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透の覚醒


「オーナー、セクハラ対策まとめました」

凛は分厚い報告書を透の机に置いた。表紙には「九条院再生計画・Phase1:客層選別と環境浄化」と、几帳面な手書きタイトル。

「ご苦労様、凛ちゃん」

透はガウンを羽織ったまま、ペラペラとページをめくる。株価チェックの合間に、真剣な目で読んでいる。

「素晴らしい報告書だな。データも証言も完璧。弁護士の先生方も太鼓判押してるみたいだし」

「ありがとうございます」

凛は小さく微笑む。

「君は一体何者だよ?」

「ただの新人です」



透はふっと笑って報告書を閉じ、海外オークションの画面を凛に見せる。チェコ製巨大クリスタル・シャンデリアの写真。プリズムが無数の光を放つ。

「まぁ良いところで凛ちゃん君は九条院の問題はなにかわかるかな」

「品格がないところでしょうか 特にお客様の」

「そうだ。今の九条院は、安すぎると思わない?」


声が少し弾む。いつものダルさが薄れている。凛は首を傾げる。

「セクハラ客が来なくなる一番の方法はね、彼らの手が届かないほど、この場所の価値を上げることだよ。

高級路線だ 贔屓に頼らない旅館にしたい」



透の改革は、まさに「高級化」だった。


翌週、玄関吹き抜けにシャンデリアが吊り下げられた。高さ5メートル超、数千のプリズムが京の朝陽を浴びて虹色の雨を降らせる。光が畳に宝石の絨毯のように散らばる。

その下に据えられたスタインウェイ・グランドピアノ。若きピアニストが毎朝、ショパンのノクターンを奏でる。柔らかく荘厳な音色が館内に響き、かつての卑猥な空気を一掃した。


「宿泊料金、これまでの倍に設定した。文句あるかな?」

透は凛の顔を覗き、いたずらっぽく笑う。

凛はシャンデリアの輝きに目を細め、ロビーの客たちを観察。高額料金が客層を自然に選別した。


世界中のセレブリティ、静寂を愛する文化人、芸術家や大物ビジネスパーソン。欧米富裕層が「京都の伝統とモダン贅沢」を求めて予約を入れる。

かつての常連――建設重役や地元名士――たちは門前でピアノの音に気圧され、戸惑った表情で立ち尽くす。シャンデリアの光が安っぽいスーツを照らし、場違いさを強調。


「ここ……なんか違うな」「料金高すぎる」

「もういい、他行くか」

二度と来なくなった。悪評は広がらず、SNSで「九条院が変わった」「今は本物の高級旅館」と静かに評価が上がる。




数週間後、帳場裏の休憩室で、凛はベテラン仲居の佐藤さん(68歳)と若手の中村さん(25歳)と顔を合わせた。

佐藤さんが、珍しく目を細めて微笑む。

「凛ちゃん、ほんまにありがとう」


中村さんが頷き、声を震わせる。

「私、最初入った時、先輩たちから『慣れるよ』って言われて……でも慣れたくなかったんです。毎回宴会終わりに泣きながら帰ってた。でも今は、お客様が『ありがとう、素敵なおもてなしでした』って、本当に頭下げてくださるんです。ただお茶を点てて、お話聞いて、褒めてもらえる……こんなに嬉しいこと、初めてです」

佐藤さんが続ける。


「シャンデリアの光見て、お客様が『美しい……』って息呑むの見てたら、こっちまで胸がいっぱいになるわ。昔みたいに脂汗かきながら『教育的指導』せんでもええし、若い子らが笑顔で働けるようになった。オーナーも凛ちゃんも、ほんまに……ありがとう」


中村さんが目を潤ませて凛の手を握る。

「凛さんのおかげで、辞めずに済んだんです。私、この旅館好きなんです。伝統守りながら、尊厳も守れる場所になった……これからもここで働きたいって、心から思えるようになりました」


凛は胸が熱くなり、静かに頷いた。

「私も……みんなが笑顔でいられるなら、何でもします」



透が、珍しく声を掛けてきた。

「凛ちゃん、聞いたよ。佐藤さんたち、泣きながら喜んでたって」

透の目が少し赤い。

「僕も……みんなの笑顔が見たいって思うようになった」

凛は微笑む。


「オーナーも、変わりましたね」

「次は客室の畳、全部シルク混に変えようと思うんだけど」

「それはやりすぎです。予算考えてください。シャンデリアだけで相当かかったでしょう?」

凛が鋭く突っ込むと、透は「ちぇっ」と子供のように唇を尖らせる。

「予算? 予約入りまくってる今なら余裕だよ。来月の予約率、90%超えてる」

タブレットを差し出す。スイートは半年先まで埋まりかけている。

「……確かに。クレーム激減しました。仲居さんたちの笑顔が増えました」

凛の声に柔らかさが混じる。

透はピアノの音に耳を傾け、静かに言う。

「凛ちゃんのおかげだよ。君が火をつけてくれなかったら、まだ腐った池のままで……」

「オーナーも、美しさに目覚めたんですよ」

二人は並んでシャンデリアを見上げる。虹色の光が、互いの顔を優しく照らす。 




佐藤さんが休憩室から出てきて、二人に頭を下げる。

「これからも、よろしゅうに」

中村さんが続く。

「世界一、女性が誇りを持って働ける場所に……しましょうね」


掃除を終えた凛と、改革に目覚めた透。

二人の「新生・九条院」は、京都で最も予約が取れなくなっていた。

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