明かされる真実
深夜の『四季彩 花の宿』。月が中天に昇り、庭の池に銀色の光を落としていた。透は、看板の裏側を懐中電灯で照らし続けていた。掲げられたばかりの欅の一枚板。その裏、職人の手で控えめに刻まれた小さな文字――「四季彩 重実」。
「この看板……まさか、君が彫ったんじゃないのか?」
透の声が震えていた。指先でその刻印をなぞる。力強い筆致なのに、どこか優しい。凛は静かに近づき、看板にそっと手を置いた。
「いいえ。それは、私の父が彫ったものです。……唯一人『四季彩』というブランド名を名乗ることを許された、父が」
凛の指が、刻印の上を優しく撫でる。月光がその文字を青白く浮かび上がらせる。
「父は、萩で生まれ育ち、おじい様の窯を引き継いだ人でした。でも、陶芸だけじゃなく、木工や看板彫りも極めていた。『四季彩』は、おじい様が最後に残した言葉……『四季を彩る花のように、伝統を咲かせ続けよ』という遺言でした。父は、それをブランド名にし、ただの名前じゃなく、『本物だけが生き残る』という約束として、誰にも譲らなかったんです」
透は息を呑み、看板を見上げた。金箔が散らされた表の文字が、夜風に揺れて輝く。
「透さん。あなたの父上……先代オーナーは、亡くなる直前、私の父にこう仰ったそうです。『息子はまだ、本物ではない。どうか、重実の血を引く者を、あいつの側に遣わしてやってほしい』と」
父は、すべてを知っていたのだ。旅館が腐っていくのを、息子の無関心を、そして……重実の血を引く孫娘を、ここに送り込むことで、息子を「目覚めさせる」ことを。
「父上は、この旅館が腐っていくのを分かっていた。でも、それを変える力は自分にはもうないことも知っていた。だから、私をここへ送り込んだんです。あなたの目を覚ますために。そして、この宿を、祖父の名の誇りに相応しい場所に変えるために」
透の膝が、ガクンと折れそうになった。支えを失った体が、看板に寄りかかる。
セクハラに負けない彼女の強さも、すべては父が仕掛けた、「壮大な教育プログラム」だったのだ。
父は、息子の未来を信じ、重実の血を引く凛を「導き手」として選んだ。父同士の友情が、子供たちの運命を繋いだ。
「『四季彩』……。それは、ただの名前じゃない。本物だけが生き残るという、僕へのメッセージだったんだ」
透はゆっくりと立ち上がった。涙が頰を伝うのを、拭いもせずに看板を見上げる。職人である凛の父が、どんな想いでこの一文字一文字を刻んだのか。その重みが、今、全身に伝わってくる。金箔の輝きが、父たちの遺志のように優しく、しかし力強く照らす。
「凛。……いや、凛さん。君をここに呼んでくれた父に、そしてこの看板を仕上げてくれた君の父上に、僕は一生かけて応えていくよ。僕の代で、この『四季彩』を世界一の名前にしてみせる。父たちが残した絆を、決して途切れさせない」
凛は、初めて見せる優しく、しかし確固たる意志を持った笑みを浮かべ、透の隣に並んだ。ショートカットの髪が、夜風に軽く揺れる。
「その言葉を、待っていました。……透さん。私も、父と祖父の名に恥じないように、ここに居ます。四季を彩る花のように」
二人は肩を並べ、看板を見上げた。京の夜空に、凛としたピアノの音が響き渡る。ロビーから漏れ聞こえるショパンの調べが、まるで父たちの祝福のように優しく包む。シャンデリアの光が池に虹を落とし、遠くで託児所の子供たちの寝息が微かに聞こえる。
看板に刻まれた『四季彩 花の宿』の文字が、二人の門出を祝うように、いつまでも誇り高く輝いていた。物語は、父たちの遺志と、二人の覚悟によって、真の「再生」の章を迎えていた。
『四季彩 花の宿』は、これからも、四季折々の花のように、静かに、力強く。




