その後の平日
営業前の静かな時間帯に、館内はそれぞれの「日常」が動き出していた。
英会話教室(地下シアタールーム)
毎週火・木の午後3時から、シアタールームは「英会話タイム」に早変わり。
赤いベルベットのシートに、婆さん軍団と若手仲居がずらり。
ネイティブ講師のジェイクさんが、プロジェクターでスライドを映しながら明るく声を張る。
「Okay, everyone! Today’s topic is ‘Welcoming guests from overseas’.
Let’s practice: ‘Welcome to Shikisai Hana no Yado. How may I assist you today?’」
婆さん軍団の佐藤さんが、着物を正して立ち上がり、堂々と。
「Welcome to Shikisai Hana no Yado〜!
How may I assist you today〜?」
アクセントは京都弁丸出しだが、笑顔が完璧。
ジェイクさんが拍手。
「Perfect smile, Sato-san! That’s the Japanese hospitality we love!」
中村さん(若手)が次に挑戦。
少し緊張しながらも、推しのジャニーズ風にキメ顔で。
「Welcome… How may I assist you?」
みんなが「可愛い〜!」と拍手。
婆さん軍団がからかう。
「中村ちゃん、推しのライブみたいにキラキラしてるわ!
これなら、外国のお客さんもメロメロやねぇ」
佐藤さんが凛に目を向ける。
凛は後ろのシートでノートを取りながら、静かに微笑む。
「凛ちゃん、今日は見学だけ?
一緒に練習せぇよ!」
凛は立ち上がり、クールに。
「Okay. Welcome to our hotel. We have prepared a special suite with garden view. Enjoy your stay.」
完璧な発音に、みんなが「おお〜!」と感嘆。
ジェイクさんが笑って。
「Rin, you’re a natural! You could teach this class.」
凛は少し照れながら座り直す。
凛は大学時代半年間海外留学をしていた
今もオンラインレッスンは欠かせない。
英語はパーフェクトに出来てる。
託児所(別館)
同じ頃、別館の託児所は大賑わい。
明るい木のフローリングに、絵本とおもちゃが散らばり、庭に面した窓から陽光が差し込む。
元保育士のベテランスタッフが、子供たちを優しく見守っている。
「おかあちゃんのお仕事、がんばってるよ〜!」
3歳の男の子が、ブロックで「シャンデリア」を作っている。
隣の女の子が「ピアノ弾くの!」と鍵盤のおもちゃを叩く。
そこへ、休憩中の仲居さんがお迎えに来る。
子供が駆け寄って抱きつく。
「ママ〜! 今日はお絵描きしたよ! 見て見て、ホテルの看板!」
仲居さんは目を細めて。
「わぁ、きれい! お母さんも、こんな看板の下で働いてるんだよ」
託児所の窓から、英会話教室の笑い声が微かに聞こえてくる。
子供たちが「英語聞こえる〜!」と耳を澄ます。
「Welcome〜!」
子供たちが真似して叫ぶと、みんなで大爆笑。
透と凛の登場
午後4時頃、透と凛が託児所に顔を出した。
透はプレステのコントローラーを持ったまま
「お疲れ様です〜。子供たち、元気?」
子供たちが「オーナーおにいちゃん!」「凛おねえちゃん!」と駆け寄る。
透は照れながらしゃがみ、ブロックのシャンデリアを褒める。
「これ、俺のシャンデリアに似てるな。よくできてる!」
凛は絵本を手に取り、子供たちに読み聞かせを始める。
普段の鋭い目が、優しく溶ける。
「むかしむかし、ある美しい宿があって……」
透が横でぼそっと。
「凛ちゃん、子供に優しいの、ギャップ萌えだな」
凛は本を閉じ、透を睨む。
「黙っててください。…」
二人は顔を見合わせて、くすりと笑う。
夕方のロビー
英会話教室が終わり、託児所のお迎えが終わった頃。
ロビーでは、婆さん軍団が子供たちを抱っこしてゲストに挨拶。
「Welcome! Our little guests are the real stars today!」
ゲストが笑顔で写真を撮る。
透と凛は、少し離れた窓辺でその様子を眺めていた。
透が呟く。
「みんな、生き生きしてるね」
凛が頷く。
「はい。……これが、私たちの『花の宿』です」
夕陽がシャンデリアに差し込み、虹色の光が館内を満たす。




