第三十五話 ヒーロー、集う
ニューヨーク米軍基地からチリへと向かう軍用輸送機の中にあるミーティングルーム。
ここで十名以上の精鋭たち、それぞれ国籍も人種も肌の色も違う者たちが地図を囲み、各々のタブレットを睨んで現地に着いてからの動きを見据えて、お互いの協力体制と情報交換を次々と進めていく。
「Which supermarkets might be able to provide supplies?(物資を出せそうなスーパーは近くにあるか?)」
「Combien de victimes de catastrophes ont besoin d’abris d’évacuation dans chaque endroit ?(避難所の必要な被災者の数は?)」
「識別周邊嘅犯罪集團同埋窮人嘅位置同人數!(周囲の犯罪者グループ、および貧困層の位置と数を特定せよ!)」
「Sichern Sie eine Station für die Unterstützungskräfte jedes Landes(各国支援部隊の駐留所を確保)」
「津波の届かない地域の下水で生きている所を特定。その付近の家にトイレの解放の依頼と報酬額の算出を」
そんな中に我らが白雲さんもいる。彼らは皆、災害支援においての、それぞれの部門でのエキスパートたちらしい。
混乱を防ぐための警備や治安維持、周囲の食料品や生活用品店に対しての交渉人、命の危機に瀕している被災者を救うライフセイバー、現地の人たちへの協力を担うヘッドハンター、最低限のインフラや物資搬入ルートを確保する広域工事の専門家、混乱に乗じて犯罪を犯す組織に対する抑止力を持つ実力者、そして当面の活動資金を保証する有名企業の代理人。
信じられない事だが、彼らは全員がボランティアとして集まったのだ。ある人はアメリカ国内在住の外国人で、また別の人は私たち同様に他国から駆け付けていた。
この『|white clouds』と呼ばれる災害支援チーム。今から15年前の東日本大震災の時に、その場に集まった各国のボランティアの皆で結成されたのだとか。
というか、元々アメリカ軍にはそういう案があったらしい。国や軍隊に比べて初動が早い民間人の特派員を確保しておけば、災害があった地域により早く救援、復興の指導者を送り込める、というのが狙いだ。
が、最大の問題は衛生面の担当者だった。つまり被災者や支援者のトイレをどうするかという問題に対する有識者など早々いるはずもない、ボランティアなら尚更だ。
……そこにいたんですよねぇ、うんこたろうという逸材が。
かくしてこのチームは白雲さんの名を取って『|white clouds』と名付けられたんだとか。そして震災以来、世界中の災害や紛争の混乱に際して、いち早く現地に飛んで多くの人命を救い、支援がはかどるように活動を続けて来た……との事らしい。
どんだけですか、うんこたろうさん。
「菊門ちゃん、方針は決まったよ。私たちは被災地に到着したらまず、周囲の民家に被災者へのトイレやお風呂の提供をお願いして回る事になる。さぁ、今からスペイン語のお勉強の時間だ」
「わ、わかりました……頑張ります!」
今回の地震、チリ北部の沖合を震源とするマグニチュード8クラスのものだと報道されている。チリ国民はかつての世界最大級のチリ地震を経験しているだけあって、今回の地震にも比較的被害を少なく抑えられているらしい。
ただ、北部の都市ルタルタ辺りにはかなりの高い津波が押し寄せて、家屋の倒壊がかなり酷いことになっているそうだ、なので私たちもまずそこに向かって、現地で救援活動をサポートすることになる。
この輸送機にもそれなりの数の仮設トイレは積まれているらしいけど、もちろん全然足りるはずもない。なので流されずに済んだ高台エリアの家に協力を求め、トイレや水道を共用して使わせてもらう許可を取り付けるのが最初の仕事だ。
ちなみにその仕事には建築のプロの人と、資産家の代理人の人もいっしょに回ってもらう事になっている。
いかに震災時でも自分の家にズカズカと他人に上がられるのは誰でも嫌だろう。なのでトイレやバスルームの外側の壁に穴をあけて、そこだけを使わせてもらうようにするんだとか。確かにトイレとかお風呂って、たいていは外壁に面しているよねぇ。
もちろん許可頂いたご家庭には、後の家の修理費も合わせて高額の謝礼を支払う事になる。そのために大企業の資産家の人に交渉をお願いするというわけだ。
具体的には、もう一軒家が建つくらいの額が支払われるとかなんとか……もちろんその企業はそれを美談にして、自社のアピールをするというわけだ。うーん、巨大企業はソツがないなぁ。
◇ ◇ ◇
アメリカを発ってから約9時間、ついにチリ国の領空に入った。ちょうど夜が明け、東の空が白むのを感じながら飛行機の中で入国手続きを行う。こんなすっ飛ばしの手続きが出来るあたり、さすが世界のアメリカ軍だ。
「さぁ、間もなく到着だ。みんな、頑張ろう!」
「Fight! Let's do our best」
「Geben wir unser Bestes」
「我哋盡力啦」
「มาทำให้ดีที่สุดกันเถอะ」
全員が拳を突き出し、円卓の中央でゴツンと拳を合わせる。私もそれにならい、「がんばります」と控えめに声と手を出す。
助手とはいえ、私だけなんか明らかに格下な気がするんですけど……。
やがて飛行機はローカル空港、エントフェガスタに着陸の体制を取る。
私は思わず窓から、異国の地を覗き込んで……絶句した。
見えた景色は、日本に比べて遥かにカラフルな家々、鮮やかな極彩色がちりばめられた――
――町一面の瓦礫、だった――