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第三十四話 人間力(マン・パワー)

※本作はフィクションです。実在の人物、国家、軍隊などには全く関係ありません。

「悪いね菊門ちゃん、埋め合わせは必ずするから」


 そういって私の誕生パーティを切り上げた白雲さんの行動は本当に早かった。一度ビルに取って返すと、私に数日分の着替えとパスポート、あとスペイン語辞典を持たせ、自分は電話やタブレットを使ってあちこちに連絡を取りつつ、航空機のチケットを取って一気に成田空港までやって来た。


「え、えっと……本当に今からチリまで行くんですか?」

「ああ。忙しくなるから、飛行機の道中で十分に体を休めておいてくれ」


 そう返してから私たちの搭乗手続きを済ませ、あっさりと飛行機の中にまで連行される。


 フライト中、私が簡単なスペイン語(チリの母国語)を暗記している間にも、白雲さんは調べ物をしつつ機内のTVを細かくチェックしている。報道されているのはやはりチリの地震のニュースがメインだ。


「あの……現場まで行って一体何を? 仮設トイレでも設置する、とか」

「大正解! って言うかそれもあるけど、まぁ色々ね」

「いろいろ?」

「もちろん災害支援さ、こういうのは()()()()だからね」

「え、災害支援って……白雲さん、そんな事までやってるんですか!?」

「うん。東日本大震災以来、国内国外を問わず、なんかある(たび)あちこち飛び回ってるよ」


 白雲さんは語る。地震や大規模火災なんかで大勢が避難所生活を送る事が予想された時は、まず自分が無駄足を覚悟で現地に行くようにしているのだとか。


「大規模災害があってから現地への移動が困難になるまで、ほんの少しのタイムラグがあるんだ。その隙間にスパッと現地に到着できれば、後々の支援が凄くスムーズになるんだよ」


 国や政府の災害支援というのは、どうしても後手後手に回る事になる。特に日本みたいな民主主義国家なら、国会決議を通さなきゃいけないから尚更らしい。

 そんな時、いち早く現地入りして情報を送り、必要な物資や人材を正確に伝えられる人がいれば、より多くの被災者を助けられるだろうと言うのだ。


「……っていうか白雲さんが、なんで?」

 そう。公務員でも自衛隊員でもない一介のお医者様が、なんでわざわざそんな国家の先兵みたいな仕事を? まぁ鐘巻さんとの関係からして、国とも少しはパイプを持ってはいそうだけど。


「あはは、私が何者かはよく知ってるハズじゃないのかな?」

「えーと、ウンコの達人っていうくらいしか」

「そう。で、避難生活で大事な事は?」

「えーっと、食料と衣類、住むところ、あとは……あっ!」


 あった。この人の適材適所が。この人しか出来ない仕事が。


()()ッ!」

「ご名答」


 そうだ、少し考えて見れば分かる事じゃない。被災した人たちが避難キャンプや仮設住居で暮らすとなれば、当然健康に対する影響が大きくなる。食事も入浴も、手洗いすら不自由になるんなら尚更だ。


 そして、その中でも極めて大きなウェイトを占めているのが『排泄』なんだ。トイレ事情が悪化すれば、そこかしこで用を足す人も出て来るだろう。そうなれば悪臭だけでなく、虫が湧いたり細菌を育てたりと、良くない結果を生むのは目に見えている。


「それだけじゃない。被災地で求められるのは人間力(マンパワー)なんだよ、つまり無傷で生き残った人たちの人手は貴重だ、そんな人たちが()()()()()()()()をしてたら、それだけで貴重な時間とマンパワーを食いつぶしてしまうだろう?」


 ああ。この人は確かに『うんこたろう』だった。その真の実力って言うのは、こういう災害の時にこそ発揮される、いや、()()()()()力なのかもしれない。


 日常で誰もが行っている『排泄』という行為。それは非日常となった時、食料と並んで最も()()()()()()ものなんだ。単に順番待ちや衛生の問題だけじゃなく、環境が苛酷になれば、便秘や下痢、腸炎なんかを発症しかねない。


 それはすなわち、現地の人たちや支援者たちの『元気』を奪ってしまうんだ。


「出来ますか? 私にも、現地の人たちを()()()()()事が!?」

「それが分かっているなら大合格だ、君を助手にして良かったよ」


 そう。快便と言うのは人を幸せにする。それはすなわちその人の人間力、復興への気力を湧き起こす元になるのだ。


 そしてこの人は、その道においての、まさにエキスパートなんだから。


  ◇        ◇        ◇


 中継地であるニューヨーク国際空港に着いて入国手続きを済ませたと同時、私たちの元に数人の黒服の男性がやって来た。いずれもサングラスをかけ、立派な体格をした大男たちだ……ちょっと怖い。


「Hey、ウンコタロー、お待ちしてましたヨ」

「やぁジョニー、去年の山火事以来だね」

 たどたどしい日本語を話すリーダーらしい黒人男性とハグを交わす白雲さん。お出迎えの人にしては格式高そうな人だけど……。


「こちら助手のミス・キク。菊門ちゃん、こちらはアメリカ軍医のジョニー・アルナド司令官だよ」

「は、はじめまして。キク・カドタです……って、アメリカ軍!? しれいかんっ!!?」


 そこからヘリで米軍基地まで飛んで、なんかずんぐりむっくりした軍用機に乗り込む羽目になった……ああ、災害直後のタイムラグにスパッと現地到着するって、つまり、こういう……。



 見た目の武骨さとは裏腹に、すごく静かに離陸していく軍の飛行機。


 目指すは地球の裏側。日本と同じ南北に長い、太平洋プレートに面した地震大国、チリ――

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