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従業員のための

「凛ちゃん 後ここに足りないのはなんだろう」

覚醒した九条透を凛は若干引きながら見つめる。

「漫画コーナーでも作りますか?リラックス出来るし」

「ネットカフェじゃないんだから いやリラックス 従業員をリラックスさせないと」

凛は目を輝かせる。

「オーナー。外装や料理を磨くのはもう十分です。次は、この宿の心を治しリラックスさせましょう」

凛の言葉に、透は深く頷いた。

「凛ちゃん至急アンケート取って」

「はい オーナー」


九条透が着手したのは、顧客へのサービス以上に手厚い、「従業員のための革命」だった。

凛は早速、スタッフ全員へのアンケートを実施し、過去の不満や要望を徹底的に集めた。暗く湿っていたバックヤードの写真、セクハラ被害の証言、離職を考えた仲居たちの声……それらを一冊の報告書にまとめ、透に提出した。


「これが、今の『四季彩 花の宿』の従業員の不満です」

透は報告書を読み終え、静かに言った。

「……わかった。全部、変えよう まず休憩室を変える」




まず取りかかったのは、バックヤードの全面改装。かつて薄暗く、休憩スペースすらまともにない場所は、一面ガラス張りの開放的なスカイラウンジ休憩室に生まれ変わった。東山の景色が一望できる大きな窓、最新のマッサージチェアが3台並び、オーガニックのハーブティーや軽食(京野菜のサラダやフルーツ)が常備。

BGMは穏やかなジャズで、スタッフはシフトの合間に「自分を取り戻す時間」を得られるようになった。


ベテラン仲居の佐藤さんが、初めてマッサージチェアに座りながら呟いた。

「こんな贅沢、夢みたいどすえ……。」


「次は託児所だ 人手不足解消になる」

透は前を向く。

次に、旅館の別館を改装して作られたのは、「花の宿・託児所」。

凛の強い要望で実現したこの場所は、元保育士のベテランたちが常駐。明るい木のフローリングに絵本やおもちゃが並び、庭に面した窓から子供たちの笑い声が響く。

「お母さんが笑っていないと、いい接客なんてできないんですよね」 



凛の言葉通り、子持ちの仲居や板前たちが、安心して預けられるようになった。子供たちが庭を駆け回る姿は、今や旅館の新しい「BGM」の一つ。ゲストたちも、廊下で元気に遊ぶ子供たちを見て微笑む。

「可愛いねぇ」「ここ、家族みたいだわ」



「凛ちゃん 従業員たちは世界を相手にして欲しいんだ」

従業員には英会話教室が無料で提供された。

「インバウンド対応スタッフだけじゃ足りないからね」

夜になれば、シアタールームは英会話教室へと早変わり。透が招いたネイティブ講師を囲み、若手から「婆さん軍団」までが熱心に学ぶ。インバウンド客が増えた今、「世界と話せるアーティスト」になるためのレッスンだ。

婆さん軍団の一人、中村さんがロールプレイで

「Welcome to Shikisai Hana no Yado!」

「Perfect! Your smile is the best Japanese hospitality」


彼女たちの瞳には、今、知性と誇りが宿っていた。

夕暮れ時、新しく掲げられた『四季彩 花の宿』の看板の下で、透と凛は並んで立った。ロビーからはピアノの旋律が流れ、厨房からは極上の海鮮を捌く活気が伝わってくる。スタッフたちの笑い声が、館内を優しく満たす。

「……凛ちゃん、見て。みんな、いい顔してるだろ」

透の声に、凛は頷いた。

「はい。もうここには、泥を掃く必要はありませんね」


凛が初めて見せた、心からの満面の笑み。頰が少し赤らみ、ショートカットの髪が夕陽に輝く。

それを見た透は、少し照れくさそうに視線を泳がせ、それから真剣な顔で言った。

「僕はこの宿を、世界一働きたい場所にする。……スタッフが輝けば、ゲストも輝く。もう誰も、辞めたいなんて思わせない」

少し間を置いて、透が続けた。

「あ、そうだ。次はスタッフ全員に、オーダーメイドの制服を作ろうと思ってるんだけど、どうかな? 伝統的な着物生地を使って、でも動きやすくて、個性を出せるデザイン。婆さん軍団には少しクラシックに、若手にはモダンにカスタマイズして……みんなが『これ着て働きたい』って思えるやつ」

凛は目を丸くし、すぐに笑った。

「それは……まあ、デザインを見てから決めます。でも、いいかも。花の宿らしい、華やかで誇り高い制服なら」

二人は顔を見合わせ、笑い声が京都の空に溶けていく。看板の下で、シャンデリアの光が二人を優しく包む。

『四季彩 花の宿』。そこは、美しい花が咲き、働く人が輝き、そして世界中から愛される、奇跡のような宿になっていた。物語は、ついに「心」が完全に蘇った瞬間を迎えていた

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