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エピローグ



 花霞が舞っていた。桜の開花宣言が発表されてから一週間近く経っているから、ちょうど満開の時期だ。

 そこは近所の神社にある小高い丘の上だった。いつか藤林さんのタイムカプセルを掘り起こすのに都市研メンバーで訪れたところでもある。

 その中にある一本の桜の木の近くで、遥はしきりに写真を撮っていた。

 どこか桜の木を独り占めできる場所に行きたいというので、ここに連れてきたのだ。

 その手には、当然のようにおばさんの形見である一眼レフカメラが収まっている。やっぱりあのカメラは、僕なんかよりも遥が持ってこそふさわしい。

 しかしながら、すべてがハッピーエンドというわけでもなく。



 結果的には、遥を思い出せたのは僕だけしかいなかった。



 遥を見つけた後、何日か大事を取って休養させてから伏見先輩や藤林さん、それとおじさん(遥の親父さんだ)にも会わせてみたのだが、首を傾げるだけで記憶が戻ることはなかった。

 無慈悲な現実を突き付けられて、遥はひどく落ち込んでいたけれど、泣いたりまではしなかった。遥自身、こうなることをあらかじめ覚悟していたのかもしれない。もっと単純に、僕に心配をかけまいと我慢していただけかもしれないけれど。そう考えるだけで胸が締め付けられるように痛んだ。

 現在遥は、僕と一緒のアパートで同居している。東京のではなく、地元のだ。結局上京も大学行きもやめて、地元で働きながら遥と同棲を始めたのだ。

 今のところ、遥がまた消えそうな気配は見受けられない。理由はわからない。ただ、伏見先輩が言うには、

『アール君が記憶を取り戻したことによって、彼女の存在をこの世界に留めているのかもしれないね』

 と、語っていた。確かめようがないので、推測の域は出ないけれど。

 その伏見先輩だが、今は日本中を回って消失症候群で失った記憶を取り戻す方法を探しに出向いている。少しでも遥の力になれたらと尽力してくれているのだ。本当だったら日本ではなく世界を回っていたはずなのに。

 などと、この間伏見先輩に電話で詫びたら、

『言っただろう? 君が困っているのなら私はいつだって救いの手を差し伸べると。それに記憶はないが、私の心がその少女を仲間だと認めている。絶対に助けろと訴えている。理由なら、それだけでも十分だ』

 などと語ってくれた。もうカッコ良すぎて一生姉御と慕いたくなる勢いだった。

 藤林さんはと言うと、当初の予定通り隣県にある女子大に通って楽しそうに大学生活を送っている。まだ四月になったばかりだが、つい数日前にも数人の友達と一緒にいる写メを送ってくれた。遥もそれを見て、自分のことのように喜んでいた。

 おじさん──遥のお父さんとはたまにだけど僕の方から会いに行っている。今はまだ顔を見るのが辛いとかで、遥自ら会いに行こうとはしないが、それでもやはりおじさんのことが気になるようで、代わりに僕が何度かおじさんのところに行って定期報告しているのだ。

 おじさんに会いに行くと、大抵酒を上機嫌にあおっている場合が多いので、そのことを遥に伝えると「もう、お父さんったら!」と憤慨してばかりいるが、それでもおじさんの元気な様子を聞いて、嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 遥を覚えている人間は、もはやこの世界で僕だけしかいない。みんなの記憶が戻る保証なんてないし、今後もどうなるかはわからない。先は不透明ばかりだ。

 それでも、遥はちゃんとこの世界にいる。僕のそばにいてくれている。

 それだけで僕は、こんなにも満ち足りた日々を送れている。

 偽物なんかじゃない、遥がいる本物の世界の中で。



「あーちゃん!」




 遥が笑顔で手を振ってくる。僕も手を振り返しながら、ファインダー越しに彼女を見つめる。

 新しく自分用に購入した、自慢の一眼レフカメラで。



 そうして僕は、桜吹雪が美々しく舞う中、大好きな人にピントを合わせてシャッターを切った。



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