第四十話 地獄で見つけた、はじめての幸せ
数人の強面の男たちが、銃や短剣を構えてたむろしている。その中央には、服をはぎ取られて下着姿になった女性が一人、胴を縛られた状態で涙ながらに訴える……。
カメラに。
『お願いします……私は死にたくないです……どうかこの人たちの要求を飲んでください、お願いします……お願いです』
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「はいオッケー。ナイス演技じゃないか」
「あ、はい……どうも」
いや、わりとマジでやりましたけど、助かる為に。
絶海の孤島の海賊のアジトにて。ネットに流して身代金を要求する為の動画の撮影を無事に終えて、下着姿の私、門田菊はようやく胴巻きにされている縄をほどいてもらい、脱がされていた服を返してもらって、いそいそと着込んだ。
身代金誘拐をされた私が助かる為に出来る事といえば、極力彼らを刺激しないように、かつ彼らの望み通りになるように行動するしかない。
ネットに流す脅迫動画の撮影も、どうせやらなきゃいけないなら下手に殴られたりするより、上手く演技して身代金を出してもらうように行動したほうが得策なのは明らかだ。
ただ、私の身代金を出す人が果たしているのだろうか。田舎のクソ親父は論外、ボランティア団体の『white clouds』も個人の集まりだし……最悪日本政府が出す事になるのかなぁ。
もしそうなれば無事に助かっても、私がその負債を背負う事になるかもしれない。払えるわけ無いんだけどね……。
白雲さんはどうするんだろう。一応私の雇い主だし、会社として少しは出してくれるんだろうか……でもそうなったら間違いなくクビだろうなぁ。どんだけの損失を出す事になるやら。
ちなみに要求額は100万USドル、だいたい日本円にして一億五千万円くらいだそうだ。まぁこれは最低額で、状況によってはさらに吊り上げる気満々だ。逆にもし交渉人とかを介して値切りなんかしたら、次の動画には殴られたり斬られたりした私の映像が映し出されるだろう、仮にも彼らはテロリストなんだから。
「OK、ボス。ネットにアップしましたぜ」
「ご苦労。さて、いつコンタクトを取って来るかなぁ」
ボスの人がニヤリと顔を歪めて私を見る。彼も周囲の連中も、どう見ても気の長い方じゃない。身代金要求に対する返信が長引けば、私がどうなるかはお察しだろうな。
ちなみにアップしたのは一応、裏関係のアダルトサイトだ。犯行声明なんかをアップするお約束の裏サイトらしく、一般の人が閲覧する事はそうないのだとか。
逆に今回のような事件があった時には、その手の捜査官なんかがそのサイトを通じて犯人からのコンタクトを待つらしい。
とはいえ早くても1~2日はかかると見てるようだ。彼らの会話からして、事実の確認や私の身元の確認、交渉人の選出なんかに時間を食われるみたい。
なんていうか……手慣れてるなぁ。ニュースにならないだけで、度々やってるんじゃないかと思うぐらいの手際の良さだ。
「って、ボス! 早速来ましたぜ」
「オイオイオイまじかよ、まだ10分も経ってないぞ」
その報告に、悪漢たちと一緒に目を丸くする私。えええええ? 私が行方不明になってからでも、まだ二日しかたってないのに、もう?
「動画でメッセージ来てます、再生しますぜ」
あの日本人、ジンとか言った男がタブレットを机に立てて再生を始める。果たしてその画面に映ったのは――
白雲 虎太郎。
まぎれもなく、あの「うんこたろう」だ。
『門田菊嬢を保護してくださっている皆さん、私は彼女の上司である白雲 虎太郎です』
画面に向かって軽く会釈した後、白雲さんは背後のアタッシュケースを指して言葉を続ける。
『必要な引き取り経費は早速用意させました。受け渡しと彼女の引き取りの指示をお待ちしています』
そう言って背後のアタッシュケースに向かい、それを画面から見えるように開ける。中には札束がぎっしりと、整然と並んで詰まっていた。そのうちの一つをつまみ取ると、画面に掲げてパラパラとめくってみせる。
「へっ、話が早そうじゃねぇか」
めくられた紙幣が全て100$紙幣なのを確認した悪党の一人が、嬉しそうにそうこぼす。
「もう少し吊り上げてもいいんじゃないですか?」
「アホウ、そいつは出し渋った奴にやるこった。素直に出す相手には、ゴネてておじゃんになる前に決めちまうもんだ」
『ですが、一つだけ条件があります』
って、言ってる側からゴネてる! 止めて白雲さん、せっかく上手く行きかけてるのに……。
『返信動画にもう一度、必ず門田菊さんの無事な姿を見せて下さい』
……え?
『私の要求はそれだけです。彼女を無事に保護し、貴方達にお金を支払う、それが望みです』
その白雲さんの表情は、今まで見た事がない程に真剣で……そして――
動画はそこで終了した。
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「ふん、よかったじゃねぇかお嬢ちゃん。なかなかに話が早くて、って、おい?」
周囲の男たちがざわついているのが分かる。
でも、私は……私は、そんな事に構う余裕が、なかった。
「ぐすっ、ひっ、ひっく……」
止まらない。目からこぼれる、熱いものが。
『必ず門田菊さんの無事な姿を見せて下さい』
今まで、私の人生で。
ここまで真剣に、大事にされて、心配されて……
「うえぇぇぇぇぇ……びえぇぇぇぇぇ~ん」
あんなに、今まで見た事の無いほどに、真剣な表情で……あんな、私には全然釣り合わないほどのイケメンさんが――
私を。
「うわあぁぁぁぁぁーっ、うえぇぇぇぇぇーんっ!」
助けようと、してくれる。
幸せで、勿体なくて、どうこの喜びを表現したらいいか、全然分からなくて――
「ひゃくうんはんの……ばかぁーっ、この、うんごだろうーっ! アハ、アハッ、グズッ……」
私は、ひたすら喜びに、身の丈に合わない幸せに、ただ泣き崩れた――