第四十五話 犯罪ビジネスと、そして――
コーウンさんがジンをKOした後、私たち三人はジンを連れて建物の一番隅っこの部屋へと移動していった。
ちなみにさっき見せた白雲さんの怖い目は、もうすっかり普通のものに戻っている……よかった。
「んじゃ菊門ちゃん、コレ表のドアに貼ってきて」
そう言って渡されたのは『手術中』と書かれた赤いステッカーだった。
ん、手術って?
ドアの目立つところに貼り付けて戻ると、なんか未だ気絶しているジンを長机に乗っけて、そのまま二人で服を剥いで裸にしてる最中だった……。
「な、何してるんですかっ!」
「ま、彼はちょっとやり過ぎたからね。お・し・お・き・♪」
「菊ヲ蹴トバシタノハ、ユルセナイカラネェ」
そう言って、なんか怖い笑顔で全裸にしたジンの手足を布で縛って、長机の上にあおむけに拘束していく二人……ちょっと、ジンまっ裸だし、私女性なんですけど!
「さて、そろそろ来る頃かな。菊門ちゃん。ドアの外に海賊が来たら合図してね」
「へ? べ、別にいいですけど」
意味も分からず、ドアに耳を押し当てて外の廊下の気配を探る。すぐに何人かの足音がこっちに向かって来るのが分かる。
(来ましたよ)
私がそう合図すると、白雲さんは拘束したジンに、何か薬のようなものを嗅がせている……あれって、いわゆる気付け薬?
と、部屋の外に到着した海賊数人が、ドアの張り紙を見て会話を始める。
――手術中? ジンの野郎は貧血だろ、なんでンな事を――
――バーカ、あの男は医者だぞ。んでオトシマエ取るとか言ってたじゃねぇか――
――切り取る気だよ、内臓も眼球も全部な――
――ひえぇぇぇ……俺らより怖いかも――
――んじゃ、明日引き渡されるのって、骨と皮だけ?――
何かえらく物騒な会話が向こうから聞こえる。ってか、あのうんこたろうがそんな事するわけない……
『ンーンー! ンムムムムーッ!!』
って、いつの間にか目を覚ましたジンが、猿ぐつわかまされて必死にもがいてるんですけど……あ、そっか。今の会話が聞こえたんだ。
で、白雲さんとコーウンさんもノリノリで、黙ったままメスとか止血カンシとか構えて、今にも切るぞと言わんばかり身構えてるんですけど……お仕置きってコレのことか。
うっわ、ジン大泣きしてるよ。まぁそりゃ怖いだろうけど、白雲さんそれは絶対しないから。
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「えーっと、もう気配消えましたよ、多分海賊のみんなもドン引きです」
しばしの後、私がそう告げると白雲さんはメスを下ろし、かわりにお腹を撫でて触診にかかる。はい、ここからいつものうんこたろうモードですね。
コーウンさんが猿ぐつわを外すと、ジンはみっともなく命乞いを始めちゃったよ。まぁまだ手足は拘束されてるしね。
「どうです、他人に銃を、つまり『死』を突きつけられるというのがどういう事か、理解できましたか?」
「は、はいぃぃぃ……ごめんなさいもうしませんからぁ」
「菊ニ手ヲアゲタノモ、チャント謝リナサイ」
「は、はいっ!すいません、ごめんなさいですうぅ~」
なんか見てて気の毒になって来たので、「もういいですよ」と苦笑いを返すと、白雲さんは触診を続けつつ、彼の腸内環境を分析する。
「ずいぶん長い事便秘ですよねぇ……ボスの虫垂もタンパク臭がきつかったし、みなさんちゃんと野菜食べてますか?」
「あ、ありませんよぉ……めぼしい畑は全部コカや大麻の栽培に使ってるんです」
「なるほど。肉や魚ばっかり食べてたら、そりゃそうなりますか」
ふふん、と愉悦の顔を見せる白雲さん。どうやら海賊たちの多くは便秘気味みたい。
と、言う事は……絶対アレやるわね、この流れ。
拘束を解かれたジン、すっかり大人しくなっちゃって、白雲さんの質問にも素直に応えていった。
この島はチリ領のイースター島からほど近い場所にある小島で、イースター島の原住民と同じ民族が暮らしていたらしい。なるほど、モアイ像がここにもあるのはその名残かな。
彼らの主な仕事は、いわゆるオレオレ詐欺のオペレーターだそうだ。日本じゃ現場を押さえられるので、海外のこんな所で片っ端から電話して、引っかかる人を詐欺にはめているとか……全く。
あと、ここに住む住民に、麻薬の元になる大麻草やコカの葉を栽培、収穫させているみたい。もちろん強制労働なんだけど、ちゃんと見返りに現金も渡しているので、それなりにはギブ&テイクの関係が成り立っているらしい……犯罪ビジネスの闇を見た気分だ。
ちなみに誘拐はそう頻繁には行わないらしい。頻度が上がると捜査が本格化するのと、警察の罠にはまってGメンなんかを攫って来てしまうのを恐れての事だとか。
「アンタ、ウンコ体操とかしてただろ。さすがに警察がンなことやるわけ無い、ってボスの判断だったのさ」
あー、被災地で私が快便体操踊ってるのをSNSで拡散されて、それで狙いを付けられたんだ……ネットって怖いなぁ。
「ちなみにこの人、タイの英雄なんですよ。ボクシング世界チャンピオンのフンサイ・ギャラクシアンさんです」
「え”、えぇえぇええーっ!?」
「ちょ、白雲さん! そんなことバラしていいんですか?」
素性なんてバラしちゃったら、それこそまたあの海賊たちがもっかい身代金を、そっちからも取りかねないんじゃ……。
「マジでかー、あーなんか強かったわけだ。なるほど……アンタじゃ人質にはならねぇな、有名人すぎて」
「え……どういう?」
「タイの国そのものを敵に回す事になる、という事ですよ」
話を聞くに、誘拐ビジネスというのは表沙汰にしないことが何より重要なんだとか。下手に有名人、特に政治家や国のスターなんかを誘拐しちゃうと、その国が救出や組織の撲滅に本気出すし、彼らを助けた功労者になろうと普通の人たちが張り切って捜査に協力し出すとかで、いわゆるネット警察をも敵にまわしちゃう、という事みたい。
「貴方は明日、海賊たちに引き渡します。言うまでもありませんが、そうなれば間違いなく殺されるでしょう」
白雲さんのその言葉に、部屋の空気が重くなる。そう、ジンは組織を裏切ってクーデターを起こしたのだ、このままじゃあいつらに消されるのは目に見えている。
「今話した情報、彼がタイ国のヒーローだという事は貴方しか知りません。この情報を生かして、何とか生き延びる方法を探ってみなさい」
「は……はひっ! やります、やってみますっ!」
ああ、なるほど、それでコーウンさんの事をバラしたんだ。いくらこの悪党でも、放置すれば殺されるのを見捨てるような白雲さんじゃない。
だから彼に情報を与えて、それを明かす事で命乞いの材料にしようというわけか……全くこのヒトは。
まぁ、私も知ってる人が殺されるなんて、気分のいい物じゃないけどね。
◇ ◇ ◇
『快便体操第一~、はい、まずは深呼吸から。お腹に目一杯空気を吸い込んで~♪』
翌朝、私たちと海賊の面々(ボスは傷が塞がっていないので欠席)、そしてジンは東側の海岸、モアイ像が立ち並ぶその砂浜で、快便体操を元気に踊っていた。
顔を合わせた時はジンが生きている事に驚き、殺気立ってもいたが、白雲さんの「みんなの便秘を直しますよ~♪」の一言に「……お、おう」「そんじゃ後回しでもいいか」と矛を収めていく。
どんだけ便秘で悩んでるのよ、この海賊団は。
まぁ案の定というか、快便体操の途中で海賊たちが一人、また一人と便意を催して、そのへんの茂みにスコップを持って分け入って行ったんだけどね。
ちなみに私と白雲さん、コーウンさんは事前に済ませていたから最後までその場に居て、用を足して戻って来た人達を出迎える。
「ふわあぁぁぁぁ~~、シアワセ」
「めっちゃスッキリして、力が入らねぇ~」
「はあぁぁぁぁぁぁ……出たなぁ」
戻ってきた海賊たち、まぁ見事に言葉通り『毒が抜けた』状態で、清々しい表情を見せながらご満悦の様子だ。
うん、まぁ分かる。私もそうだったしねぇ。この空気なら、ジンがすぐに殺されるって事は無さそうだ。
「いやぁ、流石だぜ先生よぉ、たまりにたまった物が全部出ちゃったよ、HAHAHA」
海賊の船長、リマッツ・レイトンさんも戻って来て、白雲さんに笑顔でそう語る。うん、これはもう誘拐犯と人質には見えないなぁ、これなら解放もスムーズに……
――そう思った時だった。世界が瞬時に暗転し、闇に包まれたのは――
「な、なんだ!?」
「真っ暗じゃねぇか、日食……じゃねぇ」
「かっ、体が……動かないっ!?」
何が起こったのか、誰も理解できないでいた。
水平線の朝日が黒い光を放ち、世界の明と暗が反転している。そして私の体は、まるで金縛りにあったかのように、ほぼ動かす事が出来なくなっていた。
それは他の海賊たちも、そして、白雲さんやコーウンさんも同じみたいだ。
「これは……何が、起こってるんですか!」
「ทำไมมืดไปหมดเลย.(なんで周り全てが暗闇に!?)」
一体何が起こったのか。世界は闇の光に覆われ、私たちがその場に固められてしまっている。光と言う光が消え、それでも人物や景色は何故かはっきりと見えていた。
なにこれ、なんなの? 核爆発? 超新星の放射線? それとも……神様の怒り?
そして、その空間に、まるで街灯のように、等間隔に並んだ緑色の明かりが灯る。
――ナゼ、ソノヨウナモノヲ、タスケルノカ――
声が、響いた。
『聞こえた』んじゃ、ない。
まるで自分の胸の中に、直接叩き付けるような、その声が。
私が、みんなが、その『声の圧』がした方に目を向ける。
すなわち、緑色の目を不気味に輝かせる、居並んだモアイ像の群れに
!
――コタエヨ、ナゼ、ソノヨウナモノヲ、タスケル――
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※タイ語指導、土岐三郎頼芸様。
いつもありがとうございます。