悪役令嬢の下僕Aですが、主君がポンコツなので毎日が修羅場です
新作です。
「喉が渇いたわ! 東方の島国から取り寄せた最高級茶葉で、温度は62度、ミルクを3滴だけ垂らした紅茶を今すぐ持ってきなさい!」
王宮の広大なバラ園に、傲慢な声が響き渡る。
声の主は、私の主君である公爵令嬢ミレイユ・フォン・アルベイン様だ。
「は、はい! ただいま!」
「すぐにご用意いたしますわ!」
ミレイユ様の怒鳴り声に、慌てて走り出したのは、私の同僚である『下僕B』のベシーと、『下僕C』のシンディだ。
二人は公爵家に雇われた平民の侍女で、ミレイユ様の顔色を窺うことだけに必死の下僕たちである。
「きゃっ! お湯が熱すぎましたわ!」
「大変です! ミルクを入れすぎました!」
給湯ワゴンで、ガチャガチャと食器を鳴らしながら騒ぐ二人。
ダメだ、見ていられない。あんな手際では紅茶が出る頃には、ミレイユ様の機嫌は氷点下まで下がるだろう。
私は懐から懐中時計を取り出し、秒針を確認する。
ため息一つついて、私は動く。
「ベシーさん、シンディさん、そこをどいてください」
「で、でも、クレア様……」
「貴女たちでは3分かかりますが、私は45秒で出来ます」
私は二人の間を割り込み、流れるような手つきでポットを操る。
抽出、冷却、注ぎ込み。完璧な所作でカップをトレイに乗せ、ミレイユ様の元へ提供する。
「お待たせいたしました、ミレイユ様。ご所望の紅茶でございます」
「ふん、相変わらずクレアだけは完璧ね」
ミレイユ様はカップに口をつけ、満足げに頷いた。
背後で二人が、「すごい……」「さすがクレア様……」と口を開けて見ている。
これが私、『下僕A』こと、クレア・シャンデルと、その他有象無象の下僕との違いだ。
地味な栗色の髪に、機能性重視の片眼鏡。
見た目は彼女たちと同じ『モブ』だが、中身は天と地の差ほど違う。
私は実家の商会の莫大な借金を返すため、ミレイユ様と『業務委託契約』を結んでいるプロフェッショナル。
役職は『筆頭侍女兼・最高執行責任者(COO)』。
わがままなミレイユ様の機嫌を取りつつ、指示待ちの『下僕B・C』と、それ以下を指揮し、公爵家のブランドを守り抜くことなのだ。
◇
紅茶の提供から10分後。
バラ園のアーチから、一人の女性がおずおずと入ってきた。
ふわふわのピンク髪に、潤んだ瞳。
神殿から派遣された平民出身の聖女、フローラ・フォルジュ。
彼女は、ミレイユ様の婚約者であるレインズ殿下と急接近していると噂の人物だ。
ミレイユ様の眉が吊り上がる。
まずい。着火してしまう。
「あら、ごきげんよう、泥棒猫の聖女様」
「ミ、ミレイユ様……」
「貴女のような身分の低い方が、私の殿下に色目を使い、お近付きになっているという噂を聞きましてよ? 神に仕える身でありながら恥を知りませんこと?」
ミレイユ様が扇子をパチンと閉じる。
すると、主人の怒りを察知したベシーとシンディが、ここぞとばかりに前へ出た。
「そうですわ! お嬢様を不快にさせるなんて、生意気ですわ!」
「平民風情が! お嬢様、わたくしたちが追い払って差し上げます!」
ベシーが腕まくりをし、シンディが近くにあった水入りのバケツ(花の水やり用)を掴んだ。
……やはり、この二人はダメだ。
衆人環視の中で、聖女に水をかけたり暴力を振るえばどうなるか。
ミレイユ様の評価は暴落し、公爵家は王室侮辱罪で訴えられるリスクがある。
典型的な悪役令嬢の腰巾着ムーブだが、私の管理下では許されない。
「お前たち! ずぶ濡れにしておしまい!」
ミレイユ様が安易なGOサインを出した瞬間、私は動いた。
シンディの手首を掴み、バケツを取り上げ、同時にベシーの襟首を掴んで引き戻す。
「……クレア様!? な、何をしますの!?」
「お嬢様の命令ですのよ!?」
「黙りなさい。ここで手を出せば傷害罪です。公爵家に泥を塗るつもりですか? 貴女たちがクビになるのは勝手ですが、連帯責任で、私のボーナス査定に響くのは御免です」
私の怒りの圧に、二人は「ひぃっ!」と縮み上がり、後退りした。
私は片眼鏡の位置を直し、表情を『営業用スマイル』に切り替え、震える聖女フローラの前に立つ。
「失礼いたしました、フローラ様。教育の行き届いていない新人たちで申し訳ありません」
「え……? あ、はい……」
「ですが、ミレイユ様のご気分を害されたのは事実。現在、お嬢様は『高貴なる憤怒タイム』に入られました。事前アポイントメントのない方の面会は、保安上の理由からお断りしております」
私はフローラを「帰れ」という無言の圧だけで彼女を出口へ誘導する。
「殿下への件でしたら、後日、A4用紙3枚以内で書面にて提出をお願いできますでしょうか?」
「……は、はい。ごめんなさい……」
フローラは私の事務的な対応と、背後のミレイユ様の殺気に押され、逃げるように去っていった。
所要時間、45秒。
暴力なし。暴言なし。コンプライアンス遵守。
完璧なリスクマネジメントだ。
「ふん! 逃げ足の速い女ね! でもクレア、あんな奴は水をかけてもよかったんじゃないの?」
不満げなミレイユ様に、私は冷やしたタオルを差し出しながら諭す。
「お洋服が汚れますと、後始末(クリーニング手配)をするのは私ですので。それに言葉で追い返す方が、ミレイユ様の『慈悲深いが厳格な主』としての格が上がります」
「そ、そう? まあ、貴女がそう言うなら、そうよね!」
単純で助かる。
私は後ろでオロオロしているベシーとシンディを振り返り、冷たく言い放つ。
「そこのお二人さん、突っ立っていないで、お茶のお代わりを用意してください。今度は適温でお願いします」
「「は、はいぃッ!」」
脱兎のごとく走り去る下僕BとC。
やれやれ、これだから人材育成は骨が折れる。
その時だ、生垣の奥で一部始終を見ていた青年と目が合った。
銀髪に、冷ややかな青い瞳。
王太子レインズ殿下の側近、ギルバート様だ。
彼は無能な下僕たちの暴走を止め、場を収めた私を値踏みするように観察していた。
嫌な予感がする。
同業者特有の「こいつ、使えるな」という査定の目。
私は気付かないふりをし、ミレイユ様の日傘を調整する。
私の仕事はあくまで『下僕A』。
目立たず、騒がず、確実に業務を遂行するのみだ。
◇
建国記念舞踏会まで、三日。
公爵家の屋敷は、戦場のような忙しさに包まれていた。
「クレア! ドレスの仮縫いがきついわ! ウエストをあと2センチ絞りなさい!」
「物理的に不可能です、ミレイユ様。内臓が破裂して舞踏会どころではなくなります」
「じゃあ、わたくしが痩せて見えるように照明を調整させなさい!」
「承知しました。当日の会場スタッフを買収……もとい、説得してミレイユ様の立ち位置に『女優ライト』を手配しておきます」
私は分刻みのスケジュールで動きながら、ミレイユ様のワガママを次々とタスク化し、処理していく。
だが、私の本当の戦いはドレス選びではない。
水面下で進行している、レインズ殿下と聖女フローラによる『断罪準備』の妨害工作だ。
私は屋敷の廊下を早足で歩きながら、手帳に記された『リスク管理リスト』を確認する。
1.いじめの証拠の捏造阻止。
2.殿下側についた貴族たちの切り崩し。
3.ミレイユ様のアリバイ工作。
特に1が厄介だ。聖女フローラは天然なのか計算なのか、とにかく転ぶ。そして物を壊す。
それを全て「ミレイユ様にやられましたわ」と泣きつけば、殿下は喜んで証拠採用するだろう。
「やることが多いですね。残業代は通常の1.5倍で請求しないと割に合いません」
さらに厄介事は屋敷の中だけではない。
先日、バラ園で視線が合った宰相補佐官ギルバート様。
あれ以来、私の元に彼からの『執拗なヘッドハンティング書簡』が届いている。ほぼ未開封で焼却処分しているが、諦めてはいないだろう。
私が独り言を漏らしながら、王宮への使いに出ようと屋敷の門を出た時だった。
一台の豪奢な馬車が、私の目の前で止まる。
窓が開き、見覚えのある銀髪の青年が顔を覗かせた。
「乗らないか? クレア・シャンデル」
噂をすれば影が差す。
王宮の宰相補佐官、ギルバート様だ。
冷ややかな青い瞳が、逃げ道を塞ぐように私を射抜く。
「……これは光栄です、ギルバート様。ですが、私はこれから業務で急ぎますので」
「王宮へ行くのだろう? 送っていく」
有無を言わせぬ圧力。
ここで断れば、公爵家の門前で騒ぎになり、近隣への悪評に繋がる。
私は瞬時に損益分岐点を計算し、恭しく一礼した。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
馬車の中は静寂に包まれていた。
向かいの席に座るギルバート様は、足を組み、値踏みするように私を見ている。
「私の手紙は読んだか?」
「ええ、大変情熱的なラブレターでしたので、読んだ直後に焼却処分いたしました」
「……給与3倍のオファーをラブレターと呼ぶのは君くらいだ」
ギルバートは呆れたように肩をすくめたが、すぐに鋭い眼差しに戻った。
「単刀直入に言おう。今回の舞踏会で、レインズ殿下は本気だ。公衆の面前でミレイユ嬢の罪を暴き、婚約を破棄するつもりだ。君の優秀な頭脳なら、勝算がどちらにあるか分かっているはずだ」
彼は懐から一枚の書類を取り出し、テーブルに置いた。
それはミレイユ様が過去にフローラに対して行ったとされる『暴言・暴行』のリストだった。
半分事実で半分誇張だが、よく調べ上げている。
「沈む船に乗り続ける義理はあるまい。君の実家のシャンデル商会の借金は金貨500枚だったか? 私が一括で肩代わりしてもいい」
金貨500枚。
私の年収のおよそ10年分だ。
喉から手が出るほど欲しい。片眼鏡の奥で瞳孔が開くのが自分でも分かった。
だが、私はその書類を指先で弾いた。
「魅力的な提案ですが、却下します」
「……なぜだ? 金が足りないのか? それともミレイユ嬢への忠誠心か?」
「両方ですが、一番の理由は『プライド』です。ギルバート様、貴方のようなエリートには分からないでしょう。完成された組織で優秀な上司に仕える仕事など、ただの『作業』なのです」
「なんだと?」
「ご存知の通り、ミレイユ様は無知で、傲慢で、感情的で、放っておけば3分で社会的死を迎える、歩く時限爆弾のような方です。そんな『ポンコツ案件』を、私のマネジメントで完璧な淑女に見せかけ、王太子妃の座にねじ込む。これこそが、プロの仕事というものでしょう?」
ギルバート様は口を開けると、笑い出した。
「ふはははっ! ポンコツ案件か! 主君をそこまで言う侍女は初めて見たぞ!」
「事実ですので。それに、あの方は手はかかりますが、裏表のない善良な方です。濡れ衣を着せられて泣き寝入りさせるわけにもいきません」
ギルバート様はひとしきり笑うと、真剣な表情に戻る。
「……面白い。交渉決裂だな。だが忠告しておく。殿下は『切り札』を用意している。君のそのマネジメント能力で、果たして覆せるかな?」
馬車が王宮に到着する。
私は礼を言って、ふと振り返る。
「切り札と申されましたね。それは楽しみです」
「……フッ、お手並み拝見といこうじゃないか」
◇
舞踏会前日、ミレイユ様が最終調整のために王宮の衣装部屋を訪れた時のこと。
「きゃあああああッ!」
悲鳴が響き渡った。
廊下で控えていた私が駆けつけると、衣装部屋の中で、聖女フローラが倒れ込んでいた。
その周りには粉々になったガラスの破片と、引き裂かれたドレス。
そして呆然と立ち尽くすミレイユ様の姿があった。
「ミレイユ様!?」
「ち、違うのよ、クレア! わたくしは何もしてないわ! 部屋に入ったら、いきなりこの女が花瓶を割って……!」
そこへタイミングを見計らったように、レインズ殿下が近衛兵を引き連れて現れた。
「何事だ! ……フローラ!?」
「うぅ……レインズ様……。ミレイユ様が『調子に乗るな』って、花瓶を……」
フローラが嘘泣きで殿下に縋り付く。
殿下は激昂し、ミレイユ様を睨みつけた。
「ミレイユ! 貴様、明日の舞踏会を前にフローラになんという狼藉を!」
「違いますわ、殿下! わたくしはやっておりません!」
「言い訳など無用だ! この惨状が証拠だ! 衛兵、ミレイユを部屋に軟禁せよ! 明日の舞踏会で正式に沙汰を申し渡す!」
ミレイユ様が「嘘よ、離して!」と叫ぶが、衛兵たちに取り押さえられる。
これが『切り札』か。
現行犯を装った逮捕による、強制的な断罪フラグの成立。
単純だが権力を使った強引な手口。
私は一歩前に出ようとしたが、ギルバート様が私の前に立ち塞がる。
「無駄だ、クレア。殿下の命令は絶対だ。今の君に弁護の余地はない」
彼は小声で、しかし勝ち誇ったように囁く。
「これが権力。マネジメントではどうにもならない領域だ」
連行されていくミレイユ様が、涙目で私を見る。
『クレア、助けて』と、その目が訴えている。
私の大切なクライアントであり、飯の種。そして私を信頼してくれる、ただ一人の主君。
私は表情を消し、静かに一礼して見送る。
抵抗はしない。
ここでは、まだ。
「どうにもならない領域ですか」
騒ぎが去り、静まり返った廊下で、私は片眼鏡の位置を直す。
ギルバート様は優秀だが、間違いを犯した。
私を『ただの侍女』だと思っている点。
私は『下僕A』。雑用係であり、掃除屋であり、そして、あらゆる汚れ仕事を処理する、裏方のプロフェッショナル。
「証拠なら、ありますよ。ここに」
私は廊下の天井の隅、装飾の影に隠した『魔道具』を見上げた。
実家の商会が開発した『映像記録の魔石』。
ミレイユ様が冤罪をかけられるリスクを予測し、私が一週間前から王宮の主要箇所に違法……もとい、極秘に設置しておいた隠しカメラだ。
私は脚立を取り出し、魔石を回収する。
再生してみれば、そこにはフローラ様自ら花瓶を割り、ドレスを切り裂く滑稽な一人芝居が映っている。
「さて、これで『動かぬ証拠』は手に入りました」
だが、これだけでは足りない。
殿下は王族。証拠をもみ消す可能性がある。
勝つためには公衆の面前――すなわち明日の舞踏会で、言い逃れのできない状況を作らなければならない。
舞踏会まで、あと24時間。
やるべきことは山積みだ。法務官への根回し、新聞社へのリーク準備、そして軟禁されているミレイユ様への差し入れ。
「今日は徹夜ですね……」
私は不敵に笑った。
さあ、見せてあげましょう。
悪役令嬢の下僕A、クレア・シャンデル。
これより、特別業務という名の復讐を始める。
◇
建国記念舞踏会、当日。
王宮の大広間は、華やかな音楽と重苦しい緊張感に包まれていた。
壇上に立つレインズ殿下と、その腕を離さない聖女フローラ。
そして衛兵に囲まれ、罪人のように立たされているミレイユ様。
「これより、公爵令嬢ミレイユ・フォン・アルベインへの『断罪』を執り行う!」
殿下の高らかな宣言に、会場がざわめく。
ギルバート様が殿下の横で、勝利を確信したように涼しい顔で控えている。
彼の視線が、会場の隅にいる私を捉える。
「無駄な抵抗はやめておけ」というメッセージだろう。
殿下は、フローラの肩を抱き寄せながら叫ぶ。
「ミレイユよ! そなたは聖女フローラに対し、数々の暴言を吐き、あまつさえ衣装部屋にて暴行を働き、ドレスまで引き裂いた! その嫉妬深さと凶行は、もはや将来の王妃にふさわしくない! よって、この場で婚約を破棄する!」
ミレイユ様は唇を噛み締め、震える声で反論する。
「違いますわ! わたくしはやっておりません! 信じてください、殿下!」
「黙れ! 現場の惨状こそが証拠だ! これ以上、見苦しい言い訳をするな!」
殿下の一喝に、ミレイユ様が萎縮する。
周囲の貴族たちも、「やはり噂は本当だったのか」「恐ろしい女だ」と白い目を向ける。
公爵家の権威は地に落ち、ミレイユ様の社会的地位は崩壊寸前。
――今だ。
私は群衆の影から一歩踏み出し、事務的だが、よく通る声で告げる。
「異議あり。その断罪は手続きに不備がございます」
静まり返る会場。
突き刺さる視線が、地味な平民の私に集中する。
「な、なんだ貴様は! たかが侍女の分際で、王族の発言を遮るか!」
「失礼いたします。私はミレイユ様の筆頭侍女、クレア・シャンデル。本日は当家の主人の名誉回復と、不当な契約破棄に対する異議申し立てに参りました」
私は片眼鏡の位置を直し、恭しく一礼し、持参していた鞄から魔道具を取り出す。
それは昨夜回収した『映像記録の魔石』と、それを投影するための『投影機』だ。
「殿下は『現場の惨状が証拠』と仰いましたが、物的証拠としては不十分です。ですので、より客観的な『一次情報』をご用意いたしました」
ギルバート様の顔色が変わる。
「止めろ!」と彼が叫ぶより早く、私は大広間の白壁に映像を映し出した。
そこには誰もいない衣装部屋で、フローラが一人、微笑みながら花瓶を壁に投げつけ、自身のドレスをハサミで切り裂く姿が鮮明に映っていた。
『これでミレイユを陥れてやれるわ! ざまぁみやがれ!』
音声までもが会場に響き渡った。
フローラが笑いながら自ら服を切り裂く姿。
それは可憐な聖女とは程遠い、狂気じみた映像だった。
「なっ……!?」
会場中が凍りつく。
フローラは顔面蒼白になり、レインズ殿下も信じられないものを見る目で、映像とフローラを交互に見ている。
「こ、これは何だ!? 幻覚魔法か!?」
「いいえ、殿下。これは当シャンデル商会が開発した防犯システムです。王宮内での不慮の事故に備え、記録しておりました」
私は淡々と解説を加える。
「ご覧の通り、ミレイユ様は一切手を触れておりません。これはフローラ様による自作自演、すなわち『虚偽申告』及び『器物損壊』です」
私はさらに一枚の書類を掲げる。
「さらに殿下が証拠として挙げられた過去のいじめに関しても、こちらの調査報告書をご覧ください。フローラ様が階段から落ちた日は、ミレイユ様は領地視察中。教科書が破られた時間は、ミレイユ様はエステで睡眠中。全てのアリバイが証明されています」
完璧なロジックと圧倒的なファクト。
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
「う、嘘よ……!」
「まさかフローラが……」
フローラがへたり込み、殿下が膝をつく。
形勢逆転。会場の空気は一変し、殿下と聖女に対する冷ややかな視線が注がれる。
ミレイユ様が気を取り直し、扇子を開いて高笑いした。
「オーッホッホ! 見まして!? これがわたくしの潔白ですわ! クレア、よくやりましてよ!」
「恐縮です」
私はミレイユ様の横に立ち、最後の仕上げにかかる。
懐から分厚い封筒を取り出し、レインズ殿下に差し出す。
「さて、殿下。これで断罪の根拠は崩れました。つきましては、こちらの書類にサインをお願いいたします」
「な、なんだ、これは……?」
「『婚約破棄に対する同意書』と『慰謝料請求書』です。殿下は先ほど、公衆の面前でミレイユ様との婚約を破棄すると宣言されました。当家としましても、事実確認もせずに冤罪で婚約者を断罪するような『リスク管理能力の低い物件』……失礼、殿下との婚姻は、将来的な損失が大きいと判断いたしました」
会場がざわめく。
侍女が王族を『物件』扱いし、損切りしたのだ。
「よって婚約破棄は謹んでお受けいたします。ただし、有責は100%殿下側にありますので、違約金、慰謝料、そして今回の騒動にかかった私の残業代と機材費、経費一式を請求させていただきます。締切は来月末でよろしいですね?」
殿下は震える手で請求書を受け取り、その桁数を見て絶句した。
ギルバート様が頭を抱え、深いため息をつくのが見えた。
勝負あり、だ。
◇
騒動の後。
王宮のバルコニーで、私は夜風に当たっていた。
ミレイユ様は会場に戻り、「やはり、わたくしが一番ですわ!」と貴族たちに囲まれてご満悦だ。
あのメンタルの強さだけは尊敬に値する。
「完敗だ……」
背後から、苦笑混じりの声が聞こえた。
ギルバート様だ。
彼は隣に並び、夜空を見上げる。
「まさか王宮に監視カメラを仕掛けるとはな。プライバシーの侵害で訴えたいところだが、今回はこちらの不手際だ」
「リスク管理の一環です。それに、ギルバート様がわざと警備を手薄にしていた場所があったでしょう? あえてカメラを設置しやすくしてくれたのは、貴方ではないのですか?」
私が指摘すると、ギルバート様は少しだけ目を見開いた。
そう、彼ほどの切れ者が、私の工作に気付かないはずがない。
彼は殿下の暴走を止めるために、あえて私に『決定的な証拠』を掴ませるように誘導していた節がある。
「買い被りだ。私はただ無能な主君を持つ苦労を知っているだけだ」
「それは奇遇ですね。私もです」
私たちは顔を見合わせ、初めて同志のような笑みを交わした。
敵同士だったが、社畜マインドは通じ合うものがあるらしい。
「レインズ殿下は廃嫡、フローラは修道院送りだろう。……君はどうする? 公爵家は安泰だが、君の能力を持て余すのではないか?」
ギルバート様は、再び熱っぽい瞳で私を見た。
「あの時のオファーはまだ有効だ。今なら給与5倍でもいい。どうだ? 私の補佐官として、国の中枢で働かないか?」
給与5倍。実家の借金どころか、孫の代まで遊んで暮らせる金額だ。
私の心がグラリと揺れる。
王宮で、この優秀な男と共に国を動かす。
それはキャリアとしての到達点かもしれない。
― その時だった。
「クレア、どこにいるのよ!? 小腹が空いたわ! 今すぐ夜食でトリュフのクリームリゾットを用意しなさい!」
ホールから、ミレイユ様の盛大なワガママが聞こえてきた。
婚約破棄されたばかりだというのに、全く懲りていない。私がいなければ、彼女は明日にでも別のトラブルを起こすだろう。
私はやれやれと肩をすくめた。
「申し訳ありません、ギルバート様。どうやら私は、完成された組織よりも、あの手のかかる『不良債権』を黒字化させる方が性に合っているようです」
ギルバート様は呆れたように、しかしどこか嬉しそうに微笑んだ。
「そうか、それなら仕方ない。だが諦めたわけではない。いつか必ず君をヘッドハンティングしてみせる」
「……その時は、給与10倍で検討させていただきます」
私はスカートを翻し、踵を返した。
足取りは軽い。
借金返済の目処が立ち、今回の一件で『有能な侍女』として、私の名は国中に知れ渡る。
これからの私のキャリアは前途洋々だ。
「ただいま参ります! ミレイユ様、リゾットのカロリー計算はお済みでしょうか!?」
悪役令嬢の下僕A、クレア・シャンデル。
愛すべきポンコツ主君と、諦めの悪い宰相補佐官、そして使えない下僕たち。
全ては、私の輝かしいキャリアのために、全力で働くのみだ。
お読みいただき、ありがとうございました!
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「結婚なんて墓場よ!」と豪語する悪役令嬢の使用人Aですが、墓場の住み心地は天国でした
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それではまた( ´∀`)ノ




