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第四十一話 うんこたろうが来る。そして……

「落ち着いたかい、お嬢ちゃん」

 海賊船の船長さん、おそらくここのボスに次ぐNo2の立場の人だと思われる白人男性が、私にそう気遣いの言葉をかけてくれる。


「あ……はい。もう大丈夫です」

 あれから私は泣き崩れてしまって、しばらくまともに思考が定まらなかった。だって、私の人生で、あそこまで他人に心配され、必要とされたのって多分初めてだったから。

 すっと自分に自信がなかった、価値が無いと思っていた。だからいつ死んでも誰も悲しまないんじゃないかと思ってて、ここに誘拐されて来てもどこか受け入れている自分がいた。


 でも、そうじゃない、そうじゃなかった。


 たった5分足らずのあの動画が、その中に映っていた白雲さん(うんこたろう)が、はっきりと私が必要だと言ってくれたのだ。

 嬉しかった、涙が止まらなかった。私という人間に、初めて()()()()()()とすら思った。


「だったらサッサとしやがれ! ったくよぉ、甘ったれが!」

 そんな私の態度に多くの海賊たちは気を使ってくれたんだけど、このジンという日本人だけはそんな私の態度が気に入らないらしく、私に対して当たりがやたらキツい。


「はい、すいません、もうOKです」

 立ち上がって皆にそう告げる。これから彼らは白雲さんが用意した身代金の受け取りと、私の解放への準備にかからなきゃならない。


 その方法は、彼らが用意した通信サーバーにて、直接白雲さんと映像を介して話し合うというものだった。


 さすがに彼らも受け渡しには慎重だ。動画のやり取りじゃ他の誰かに見られる可能性もあるし、移り込んだ背景なんかで特定される危険もある。なので専用のサーバーを使っての秘匿回線で細かい詰めを行うというのだ。


 で、その条件として、生きている私を画面に映すというのが白雲さんの出した条件だ。なので私も出演して何らかのリアクションを取らなければならない。白雲さんに、私が無事だという事を示す為に。


 そして、もうひとつ。

(どうすれば……白雲さんを危険にさらさずに済むだろう)


 受け渡しの方法はまだ分からない。でも、もし万が一白雲さんが二重に拉致されて危険な目に合うのだけはさせられない。私にあれだけの事を言ってくれて、お金まで用意してくれた彼を危険な目に合わせる訳には、絶対に行かない!



「じゃ、始めまずぜ」

 ジンの合図に従って、私以外の全員が変装を始める。サングラスやマスクで顔を隠す者、レスラーみたいな覆面を頭からかぶる者など、各々が正体を特定されないようにしていく。


「3,2,1……スタート!」

 その合図と同時に、真ん中の机に置かれたタブレットに、ぱっ、と白雲さんが映る。その際に置かれたカメラの先には、ボスを中心に数名の海賊がどっしりと構えている。

 私はまだ画面に映る事を許されていない。ある程度交渉がまとまってからお披露目とするみたいだ。


「待たせたな、コタローだったか」

『うんこたろうで結構ですよ。さて、早速本題に入りましょう』


 画面を挟んでだけど、海賊たちの貫禄にも負けない白雲さんの毅然とした態度が感じられた。いつも通りに礼儀正しくながら、悪漢たちにも飲まれる事無く交渉を煮詰めていく。


『分かりました、明日の17時にその海域に伺えばよろしいですね』

「ああ、迎えを寄越すから、それに乗って来てくれればいい。念のために言っておくが、尾行や衛星監視、ドローン、通信機器なんかを確認したら即、人質の命は無いと思えよ」


 受け渡しの計画が詰められていく。私を誘拐して乗せてきた海賊船がチリ沖の特定ポイントまで出向き、そこに船かなんかでやってきた白雲さんをお金ごと回収、後は目隠しされた白雲さんをこの島まで連れてきて、一切の騙しや小細工がなかった事を確認した後、私と一緒に開放するということになった……


 なって、しまった。

 つまり白雲さんも、彼らに確保されてここに来てしまう、という事なんだ。

(どうしよう……このままじゃ、白雲さんも危険な目に)

 

『それでは、門田菊さんの無事な姿を見せて下さい』

 画面の向こうの白雲さんがそう告げると、ジンが「オラ行け」と私を突き飛ばす。私は構わずカメラに正対して、もう懐かしさすら感じるあのイケメンさんと、ようやく対面できた。


「白雲さん……あの、すみません、こんな事になっちゃって」

 カメラに頭を下げる私。と画面の向こうからは「どはーっ……」という深いため息の音が聞こえて来た。

『良かった、良かったぁ~、菊門ちゃんが無事で』

 ぱっと花が咲いたような笑顔で、でも目には涙をためたその表情で、本当にうれしそうにそう返す白雲さん。

「うん、うん! 元気です。本当に、ご迷惑をおかけしましたっ!」


 でも……このままじゃ白雲さんも、ここで危険な目に合う、かもしれない。

 どうすれば、どうすれば……


「あ、あの、白雲さん」

 咄嗟に頭によぎった事があった。「はい?」と首を傾げる彼に向けて、私はある提案をする。

「こ、ここのリーダーさんなんですけど、最近うんこが不調でお腹が痛むらしいんです。なので来たついでに、()てあげてくれませんか?」


「余計な事喋ってんじゃねぇっ!」

 次の瞬間、私はジンに蹴り倒された。横倒しに地面に叩きつけられ、全身に痛みが走る。


「止めねぇか、ジン!」

 ボスが一括して止めるも、ジンの不機嫌は収まらない。「ケッ」と毒を吐いて私を見下ろすと、そのまま背中を向けて部屋の隅に行った。


『手荒な真似は止めてください』

 あくまで紳士的に対応する白雲さん。でも、その言葉のトーンには明らかな怒りの感情が込められている……付き合いの長い私でなければ分からないだろうけど。


「ああ、すまねぇな。ウチの連中は短気でなぁ……それより、今の提案面白いじゃねぇか。是非診察してもらえねぇかなぁ」

「ボス! 何言ってんですか!!」

「ジンよ、分からねぇか? あのあんちゃんがサツや軍人、エージェントの可能性もあんだぜ、立派なガタイしてるしなぁ」

 そのボスの言葉に、うっ、と言葉を詰まらせるジン。


「だったらよ、診察させりゃニセモンの医者ならボロが出るだろうよ」

「おお!」

「そいつはいい、もし本物の医者ならボスの病気も良くなるしなぁ」

「ニセモンだったら叩き殺せばいいだけだし……俺もちょっと見てもらうかな」


 ボスの言葉に周囲の皆が同意する、ジン以外にはおおむね好評な提案だったようだ。

 そう、これが私の狙い。白雲さんのあのお人好しな性格で、ここのボスの病を癒して貰えば、ぐっと印象が良くなるだろう。身代金に加えて治療まで出来れば、無事に返してもらえる可能性はぐっと上がるかもしれない。


『ご安心ください、私は腸内医療のエキスパートです。』

 ほら乗って来た、さすがうんこたろう。


『では、少し問診させていただいてよろしいでしょうか』

「ん? ああ、構わねぇが」

 で、早速ボスとの問診が始まっちゃった。こうして見てるとホントに通信を介しての在宅診療そのものだ。


 幾多の問診を終えると、白雲さんは幾分深刻な表情で、ボスにこう返した。

『考えられるのは寄生虫のアニサキス、腸チフス、盲腸炎などが考えられます。最悪手術を要するかもしれません』

「かっかっか、そいつぁ大変だぁ。こんなトコでそんなもん出来んしな」

『いえ、現代医学ならそちらで手術(オペ)も可能です。無菌状態を作り出すエアーバッグの持ち込み、および助手1名を同行させて頂ければ……』


 ボスはふむ、とアゴをひねって考え、そして返す。

「助手について条件がある。女は駄目だ、サツのエージェントの可能性もあるからな。必ず男で、かつ身長160㎝程度の華奢(きゃしゃ)なヤツを用意しろ、それなら見た目でサツかどうかがすぐ分かる」


(えええええ!? ちょっと白雲さん! うんこたろうの使命に囚われすぎてなんか間違ってるよ、これ以上人質を増やしてどーすんの!)


『分かりました。出発前にその助手と、医療道具一式の映像をお送りします』

 うわぁ……白雲さん、目的が入れ替わってない?


 結局通信はそこで終わった。なんかもう状況がより悪化した気しかしないんですけど……こうなったらボスの人の腹痛がスムーズに治るのを期待するしかないなぁ。


―――――――――――――――――――――――――――――


 6時間後、白雲さんからのメッセージが届き、再度こちらからの回線を開く。


『こちらが助手のラッキー・スペーシアンです。後ろにあるのが医療用の道具一式です、どうぞお改めを』

 広げられた医療道具一式と、白雲さんの隣に控える白衣の男性を見て、ボス以下の海賊一同はふうむ、と安堵の息をつく。医療道具はメスや注射器など武器になるものも包み隠さず示しているし、助手の人は背が低く、ベビーフェイスに丸眼鏡をかけているのもあって、とても刑事やエージェントの変装には見えなかった。


「OKだ。じゃあ予定通り17時に迎えに行く。ただし、そこでその助手が別人になってたら……分かってるな!」

『もちろんです、彼は優秀な助手ですからねぇ、では後程、海の上で』


 通信が切れた後、海賊一同は今回の仕事が上手く運んでいる事に気を良くしつつ、身代金の受け取りに動き出す。


 ただ一人、私だけが、()()()()()()()()()()に、呆然と固まっていた――




(なんで……なんで貴方が助手なんですか……()()()()()()っ!?)


 画面に映っていた助手と言う人物。丸眼鏡で変装してはいるが、それはまぎれもなく、ボクシング世界フライ級チャンピオン、フンサイ・ギャラクシアンその人だった――

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