第8話 夢へ向かって
「姫様。起きてください。もう朝ですよー」
「ふぇあ……?」
朝起きると、いつもとは少し違う光景だった。
「あれ……? ミア……? ルインは?」
「ルインさんは、今朝方に招集が掛かりまして、王と共に遠征に出かけられました」
招集……?
あー……そういえば、昨日そんな事を言ってた気がする。
「どこ行くって言ってたっけ……?」
「たしか、遺跡の調査と言ってましたねぇ」
遺跡って、この前話してたあれかな?
先日の家族での食事会の後、何度かパパン達とベディが話をして、次に王都を作る候補地を見つけたらしいとは聞いていた。
おそらく、そこの本格的な実地検分に行ったのだろう。
「でも、なんで、わざわざ何百年も前の都市を探して王都を作り続けてるんだろ?」
「さぁ……なんでしょうね?」
「それは、都市部に眠ってる大規模魔道具などを再利用する為だな」
ベッド脇のテーブルに放り投げてあったベディが理由を答える。
ベディは私が寝ている間に、私が生み出す余剰魔力を吸収しているらしいのだけれど。
なんだか、そうしてるとスマホの充電をしているみたいな気分になる。
「大規模魔道具ねぇ……」
「あ、わたし、知ってます! お城の地下にあるやつですよね?」
「へー……ここにもあるんだ」
「昔は、どこの都市部にもあった物だ。主に都市全体の生活環境を整える機能を持っている。人々の生活用水を供給し、排水を浄化し、寒暖の厳しい土地であれば周辺の気候を緩やかにするといった物だ」
そんなのがお城の地下にあるんだ。
古い物とは言え、それはたしかにリサイクルしないともったいないかも。
「ふわぁぁ……」
大きく背伸びをしてベッドから降りると、ルインが居ない所為か、若干のさみしさを感じる。
それになんだか、閑散としている様な雰囲気も感じた。
実際に部屋の前の待機部屋や、両隣の部屋にも誰も居ないし、城全体が静まり返っている。
私達の私室近辺に居るのは、私とミア、それとベディだけだった。
「あれ? 出かけたのって父上とルインだけじゃないの……?」
「はい、王様と女王様にリカルド王子もです。あと近衛の大半もです。わたしと姫様は、お留守番ですねぇ」
「随分と大所帯で行ったのね」
「お城に残ってるのは防衛が得意な人達と騎士団だけですね。今回の遷都が上手く行けば聖地まで大きく近づくって、皆さん張り切ってますから」
「そうなんだ」
必要最低限の人員は残してるっぽいけど、それが変なフラグにならない事を祈ろう。
朝のアレコレを済まし、ミアが他の家事をしに部屋から居なくなると、今日の予定が何もなくなった事に私は気が付いた。
と言うか、ルインが傍にいないのって初めてね。
訓練も無いし、勉強もしなくていいし……
なんだろう……この感じ?
まるで、繁盛期の連勤を終えて、やっと迎えた土日というか、久々に来た連休というか……
なんだか、何でもできる故にワクワクが止まらず、逆に何をするか決められない。そんな心持だ。
『ロボ物見放題』を見ながら一日ごろごろするか。
それとも、大損害を受けたコレクションを作り直すか……
うーん……
よし! 決めた!
両方やろっと!
早速、見る物をピックアップし、それを視界の隅に小窓表示に映してっと――
「それは何を作っているんだ?」
「ん? これはナイトスロットよ。全高8m! 重量10.8t! 第四世代と言われる高機動型の機体よ」
しばらく黙々と作業を続けていると、ベディが私が作っている物が気になったのか話しかけてきた。
「ふむ? ナイトスロット……機体?」
「あー、そういえば、あなたって、別に向こうの世界の知識がある訳じゃなかったわね」
「クーゲルから聞いて、多少知ってはいるが。それはどういった物なのだ? 人型のゴーレムにしては胴体部が前後に長すぎる様に見えるが」
「それはコクピットが複座式……えーっと、二人乗りの形になってるロボットだからよ」
「二人乗り? それに人が乗り込むのか?」
「そうよ」
「ロボットとも言ったが、それは、鉄巨人9号みたいな物か?」
「鉄巨人9号……? 鉄巨人9号って、あの鉄巨人9号?」
日本のロボット作品の中でも、初期に流行った代物だ。
たしか、元は漫画だったんだっけ?
機体に乗り込むタイプの物では無く、外部からリモコンで操作するタイプの巨大ロボットではあるけど。
長年愛され根強い人気が有り、アニメ化や特撮物で何度か作られ、関連商品も色々と出ていた。
「どの鉄巨人9号かは分からないが、クーゲルが巨大ゴーレムを作るに際に参考にしたとは語っていたな」
「へー……それは渋い趣味ねぇ。初代国王様がロボ物を愛する同好の士だったのは驚きだわ。それは一度会って見たかったわね」
こっちの世界に来てからは、女だからと変な固定観念に囚われる物事が少ないので、趣味が合えばオープンに話せる仲になっていたかもしれない。
「ふむ……この部屋に飾ってある物も、どれも形が独特だが。君の中には、それを実際に見た記憶や明確なイメージが有るのか?」
「あると言えばあるわね」
今でも毎日、暇な時間を見つけては『ロボ物見放題』で新旧問わず見てるし。
死ぬ前には、実寸大で作られたロボット物の立像を見るため、日本だけでなく海外にまで足を運んだ。
町工場の様な所で作られた、今できる精一杯の技術と労力を込めて作られた宝物の様なロボットも、頼み込んで見学させてもらった事もある。
どれも本物では無く、本当に夢見る物とは遠いけど、そこから感じられた物は、私にとっては大切な物だ。
「では、何故、その様に小さく作っているのだ?」
「え……? なぜって……それは――」
――何故なんだろう?
言われてみれば、そうだわ……
「初代国王様だって実際に作ってたんだし……もしかして、私にも作れる?」
「君の中に明確なイメージがあるのなら。あとは、それに足る魔力があれば可能だろう――」
何か、心の枷が外れた感じがした。
「――魔法とはそういう物だ」
ベディの言葉は光だった。
私、また、日々の生活に追われて、夢を忘れていた……?
長年、私の心を常識という言葉で雁字搦めにしていた鎖が千切れて弾け、光が差したかの様な気分だ。
「…………そうよね……そうだわ!」
私は思わず、椅子を蹴倒しながら立ち上がっていた。
この時、私は、ようやく本当の夢を思い出した。
「よーし! それじゃ作っていくわよ! と言っても、まだ大きな物って作った事は無いのよね……」
「ここで作るとなると、そこまで大きい物は無理だろう。だが、試作として丁度良いのではないか? クーゲルも、最初は自身と同程度の大きさの物から作り、徐々に大きい物を作っていた」
「それもそうね」
お城だけあって天井が高いのは良いんだけど、それでも部屋の中で作るには4~5mが限界かしら?
私が乗り込むサイズのコクピットのスペースから逆算して、2~3mくらいの機体が良いかな?
「ねぇ、ベディ? ゴーレムの作り方のコツみたいな物ってある?」
「魔法全般に言える事だが、重要なのは、自身の中で形や動きをハッキリと思い描ける事だな」
「詠唱とか、そういうのは?」
「詠唱や儀式の類は魔力効率を良くする為の物だ。そういった技術は、後から突き詰めていけばいい」
「なるほ」
発動する魔法を明確にしないと、小手先の技術も意味をなさないか。
やっぱりトライアンドエラーで作っていくしかないわね。
先ずは、どんな方式で作るか。
ロボットと一言で言っても、その構造や種類は色々とある。
外骨格方式のモノコック構造か、内骨格方式のフレーム構造か。
どっちも一長一短と言ったところだけど、現実に作られてたロボット大半は、外骨格型のフレームの内部に駆動系や制御系の物が詰め込まれ、それを装甲やカバーで覆うという形式が多かったわね。
あれは、人とは体を動かす為のメカニズムが大きく違うため、ああいう形に落ち着いたのだろうけど。
ゴーレムもゴーレムで、人とも機械とも、構造も駆動も大きく違う。
ゴーレムの基本的な動かし方は、粘土をぐにゃぐにゃと動かす様な物で、軟体動物に近い。
筋肉の収縮とも、機械のモーターやシリンダー方式とはまるで違う。
ぶっちゃけ、私の場合は、鉄でも土や石のゴーレムと同様に作れて動かせるので、それっぽく見せるだけなら簡単だ。
でもそれだと、魔力効率が格段に悪くなる。
エネルギー消費が大きかったり、短時間しか動かせない機体というのもロマンがあって嫌いじゃないけど、節約できる所は節約していきたい。
なので、装甲や骨格は金属、駆動に関しては土か石という方式が無難そうだ。
となると、入れ物を用意して内部にゴーレムを詰め込む、外骨格形式に決まりね。
先ずは自立できる構造の外骨格からね――
「姫さまー、お昼ですよー!」
「え……? もうそんな時間?」
先ずはコクピット回りをと思い、胴体部の製造に夢中になっていると、いつの間にかミアが、食事の乗ったワゴンを部屋へと運び入れながら声をかけて来た。
「はい、お昼ご飯をお持ちしまし……って、何です?これ? 鎧、ですか?」
「ゴーレムよ。まだ胴体のガワだけだけど――」
――って、あれ……?
そういや、ルインはまだしも、ミアに作ってる所を見られるのは不味かったっけ……?
「はぇー……これがゴーレムなんですかぁ。姫様は魔法で鉄が作れるとは聞いていましたけど、本当なんですねぇ」
「あ、ミアは知ってるんだ?」
「え? あ、はい。姫様の部屋に入る事を許されてる近衛の者は、先日ルインさんから説明を受けました」
「そうなんだ。ならよかった」
「その後、外部に漏らしたら、幽閉するとも言われました……」
「それは……私が言うのもなんだけど、ごめんね?」
ミアと一緒に昼食を終え、彼女が食器の片付けをしている動作を見ていると、さっきまで悩んでいた事を思い出した。
「ミアって、この後、暇?」
「え? 家事は午前中に終わらせちゃったので、しなくちゃいけない事は無いですけど……」
「そう。じゃあ、少し私を手伝って」
「お手伝いって、ゴーレムの作成をですか? 土魔法のなら少しはできますけど、さすがに、わたしじゃ姫様の魔法のお手伝いは難しいんじゃ……」
「大丈夫、大丈夫。魔法の手伝いじゃないから」
「それなら――――」
「――――あいだだだだだだ! 姫様! 人の腕はそっちには曲がりませんよォ!?」
「ふむふむ、この辺までが可動域の限界かぁ。じゃあ次は腕を捩じらないで上にあげてっと」
「いたっ! いたいです! そこが限界です!」
「ふーむ、なるほどなるほど……となると、この辺りで装甲が干渉しそうね」
人の肩周りの関節は、かなり複雑で柔軟な作りをしているので、フレームと外装の作りに難儀していたのだ。
長年、プラモや動かせる立体物も、肩の稼働に関して試行錯誤が続けられていたし、ここをおろそかにすると、ポージングだけでなく動作の幅にも影響してしまう重要ポイントの一つだ。
「それじゃ次は、そこに立って」
「いたた……えっと、ここにですか?」
「そう。私が手で足と腿の上げ下げとかするから、倒れない様に、そのテーブルでも掴んでて」
「わかりました……え? ちょ? 姫様……? そんな、スカートの中を覗き込まれると……」
「ん? それもそうね。スカートが邪魔だから、ちょっと、もう片方の手で捲り上げててよ」
「えぇぇぇ……」
股関節周りも大切だ。
様々な動作の起点となり、機体の動きを大きく左右すると言っても過言ではない。
腰回りと胴体の連動も上手く作らないと、全体に影響してしまう。
「股関節に関しては肩ほど複雑ではないかなぁ? このまま上にあげてくから、倒れない様に気を付けてね」
「ふぇぇぇ……勘弁してくださいぃぃ……」
そんな感じで、数十分ほど彼女の体をいじくりまわしたおかげで、色々と参考になった。
「ありがとう、ミア。もういいわ」
「うぅ……ひどい目に会いました……」
「忘れない内にメモしておきたいわね……ミア、なにか書く物ってある? あと紙も」
「書く物ですか? わたしの私物でよければ、これを」
彼女はそう言いながら、ペンとメモ帳みたいな物をポケットから取り出して渡してきた。
「あ、それとも。ちゃんとしたのを持って来ましょうか?」
「うんん、これでいいわ。ありがと。ん……?」
これって鉛筆?
「へー、こんなのもあるんだ」
「姫様は鉛筆を見るのは初めてですか?」
「え? ああ、そうね。ルインとかが何か書いてる時って、インクのペンを使ってる所しか見た事なかったかも」
「鉛筆はインクを付けなくても、そのまま書けるから便利ですよー」
「そうみたいね」
消しゴムの方は無いのかしら?
まあ、とりあえず、忘れない内に、肩関節と股関節回りの注意点をメモっちゃおう。
「えーっと、肩から腕の装甲はこうして、もう少し余裕を持たせた形に……接続部は胸部と背部に被さる様にしたほうが……」
こんな感じかな?
あとは、実際に形にしてみて、調整していけば良いか。
それにしても、紙とペンか……
これからも必要になりそうね。
「ねえ、この鉛筆とかって何処で売ってるの?」
「売ってる場所ですか? まだ学術都市の直販店でしか売ってないので、東側の城下町のお店でならあると思いますけど……まだ使うのでしたら、そちらを差し上げますよ? それとも、新しいのがご入用なら、商人を呼びつけます?」
商人を呼びつけ……?
あ、そういえば私ってお姫様だったわ。
お貴族様の買い物って、鉛筆1本買うのにも、こっちから足を運ぶ物じゃないのかな?
「うんん、これをもらえるなら、これで十分よ」
「そうですか。あ……でも、鉛筆って姫様が使うのは難しいかも……」
「難しい? 普通に書けてるけど?」
「いえ、そうじゃなくて。鉛筆って描き続けると、その黒い芯の部分が減っていっちゃうんですよ。それを書きやすい長さまでナイフとかで削って調整する必要があってぇ……」
「ふーん」
あー……たしかに、小さい子に刃物を使わせるのは心配よね。
こう見えて、デザインナイフとかカッターみたいな小さい刃物は、プラモを作ったりしてた時に普通に使ってたから、取り扱いは得意なんだけど。
いや、たまに手に刺したりしてたか……
「んーと、どうしたら……何本か用意して、わたしが代わりに削れば……」
「要は、この芯の部分が出る様に、鉛筆を尖った形にすればいいんでしょ?」
「え? それはそうですけど」
「ちょっと待ってね……」
刃物を使わせるのが心配なら、えんぴつ削りを作っちゃえばいいのよ。
筆箱に入れておく様な小さなタイプのなら簡単に作れるし。
鉄の小箱に、鉛筆の太さに調整した角度を付けた差し込み穴を作って……
刃を成形して、削りカスが出て行く部分も作って……
「えっと、こんな感じで良いかな? うん、大丈夫そう」
作りはシンプルな物だし、あっという間に完成した。
「何を作ったんです?」
「鉛筆を尖った形にする道具よ」
「これがですか?」
「そう。この鉛筆を、この穴に差し込んで、クルクルと回すとぉ……ちょっと待って。作りが甘かったわ」
えーっと、刃の部分を微調整して……
これで良いかな?
「よし! ほら見て、こうして簡単に鉛筆が削れるのよ」
「わぁ! すごいですね姫様!」
鉛筆削りを手にもって鉛筆側を回すと、無事、きれいに鉛筆が尖った形に削れた。
それを見たミアも、目をキラキラさせて驚く。
「わたしもやってみて良いですか!?」
「良いわよ。欲しければあげるわ」
「ありがとうございます!」
そう言うと彼女は、さっそく鉛筆削りで鉛筆を削り始めた。
「さてと、私は続きをしよっと」
うーん、先に股関節辺りから形にしていこうか。
ここを変な風に作っちゃうと、乗り心地とか胴体部のコクピットの形にまで影響しそうだし。
と、しばらく、あーでもない、こーでもない、と腰部の形状を試作してると、ベディが話しかけてきた。
「あれは止めなくて良いのか?」
「いいんじゃない? 楽しそうだし」
ちらっとミアの方を見てみると、彼女は何処からか新品の鉛筆を持って来たらしく、何本も削っては尖らせてを繰り返していた。
「これ、便利で楽しいですね!」