第43話 悪役令嬢と好敵手
モリガンは大広間に、アンジェリカを呼び出していた。
「アンジェリカ、カインと相打ちになったという者の仲間達を発見した。トゥールラに向かっているようだ。監視に向かってほしい。言っておくが、決して手を出すなよ」
モリガンは、サンシール達がトゥールラに向かっているという情報をガンスミスから買い取っていた。
「手を出さないというのは、戦闘的に?泥棒的に?それとも恋愛的に?」
アンジェリカは、悪戯っぽく笑った。
「戯れ事はよせ。全部に決まっているだろうが!手癖の悪い泥棒猫め」
モリガンは、顔をしかめた。
「それじゃあ、こんな感じかしらね」
アンジェリカがくるりと身を一回転させると、小豆色の中世ヨーロッパ貴族風のドレス姿に衣装が変わる。
「アップじゃない方が、急場っぽくていいね。芋娘の方が男好きするし」
頭に手をやると、今度は髪型が黒く美しい長髪に変化する。
「おいおいおい、私の話を聞いていたか?」
モリガンは、困った顔でアンジェリカに言った。
「基本的に私は好きにやるだけよ。命令するつもりなら、やらないから」
「相手は元アリーナチャンピオンばかりの連中だ。この任務は、お前でなければ出来ない。頼む、引き受けてくれ」
つれない態度のアンジェリカに、モリガンは渋々頭を下げた。
「そこまで言うなら頼まれてあげるわ。あいつも連れていくわよ」
アンジェリカは、勝ち誇った顔で言った。
「分かった許す」
モリガンは、頭に手をやり言った。
「じゃあ、行ってきまーす」
アンジェリカが、また一回転すると、すっと姿が消える。
「きゃー助けて―!」
森の中に女性の悲鳴が響いた。
「この気配は?」
サンシールは、ただならぬ強者の気配を感じる。
一行は近くを移動中だった。
「この気配は…間違いなく最高Lvのプレイヤーキャラのものです」
モーギスは、言った。
「大事な役目を背負った以上、ここは無駄な危険は避けるべきかしら」
ベルタは、逃げる事を提案する。
「誰かは知らないけど女性の悲鳴が聞こえた以上、助けるのが筋ってもんだろ、かあちゃん」
サンシールは、ベルタの意見を否定する。
「おい!かあちゃんじゃない!可愛い妹でしょうが。何度言えば分かる?」
ベルタは、怒った。
一行は悲鳴の方向に走り出す。
そこには、破壊された馬車と、倒れている何人もの人間の護衛。
そして、小豆色のドレス姿をしたアンジェリカが地面に座り込んでいる。
「命は貰うぞ、遠き東方から来た貴族の娘よ」
一人の黒ずくめの男が、アンジェリカに真っ黒な剣を突き付けている。
目の周りを隠す黒いマスクをし、黒い軽量な皮鎧とマントを身に付けている。
「待て!お前は何者だ!?」
サンシールは、その男に声を掛けた。
すると、男の姿が突然消え、近くにある木の中で一番高いものの頂上に瞬間移動する。
「はっはっは、聞いたか少年!」
木の上からサンシール一行を見下ろし、黒ずくめの男は言った。
『いや、あいつ見た目は俺と同じくらいの歳だよな?』
サンシールは、心の中で突っ込んだ。
「私はノドの国の暗殺部隊、闇月の最強闇将軍。ノド最後のプレイヤーキャラにして、最強のトリックスター、リカルド!今から、お前達の命を奪う者だ!」
リカルドは、黒い剣を天にかざして言う。
彼の周囲に、白い白鳥の羽根が舞う。
「うわー、やばい人だ」
ベルタは、目を細めて言った。
「うん」
アヤが、頷く。
「ふっふっふ、ものが分からん奴は、そう言う。しかし、この私の実力を見れば、すぐに震え上がる事になるのだ」
リカルドのマントが、蝙蝠の羽根に姿を変える。
急降下してベルタに斬りかかる。
「危ない!」
サンシールが、割って入って聖剣デュランダルでリカルドの黒い剣を受け止める。
「やはり、デュランダルは素晴らしい!この私にこそふさわしい剣だ」
リカルドは、言った。
「レジェンドアイテムだけで揃えられた装備品セット”ヘクトールシリーズ”の武器デュランダル。他の装備は全て手に入れたが、あの時のアリーナ優勝商品だったデュランダルだけは手に入れる事が出来なかった」
彼の顔が、少し曇る。
「思い出したぞ、お前、イマジンのアリーナランカーだったリカルドだな!」
サンシールは、リカルドの事を思い出した。
「あー、そういえば、そんな人もいましたっけね。確か、サンシールに負けた後、その次のアリーナチャンピオンになってましたよ」
モーギスも、思い出した。
「私は、あの頃とは違う。真の闇の力を見るがいい。闇神格転身…」
リカルドのマントが消え、背中から黒い炎の様なオーラが翼の様に噴き出す。
「来い!ヘクトール!」
彼は、インベントリから1辺2mほどある黒い三角形の機械を取り出した。
そして、その上に飛び乗る。
それは飛行装置で、空中に浮いている。
「ガィイイン!」
空中を飛んで、サンシールに突っ込んでくるリカルド。
サンシールは、それをデュランダルで払って避ける。
「はっはっは、こいつはヘクトールシリーズを全て素材に使って完成させたSAヘクトール!フライングボードにも、鎧にもなる代物よ!」
リカルドは自慢げに言った。
「ノドのゲーム終了時のプレイヤー数では、神格獲得クエストには参加出来ないはず。さては、お前、一度別のギルドに鞍替えしていたな?」
モーギスは、言った。
「ああ、リーダーのカインは抜けたらギルドが崩壊するから無理だったが、こんな素晴らしい力、最高Lvなら普通ゲットするでしょ」
リカルドは、淡々と言った。
「リーダーを放っておいて、サ終まで大して間が無い時にエンドコンテンツやりたいが為にギルド替えするとか、引くわー。しかも、何食わぬ顔で戻ってるし」
ベルタは、ゴミを見る目をリカルドに向けた。
「ベルタちゃん。美少女キャラが言う事じゃないかも…」
アヤは、おどおどした声でツッコんだ。
「…」
リカルドは、無言でベルタに向けて剣を振るった。
剣は長さを変え、ベルタを薙ぎ払う。
「カィイイン!」
素早く移動したサンシールが、それを受け止める。
しかし、黒い剣は大鎌に姿を変え、サンシールの首を狙う。
なんとか、体を反らしてかわした。
「どうだ、デュランダルに対抗する為に、大量の素材をつぎ込んで作ったオリジナルの剣”闇デュランダル(ダークデュランダル)”の能力は?威力や硬度は程遠いが、変形能力は上回っている。こいつは、どんな武器の形にでも変形出来るのだ」
リカルドは、また自慢げに言った。
「エリカ!奴を襲え!」
リカルドが、そう言うと、彼の鎧が溶けるように不定形となり消える。
消える前に、それに目を閉じた少女の顔が映った。
そして、地面から黒い槍の様なものが次々伸びてきて、サンシールを襲う。
サンシールは、後ろにジャンプしてかわす。
さらに、今度は、空中から複数の黒い槍が伸びてくる。
「これは、奴の従魔の力か?」
サンシールは、空中で黒い槍の様なものを切り払って避ける。
「これを完全に避けれた奴はいない。運がいいようだなサンシール。次はこうはいかんぞ」
リカルドは、剣を構え直してサンシールに次の攻撃をしようとした。
「…」
その時、リカルドは背にひんやりとしたものを感じた。
アンジェリカが、殺意を持った目をリカルドに向けている。
「あ…。はっはっは、今日は興が醒めたわ!また会おうサンシールよ!」
リカルドは急に剣を仕舞うと、SAヘクトールを加速させて飛び去ってしまった。
「追えるかモーギス?」
サンシールは、モーギスに声を掛けた。
「ありがとうございます!!」
その時、アンジェリカがサンシールに抱き着いてきた。
「あっ、急に安心して立ち眩みが」
アンジェリカは、サンシールの腕の中で気を失ったフリをする。
彼は、思わず彼女を抱きかかえて支えた。
「逃げられました…」
モーギスは、この隙にリカルドが逃走を果たした事を感じた。
『あの攻撃を完全に見切るのは不可能なはず、一発も受けないとはゲームシステムでは説明出来ない何かを持っているのね。この子は特別な存在。惚れちゃうかも』
アンジェリカは、薄目でサンシールを見つめて思った。




