第7話 一家団欒
「とりあえず、そろそろ夕方になるし、ルインが来ちゃうかもだから、あなたを何処かに隠さないと」
「ふむ? 私が見られては困る事情があるのか?」
「あんたの事を宝物庫から黙って持ち出してるのよ。バレたら困る――って程でもないのかしら?」
考えてみれば、あんな風に檻の中に保管されていたのは、ベディの能力が不明だった所為らしいし。
こうして、魔道具としての性能が判明したのだから、逆に褒めてもらえるんじゃない?
「……そうよね。うん、きっと大丈夫よ!」
「そうか、問題が無いのであればよかったが。ところで、ルインと言うのは、君の後ろに立ってる人の事か?」
「え?」
私は振り返ると、そこにはルインが立っていて――――
――――めっちゃ怒られました。
頭をガシッと捕まれてギリギリと締め付けられた後、正座をさせられ、理詰めで、こんこんと説教が続く。
生まれてこの方、ほぼ良い子として振舞っていたので、1度も叱られた事など無かったけど。
ルインが怒ると、ここまで怖いとは……
「ごめんなさい……」
「効果の分からない魔道具とは、危険な代物なのです。中には周囲を巻き込み被害を及ぶ物もあり、よほど周到に調べなければ、魔力を込めた瞬間危険に陥る事もあり――」
「失礼します。ボリス王がおいでです」
窓の外の景色が茜色から群青へとうつろい。
私の足が、そろそろ限界に達しようとした頃、ようやく救いの手が現れた。
部屋の戸口から声がかけられ、ボリスパパンが来たのだ。
「これは……どういう状況だ?」
「姫様が吸魔の首飾りも勝手に持ち出しておりまして、それをお叱りさせていただいている最中です」
「初代様の首飾りをか!? ティアルは無事――のようだな……?」
無事じゃ無いよパパン!?
正座させられてて、足の痺れがMAXだよ!
と、私は必死に目で訴える。
「しかし、吸魔の首飾りの収めてあった籠の鍵はどうしたのだ?」
「どうやら、姫様が魔法で籠自体を変形させて取り出したそうでして」
「あれはアダマンタイト製だったはずだが……ともかく、ティアルも反省してる様子であるし、夕食にしてはどうか? 今日はリカルドも城におるので、そろそろ家族全員で食事でもと考えておってな。それで足を運んだのだ」
「さようでございましたか。セレイナ様やリカルド王子をお待たせするわけにもいきませんし。今日の所は、ここまでにいたしましょう」
私のキラキラなお目めで必死にアイコンタクトをしたおかげか、私の願いは通じた様で、ようやく長かった説教が終わった。
ん? 今日の所はって言ったか……?
……それはともかく、やっと足を崩せる。
「あ、足ぃぃ……」
「ああ、うむ。では、ティアルは私が運ぼう」
「では、首飾りの方は私が。夕食の席にて、此度のご説明も致します」
パパンはそう言うと、私を片腕で優しく抱っこし、ルインがベディを回収して食堂へと向かう事となった。
「いだだだ……」
「あまり、ルインを怒らせる出ないぞ? あれは怒らせると怖いからなぁ」
それはもう知ってるよパパン……
「私も子供の頃は、悪戯をするたびに酷い目にあったものだ……」
と、遠い目で語るパパン。
「父上も?」
「あれは、先代の頃から、近衛と王家の教育係を務めておったからな」
「ボリス王、私がなにか?」
「い、いや。なんでもないぞ?」
「さようですか」
そんな事を話しながら数分も歩くと、私達王族だけで使うらしい食堂へと到着した。
扉を開けた先は、広すぎず狭すぎず、内装も落ち着いた感じで、くつろいで食事ができる雰囲気のある所だった。
「あ、ティアルも来たね」
「いらっしゃいティアル。こうして皆で食事をとれるのは初めてねぇ」
既に中には、リカルド兄さんとセレイナママンが待っていて。
そして、深緑の髪の眼鏡をかけたイケメン風の執事さんが、給仕みたいな事をしていた。
「ティアルはここに座ると良い」
「はーい」
パパンは、リカルド兄さんの隣にあった子供用の椅子に私を下ろすと、正面の席にママンと並んで座る。
こうして見ると、全員の服装はあれだけど、なんか普通の家族みたいで、ほっとするわ。
「では、王と姫様もいらっしゃったので、お食事の用意をいたします」
「オスカー、私も手伝います」
眼鏡の執事、オスカーさんが一礼して食事の準備を始めると、ルインも私の座る席の近くのテーブルにベディを置いて手伝いに行った。
このお城って、対外的に見せる場所は煌びやかに作ってあるけど。
王族専用とかの場所は、思ったよりも質素というか、変に飾り付ける事をしないし、近くに侍る人達も必要最小限にしてるのよね。
私としても、キラキラな場所で大人数に世話されながら生活するより、こういう感じの方が緊張しなくて助かる。
「父上。この首飾りって、武器庫の奥にあった初代様の首飾りですよね? なぜこちらに?」
「ああ、うむ。ティアルが今日、持ち出していたそうでな。先ほどルインから叱られておった」
リカルド兄さんは、ルインが置いていった首飾りに気が付くと、不思議そうに尋ね、それにパパンが答える。
「あー……ティアル、ルインを怒らせたのか」
「うん……」
「それは、災難――ではないね! 反省したほうがいいよ!」
リカルド兄さんは、ルインが食事の乗ったワゴンを押して戻って来たのに気が付くと、あわてて方針転換をして私を慰めるのを止めた。
どうやら、父子揃って同じ様な目に会って来たらしい。
「それで、ティアルは何ともないのよね?」
「え? あ、うん、大丈夫。魔力は結構吸われたけど」
並べられていく料理を眺めて、どれから食べようかと思案をしてると、今度はセレイナママンが話しかけてきた。
「そう。魔力枯渇で気を失ってたとかでなくてよかったわ。あまり皆に心配をかけてはダメよ?」
「はーい」
たしかに、そうなってたら収納魔法の中身とかもどうなってたか……
まあ、もう中身の大半はアレだけど、これからは気を付けよう。
「して。ルインよ、吸魔の首飾りを持ち出した後、ティアルの様子はどうだったのだ?」
「宝物庫から部屋に戻った後、姫様が自身の属性魔法の練習を一人で行いたいとの事で、私は雑務を済ませるため、しばし離れておりました。その後、部屋の前に戻りますと、中から姫様が誰かと会話している気配を感じ、部屋の前で待機していた者達に何者かを中に入れたのかを確認したところ、誰も居れていないとの言を聞き、即座に第一近衛を招集し突入準備を行いました。先行して私が部屋の中へと忍び入りますと、姫様が、こちらの初代様の首飾りと会話しているのを発見した次第でございます」
え?
突入準備?
そんな大事になってたの……?
「首飾りと会話をしていた……?」
「はい。詳しい事は、本人と本体に語っていただいた方がよろしいかと存じます」
「君が現国王か。お初にお目にかかる、と言っていいかは悩むところだが、よろしくたのむ」
ルインが説明を終えると、さっきまで黙っていたベディが喋り始める。
「こ、これは喋る魔道具か!?」
「ベディという名をティアルから貰った。差し支えなければ、君等もそう呼んでくれ」
ベディが言葉を発して喋り始めると、ルイン以外の全員が騒然となってしまった。
お腹空いたから、早くごはん食べたいんだけど……
パパン達はベディが色々な事を知っている事に興味が尽きないようで、食事の最中もあれやこれやと会話をし。
特に、建国当時の話が気になる様で、食事を終えた後もベディと、あれやこれやと話を続けている。
「こうして話を聞くと、文献とは、だいぶ違うのだな……」
「当時は、人類の全体の文明と文化が崩壊しつつあった。混乱期でもあり、書き記すほどの余裕がなかったのも仕方のない事だろう」
私としても、いくつか気になる話も聞けた。
どうやら、初代国王は巨大なゴーレムを操り、強大な魔物と激闘を繰り広げ、滅びた国々の民を背に魔物の大群を退け、ギリギリのところで人類の滅亡を防ぐ大活躍をしたらしい。
その巨大なゴーレムの雄姿が人々の記憶に強く残り、後世で『大きな人』と呼ばれ語り継がれる事となったそうだ。
実際に見てみたかったわね。
映像として残ってないのが悔やまれる……
それはともかく、毎度のことながら、満腹になったら眠くなってきた。
「ん? ティアル、眠いのかい?」
「うん……」
隣に座るリカルド兄さんが、私の様子に気が付き声をかけてくれた。
「父上、この様な話はティアルには退屈でしょうし、そろそろお開きにしてはどうでしょう?」
「む? ああ、そうであるな。すまぬ、少々浮かれたしまっていた。ルイン、ティアルを部屋へ運んでやってくれ」
「かしこまりました」
ふう、よかった。
退屈では無いけど、このままだと寝落ちしてしまいそうだったし。
ありがとう、リカルド兄さん。
「では、私もティアル一緒に運んでもらえるか?」
「うん? ベディ殿もか? いや、まて、話に夢中になり、ベディ殿の扱いを決めるのを忘れておったな……」
「私の事は、ティアル元に置いてくれて構わないが?」
「それを決めるには、ベディ殿の能力を知らねばならぬ。すまぬが、どの様な力を持つか説明を頼めるか?」
「私の主な能力は、持ち主に代わり魔法の発動と補助を行う事だ。クーゲルは生まれた環境が特殊だったため、魔法を知らずに育った。そのため、生み出す魔力の量は多くとも、魔法の行使を得意としていなかったのだ。その助力として神に贈られたのが私だ」
初代国王の生まれた環境……?
ああ、なるほど。
転生の辺りを、ぼかして伝えてるのか。
「ふむ……しかし、神器ともなると教会にも意見を伺わねばならぬかもしれん」
「その必要は無いだろう。私の神器としての役目は、クーゲルが死んだ時点で終えている。それに、私の力は普通に成長してきた者にとっては、さして有用なものでもない」
「そうなのか?」
「君等は、魔法の同時発動や無意識下での防御魔法などは普通に行えるだろう?」
その言葉に、私以外の人全員が頷く。
出来ないのは私だけっぽい。
いや、やろうと思えば出来なくも無いよ?
でも、車の運転をしながらカーナビとかスマホを操作するような物で、危なっかしいのだ。
「ふむ……なるほど。初代様の才覚が特殊なため、そなたが遣わされたのか。しかし、となると、言葉が悪くなる様で悪いが、子供や魔法の才能が無い者が使う魔道具と大差はない訳か」
「その通りだ。付け加えるのなら、私の維持ができる程の魔力の持ち主。生まれながらに高い魔力を持つ者でもないと、使う事も出来ない」
つまりは、自転車の補助輪みたいな物らしい。カーナビ機能付きの。
こちらの世界で普通に生まれ育った人からすると、ベディはそこまで強力な魔道具でもないのか。
「そう考えると特殊ねぇ。そんな子供は、それこそ私達王族や高位貴族でもないと、めったに生まれる物でも無いし、使い道が限定的すぎるわ」
「その点も加味すると、今の私の道具としての役目や能力は、王家専用の子守と言ったところだろう」
セレイナママンも疑問を口にすると、ベディ自身も自分の役割を子守と称した。
「ふむ……それなら、たしかに、リカルドかティアルに持たせておくのが無難であるか。いや、リカルドにも必要では無いな」
「そうだね。僕もそう思う」
リカルド兄さんも、既に遠征してまで実戦を行っているらしいし。
魔力はもちろん、実力的にも弱くは無いのだろう。
それにしても、リカルド兄さんは、周りが家族だけの様な場所だからか、ちょいちょい言葉遣いとかに素が出てる所が面白い。
「では、正式に、ベディ殿にはティアルの守護を頼めるだろうか? この子が一人前になるまで、傍で守ってやって欲しい」
「元より、そのつもりだ。君達や、この国自体も、クーゲルが残した物の一部でもあるし、出来る限りの助力もしよう」
これで、話は終わりかな?
それじゃ、お部屋に帰って――
「そうか、それはありがたい。む?……助力か。魔の大樹海に飲まれる前の大陸の事を知っているベディ殿なら、あれの場所が分かるかもしれん……。ベディ殿、早速で悪いが、是非とも一つお教え願いたい知識がある。オスカー、地図を持ってまいれ」
「かしこまりました」
――まだ、終わらないのか。
パパンが何やら思いついたのか、まだ話は続く様だ……
私は、帰っちゃダメかな? もう眠気が限界なんだけど。
「訊きたいのはのは、次の王都の候補地なのだ」
「次の王都? その選定に私の知識が役に立つとは思えないが」
「いや、そんな事はない。初代様が亡くなり、ベディ殿が眠りについた後、我々は聖地を奪還すべく魔の大樹海を切り開きながら西進を続けてきたが。なにも、1から街や道を作ってきたわけでは無い」
「なるほど、そう言う事か。では、地図を見せてくれ」
オスカーさんが地図を持ってきて、テーブルの上に広げる。
これが、うちの国の地図か。
尺度が分からないけど、大陸の西にある、大きな木の絵、あれが世界樹?
大陸の6~7割が黒い何かで覆われてるけど、これが魔の大樹海ってやつかしら?
「これは……ずいぶんと思い切った舵取りをしてきたのだな」
「やはり、分かってしまうか」
「……ともかく。次に目指すべき所は、北西に120km程の位置にあるはずだ」
「そうか、やはりか」
二言三言、パパンとベディが言葉を交わすと、ようやく夕食会はお開きとなった。
部屋への帰り道。
「さっき、地図を見てて話をしてた事って何?」
「あれは、ノインクーゲル王国が取っている戦略の話だ」
ルインに抱っこされながら、手に持っているベディに、さっきのやり取りは何だったのかを尋ねる。
「戦略……? どういう事よ?」
「魔物は強いマナが漂う場所と、強いオドを持つ者に引き寄せられる。強き者から漏れ出るオドは、宿ったその者の意思が薄れるにつれマナへと変わっていく。つまりは強い魔力を持つ者が多くいる場所は、それだけで周囲のマナが濃くなり、魔物達を引き寄せやすくなる」
「へー……なら、あまり強い人が1ヵ所に集まらない方が良いのね」
「安全性を考えるなら、そうだ。だが、現在のノインクーゲルは真逆の戦略を取っている」
「真逆?」
「この王都に漂うマナの濃度は異常だ。それだけでも、この王都に、クーゲル王家を筆頭に、亡国の元王族達の子孫や、力ある者達を集めて住まわせている事が分かる。その様な政策を執っているのだろう」
ふーん、参勤交代みたいな事をしてるのか。
「そして立地だ。魔の大樹海に深く切り込み、常に王都を一番前に置いている。つまりは、この王都を囮として東側の領土や国々を守っているのだ」
「そうなのルイン?」
「はい。概ね、その通りです」
「この王城の作りも、城と言うより要塞に近いのも、それが関係しているのだろうな」
言われてみると、たしかに。
なんか、窓やら扉やらが無駄に頑丈そうに出来てたり、廊下とかの通路も変に広く作られてるとは思ってたけど、そういう事だったのか。
毎日、パパン達が魔物の討伐に行ってたり、王城の外だけでなく中にまで兵士の訓練場が有ったり……
つまりは、ここが魔物との戦いの最前線だったわけだ。
それにしても――……Zzz