花
三題噺もどき―ろっぴゃくごじゅういち。
冷たい風が頬を撫でる。
雨が上がり、地面には水たまりが広がる。
時折揺れるその水面には、月の姿が浮かんでいる。
……私の影は映らない。
「……」
ぽつぽつと並ぶ街灯に照らされて、今日も日課の散歩をしている。
いい加減温かくなってくれと思いながら、吹く風に身をすくめる。
もう4月だというのに、どうしてこうも寒いのだろう。昼間は陽が照っていればそうでもないのだろうけど、夜はそんなもの居ないからな。
あるのは、月の冷ややかな、温もりだけである。
「……」
それで十分なのだけど。
しかしまぁ、今はこういっているが、これが夏になって蒸し暑い日々になると、そろそろ涼しくならないかと言い出すのだ。都合のいいことだと分かっているが、快適な暮らしというのはなかなか、そうやって都合のいいことの積み重ねで出来ている。
「……」
ひゅうと、また風が吹く。
これが春風であれば、よかったかもしれないが……。北風もいいところだ。
刺すような冷たさがないだけマシなのかもしれない。
もう、北国では暮らせないな私は。雪を見るのは好きだが、その中で生活するのは無理な話だ。
「……」
足の向く先は、行き慣れた公園。
そろそろ桜でも咲いてやしないかと思って向かっている。
ときおり見える家の花壇には、色とりどりの花が揺れている。赤にオレンジ、ピンクに黄色。
月夜に照らされるその花々は、まだ少し残る雨露のおかげで輝いていた。
「……」
今の時期は何が咲いているのだろう……。
ガーベラ、チューリップ、菜の花、桜、梅……パンジーなんかも咲いている。
パンジーはこう、普段見るとそうでもないが、夜に暗がりで見ると不気味さが勝つな。吸血鬼の身でこんなことを言うのもなんだが、人の顔みたいで気味が悪い。
「……」
菜の花はいつだったか、食したことがある。
あまり、私の口には合わなかったが……アイツは気に入ったようだった。山菜とくくられる種類のものはあまり好きではないのだ。菜の花が山菜なのかは分からないが……苦みが強いというか、独特だよな。香草もあまり好きではない。
「……」
花を眺めて、水たまりをよけながら進んでいく。
そうしていくうちに、公園にたどり着いた。
そこにも、低めの花壇があるが、パンジーが揺れていた。端の方は植え替えをするのか、土が耕されているような跡が見えた。
「……」
植わっていた木々を見ると、桜の蕾は開いているものの。
どうも……満開には程遠いと言うか。
写真や絵で見るような、咲き乱れている感じではなく、ちらほらと咲いているようだった。
「……」
まぁ、風も吹いているし、雨も降ったし、この時期に訳の分からない寒暖差があったりもしたし、木々も疲れているのだろう。
よく見れば地面にすでに散っているようなものもあった。
これは、今年は花見は難しいかもしれないなぁ。咲けばかなり見ものがあったのだけど。
「……やぁ」
ぼうっと眺めていると、公園の遊具たちは話しかけてくる。
お気に入りのブランコに腰を掛けながら、彼らと会話をするのが、この公園での当たり前である。ここの住民に、この公園を使う人間に大切に扱われた証だ。
「……へぇ」
先週末あたりに、この公園では花見が行われたらしい。
地域の集まりか何かだろう。
桜もまだ咲ききらぬうちに花見をするとは、花より団子もいいところだな。
「……そうか、」
賑やかな雰囲気と、暖かな空気に彼らは満足したらしい。
まぁ、花見というのを何度か眺めたことはあるが……あれは確かに賑やかで和やかで楽しいだろうよ。あの中に入ろうとは思えないが、見ていると気分がいい時もある。
喧しいだけのものは別だがな。
「それはよかったな」
尽きることのなさそうな、彼らの話に相槌を打ちながら夜空を眺める。
見事な三日月に照らされて、緩やかな時間が過ぎていた。
「ただいま」
「……おかえりなさい」
「……なんか焦げ臭くないか」
「……臭くないですよ」
「……何をしたんだ、」
お題:春風・公園・オレンジ