる藤崎くんに対し、史人はいつものように気怠げに受け流そうとする。

 私も、小さく笑って誤魔化す。

 これまでの経緯を断片的に知っている杏奈は、余計なことを言わないように黙ってちびちびとサワーを飲んでいる。


「じゃあさ。お互い、どこがいいの?」

 史人から一切の事情を聞かされていないらしい藤崎くんは、気になって仕方がないという様子で身を乗り出してきた。


 史人は「あー」と少しだけ考えるふりをした後。


「……相性」


 とだけ、短く呟いた。


(…………ちょっと!?)


 その言葉に含まれたニュアンスに焦って、私は無言で彼を睨む。

 杏奈も控えめではあるが、小さく目を見開いて史人をうかがっている。


 当の史人は、私を慌てさせて面白がっているような、悪戯な笑みを浮かべていた。


「あー、相性ね。大事だよな、性格とか雰囲気とか」

 史人の真意に気づいていない藤崎くんは、一人で深く納得しながらビールを飲んでいる。


「でも、史人は本当に秘密主義だからな。同棲もびっくりだけど、そのリングも。てかなんで史人だけ付けてんの?」


 たしかに、ペアリングならともかく、男側だけが付けているケースは珍しいかもしれない。


「あー……虫除け」

 心底面倒くさそうに、史人が言い放った。

 彼はもう、メニューを見て次の一杯を注文しようとしている。


 藤崎くんは史人のモテ歴を熟知しているのか、「ああ、なるほどね」とこれまた納得していた。


 ◇


「ちょっと、煙草」

 途中、史人がふらりと腰を上げた。


「あ、忘れてるよ」

 テーブルに置き去りにされそうになったライターを咄嗟に手渡す。

「やべ」

 彼は私からそっとそれを受け取ると、そのまま喫煙所へと向かった。


 その自然なやり取りを見ていた藤崎くんが、しみじみと言った。

「あんな感じだけど、よろしくお願いしますね。高梨さん」

「あっ、うん」

「なんか二人って、不思議な空気感だよな」

「わかる」

 杏奈も深く同意した。

「付き合ってるように見えない時もあるし、逆にもはや夫婦に見える時もあるっていうか」


 私は思わずレモンサワーを喉に詰まらせて咳き込んでしまう。


「てか、普段なんて呼んでるの?」

 にっこり笑って、さっきの質問攻めを再開する藤崎くん。


 そういえば、二人の前で一度も名前で呼んでいなかった。


「……普段は、下の名前で呼んでるよ?」

 隠そうとした照れが、たぶん隠せていなくて、目の前の二人はニヤニヤしている。

「意外に初々しいな!」

「……あの顔面を、なかなか呼び捨てしづらい」

 お酒の勢いでつい本音が漏れると、「いや、彼氏じゃん」と二人から笑われた。


「まあ……一応」

「『一応』!? 今さら!?」


 二人にツッコまれているところで史人が帰ってきたので、自然と別の話題へと流れていった。


 ◇


「えー! 飲み足りないよ。二軒目行こうぜー?」

「いや、帰るわ」


 店を出た後、駄々をこねる藤崎くんを、史人がいつもの調子で軽くいなしている。


(本当に家が大好きだよね)


 心の中で苦笑いしながらそんな彼を見ていると、隣にいた杏奈がそっと声をかけてきた。


「なんか、安心した」

「え?」

「今の澪、すごく幸せそう。なんていうか、ありのままに見える」

 杏奈は少しだけ目を細めて、私の顔を覗き込んだ。

「拓巳と付き合ってる時はさ、平和ではあったけど。澪が悟りを開こうとしているような、全部受け入れようと頑張ってる感じがあったから」


 言われてみれば、たしかにそうだったかもしれない。


 史人は甘い言葉をくれるわけではないけれど、行動はいつもブレない。

 だから、私も無理な努力をせずに、自然と思いやりを返せている気がする。


(杏奈にも、そう見えるんだ)

 胸の奥がじんわりと温かくなった。


 結局、諦めきれない藤崎くんに、杏奈が「はいはい、私が一杯だけ付き合ってあげるよ」と助け舟を出した。

「マジで!?」と喜ぶ藤崎くん。


 二人に恋の気配はまだないけれど、前よりも仲は良さそうだ。

 藤崎くん、よかったね。


 ◇


 杏奈と藤崎くんに手を振って別れ、史人と二人きりになった瞬間。

 まるで磁石が引き合うように、いつものように指が深く絡まった。


 私の手のひらは、この瞬間を待ちくたびれていたかのように、彼の熱に喜んでいる。


「藤崎くん、二軒目行きたがってたね」

「まあ、また今度行けばいーじゃん」

「ほんとすぐ帰りたがるよね。インドア派」

「……まあ、どちらかといえば」

 史人は前を見つめたまま、淡々と答える。


「いやいや、完全にそうでしょ。外に誘っても、やたら早く帰りたがるし」

 家で過ごす時間も好きだけど、彼と行ってみたい場所もあるのが本音だ。

 私が少しだけ不満げに言うと、彼は不意に足を止めて私を見た。


「……いや。それは、澪と外にいるの、しんどいから」


「え!?」

(どういうこと!?)と焦って聞き返す。


「隣にいるのに触れないとか、ただの罰ゲームじゃん」


 あまりに平然と言い放った史人。


「…………」


(……そういうことだったの!?)


 映画や買い物に誘っても、なぜかいつも落ち着かない素振りで、早めに切り上げようとしていた彼。

 その姿を思い出し、拍子抜けすると同時に、あまりにも直球なその本音に顔が熱くなる。


「……あ、そう」

「だから、早く帰ろーぜ」


 フッと笑って、繋いだ手を引いて歩調を早める彼。

 私は照れくささを隠せないまま、彼についていった。


 今日もまた、二人のシーツの中に帰っていく。

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