第二十七話 霊妖祓い師vsうんこ研究家
昼下がりの時間、おなじみの居酒屋[ベン]にて。
私と、今をときめく有名霊媒師の舞鶴ツルネさんはカウンターに並んで座って、料理を堪能しつつ親睦を深めていた。
「え、ええええっ!? 本当はツルネさんじゃなくって、あの人が陰陽師?」
「あはは、実はほーなんよ。あ、これ内緒でな」
ツルネさんと相方の男性、表川さんは通称『霊妖祓い師』を名乗るコンビだが、実はその能力があるのは表川さんの方で、ツルネさんはあくまでアシスタントなんだとか。
ただ、ある政治家の悪霊を祓った時から話題になっちゃって、専属になったTV局から『女性の方が絵的に映えるから』という理由で、彼女の方が表向きの陰陽師ということになったらしい。
以来、表川さんが霊や悪魔を祓った後、その経緯をTV用に編集し直して、ツルネさんが巫女として祓ったことにして話題を攫っているのだとか……
うーん、こ。マスコミの闇は深いなぁ。
ちなみにその表川さんと我らが白雲さんは、今も個室で激論の真っ最中だ。霊や悪魔こそが人類の健康や精神を汚す元凶だと主張する霊媒師と、排便こそが健康の鍵であり、それが成されればオカルトなど信じるに足らぬ、というウンコ研究家のお互いの主張は一歩も譲らない。
さすがに呆れた私達二人は男どもを放っておいて、こうして女子会を楽しんでいるという訳である。
「えええっ! あの世界タイトルマッチの主治医やったん? すごいやないの」
「あははは……まぁ私じゃなくて、白雲さんのほうだけだったんですけどね」
「ほれにしても、『うんこ研究家』ってすごい肩書きよね」
「それは自覚してます……でもツルネさんの方こそ、お化けとか怖くないんですか?」
お互いの仕事が特殊すぎるせいか、話題はどうしても自分たちの上司の話になる。お互いがその道のスペシャリストな事もあって、あまり威張れない自慢話にお互い微妙な気持ちになるなぁ。
で……そんなイケメン男性の上司がいるとなれば、必然的に話題は恋バナになるわけで。
「ね、それで白雲って人の事、菊ちゃんはどない思てはるん?」
「偉人で変人です」
私の即答にツルネさんは口をとがらせて「えー、ほれだけ?」と不満顔だ。まぁ白雲さんと恋仲になるにはいろんな意味でハードルが高すぎて、さすがにあの人を恋愛対象には見れない。実際まだ独身だし、彼の全てを受け入れて結婚できる女性はなかなかいないだろう。
……ま、私はいつかタイにいるコーウンさんに結論を告げなけりゃいけないんで、今は恋を探す気にはなれないんだけどね。
「それでそれで、ツルネさんは表川さんとはどうなんですか? 絶対お似合いだと思うんですけど」
「よー言われるんやけどねー、あの人は色恋に縁あらへんし、そもそもオカルトマニアじゃ女の子も逃げるけん、必然的にアシのウチがお相手にされてまうんやけど……」
「そんな事言ってー、まんざらでもなさそうですねぇ」
クールなフリしても、ほっぺが桜色ですよツルネさん。
そんな話で盛り上がっている私たちに、カウンターから店長の弁財さんが困り顔で声をかけて来た。
「菊ちゃん菊ちゃん、そろそろウチも込み合う時間なんで……アレなんとかして」
くい、と個室を指差してそう頼まれる。今日も例によって白雲さんの頼みで店を早めに開けて貰ってたんだけど、そろそろ普通のお客さんが来る時間帯なんで、ウンコや悪霊の話題で喧々囂々な迷惑客を放っておくわけにもいかなくなったみたい。
「ですよねー、毎度ご迷惑おかけします」
「ほな、そろそろ退散しよか」
頷き合って席を立ち、二人のいる個室へと向かい、フスマを開けて迷惑客2名を連れ出しにかかろうとした、その時!
「ならばお前も次の仕事に来てもらおう! 実際に悪霊を見れば信じざるをえまい!」
表川さんがテーブルから身を乗り出して白雲さんにそう力説する。対して白雲さんはふっ、と首を振り、クールな調子でさらりとかわす。
「生憎そんなオカルトに付き合うほど暇じゃなくてね、私は患者の往診で忙しいのだよ」
って、あれ? 今週は暇だとか言ってなかったっけ。昨日の警察病院の往診と今日の大学の講義のあとのスケジュールは白紙だし、診療所も出張の先生がずっと入ってるハズ。そもそもさっき表川さんが排便不良とか言ってたのに……
「珍しいですねー、白雲さんなら嬉々としてこのヒトの腹痛を直すと思ったけど」
「ふ、ふふっ。オカルトなんぞにこだわって腸の健康をおろそかにする輩なんぞ知らないね」
……こないだ絶許犯罪の下剤混入をしようとしてた下原さん救ってたじゃん。
「もしかして……苦手なんですか? オカルト」
その一言に、白雲さんは今までにない程にびくぅっ、と脊髄反射して、冷や汗をダラダラ流しながら「ははは、そんな事あるわけないじゃばいじゃん」と引きつった笑顔でそう返して来る。てかそれ何処の国の名前ですか?
「ククク……これは是が非でも同行して頂かんとなぁ」
「うっわ、まーた始まってもうたわ、このヒトの悪趣味」
邪悪に笑う表川さんを見てやれやれと呆れるツルネさん。あーなんかこの二人もなかなかにクセ者みたい……。
しかしあの無敵の白雲さんにも苦手なものがあったんだなぁ、意外だ。
「ちょうど国絡みの大きな霊媒の仕事が入っている、三日後に付き合ってもらおうかな、うんこ研究家殿!」
「ふ、ふはは、はははは(汗)。まぁよかろう、このうんこたろう様にかかれば、悪霊など簡単に快便へと導いてやれまっしょうね」
(いや、霊はうんこしませんけど)
かくして春の某日、うんこたろうとその助手の私、門田菊は、人生初の霊能の世界に足を踏み入れる事になっちゃったみたい。
それが私たち四人にどんな運命を与えるのか、その時は知る由もなかった――