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第2話 ティアル・ノインクーゲル

 最初に感じたのは、何かの飲み物の味だった。


 ミルクではない、どちらかというと柑橘系に近い、今までに飲んだ事の無いおいしさを感じた。


 その飲み物を1滴でも口に入れられると、体に染み渡る様に広がり、それと同時に意識がはっきりしてきた。


「あうあー」


 意識は明瞭になりはしたけど、目はぼやけ、体に力は入らないし、声もうまく発せない。


 転生と聞いていたし、生まれたばかりの赤ん坊の体ではこんなものか……


「―――ッ!? ―――!! ――――――」


 私の声に反応した人影が何かを言っているが、何を言っているのかまでは分からない。


 それに、なんだか、風邪にでも、かかったみたいな、体が焼けるように熱く、息苦しくて、意識が……―――



 意識が朦朧としてくると、また、あのさわやかで美味しい飲み物を飲まされた。


 気絶しそうになる、飲まされる、気絶しそうになるを繰り返し、私の転生初日は終わった。



 何故、少しの間しか起きていられないのか?


 この問題は、あのミルクとも違う謎の飲み物を飲んでいる内に分かるようになった。


 あの飲み物を数滴でも飲むと、意識がハッキリとして、体に感じる病気の時の様なダルさや鈍い痛みが消えていく。

 でも、私自身の体から湧き上がる熱の様な何かは消えず、そのまま熱病に苛まれるかの様に意識が遠のいてしまう。


 覚醒と昏睡を繰り返す内に、この熱の様な何かは、本物の熱とは別物だと気が付いた。


 転生先の世界は剣と魔法のファンタジー風の世界との事だったし、これが魔力的な何かだとしたら?


 たとえ自身の持つ力だとしても、上手くコントロールをしなければ、生まれたての赤ん坊の体には害となるのではないか?


 そんな考えが頭をよぎり、試しに体の中から生まれる熱に意識を集中してみる事にした。


「あうー!」


 気合の声を出し、体の中の熱を制御しようと努力を試みる。

 すると、僅かに反応があった。


 ゆっくりと、確実に、その力を体に負担のかからない物へと変えていく。

 気を落ち着けて、勝手に湧き上がってくる力を押しとどめ、循環させ、自身には無害な物へと変換する……


 しばらくすると、体を苛む熱や重圧が引いていき、息苦しさも消えていった。


「おぁー」


 一息ついて瞼を開けると、私の気合と喜びの声を聴いて、誰かが私の顔を覗き込んできた。


 まだ輪郭程度しか分からないけど、どうやら女性っぽい。


 もしかして、この人が、この世界での私のママンなのかね?


 彼女は、私がお腹を空かせているのかと勘違いしたらしく、もう一口、あの飲み物を飲ませて来た。


 お腹は空いてないけど、これは助かる。

 おかげで、風邪の直りかけの時みたいな、体に残っていたダルさも消えた。


 これで、ようやく落ち着いて現状の把握が出来る。


 それにしても、この世界の赤ん坊の生まれ方ってどうなってるの?


 これが普通なのだとしたら、本能的な事しか考えられない状態で、この魔力らしき物を制御して順応しなきゃいけないって事よね?

 人として以前に、生き物としてムチャが過ぎると思うのだけど。


 もしくは、逆に、本能的な事しか考えられない状態の方が良いのかしらね?

 呼吸だって考えてしているわけでもないし、元から備わっている力なら、生まれた時から本能的に操れるのが普通なのかも。


 あと、また女かぁ……


 できれば男の子に生まれ変わりたかったな。


 男の子に生まれていれば、前の人生みたいに色々と我慢する必要もなかったのに。


 などと、他愛もない事を考えていたら、今度は普通の眠気が襲って来た。


 今度は気持ち良く眠りに付けそう……―――



 普通に起きていられる様になって数日が過ぎた。


 とはいえ、現状、赤ん坊なので、やる事もないんだけど。


 寝て飲んで、世話をしてくれる母親らしき人や、様子を見に来た人達に「ばぶー」と愛想を振りまくくらいのものだ。


 寝ているだけで、衣食住に困らない。

 こんな楽な事はない。


 とりあえず魔力のコントロールは続けるにしても、もう少し意識せずに出来る様にはなっておきたい。


 魔法で火や水を出したり出来るのかも気になるけど、赤ん坊の内から変な事をやって目立つのも避けたいし、当面は制御の精度向上を頑張り、これを無意識に出来る程度にはしておきたい。


 ……ただ、まあ、暇である。


 気分的には、ただ黙々とエアロバイクを漕いでるだけみたいな状況だ。


 気を紛らわせる娯楽が欲しい。


 となれば、ついに『ロボ物見放題レギュラープラン』の出番である。


 使い方は、なんとなく分かる。

 スキルを付与された時に、使用法も強制的に記憶に刻み込まれたらしい。


 目を閉じて『ロボ物見放題レギュラープラン』を呼び出すと、動画系のサブスク風メニューが開き、古今東西、ありとあらゆるロボ物作品の一覧が出て来た。


「あうぅ……」


 圧巻の風景だわ……


 思わず、ため息が出た。


 向こうの世界で生活していた時も、いくつかのサブスク系の動画サービスを利用していたけど、ここまでの品ぞろえを誇る所は無かった気がする。


 ネットに無い物は物理メディアを買わざるを得ず、その出費もなかなかに痛かったのよねぇ……


 先ずは、年代順に並べ直して、見たかった作品をピックアップしていく。


 こんなに空いた時間が取れたのは学生時代の長期休み以来なので、これを機に古めの名作から攻めていきたい。


 昭和から平成初期の頃の作品は年単位で放送されていたのが常らしく、話数がとても多い。

 見たいと思っても、とんでもない時間が要求されるのが悩みの種だったけど、今ならそんな心配もない。


 『ロボ物見放題レギュラープラン』は、視聴環境も様々な形態が用意されている点がうれしい。

 普通のテレビサイズから、視界の端に小さく映す方式や、重低音も楽しめる大型映画館の様な物まである。


 その中でも、VR形式で視聴できる機能が凄い。

 まるで、その作品の中に入り込んだみたいに、様々な角度から映像の中の世界が楽しめる。


 さすがは神様製の映像技術だわ。


 まるで夢の様な時間……


 そして私は、睡魔が襲い来るまで、魔力制御をしながら、過去の名作を貪るように眺め続けた。



 過去の名作を鑑賞しつつ魔法練習を行う事、早数週間。


 既に無意識でも魔力のコントロールが容易になり、乳児特有の睡眠時間の長さ以外は何の問題も無くなっていた。


「あうー! あうあー!」


 目の前で主人公の操る小さな戦闘機が他の戦闘機と合体して1体のロボットへと変形する。

 作中の中でも圧倒的なパワーを持つこの機体は、ビームの剣で巨大な岩石を一刀両断し、ビーム銃の攻撃で相手の量産機を数機纏めて破壊する。


「うあー! あうー! んあ!?」


「―――? ――――、―――?」


 私が歓声をあげて宇宙戦士WZグンダムを観ていると、不意に抱き上げられた。

 そして、お腹が空いていると勘違いされたのか、あの謎の回復効果のある飲み物を飲まされた。


 なんだか勘違いさせた様で申し訳ない。


 至れり尽くせりな生活環境ではあるけど、意思疎通が難しいのが困り物よね。


 精神年齢がアラサーの身としては、泣き叫んで何かを伝えるのには抵抗があるし、この世界の事も気にはなるので、せめて母親の言っている事を理解して、何某かのコミュニケーションは取れる様になりたい。


 とは言え、さっぱり知らない言語を何の辞書も教科書も無く理解するなんて大変そうだし……


 こんな事なら、あの神様に言語スキルも強請っておけばよかったか――いや? まてよ?


 これも『ロボ物見放題レギュラープラン』で解決できるかも?


 語学の勉強方法で、内容を覚えているドラマや映画を、覚えたい言語の字幕や吹替版を見て言葉を学習するという、なんとも自堕落的な勉強方法があるとネットの記事で見かけた事がある。


 そんな閃きがピキーン!と頭を過り、さっそく『ロボ物見放題レギュラープラン』に、この世界の言語設定がないか探してみると、思った通り、この世界の言語らしい字幕と音声設定があった。


 ふーん……

 言語設定の名称で分かったけど、この世界はアークって言うのか。


 とりあえず、アーク世界の共通言語とやらを選択してっと……


 どれを見ようかしら?


 ロボ物は、一口でロボット物と言っても、その舞台となる世界観は様々な物がある。


 当然、剣と魔法の世界を舞台とした作品もある。


 このアークにも似た様な魔法技術や、ロボットみたいなゴーレムが有るかもしれないし。

 予習もかねて、ファンタジー系の作品で言語学習をしておこうかな。





 ―――半年が過ぎた。


「では、ティアルは目が見えないと?」


「いえ、完全に見えないという訳ではない様です。稀に目を開けて何かを見ている事もありますので。ですが、起きていても一日の大半は目を閉じている状態です」


「しかし、世界樹の雫を飲ませていて、そんな事が起こるのか?」


「先天的な物であれば……目や耳が弱い種族もおりますし。祖先で混じった能力や特徴が、数世代後に出る事もあると奥の院が言っておりました」


 私が痛快娯楽復讐ロボ作品を楽しんでいると、ベビーベッドの脇から妙な会話が聞こえてくる。


 子供の頭脳になった所為か、物覚えは良くなった感じがする。

 おかげで、日常会話程度なら、ここ半年の動画学習で分かる様になった。


 そして、たまに部屋に訪れる人達の会話を盗み聞きして、私の名前や、ここがどんな家や場所かも推測できた。


 ティアルと言うのは私の名前だ。


 どうやら、私はティアル・ノインクーゲルと言う名前で、しかも姫様と呼ばれている。


 日に1~2度、私の様子を見に来ていた男性と女性が、この国の国王と女王だったらしく、その二人が私の本当の両親でもあった。

 国王と女王って、どっちが国のトップなんだろう?


 それはともかく、何故か、私が目が見えないと勘違いされてる?


 見ていた動画を一時停止して、話をしている二人を見てみると、そこそこ深刻そうな顔をしていらっしゃった。


「あうー」


「……こちらを見ているな?」


「そう……ですね」


 声をかけてみると、二人は私の目を注視してきた。


 王様らしい豪奢な服装を身に纏った、ロマンスグレーの髪をした偉丈夫が、ボリス・ノインクーゲル。


 彼が、この国王、そして今世における私の父であるらしい。


 ボリスパパンと話をしていた、真っ新な白髪で、澄んだ水の様な青い瞳をしたメイド服の女性はルイン。


 最初は彼女の事を、私は母親だと勘違いしていた。


 ルインは、四六時中、私の傍で身の回りの世話をしてくれている、乳母か、メイドらしき人だ。


 少し耳が長いのだが、もしかしてエルフとかなのだろうか?


「む? この目の色は……」


「はい。その事もありまして、姫様の目に関してご相談をしたく、ご報告を」


「他に気が付いた者は?」


「今の所ございません。ご出産の状況が状況でありましたし、お生まれになった後も、主に私が傍に付き、見ておりましたので」


 なんだろう……?

 ちゃんと目は見えてるし大丈夫だよ?とアピールをしてみたら、また二人とも深刻そうな顔になってしまった。


「あまり目を開かないというのは、これが原因か?」


「わかりません。奥の院の者や学術都市に相談する事も憚られましたので、私では属性に因る物かの判断がつきかねます」


「ふむ……奥の院に関しては相談しても良かろう。実際に見てもらい、判断を仰いでも良い。その時は一報をくれ」


「かしこまりました」


 ルインが一礼すると、ボリスパパンは私の頭をひと撫でしてから部屋を出て行った。


 うーん……

 なにやら私の目には何か問題があるらしい。


 生まれて数週間は上手く見えていなかったけど、今では普通に見える様になったし、特に問題は無いと思うのだけど……


 ここまで人に心配されると、なんだか私も心配になってきた。


 そういえば『ロボ物見放題レギュラープラン』に夢中になりすぎてて、今まで自身の容姿確認なんてしてなかったわ。

 部屋の片隅に姿見が置かれているし、ルインが居ない時にでも見ておこうかな?


 と言っても、タイミングを見計らうのが至難の業なのよねぇ……


 彼女が部屋から居なくなる隙は、精々がトイレか、お風呂に行ってる時くらいの物だ。

 それも、私が寝ている時に手早く済ませているみたいだし。


 それ以外は、食事なども部屋の中で済ませているし、ほぼ私の傍から離れる事が無い。


 狙い目としては夕食後にお風呂に行ってる時あたりかな?


 となれば、今日は、お昼寝をたっぷりとして、夕方に備えよう……Zzz



 茜色に染まった光が窓から差し込み、夕方になった。

 隣では私に離乳食を食べさせ終えたルインが、自身の夕食を食している最中だ。


 そういえば、食事に使う食器に、お箸があるのよね……


 スプーンもフォークも使ってる所を見るし、なんだか食文化が日本に近い様に感じる。

 言葉を勉強している時にも、日本語と同じ様な発音と意味合いの単語も多かったし。

 過去に、私以外の転生者が広めた様な物をヒシヒシと感じる。


 まぁ、それはともかくとして。

 普段であれば、このまま私がスヤスヤと眠りにつき、その間にルインはお風呂などの用事を済ませに行くはずである。


 私は瞼を閉じ、眠っている振りを始める。


 ……くっ!?


 目を閉じたら、本当に眠くなってきた……だと!?


 最近なって離乳食を食べ始めたのだが、先ほど食べた美味しい離乳食がお腹に心地よい満腹感を与え、おかげで赤ん坊特有の食後の強烈な睡魔が襲ってきてしまった。


 こうなると、起きていられるタイムリミットは推定で10分……


 あれだけお昼寝をしたというのに、なんたることか。


 眠らない様に意識を強く保ち、ルインが部屋を出て行くのを祈る様に待つ。


 数分後、ようやく夕食を終えた彼女が部屋を出て行った。


 よし! 今だッ!!

 フィジカルブースト(身体強化)!!


 こんな時こそ、こっそりと練習していた魔法の出番である。

 私は魔力に意識を集中し、それを体に纏うと、ベッドを飛び降り、姿見の前まで超高速ハイハイで移動した。


 鏡に映る私は、艶のある栗毛の髪で、赤ん坊という無条件な可愛さを差し引いたとしても、美形な両親の子供らしく、ちゃんとした美人さんの顔立ちだ。


 ふーん……

 なかなか可愛いんじゃない?


 前世の容姿は「性格がきつそう」と評されたものだが、今世に関しては、このまま順調に成長すれば、姫に相応しい可愛さと可憐さ持った容姿に育ちそうだ。


 そして問題の目は、夜明けの空にオーロラがかかったかの様な不思議で幻想的な色彩をしていた。


 アニメやイラストでならまだしも、こんな色と色彩の目はカラコンでも見た事がない。


 たしかに、普通の目の色では無いけど、私個人の疑問としては、こっちの栗毛の髪の方なのよね。


 パパンのボリスはロマンスグレーな白髪だし、ママンはゴージャスな金髪だし、どっちに似たのかしら?

 パパンの元の髪が茶色で、歳をとって白髪になった?

 いや、でも、そこまで高齢には見えないし、せいぜいが30後半程度の見た目なのよねぇ。


 ルインも見た目は若いのに白髪だし、この世界の髪色ってどうな……――Zzz


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