第12話 神様との茶会
ドゥマルテさんが礼拝堂の扉を開けると、中から静謐な空気が漂い、その空気と同様の空間が姿を現す。
「さあ、どうぞ、お入りくださいルークス殿。私は邪魔にならぬよう、外で雑務をしておりますので、御用が済みましたらお声がけください」
「あ、はい。ありがとうございます」
彼はそう言うと、私が中に入った後に、扉を静かに閉めて行った。
人が訪れる事は少ないとの事だったけど、ちゃんと手入れは行き届いている様だ。
並べられた長椅子や教壇などは磨き上げられており、高めに備え付けられた採光窓やステンドグラスから零れる光が、それらを優しく照らしている。
奥に据えられた祭壇らしき物の上には、こちらの世界の宗教シンボルとされている世界樹を簡略化したオブジェか置かれ、ステンドグラスからの光を後光の様に浴びて、そのシルエットを浮かび上がらせていた。
長椅子とかに触れると、お城の中の時みたいに壊してしまうかもしれないので、慎重に歩いて祭壇の前に進む。
そして、祭壇の少し前まで歩いた時。
どこにも光源など無いのに、スポットライトの様な光が、急に私を照らしてきた。
「え?……何? この光?」
「これは……祝福の光か。そういえば、ティアルは神の加護を受けているのだったな」
「転生者だと、こんな事が起きるの? 先に言ってよ」
「いや、転生者だからでは無く、神から何某かの役目を負っている者だと、この様になるのだ」
と、ベディが教えてくれた。
てことは、これは私が巫女の所為か。
あっぶな。
ドゥマルテさんが一人にしてくれて助かった……
それに、ここを選んで正解だったかも。
変に目立つ所だったわ。
「とりあえず、どうしよう。礼拝の作法なんて分からないんだけど……」
「片膝でもついて、祈りみたいな物でも捧げてみればいいだろう。適当な呼びかけにでも何か反応があるはずだ」
そんな簡単で良いんだ?
それじゃ――
――意識が飛んだ先は、また空の雲の上の様な場所で、私の目線の先には、あの白い貫頭衣を着た白髪の神様が立っていた。
「おや……? あれ? もう来たのかい?」
「ええ、まあ。色々と言いたい事がありまして……ん? 何これ?」
なんだか、少し目線の高さが変だな?と感じ、自分の体を見下ろしてみると、転生前とも今の姿とも違う感じがした。
手足がスラリと伸び、服装もナイトパーティーのドレスっぽい物に変わっている。
肌や髪の色は今のティアルとしての私と同じだけど、まるで転生前の年齢にまで姿形が成長した様な物になっていた。
「それは、今の君の魂としての姿だね。にしても、君が私に会いに来るのは、まだ数年は先だと思ってたけど、随分と早く来たもんだね」
私の心の声にまで反応して来るのも相変わらずか。
「神様なんですから、私がどうやって来たかとか理由も分かるんじゃないですか?」
「いやいや、そこまで細かく人の営みを見たりはしないよ。私に向けて祈りや思いを願っている時でもなければ別だけど。まあ、立ち話もなんだ。お茶でも飲みながら話そうか」
そう言うと、いつの間にか私達の目の前にはテーブルと椅子があり、テーブルの上にはお茶とお菓子が並べられていた。
魂だけの状態らしい私が、これを飲み食いして何の意味が有るのか分からないけど、とりあえずは席に着く。
「食事という物は、なにも、生きるためだけにする物じゃないからね。心の栄養にはなるよ」
「そうですか。じゃあ、いただきます」
香り高い紅茶と、美味しそうな焼き菓子に上品そうなチョコもある。
美味しそうではあるけど、できれば、久しぶりに和菓子と緑茶が飲みたかったな。
転生してから、こっち洋風の物ばかりだったので、そんな思いが少し頭を過った。
その瞬間、目の前の物が和菓子と緑茶に変化した。
私の好みに合わせたのか、キンツバとスアマまである。
さすが神様の茶会と言ったところか。
「和菓子の方が好きだったのかい?」
「いえ、どちらがという程では無いですけど。こっちに来てから和風の物を見る事が少なかったもので」
「お米や小豆とかは、探せばあるはずだよ」
「そうなんですか?」
「前に送り込んだ転生者の一人が食に拘る性質の者でね。彼が色々と地球側の食材の植物とかを持ち込んだ地域があるんだ。今でも、そこで育てられてる物も多いし、色々と輸出もしているはずだから、暇が有ったら街で探してみると良いんじゃないかな」
マジか。
それはありがたい。
「それで、私に言いたい事があるんだったね?」
「とりあえず、さっきの礼拝堂に入った時の光。あれは何なんです?」
「あれかい? あれは、ほら、ああしとけば、神聖な感じがして、皆に分かりやすいだろう?」
そんな理由でか……
「まだ目立ちたくはないので、できれば、やめてください」
「えー? 私は、良い演出だと思うんだけどなぁ」
もう教会に来るのは止めとこうかな?
「わかった、わかったよ。それじゃ、しばらくの間はオフにしておくよ。で、本題はそっちじゃないんだろう?」
「そうですね。私の転生先の事です」
「あー、うん。なんか随分と特殊な環境のご家庭に生まれちゃったみたいだね? 一応、言い訳をさせてもらうと、あの時代と場所と生まれ先を選んだのは私では無いよ。君が選んだんだ」
「私が?」
「そう、君の魂がね。異世界転生の仕組みは、簡単に言うと、飛行機とかの座席のキャンセル待ちみたいな物なんだ。空きが出来た席に、君の魂が座ったんだよ。他にも要因はあるけど、一番の原因は君の魂だ」
私の魂が選んだ?
いまいちピンとこないんないんだけど……
選べたと言うなら、もう少し落ち着いた環境を望んでいたはずだ。
「転生前にも言いましたけど、私は荒事が日常みたいな所には向いてないと思うんですけど? それに、他の要因てなんです?」
「私は、そうは感じなかったけどね……要因のいくつかは、アークの世界自体が持つ問題も関係しててね。ほら、そちらの世界は魔法が発展しているだろう? それもあって、一般人の出産に関するリスクって母子共に0%に近いんだ。ちょっとした怪我や病気なんて簡単に直せちゃうから、皆、ほぼ健康体で生まれてくるんだよね」
出産のリスクが0?
それは良い事なんじゃないの……?
問題とは思えないけど……
「そうだね。問題があるのは一般ではない人達の方なんだ。魂と精神と肉体は、相互に影響を及ぼし合うんだけど。肉体にも遺伝子がある様に、魂や精神にも肉体に影響を及ぼす遺伝子みたいな物があってね。そして魂と精神と肉体を強く鍛え上げた者同士が宿した子供は、その時点から強い魔力を持って生まれるんだけど、肉体が脆弱な内は、それに耐えられないんだよね」
もしかして、私が乳幼児の時期に感じてたあれか……?
「つまりは、強い力を持つ、王族や貴族の人達の出生率は極端に低くて。君が今居る国、ノインクーゲルは特にその傾向が高いんだ」
「その所為で、転生先としての空席が多いと?」
それで、私の魂が「ファーストクラスの席が空いてるじゃん!ラッキー!」って座ってしまったと?
「そう言う事だね」
えぇ……
何やってんの私の魂……
「えっと、じゃあ、この目の属性色とか金属を出せる力は何なんです?」
「それも、私がどうこうした物じゃないよ。君の魂が元々持ってた物さ。そればっかりは、平民の家庭に生まれていようが貴族の家に生まれていようが発現していただろうね」
本当なのだろうか?
「本当だよ。言ったろう? 魂と精神と肉体は、相互に影響を与え合うって。君の場合は、前世で持ってた強い思いや、趣味でやってたアレやコレやが関係して、精神が魂を変質させたんだ。その結果だよ」
「魂なんて、そんな簡単に変わる物なんですか?」
「簡単では無いけど、地球側の世界はアークと違って変わりやすい環境ではあるかな。アーク側は肉体と精神が、地球側は魂と精神が育ちやすい傾向があるから」
「なんでそんな違いが……」
魔法があるから?
いや、肉体が違うからか?
「世界構造の違いを一番受けるのは物質面の肉体だからね。アーク側の世界は、魂の持つ力を表に出せる肉体を持っている。言わば、願いを直接実現できるけど、地球側はそうではない。願いの力を表に出せない所為で、なんて言うか、魂が熟成されていくんだ」
「それで私の魂が変な事になったと?」
「そうだね。そして、その君の魂が、多少なりとも、生まれる場所も選んだんだよ」
なんだか、私の魂は好き勝手しすぎな気がしてきた……
「それに、今の家族や環境、自身の持つ力が、そんなに不満かい?」
「それは……」
たしかに、両親や周りの人からは大切に扱われているし、生まれながらの魔力量や、この力に関しても、ここ数日の出来事で夢が現実になる手助けをしてくれた。
言われてみれば、今の環境は、私の望む夢に最短で導いてくれた気がしないでもない。
「だろう? 魂の持つ本能みたいな物が、その場所を選んだのさ」
なんか癪だけど、現状を考えると、私の魂が選んだ結果は間違っていなかったという事だ。
「納得してもらえた様でよかったよ。それで、他には何かあるかい?」
「……もう一つあります。ベディの事です」
「ベディ……? そうか、あの首飾りを、今は君が使っているのか……あれに関しては、確かに私に責があるね」
「なんであんな、二律背反になるかもしれない使命というか、制限を持たせたんです?」
それに、人格の様な物まで。
ベディと初めて話した時、彼は自身に感情が無いとかなんとか言っていたけど、今の私にはそうは思えない。
道具だというのなら、もっと無機質で、人の心配をする事も、悩みを抱える事態に繋がる思考なんかも必要なかったはずだ。
AIみたいな物の場合、葛藤に悩む様な問題を抱えすぎると、暴走するか壊れるか、悲しい結末を迎える物語を多く知っている所為か、私には少し心配だった。
「あれには、そういった脆弱性は無いから心配しなくても大丈夫だよ。神器とは私の力の一端を封じ込めた物なんだけど、あれは私の精神の一部を使って作った物だからね」
「あなたの精神を?」
「そう。極一部とは言え、私の全能の力を操る精神を内包しているんだ。物理的に壊れようが、エネルギー的にも情報的にも消滅しようが、あれの中身にまで影響する事は無いし、自己矛盾なんかでどうこうする事も無いよ」
そこまで行くと、たしかにAIみたいな物とは別物ね。
あと、このキンツバおいしい。
「とは言え、さすがに何の制限も無しという訳にいかないのが悩み所でね。たとえば、君の持つ知識の中にも世界を危機に陥れる様な物があるだろう?」
ストレンジ物質やら意思を持ったエネルギーみたいな?
物理学的な物やSF的な物の中には、色々とヤバイ物が多いけど……
「そういった物を、あれは容易く再現出来てしまうんだ。魔力さえあればね。だから魔力の源たる魂は入れず、力の行使内容や条件にも制限を設けてある訳なんだけど」
そんな代物だったのかベディは……
「それに、あれはもう役目を終えてるから、前から回収しようとも思ってたんだ」
「回収ですか? 何故しなかったんです?」
「しようとしたけど、それを、あれ自身から拒否されてしまってね。私も、その時は少しショックだったよ」
ベディが拒否?
「拒否って、あなた自身みたいな物なんでしょう?」
「私自身と言っても切り離されてる状態でもあるから、あれはあれで自立した意思と思考を持っちゃってるんだよねぇ」
なんだかプラナリアみたいだなと思ったけど黙っておこう。
「聞こえてるよ? まあ、認識としては合ってるけどさ……」
おっと。
でも、何で拒否したんだろう?
「ベディは自我とか自由意志を無くすのを嫌がってるんですか? それで元には戻りたくないとか?」
「そういう事ではないらしいけど。あれが言うには、まだやらなければいけない事があるとかなんとか言っていたかな」
やらなければいけない事……?
「あれは、元々、君のいる国の初代国王に渡した物だという事は知ってるよね?」
「ええ」
「その国王が転生者だった事も知ってると思うけど。彼は魔法みたいな力がある世界の知識や認識に乏しくてね、それをサポートするため、あの首飾りを作って渡したんだ」
魔法を使うには、イメージできる事が重要になる。
それを補う目的でベディが贈られたのか。
たしかに、鉄巨人9号が流行っていた時代の人だとすると、かなり昔の人っぽいとは思っていたし。
私の生きていた時代からすれば、ファンタジー作品などに触れる機会も遥かに少なかったのだろう。
「でも、初代さんて、もう亡くなっているんですよね?」
「そうだね。既に輪廻の輪の方に戻っているよ」
「その時点で、ベディは、もう役目を終えているはずでは?」
「そのはずなんだけどね。まあ、その辺りの事は、あれに直接聞いてほしいかな」
「そうですか……」
初代さんと約束とか、何か頼まれ事でもされたのだろうか……?
まあ、気にはなるけど、それは別にいいか。
言いたくなったら、あっちから言ってくるだろうし。
「ところで、ここにこうして来たんだし、巫女の仕事も頼んで良いかい?」
「え……? 巫女の仕事ですか?」
もう用件は済んだし、お茶と茶菓子を堪能してから帰ろうかなと思っていたら、急に厄介事の気配がした。
巫女の仕事って、あのメッセージを届けるとかのあれ?
「まだ自由に動ける立場でも体でも無いので、お断りしたいんですけど?」
「そう言わずにさ。君が来てくれたおかげで被害が最小限に出来そうなんだ」
「被害って、何が起きるんです?」
物騒な言葉に、遠征から帰って来る予定のパパン達の顔が浮かんでしまった。
もしかして、皆に何かの危険が迫っているのだろうか?
「いや、そっちの人達は大丈夫だよ。今日の夕方にでも皆が無事に帰ってくるはずさ。問題は、その少し前に、王国の東門が魔物の群れに襲われる可能性が高い事なんだ」
「東門が……?」
家族の皆が無事な事には、ほっとしたけど、東門てことは、守りが固い貴族街側ではなく、一般の人達が住む側の街が危険なのか……
「王国にとって甚大な被害って程では無いけど、それでも減らせるなら、それに越した事は無いでだろう?」
「それはそうですけど……」
「伝える相手は、君が自由に選んで良いし。事前に動ければ、そんなに大事にもならないはずだから頼むよ」
「……分かりました」
さすがに、被害が出ると知っていて、我が身可愛さに断る事は難しい。
「それじゃ、向こうに魂を返すから。よろしく頼むね」
「あ、待って! この茶菓子をお土産に下さい」
話を聞きながら、大福やスアマなど色々と摘まんでいたのだけど、和菓子の名店に勝るとも劣らない美味しさの物ばかりなので、もうちょっと食べたいという欲が出てしまった。
魂だけの状態だと、欲求なんかが表に出やすいと言ってたけど、その所為かもしれない。
「え? まあ……いいけど? じゃあ、君の異次元収納の中にでも入れておくね。でも、君の収納は時間経過があるから早めに食べなよ? 腐りはしないだろうけど食感は変わっちゃうから」
「わかりました――――」
――――気が付くと搭乗型ゴーレム試作1号機のコクピットの中に戻っていた。
「……ふぅ」
「戻ったのか?」
私の意識が戻ってきた事に気が付き、首元のベディが声をかけて来た。
「ええ。ところで、私ってどのくらい、こっちに意識が無かった感じ?」
「数秒ほどだ」
「そう……」
そこそこな時間話し込んでた気もするけど、どうやら向こうとこっちでは時間の流れが違うか、もしくは同期してないらしい。
にしても、ベディが元神様の一部ねぇ……
もうちょっと丁寧に接した方が良いかな?
まあいいか、面倒だし。
現状の、あれやこれやに納得もできたし、美味しい和菓子のお土産をもらえたのは良かった。
問題は、面倒な仕事も貰ってしまった事よね。
「さてと……どうしたもんかしら……」
「ふむ? 何があった?」
「今日、ここの東門が魔物の群れに襲われるんだって。それを誰かに伝えろって言われたのよ」
「時間の猶予は?」
「んー……夕方より少し前らしいから、あと2~3時間くらいかな?」
城を出てから、そんなには経ってないから、それくらいだと思うけど……
「とりあえず、ここに長居するのもなんだし、行きましょうか」
「そうだな」
礼拝堂を出るため立ち上がり扉を開けると、ドゥマルテさんが外で待っていてくれた。
「おや? ルークス様。もうお祈りは、お済ですか?」
「ええ、はい」
「左様でございましたか。他に何か私にお手伝いできる事はございますか?」
「あー……いえ、大丈夫です。今日はもう帰りますので」
「では、外まで、お送りさせてください」
神殿にも騎士が居ると言っていたから、ドゥマルテさん伝えるのも有りか?と思ったけど、前に誰かが教会とかに私の事がバレると面倒になるみたいな事を言ってた気がして、止めておく事にした。
「今日は、わざわざ案内してくれて、ありがとうございました」
「いえいえ、ルークス様であれば、いつでも歓迎いたします。何かお困りな事があれば、またご来訪ください」
「? それは、ありがとうございます」
気のせいかな?
なにか少し、私に対する対応が、もう一段階、丁寧になったような気がするけど……
使われない礼拝堂に来たから、好感度でも上がったのだろうか?
「それでは、主と聖樹様のご加護がありますように」
校門の所まで来ると、ドゥマルテさんはそう言い、深々とお辞儀をして見送ってくれた。




