第3話 ノドの城
ルイーズは、いつの間にか暗い水の中を一人、どこまでも沈んでいっていた。
目を開けると、その前に光に包まれたソフィアの姿が現れた。
「…無能プロデューサー、異世界に転生してもその姿か」
何故かルイーズは水中でも普通に話す事が出来た。
「お前を見るのは5万年ぶりかルイーズよ。ここは電夢境、データが現実となる世界」
ソフィアが、ルイーズに語りかける。
「話が見えんな。もっと端的に話せ」
ルイーズは顔をしかめた。
「お前は、私の加護の届きにくい場所で覚醒する。その地は別のゲームマスターの管理下だ。まずは、私の近くへ来い」
「新しい世界でも、無能プロデューサーに管理されるのか?」
「お前は、この世界で成すべき事がある」
「頼み事があるなら、そう言え。聞いてやる義理はないがな」
ソフィアとルイーズのやりとりの途中で、二人は強い光に包まれ話を遮られた…。
ルイーズが目を開けると、そこは巨大な城の中庭だった。
夜だというのに多数のたいまつで煌々と照らされている。
ルイーズとサンシール、モーギスは、中庭に倒れ込んでいた。
横には、ボロボロになった脱出艇が6頭だての特大馬車に載せられ鎮座している。
3人は、同時に目覚めて上半身を起こした。
「聖騎士殿、お目覚めになられたか?」
身長3mはあろうかという黒いフルプレートを着た巨漢が、ルイーズに手を差し伸べた。
そのヘルムの中、目の位置が赤く不気味な光を放っている。
背中には、裏が小豆色の黒光りするマントがはためき、刃渡り2mはあろうかという巨剣があった。
「リビングアーマー!」
モーギスは、素早く立ち上がりフルプレートの巨漢にパンチをあびせた。
フルプレートの巨漢は、3mほど吹っ飛ばされた。
巨漢は、イマジンの中に登場するリビングアーマーという魂を持った鎧モンスターにそっくりだった為、咄嗟にルイーズを守ろうとしたのだ。
「聖騎士殿、我が従魔が失礼した!拳をおろされよ。私はノドの国の王カイン。貴殿らに話がある!」
中庭を見下ろす城の塔のテラスに、長い黒髪をオールバックにし青白い肌、切れ長の赤い瞳を持った若い中世貴族風の装いの男が現れ、ルイーズ達に深く響く声を放った。
その声は、まるで薔薇の様に美しい。
カインの身長は1m90cmはあり、全身から黒いオーラを放っている。
ルイーズ達は、彼が高レベルのアンデットないし魔族だと瞬間、理解した。
カインの横には、白髪と黒髪が半々で交じり合った長髪をアップでまとめた白いドレスの貴婦人が立っている。
その白い肌には、ところどころに爬虫類の様な鱗に覆われ、瞳孔は蛇のごとく縦に割れている。
背中には蝙蝠と白鳥の羽根を両方、一対づつ持つ。
体には黒と白の大蛇が1匹づつ、2匹巻きついている。
おそらくは、相当強力な従魔だ。
「将軍イラドよ、客人を会議の間にお通ししろ」
「お申し付けの通りに、我が王」
カインの言葉を受け、先ほどのリビングアーマー、将軍イラドが深々と頭を下げる。
カインと女従魔は、塔の中に姿を消した。
「先ほどは失礼した、聖騎士殿。私の名はカイン、このノドの国の王でありイマジンの元プレイヤーだ。後ろの者は、我が正妻、女王ルルワリリスと、我が軍主力の暗黒兵団の長である暗黒将軍イラド。そして、魔術兵団の長であるワーキン。この国の最高幹部の3人を同席させていただきたい」
席につくカインの後ろには、先ほど横にいた女性ルルワリリスとリビングアーマーであるイラド。
そして第二次世界大戦時のドイツ軍軍服に近いものを身に付けた身長160cmくらい、白髪の老人が立っていた。
ルイーズは、カインの私室の横に設けられた小さめの会議室に通され、10人ほどが座れる長テーブルに座っていた。
向かいには、カインが座っている。
ルイーズの後ろには、サンシールとモーギス。
カインの後ろには、ルルワリリス、イラド、ワーキンが立っている。
「素晴らしい、この本拠地は中世風の世界観に統一され雰囲気を守っていながら、各所に防御の為のギミックを多数備えている。上部の城と地下はあくまで攻城兵器に対するフェイク、本体は次元断層により守られている。さらには最高Lvに到達した従魔の数々。並みのプレイヤーでは、数千人がかかっても陥落させるのは難しいであろうなあ。これだけの素材を集めるには、相当な手練れのプレイヤー達が必要だ。さすがは、ギルドランクTOP10に名を連ねる、ぬるぺ―ションのギルドマスターカイン殿。ご自身のアリーナランクもTOP10に入った事もある強豪だと聞く」
ルイーズは、流暢にカインと城を褒めたたえた。
「いやいやいや、仲間達が優秀だっただけで…。このノドの城は中々の出来でしょう!従魔達も私の自慢の家族達だ。今はノドの国を名乗っているので、今後はそのように呼んで下さると助かります」
カインは急に”いい顔”になると、嬉しそうに話した。その態度は、先ほどまでの王のものではなく無邪気な子供のようだった。イマジンプレイヤーだった頃のものだろう。
『ふふふ、思ったよりも可愛い男ではないか』
ルイーズは、心の中で思った。
『ルイーズ様は、相手のデータを把握しているぞという事を相手に伝えているのだ。それはカインという男も分かっているはずだ。それなのに褒められた事を喜んでいるのか?』
ルイーズの後ろに立つモーギスは、二人のやり取りを見ながら考えた。
「しかし、サービス終了時に残ったプレイヤーは数名のみ。しかも、この地を去ってしまった者、来ているかも分からない者…今や、この城にはプレイヤーは私しか残っていない。ただ、この世界にやってきてから、何人かの他のギルドのプレイヤーを発見し協力を得る事が出来た。身に付けているものから聖騎士とお見受けするが、あなた方にも私の国に加わっていただきたい」
カインは、落ち着いた態度に戻ると、ルイーズ達に願い出た。
「我々は、この国の事情に詳しくない。現状と目標を簡潔に聞きたい。カイン殿は、この世界で何がやりたいのだ?」
ルイーズは、カインに問うた。
『情報を得るのは必要だが、出たよ社長ムーブ!まるで、面接じゃないか!』
モーギスは顔色一つ変えずに、内心あきれていた。
「・・・」
カインは、目を開けたまま1分ほど固まった。
どう答えるのかを考えているのだろう。
カインがテーブルを叩くと、1つの大陸の書かれた地図が現れ、ノドの城と書かれた文字が東端で光る。
「我々が、この世界に転移してから5年が経つ…」
カインは、ゆっくりと話し始めた。