第二十八話 地下へ――
「おんさばらんさんまくさーだー、にんでとろんさんまくさーだー……」
「あくりょうたいさんあくりょうたいさん……ひいぃぃぃ、何か白いのが飛んでるうぅぅぅ」
ここは東京の、皇k……やんごとなき御身分の方々の住まうお城の地下深く。幽霊や人魂の飛び交う地下迷宮にて、霊妖払い師の表川さんと我らが白雲さん、あと助手のツルネさんと私は、お国から依頼されて悪霊を鎮める為にこの地下に潜り続けているんだけど……男二人がなんかうるさい。
「はい、飛んでますねー」
「キクちゃん、怖ないん?」
驚いた様子でツルネさんがそう聞いて来る。いやべつに害もなさそうだし、何もしてこないなら田舎のDV親父の方がよっぽど怖い。
「まぁ私の実家って有名な幽霊トンネルの出口でしたし、最近まで住んでたボロアパートにもよく浮かぶシミが3つの黒点が目と口に見えたり、気がついたらそれが天井やフスマや床にびっしりついてたりしたけど、特に実害もありませんでしたから」
「……こんな所に逸材がおるわ」
私の話を聞いたツルネさんが目を細めてそう嘆く。話を聞くに彼女も一応は神社の娘で、霊や妖には結構縁があったみたい。
そんな縁もあって彼女は表川さんに弟子入りしたそうで、その偽りのない霊能力にすっかり惚れ込んで、押しかけ弟子となったそうだ。
まぁ信じない人がそんな話を聞いたら、信仰心を煽る為の嘘だとしか思わないだろう。事実、ここに来るまでの白雲さんがそうだったしね。まぁ本人は現在このザマなわけですけど。
私はと言うと、まぁ、うん。幽霊や妖怪よりも怖い人間も結構見て来たし、貧相で不幸な私には憑りつく魅力が無いのか、何度か見た気がするそれらも全部私をスルーして行ったので、別段怖いとは思わない。
こないだ飛び込もうとしたあのドブ川からも、中からいっぱい手が出てきてオイデオイデしてた気がするし。
「両極端なコンビだな」
「ほんまになぁ」
なんか仰々しい門に辿り着いた時、表川さんとツルネさんが私達を見てそう漏らす。白雲さんは私の両肩にしがみ付いて震えてるし、私はそんな激レアなシチュエーションを結構楽しいと思ってしまってる。だって仮にも長身のイケメンに頼られてるわけだし。
「さて、この門の向こうが本番だ! 気を締めていくぞ!!」
全身に怪しげな御札や数珠をぶら下げた表川さんがそう告げると、私の後ろの白雲さんがビクッと身を縮める、肩に伝わる震えがますます早くなってきた気がするなぁ……今度お化け屋敷にでも誘ってみようかな。
ちなみに今回のお仕事、天no……やんごとなき御方からのご依頼で、宮〇省を通しての正式な国からの指定らしい。白雲さんがうんこのスペシャリストであるのと同じく、表川さん達もその道の達人みたいだなぁ。
この門の向こうには日本有史以来の偉人や英雄、また大罪人なんかの良くも悪くも大人物の霊が何年かに一度、場所や時代を飛び越えて霊験あらたかなこの場所にやって来るらしい。
それを陛k……やんごとなき身分のお方が夢見で予知して、除霊師に依頼しているという訳だ。
うーん、こんな大仕事に私たち素人が立ち入ってもいいのかなぁ?
「行くぞ!」
表川さんがその重々しい木造りの扉にかかる角材のかんぬきを外し、シンプルなデザインの青銅色の鍵を鍵穴に差しこみ、両手を合わせて口上を述べていく。
「畏まって候! 天照の神より連なる御方に惹かれて降臨あそばされし御霊よ、古来よりの教えに従い、安らぎの浄土へと導かれんことを!」
その呪文が終わると同時、刺さったままの鍵が誰の手も触れずに、がちゃりと音を立てて半回転した!
「開門、かいもーんッ!!」
その言葉に応えるかのように、古い木造りの門扉がぎぎぃ、ときしみながら勝手に開いていく。私はその先に何があるのかをちょっとワクワクしながら見ていた。
だけど、それは私だけだった。
表川さんもツルネさんも、そして後ろで震えていた白雲さんも、その先の光景に目を丸くして驚いていた。
「な、なんだ……これは!?」
「おかしいで、祭壇もお神酒もあらへん、前までと全くちゃうやないか!」
その世界は青かった。暗闇の洞窟の岩肌のそこかしこが青く発光して、私たちを照らし出していたのだ。天井から下がるつららも、そこから落ちていく水滴も、青く怪しい光を発し続けて……
その時だった。今空いたばかりの『門』が、私たちを飲み込むように通過して、そのまま遥か後方に消えて行ったのは。
「「え?」」
全員が固まって声を出す。私たちの後ろに飛んで行ったのは門だけでは無かった。なんと洞窟が、景色が、目に映る全てが前から後ろに猛スピードで私たちを通り過ぎていく……まるであの門の先の世界に落ちていくかのように。
「な、なんと言う霊圧ッ!」
「ウチら、ヤバい所に引きずり込まれとるんちゃう?」
ツルネさんの言う通りだ。まるで私たちの意志とは無関係に、洞窟の奥へ奥へと引き込まれているかのようだ……立ったままなのに。
どのくらい高速移動を続けていただろうか。やがて景色はゆっくりと減速していき、そしてスゥッ、と停止した。
目の前にあったのは、祭壇。
そして、朱色に塗られたお盆の上に横倒しになっている、白磁のとっくり。
『サケハ……マダカ』
全員がびくぅっ! とその声に反応する。無理もない、まるで心を直接ネジられるかのような響きを持った、不快と怖さを持った音色だったから。
『ナラバ……キサマラヲ……ノミホソウ』
ブン! という響きと共に、地面が赤く、丸く輝いた。まるで月食の時の月のように、赤くかつ寒々としたその色が、私たちを足元から上に照らし出している。
思わず後ろを振りかえる……でも、私たちがくぐって来た、あの門は、もう無かった。
その先にあったはずの、私たちの『日常』さえも、もう今は遠く感じて――