凍えるような冬
あの後、小説サイトやSNSに登録していた各アカウントはすべて削除した。
あの名義でそのまま活動を続けても、もう大成することは不可能だと思ったからだ。
俺が今まで積み上げてきたもの……ごく少数だったとはいえブクマはついていたという実績もすべて消えてしまうことになるが、まぁしょうがなかっただろう。
母は今でも部屋に飯を持ってきてくれるが、ただ持ってきてくれるだけで、俺にはもう何も言わなくなってしまった。父となにかあったのか、日に日に表情がやつれていくようにも思える。心なしか、俺を見る目に憎悪が込められているかのような、そんな気さえする。
部屋のエアコンは完全に故障していて動かない。そのせいか、部屋の中はまるで冷凍庫の中にでもいるんじゃないかと思えるくらい寒くて苦しかった。
エアコンを直すように言い出すことは……できなかった。言ったところで、父は俺が就職するまでエアコンを直してくれないような、そんな気がしたからだ。
まるで、この世のすべてに拒絶されているかのような気分だった。
あれから俺は、凍えるような部屋の中、布団の中にくるまって一切動かない日々を繰り返している。
書かなきゃいけないことは分かっている。でももう、書けない。
俺の心は既に、完全に折れてしまっていた。
今にして思えば、俺の小説は数件のブクマが付くことはあっても感想が付いたことはなかった。
批判的な感想が付いたことさえなかった。今にして思えば、ブクマを付けていた人は誰も読んでなかったんじゃないかとか、ブクマすらただ機械的につけられていただけだったんじゃないかとさえ思える。
だが……このまま小説を書かない日々を続ければ、俺は約束を果たすことが出来なくなる。
両親との約束じゃない。『小説家になる』という――――自分自身との約束だ。
お前は何のためにこの世界に産まれた?
こんな惨めな姿になりたかったのか? ……違うだろ。
他の人はちゃんとプロの小説家になれてるぞ。アニメ化してるぞ。できてないのはお前だけだ。
小説家になりたかったから、今まで努力してきたんじゃなかったのか?
そのまま諦めていいのか?
(……俺は、なるんだ……)
諦めていいわけがない。
俺は毛布から怯えるように脱出し、凍えるように寒い部屋の中でPCを起動させ、小説サイトを開く。
震える指先で新しいアカウント登録を済ませ、ゆっくりと文章を綴り始める。
(俺は、小説家に、なるんだ……!)
キーボードで文字を打つのって、こんなに苦しかったっけ。
文章を書いているだけなのに、キーボードを叩いているだけなのに……不安で頭がおかしくなりそうで、批判されることを想像して泣きたくなって、そのたびにキーボードを打つ手が止まりそうになる。
それでも、必死に止まりそうな手を動かして、キーボードを打ち続ける。
俺だけにしか書けない物語があるんだと信じて。
そして、長い時間をかけて、やっとの思いで本文を書き終えることが出来て、保存するかどうかを尋ねるダイアログが表示される。
ここでEnterキーを押せば、投稿される。
そう、あとはEnterキーを押すだけ――
(俺は、小説家に……!!)
『才能ねーからとっとと辞めろよ』
脳裏にその言葉がフラッシュバックした瞬間、頭がぐちゃぐちゃになる。
『林田マロンの小説はシンプルにゴミ』
『安心してください、ちゃんとつまらないですよ!www』
『サイト荒らしだよな。AIより有害』
『キャラもダメ、シナリオもダメ、文章力もダメ。全部ダメ』
『キャラが全員終わってる』
『作者社会経験なさそう』
『消えて欲しい』
『まじで有害』
『手帳持ってそう笑』
『消えてくれ~頼む~』
『普通に有害』
『本当に嫌い』
『シンプルに面白くない』
『いないほうがマシな人』
――――気が付いたときには、俺の指はBackspaceキーを押していた。
指がそこから離れないせいで、さっきまで入力していた文字が凄まじい勢いで消えていく。
感情が零れてしまうくらいに歪んでしまった視界では、その光景を直視することさえできなかった。




