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四季彩 花の宿

「凛ちゃん 旅館名を変えようかと」

透が決心する。静かに、しかし力強く提案した。


「そうですオーナー 九条院、という名前はもう捨てましょう」

いくつかの候補が上がり、最終的に新しい名は、『四季彩 花の宿』。


「移ろう季節と、凛と咲く花のような誇りをおもてなしにする。そんな場所にしたいんです。京都の四季は、ただ美しいだけじゃない。厳しい冬を越えてこそ、花は咲く。……私たちが、この旅館をそうしたかったように」



「いい名前だ。……新しいスタートにぴったりだ。『四季彩 花の宿』。響きも、意味も、完璧だよ」

透の声に、初めての穏やかな確信が混じる。


名称変更の手続きは迅速に進んだ。弁護士の助けを借り、商標登録から看板の更新まで。看板の製作は、京都・西陣の老舗看板職人・工房に依頼した。職人は、凛と透の想いを聞き、静かに頷いた。


「欅の一枚板で、彫りは力強く、でも優しく。金箔は薄く散らして、朝陽と夕陽の両方で輝くように仕上げますわ」

数ヶ月後。完成した看板が届いた日、旅館の入り口には、透、凛、そしてあの「婆さん」軍団(佐藤さんをはじめとするベテラン仲居たち)、さらに陶芸工房で出会ったインバウンド客たちまでもが集まった。



職人が丹精込めて彫り上げた欅の一枚板。厚みのある木肌に、凛とした力強さと優しさが同居する筆致で『四季彩 花の宿』と刻まれている。文字の周囲に薄く散らされた金箔が、西陽を浴びて神々しく輝いた。まるで、春の桜、夏の青葉、秋の紅葉、冬の雪景色が、すべて一枚の板に凝縮されたようだった。


看板が門に掲げられる瞬間、ロビーからショパンのノクターンが優しく流れ出し、地下のシアタールームからは『東京物語』の静かなBGMが微かに漏れ聞こえてくる。陶芸工房の土の香りが風に乗り、すべてが調和した。 



婆さん仲居の佐藤さんが、目を細めて呟いた。

「ええ名前どすなぁ。……昔の『九条院』は、もう忘れてもええわ。ここは、私らの誇りや」


中村さん(若手仲居)が涙ぐみながら頷く。

「花のように、凛と咲く……。これからは、笑顔で迎えられます」



観光客はフランス語混じりで言った。

「この名前、美しい。季節の花のように、毎日違う輝きがあるのね。私たちの茶碗も、ここで生まれた花の一部だわ」



凛が、ゆっくりと透の方を向いた。

「オーナー……いえ、透さん」

初めて、役職ではなく彼の名を呼んだ。声が少し震える。

「ここからが、本当の戦いですね。伝統を守りながら、新しい文化を創り続ける……」 


透は、誇らしげに看板を見上げた。まるで栄光の勲章のように見えた。

「ああ。もう二度と、ここを停滞させない。ここは、世界で一番美しく、自由な宿だ。従業員が誇り持って働けて、ゲストを癒せる場所……僕たちが、創り上げる」


門前で足を止める観光客たちが、新しく掲げられた看板と、その奥で輝くシャンデリア、活気あふれる従業員たちの姿を見て、感嘆の声を漏らす。


「すごい……変わったね、九条院」

「いや、もう『四季彩 花の宿』だよ」

「予約取れるかな? 今すぐチェックしよう」


SNSでは、瞬く間に写真が広がった。

「京都の新聖地」「花のように美しい旅館」

「ここで働きたい」投稿が、次々と。

かつて泥沼のようだった旅館は、一人の女性の勇気と、一人の男の目覚め、そして「本物の文化」の力によって、京都の新しい地となった。


『四季彩 花の宿』は、四季折々の花のように、静かに、しかし確実に、世界中から人々を呼び寄せていく――。

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