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『四季彩』の継承


深夜の『四季彩 花の宿』。看板の金箔が月光を浴びて淡く輝き、庭の池に銀の波紋を広げていた。透は、看板の裏の刻印を何度も指でなぞりながら、ぽつりと呟いた。



「……父さんは、僕を信じていたんじゃない。僕に愛想を尽かして、君という『本物』を送り込んだんだろ?」


自嘲気味の声が、静寂に溶ける。透の瞳には、父の病床の記憶と、自分のこれまでの無関心が重なり、苦い影を落としていた。

凛は、初めて彼に向かってはっきりと首を横に振った。ショートカットの髪が、夜風に軽く揺れる。


「いいえ、透さん。それは違います。先代は、あなたの中にある『圧倒的な才能』を誰よりも信じ、そして誰よりも愛していたんです」


凛は、懐から一通の古い封筒を取り出した。封蝋が剥がれかけ、紙が黄ばんでいる。先代オーナーの筆跡が、かすかに震えながらも力強く書かれていた。


「これは、私がこの宿に来る前に、先代から直接受け取ったものです。本当の『指令』……」




凛は封筒を開き、透に差し出した。透は震える手で受け取り、月明かりの下で読み上げる。


『息子・透は、まだ目覚めていない。今の泥沼の宿では、あいつは目を覚まさない。凛さん、貴女が一度、この宿を「あいつが愛せるほど美しい器」に整えてやってくれ。そうすれば、あいつは必ず、私の想像を超える「花の宿」を創り上げるはずだ。重実の血を引く貴女なら、できる。お前たちの父同士の約束だ』


透の声が途切れ、喉が詰まる。父の最後の言葉が、胸に突き刺さる。父は、息子の「圧倒的能力」を知っていた。無関心に見えたのは、父が息子を、わざと「泥沼」に置いておいたからだった。そこから抜け出すきっかけを、重実の孫娘・凛に託したのだ。




「謎は全て解けました それが凛さんがここに来た理由ですね」


「私は、あなたに協力するために来たんです。あなたがシャンデリアを吊るし、ピアノを置き、最高級の海鮮を出すと言い出したとき、私は確信しました。……この人は、天賦の才能の持ち主であると」

透は言葉を失った。



凛が「そう動けるように」整えてくれた舞台の上でのことだったのだ。セクハラ客の排除、ベテラン仲居軍団の鉄壁、バックヤードのスカイラウンジ、託児所、英会話教室……。凛は、すべてを「透が愛せる美しさ」に整えながら、静かに彼の才能を待っていた。


「あなたの天才的能力を覚醒させ、私が現場の『規律』として定着させる。……それが、先代と私の父、そしておじい様が立てた計画の全貌です」


凛は、看板職人の父譲りの、固く、しかし温かい手で透の手を握った。泥の跡が残る透の手と、凛の細い指が重なる。初めての、互いの体温が伝わる瞬間。


「透さん。あなたはもう、やる気のないオーナーじゃありません。世界で唯一、この『四季彩 花の宿』に相応しい、最高の表現者です」

透の瞳に、涙が溢れる。父の愛、凛の覚悟、すべてが一気に胸に押し寄せる。

「……ありがとう、凛。君がいてくれたから、僕は……父の想像を超えられたのかもしれない」

凛は優しく微笑んだ。

「いいえ 貴方は素敵な能力の持ち主です」


二人は肩を並べ、看板を見上げた。門の上で、黄金に輝く看板が二人を見守っている。『四季彩 花の宿』の文字が、月光とシャンデリアの残光に照らされ、永遠に枯れない花のように輝く。


「天才的能力」と、「揺るぎない正義」。

二つの才能が重なり合った時、京都の老舗旅館は、かつて誰も見たことのない、永遠に枯れない「花の宿」へと結実した。 

遠くで、ピアノの最後の音が優しく消え、京の夜空に星が瞬く。託児所の子供たちの寝息、厨房の残り火、陶芸工房の土の香り……すべてが、二人の未来を静かに祝福していた。

『四季彩 花の宿』は、これからも、四季を彩り、花を咲かせ、世界中から人々を呼び寄せ続けるだろう。父たちの遺志が、二人の手で、新たな物語として刻まれていく――。

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