【短編小説】地獄への道は善意で
道端にカップラーメンが置いてある。
誰かの食べかけだろう、麺は見てとれないが茶色いスープに割り箸のささった発泡スチロールの丼からは、まだ湯気が出ている。
まったく、どうしようもない連中はいつだってどうしようもない。
ここでおれが片付けるのは違うが、だからと言っておれ以外の誰かが片付けるのも違う。
食った本人がやらなきゃどうしようもないが、恐らくここに帰ってきたりはしないだろう。
「あぁ。腹へったな」
あと片付けもできないガキ(精神的に未熟と言う意味で実年齢は関係がない)の食べさしを見て空腹に気づくとは情けない。
しかし事実として昼飯もろくに食えず働いて働いて退社してみれば、駅前の店は軒並み閉店済み。
スーパーだってもちろん開いてないし、コンビニも夜中の納入前じゃロクな商品が無いだろう。
家にストックがあったか思い出しながら歩いていると、曲がり角の先に陶器の器が置いてあるのが見えた。
中にはラーメンが盛られている。
ラーメンだ。海苔と、ナルトと、メンマと、チャーシューがのったラーメンだ。
湯気が立ち上っている。
いままさに、ラーメン屋の大将がそこに置いた感じがする。
「は?」
声が出た。
いたずらか?
おれは辺りを振り返って見回したが、誰か隠れておれを撮っている気配が無い。
……隠し撮りの気配なんぞ出す三下YouTuberみたいな奴らの仕事じゃないだろう。
夜中の道に熱々のラーメンだ。いたずらにしては手が込んでいる。
「馬鹿にしやがって」
この手の笑いは嫌いだ。人を舐めてやがる。
おれはラーメンを遠巻きに歩いて家路を急いだ。
そうだ、おれは腹が減っているのだ。
家に何かあったか……袋麺がひとつ、レトルトカレーがひとつあった気もするが米が残っていたかどうか。
冷凍庫に米あればカレー、無ければトッピング無しの袋麺だ。
マンションの小さなエントランスを抜けてエレベーターのボタンを押すと、金属製のドアが静かに開いた。
ちーん
そこには立派な木製のトレイと白い皿に盛られたカレーが置いてあった。
「なんでだよ」
これはもう誰かがおれを見ている。
おれを見ている。問題は誰か、だ。
自慢じゃないがおれに友だちは少ないし、職場でも同僚とは仕事以外のやり取りをしない。
生粋のぼっちだ。
ご近所付き合いも無いし、使うコンビニも毎日変えている。
そのおれを、誰が観察しているのか。
しばらく見ていたエレベーターはゆっくりとドアを閉じた。
もう一度ボタンを押すと、再ドアが開いてカレーが姿を現した。
やはりカレーだ。
日本式の欧風カレーだ。
野菜ゴロゴロ系でルーがドロドロしたやつだ。真っ赤な福神漬けが憎い。
水の入った透明なグラスに銀色のスプーンが刺さっていて、グラスの中で氷が溶けて綺麗な音を出した。
ふと、冥婚という儀式が頭に浮かんだ。
道端に落ちている赤い紙を拾うとなにやら人に囲まれて気づいたら紙の落とし主(しかも故人らしい)と結婚させられている、とかなんとか言うやつだ。
細かいことは思い出せない。
たぶんこれに触れたら何かロクでも無いことがあるに決まっている。
誰だってそう確信するくらいにどうかしている。
いや、そこら辺に落ちているものを食べるなんてそもそも正気の沙汰では無いが、これならさっき見た知らない誰かの食べ残しの方がまだマシな気がする。
目の前のカレーを食うか、さっき見たガキの食べ残しかを選ぶなら食べ残しの方が現実的だ。
おれはカレーを見ながらエレベーターに乗り込み、そっと自分の階を押して目を閉じた。
鼻腔にカレーの匂いが入り込む。
とにかく自分の身に良くないことが起こっている。
これが幻視だとか幻臭だとかならいい。
おれが疲れて狂っただけの話だ。
しかし現実はどうだろう?
部屋に帰ってきてドアを開ければ玄関には餃子定食があり、廊下に焼き魚定食があり、リビングにはピザがあり、湯船はワインで満たされ蛇口からは日本酒が出る。
何としてでもおれに何かを摂取させようと言う強い意志を感じる。
たぶん良く無い何かだ。
「わはは」
愉快になってきたおれはスキップでトイレに向かった。
何があるんだ?チョコフォンデュか?フルーツ盛り合わせもいいな!
ウキウキでドアを開くとそこには三段くらいに重ねられた巨大なケーキがあり、40本ほどのロウソクが灯っていた。
「あ、そっか。今日は誕生日か」
とりあえずロウソクの火を吹き消そう。
そうしておれは暗闇へと溶けていった。




