第67話 悪役令嬢は酒場で涙する
「はぁ…」
アンジェリカは、ため息をついた。
サンシール一行と別れてから、彼女はトゥールラの1軒の酒場を買い取って、その女主人になっていた。
ノドに戻る気にもならなかった。
店は、彼女目当ての男達で毎日大繁盛している。
この世界の食事は、現実世界でのものをベースにしているので、味で差をつけたりは出来ない。
純粋に彼女の魅力が高すぎるのだ。
こんな、モテモテの毎日を夢見ていたはずだったが、実際になってみると鬱陶しく感じた。
現実世界では、ゲーム開発会社の地味な社員だったので、こんな騒がしいところは苦手だった。
オタクで陰キャのカインに嫁キャラを作って、からかっていた頃が懐かしい。
彼女は、カウンターから店の入り口を見る。
あの男は、サンシールは来ない。
別れた場所から、ほとんど離れていない場所にいるのに。
すぐに噂になるはずの、酒場にいるというのに。
恋人にすると言ったはずなのに、熱を上げていたのは自分だけだったのか?
いや、そもそも別れの手紙を置いて去ったのは自分だ。
これも自業自得?
大体、自分は彼を待っているわけではないはずだ。
こんなの負け犬みたいで認められないだけ。
『もう!』
いらついた彼女は、グラスをカウンターに、ちょっと乱暴に置いた。
中の酒が少し、こぼれた。
「ガラン」
入口のドアベルが鳴り、光が薄暗い店に差し込んだ。
「…!」
サンシールが、店に入ってきたのだ。
彼女の胸を、何かが締め付ける
彼は店を見回し、アンジェリカを見つけると、まっすぐに彼女に向かって歩いてきた。
『駄目よ!馬鹿!』
彼女は、少し後ずさりした。
「アンジェリカ」
彼は、アンジェリカに、いきなり話しかけてきた。
「な、何しにきたの?しつこい男は嫌いよ」
彼女は、横を向いた。
「戻ってくれアンジェリカ、あの事は君に責任は無い」
彼は、彼女に言った。
「ちょっと、からかっただけで何言ってるの?元々、私は、あなた達の情報を探っていただけ。坊やに興味は無いのよ」
彼女は、そう返した。
「嘘だ。俺の力は知っているだろう」
サンシールは、相手の心を読む力を持っている。
「何もかも分かっているような顔をしないで!!」
アンジェリカは、顔を真っ赤にして怒った。
「君は、本当は俺の事を好きなはずだ!」
サンシールは、構わず彼女に詰め寄った。
「なっ!」
アンジェリカは、顔をしかめた。
「パーン!」
彼女は、サンシールの顔を思いっきり平手打ちした。
「…!」
サンシールは、頬を抑えて彼女の心を読もうとしたが、何も見えなかった。
彼女が、心術破りのスキルを発動したのだ。
「あー、ちょっと、ごめんなさいよ。お嬢さん」
サンシールの後から入ってきた、長身の男イストルが、サンシールの口を塞いだ。
「これ以上は、ダセえから、やめときましょうや」
イストルは、サンシールにそう言うと、彼を引きずって下がった。
「ごめんね、お嬢さん。今日は帰らせてもらうわ」
イストルは、サンシールの肩を抱いて、そのまま二人で酒場を出ていった。
『ああ、彼が行ってしまう。でも、あいつがあんまり無神経だから』
アンジェリカの目から涙が、こぼれ落ちた。




