第29話 天才科学者と女神
ルイーズとカイン、デイジー陽子と田中実、土屋一は、デイジー陽子の専用オフィスに居た。
「やはり、森出海音は消えたか」
デイジー陽子は、土屋一に言った。
「はい、見つかりません。おそらくアンドロイドの体を破壊してしまったのでは?新しい体の姿かたちが違っていれば、すぐに探し出すのは難しいでしょう。引き続き調査はしていますが」
土屋一は、森出海音の行方を捜すのは難しいと報告する。
「この世界の事も気にはなるが、今の我々の世界は電夢境とやらだ。向こうの仲間の事も気になる。出来れば、私とカインは向こうに早急に戻りたい」
ルイーズは、電夢境に戻る事を希望した。
「向こうに行けば、お前達は敵対する事になるかもしれないのだろう?それでも戻りたいのか」
デイジー陽子は、ルイーズとカインに確認を取る。
二人は、うなずいた。
「ならば、森出海音の足取りは土屋と田中に任せるとして、心当たりがある」
デイジー陽子は、ルイーズとカインをリムジンに乗せ、神奈川の山中にある白い3階建ての家にしては立派な建物にやってきていた。
「ルイーズには分かっているだろう、ここはイマジンの中ではガンスミスというキャラを使っていた男の住居兼個人研究所だ」
デイジー陽子は、そう説明する。
リムジンが建物の外門の前に到着すると自動的に開き、中に乗り入れる事が出来た。
建物の両開きの大きなドアの前で3人は車から降りた。
「これは素晴らしい!こんなハイパータキオン粒子反応は初めてだ!」
急にドアが開き、中から興奮した40代の男が何やら測定装置を持って飛び出してくる。
ブラウンのスーツに白衣を羽織り、メタルフレームの眼鏡をかけている。
俳優と言ってもおかしくない、とんでもない美形だ。
「昨日からの反応は、君達だったのか。知らせてくれないとは水臭いぞ陽子社長!!この反応、ハイパータキオン粒子がブラックマターに影響を与えてエネルギー化している。実に面白い!」
男は、ルイーズとカインに測定装置を近づけて、あれこれ言っている。
「すまんな、彼が素粒子物理学と機械工学の権威で、その他にも多数の理系博士号を持つ湯沢直樹博士だ。防衛装備庁の顧問研究員であり、多元宇宙論の研究者でもある」
デイジー陽子は、湯沢直樹をルイーズとカインに紹介した。
「今時、多元宇宙論だけでは食えなくてね。防衛装備開発の仕事もさせてもらっている」
湯沢直樹は、測定装置を操作しながら、そう言った。
「まさに、適任だろう?彼は私の妹の旦那だ。妹、その息子と娘もイマジンをプレイしていた。ベルタ、サンシール、アヤという名前だったが、カイン殿は知っているかな?」
「サンシール殿は知っているが、他の名前は知らないな…。しかし、多元宇宙論の研究者とはいえ、こんなとんでもない状況を何とか出来るものか?」
デイジー陽子の言葉に、カインは疑いの目を向ける。
「それは、勘違いもいいところだ。この反応、君達が別の次元からやってきたのは既に分かっている。ここに来た目的は、元の世界に帰りたいとかじゃないかな?」
湯沢直樹は、自信満々の顔で言った。
「え?そんな事まで分かるのか??」
カインは、目を丸くした。
「しかも、ゲームの世界からやってきてしまったのではないかな?その骨格は、現実世界の人間に似ているが、ありえない造形だ。特徴からしてイマジンのゲーム内のものなのは、すぐに分かる。そこから推理すると、おそらくゲームの世界が現実化した次元からやってきたという事になる」
湯沢直樹は、続けた。
「そうなると、君達のパワー。魔法の力は、ハイパータキオン粒子のブラックマターへの干渉から生まれるエネルギーという事になる。これは凄いぞ、化学はまた新しい壁を乗り越える!いや、ニュートリノによるブラックマター様反応の可能性もある」
彼の興奮は収まらない。
「いやいや、興奮しているところ悪いんだが、とにかく彼等を元の世界に戻す方法が知りたい。力を貸してくれ」
デイジー陽子が、湯沢直樹を制止した。
「それでは説明しよう」
湯沢直樹は、3人を建物に招き入れ、大学の研究室の様な散らかった部屋に連れてきた。
ホワイトボードの前に立った湯沢直樹は、マジックを手に解説を始める。
「君達から聞いた情報、測定結果からの推論はこうなる。今のところは推論なので注意してほしい」
湯沢直樹が、ホワイトボードに何やら書き始める
「イマジン内のゲームマスターが電夢境と言った世界。元は、おそらく人間の思考が現実化する世界だったのだろう。それは、君達の脳波パルスとハイパータキオン粒子の反応を見ても明らかだ。それも、ルイーズとカイン君の思考ではなく、ゲームマスターの思考が現実化したものだろう。君達は、その想像の世界の住人でしかない」
彼は、ホワイトボードをバンと叩いた。
「しかし、現代社会では人間は一日の多くの時間、思考をバーチャルの世界に飛ばしている。そこは、コンピューターの作りだすデータの世界だ。ここから得られる結果は何だね?ルイーズ君」
「電夢境は思考の現実化世界ではなく、それをコンピューターが拡張したデータが現実になる世界だと?」
ルイーズは、湯沢直樹の問いに答えた。
「その通り。ゲームマスター達の思考が、事故と共にデータの世界に変換され、エウロパ大陸なる舞台を作りだした事になる。これを実行したのは、宇宙の法則なのか神なのか?どの様な力が働いたかは想像もつかない」
「それで、その世界にどうやって戻ればいいのだ?」
デイジー陽子が、湯沢直樹の言葉に割って入った。
「我々がハイパータキオン粒子を自由に作りだし、なおかつブラックマターへの干渉方法を確立すれば次元間航行も可能となるかもしれないが、それには乗り越えなければいけない壁が多すぎる。今の我々には、状況の把握しか出来ない。つまり、無理だ」
「なんだ、結局、無理なのか」
湯沢直樹の返答にデイジー陽子は落胆する。
「しかしだ。その世界がゲームのデータから作られているとしたら、ゲームのシステムを利用すれば戻れる可能性は高い」
「だが、あらゆる次元移動魔法やアイテムが、元の世界への帰還に使えなくなっている」
ルイーズは、湯沢の言葉に答える。
「いやいや、それは君達の話だ。その世界の超越者たるゲームマスター達ならばどうかね?」
湯沢直樹は、言った。
「彼等もエーテル体としてしか、こちらの世界に干渉出来ないようだぞ」
カインが、それを否定する。
「いやいや、それは、その世界から、こちらの世界に来れないというだけ。こちらから向こうに行く方法が無いとは言っていないだろう?それに、君達に友好的なゲームマスターが、デモゴルゴンの他にもいる可能性は高い」
湯沢直樹は、電夢境へは戻れる可能性を示した。
「そして、超越者ならば、既に話を聞いているだろう!その力を示してみるがいい!!」
彼は、3人の後方に手を差し伸べた。
3人が座るパイプ椅子の後方に、強い光が発生する。
思わず全員振り返った。
光は、人の形を作り、一人のゲームマスターがエーテル体として出現する。
「私の名は、ソフィア。あの世界で、5万年を生きるゲームマスター。やっと連絡する事が出来ましたね。ルイーズとカイン」
涼し気な青い瞳、腰まで届く青い長髪。
贅を尽くした白いロングドレスを身に纏っている。
手には、美しい宝石で飾られた金と銀に輝く錫杖。
間違いなく、あのソフィアだった。
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