英雄の条件
少年は迫りくる大群に相対するようにして、荒野に一人、立っていた。万を越える数の敵軍を、少年は目を逸らしたい衝動をこらえて必死に見つめる。
「こ、怖くなんかないぞ…………ぼくには聖剣がついてるんだ」
腰に吊られて鞘に入ったままの、一振りの剣。王から授かったその剣は、恐ろしい戦場にて選ばれし勇気ある者にしか、鞘より抜くことができないのだという。
王は、少年なら必ず抜くことができると言って、その剣を手渡してくれた。土煙を上げて祖国へと迫りくる敵軍の兵士たちに対して、聖剣の柄を強く握りしめる。
負けるわけにはいかない。この剣によって敵を打ち倒し、多大な名声を得て、好きなあの子と結ばれるのだ。
勇気を振り絞り、少年は勢いよく剣を抜き放った。
そして美麗な装飾のなされた鞘から、まばゆい光とともに現れたのは――ナマコだった。
「な……っ!?」
少年は思わず目を剥いた。
鞘から出てきたのは太陽の光を受けてきらりと反射する銀の刃などではなく、ただのナマコである。つばの先に直接ナマコが生えていた。ぬめっとした青緑の体をくねらせて、先端にある口元の触手がむにゃむにゃと蠢いている。すぐそこまで迫る敵たちと剣を何度も見比べるが、剣身は見間違いでも何でもなくナマコに他ならない。
もうどうすることもできずに、少年は死を覚悟し、絶望して立ち尽くした。
と、
「へ?」
ナマコの身体が膨張し、巨大化し、猛烈な動きで敵の兵士たちを大きな口で喰らい始めた。まるで蛇のように長いその体のなかに、どんどん人間が飲みこまれていく。ある者は泣き叫んで逃げまどい、ある者は果敢に挑んで飲み込まれていく。阿鼻叫喚の戦場で、どんどん敵軍が小さくなっていく。
「す、すごい……っ」
感嘆の声が、少年の口から漏れた。
これなら無事に戦場から帰ることができる。名誉と報奨を得て、今は国で怯えているのだろうあの子と、二人で幸せになれる。
そう考えているうちに、戦場の兵力は一掃されていた。
ナマコは逃げる者も一人も残さず、すべての兵士を丸飲みにすると、その長い身体を剣のほうへと引き戻した。
「ありがとう、聖剣。ぼくは…………」
少年が最後に見たのは、触手の蠢く、ナマコの大きな口だった。
そして、誰もいない荒野に、美麗な鞘におさまった一本の剣だけが残された。今はただ静かに、王によって選ばれた、自らを扱う勇気を持った者を、聖剣はまた待ち続けているのだった。