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陶芸教室



『四季彩 花の宿』、再生から3年目の秋。

庭の紅葉が色づき始め、宿の空気は穏やかで、少し甘い。

透が始めた陶芸教室は、今や宿の目玉コンテンツになっていた。

週末の午後、工房にはインバウンドのゲストが集まり、ろくろの音と土の匂いが満ちる。


この日は、フランスから来た中年男性のゲストが参加。

工房は薪窯の残り香と、土の湿った匂いが混ざり、窓から差し込む柔らかな陽光が土を照らしていた。

透は作務衣姿でろくろの前に座り、袖をまくり上げ、泥だらけの手で土を優しく押さえていた。

黒い作務衣の襟元が少し開き、集中した表情が普段の気だるげなオーナーとは違う、真剣で美しい横顔を浮かべる。


凛はエプロンを着け、横で道具を準備しながら、そっと透を見ていた。

ゲストに英語で説明する透の声が、穏やかに響く。


「Here, like this. Gently press, not too hard.

The clay will tell you what shape it wants to be. Feel the rhythm.」


ゲストが笑いながら真似する。

土がゆっくり回転し、形を成していく。

透は立ち上がり、凛の方へ視線を移した。


「凛、ちょっと手伝ってくれる?

この土、ちょっと硬いんだ。

一緒に押さえて形を作ってみよう」


凛は頷き、透の隣に立つ。

ろくろの前に並び、透は凛の手を取って、土に導いた。

泥の冷たさと透の温かい指先が、重なる。


「こう……優しく、息を合わせて。

土が抵抗するところは、力を抜いて。

土に命を吹き込むんだ」


透の声が近くで響く。

凛の指が土に沈み、透の手が上から覆うように添えられる。

触れそうで触れない距離が、初めて完全に触れた。


凛の頰が、少し赤くなる。

透の息が、耳元にかかる。

土の感触が、二人の指を繋ぐ。


ゲストが感嘆の声を上げる。


「Beautiful! You two work perfectly together.

Like a real couple. The bowl is coming out so nicely.」


透と凛は同時に顔を赤らめ、慌てて手を離しかける。

でも、透はすぐに手を戻し、

「もう少し……このまま回して。

崩れちゃうから」


凛は小さく頷く。

二人の手は、土の上で重なり、ゆっくりろくろを回す。

土が形を成していく。

不器用な茶碗が、少しずつ丸みを帯びる。

透の指が凛の指を優しく誘導し、凛の指が透の指に寄り添う。

土の冷たさが、二人の温もりを際立たせる。


ゲストが笑いながら。


「You should open a couple's pottery class!

This is romantic.」


透は照れ笑いし、凛は目を伏せて微笑む。

土の茶碗は、二人で作った最初の共同作品になった。

少し歪んでいるけど、温かみがある。

透が囁くように。


「これ……凛と俺で作った、初めてのものだな」


凛は土のついた手を拭きながら、静かに答える。


「……はい。

透さんと一緒にいると、土も……素直に形になってくれます」


教室が終わった後、二人は工房の片付けをしながら、静かに話す。


透が薪窯の蓋を閉めながら。


「凛……今日、ありがとう。

一緒にやると、なんか……形がきれいにできる気がする」


凛はエプロンを外しながら、目を伏せる。


「私も……透さんと一緒にいると、胸が温かくなるんです。

仕事の時も、休みの時も……」


透は片付けの手を止め、凛を見る。


「俺もだよ。

凛が側にいると、この宿が……もっと美しくなる。

俺自身も」


二人は言葉を交わさず、工房の窓から庭を見る。

紅葉が風に舞い、池に落ちる。


透が、ゆっくり手を伸ばす。

凛の土のついた指先を、そっと握った。


「凛……

これからも、ずっと一緒に……いいか?」


凛は透の手を握り返す。

土の感触が、二人の指を繋ぐ。


「……はい。

透さん」


言葉はシンプル。

でも、それが二人の「付き合う」瞬間だった。

大げさな告白ではなく、

土に触れた手が、自然に重なっただけ。



『四季彩 花の宿』は、静かに、次の季節へ向かっていた。

土に命を吹き込んだように、二人の想いも、

ゆっくりと、確実に形を成し始めていた。



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