最終話 全てが終わり、そして始まる
成田空港に降り立った私、門田 菊と白雲 虎太郎を、大勢の顔見知り達が歓喜で出迎えてくれる。
「うんこたろうー! おかえりなさーい!!」
「菊ちゃん、よくぞ無事で!」
「よかったぁー……また宴会しましょうよ」
インストラクターの睦さんが、モツ鍋屋の弁財さんが、下原さんやダリアさん、おじいちゃんの海老塚さん、そしてツルネさんまでが、出てきた私たちに歓喜して抱き着いて来る。
その向こうには鐘巻刑事やマトリの乾さんも笑顔で手を振り、その脇には霊媒師の表川さんが「ふん」と言った表情で佇んでいる。まぁ口元だけは笑ってるみたいだけど。
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あの後すぐ、海賊たちは飛行機の大群でやってきた多国籍軍によって壊滅した。私たち三人や原住民の人たちも無事に保護され、事実上あの島の海賊は完全に一掃された。
しかも彼らの上部組織、日本の有名なヤクザの連合やヨーロッパのマフィアにも即座に大規模な捜査が入り、麻薬や詐欺などの犯罪行為が次々に暴かれて、大量の逮捕者が出、多くの反社会組織が壊滅に至った。
……その立役者になったのが、実はあのモアイ達だったみたい。
白雲さんとモアイ達、そして謎空間に拘束された私たち全員の動画が、どういうわけか世界中に生中継配信されていたらしい(視点はモアイの一体から)。最初は単なるイタズラのハッキングかと思われていたが、その映像と白雲さんとのやり取りを見て、秘匿されていた誘拐事件が世界中に明らかにされたのだ。
元々ボランティアの『|white clouds』の一人に米軍司令官のジョニーさんが居た事もあり、そこからの行動は極めて迅速だった。近隣の駐留軍に声をかけ、チリ政府に許可を取って(政府の連中も動画を見ていたため、すんなり通った)、大規模な救出部隊を編成して、その電波の発信源を特定して突入を開始したのであった。
たかが20人余りの海賊団に対して、千人からなるプロの軍人の襲来に、彼らは手も無くお縄となり、私たちも無事に助け出されたという訳だ。
あ、もちろん身代金もそっくり戻って来た、よかったぁー。
でも今回の事で私は白雲さんと、そしてコーウンさんに、それこそ一生かかっても返せないほどの恩を作ってしまった。二人ともそれを笠にきるような人じゃないけど、それでも私は助かった嬉しさ、そしてふたりに必要とされている事に対して、何らかの答えを出さなきゃいけなかった……。
一か月後、私たちはタイに渡って、コーウンさんの初防衛戦を観に行った。対戦相手のドートン・カストロールは長い手から繰り出すフリッカージャブでコーウンさんを苦しめたが、8ラウンドにてついに攻め込んだコーウンさんがKO勝ちを収め、地元のファンを大いに沸かせていた。
やっぱり、すごい人だなぁ。コーウンさんも、そしてこの『うんこたろう』さんも。
◇ ◇ ◇
時は流れ、2026年が訪れた。
徳島県山姥村。ひなびた田舎の村にも、元日の平穏とめでたさはやってきていた。
初詣に出向く振り袖姿の女性、お年玉をもらっておもちゃ屋の初売りに急ぐ子供たち、里帰りした家族を玄関先で迎える老夫婦。
そんな中、住宅街から少し離れた一軒家、と言っても手入れもされていないあばら家だけは、そんなめでたさとは無縁だった。
窓ガラスは所々割れ、ドアの前にはゴミ袋が乱雑に置かれ、ポストには無数の借金の督促状が突っ込まれている。
家に近づくと、タバコと安酒の悪臭がぷぅんと鼻につく。それは、ここに住んでいる人間の堕落した姿が、住まい周辺にまでにじみ出ているようだった――。
やれやれ、ここは相変わらずだなぁ、と息をついて、私はドアをがちゃりと開けて中に入り、声を出す。
「ただいまー。お父さん、いるー?」
奥の居間、いつもの所に、父はいた。
「誰だお前は……ふん、なかなかの別嬪じゃねぇか、何かい、お前みたいなのが正月早々借金の取り立てか?」
「ってお父さんって言ったじゃない、私よワタシ、菊だってば!」
私の言葉に、父は一瞬固まって目を丸くし、そして思わず腰を浮かす。
「菊……菊かお前。ずいぶん美人になりゃあがって!」
一息入れた後、その顔をしかめて怒鳴り据える。
「三年間も音沙汰無しで、一体どこに行ってやがった、この親不孝者がぁっ!!」
ああ、お父さんの怒鳴り声って、こんなものだったんだなぁ。
「ふふ、別嬪って言った♪」
笑顔を見せてそう返すと、居丈高だったお父さんは、怖じない私に驚いたのか、振り上げかけてた手を止める。
ねぇ、お父さん。私がもし美人になったように見えるんだとしたらね……それはすごい人に出会ったから、なんだよ。
「ほら、お父さん。私、結婚するんだ」
そう言って左手の薬指にはまったリングを見せる。それを見た父はまた目を丸くし、そしてにやりと笑みを見せて、こう続ける。
「ほーう、お前をたぶらかしたのはどこの誰だい。しっかりと結納金を納めてもらわにゃぁなぁ」
小さいなぁ、お父さん。
私があれから出会った人は、本当に凄い人だったんだよ。
「まさか貧乏人じゃぁねぇだろうなぁ……俺が認めなきゃ結婚なんて許さねぇぞ」
ねぇ、お父さん。私が出会った人、麻薬中毒患者すら救ってるんだよ、それも大勢。
「気味悪りぃな、何を笑ってやがる、菊!」
彼女を取られた人を更生させて、ボクシングの世界チャンピオンを生み出して……
「お父さん、相変わらずお酒ばっか飲んでるのねぇ、よくないよ」
戦国時代の英雄が悪霊となって蘇った時も、大地震で現地が被災者だらけになった時も……
「部屋も汚いし、そんなんじゃ不幸になるばっかりだよホントに」
国際テロリストに囲まれた時だって、全然、本当に全ッ然……ブレること無く。
――だから私は、この言葉を伝える――
「相変わらず、お腹の調子も悪いんでしょう? じゃあ……」
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元旦の田舎の村。その庭先で、とある父と娘が向かい合って体操を踊っている。
ラジオ体操では無く、盆踊りの類でもない。スマホか何かから聞こえる音声によると……なんか『快便体操第二』とか聞こえるのに、通りがかった人たちが不思議そうに首を傾げ、やがて足早に立ち去っていく。
そしてそれを、電柱の影から見守る、二人の男の人がいた。
「大丈夫そうですね、よかった」
「ตามที่เราคาดหวังไว้นะ (さすが)」
さわやかな笑顔を浮かべる長身の白衣のイケメン男性と、背は低いながら精悍な表情を浮かべる戦う男。そんな対照的な二人が、居並んで遠目に観るその光景に笑顔を見せる。
その二人の内、どちらの左手の薬指に、菊と同じ指輪がハマっているのか――
それは、この物語をここまで読んでくれた皆様のご想像に、お任せするとしましょうか。
うんこたろう、第一部 ――完――