第22話 楽園への来訪1
「ルイーズよ、目を覚ましなさい」
「また無能プロデューサーか…」
ルイーズが目を開くと、ほの暗い水中を上に向かって、ゆっくりと浮かび上がっていた。
上の方が、やや明るい。
目の前に、中立‐中立のゲームマスターキャラ、ソフィアが浮かんでいる。
その操作をしていたのは主に、イマジンのプロデューサーであるTMRこと田村だ。
「お前は今、本来の居場所ではないところに向かっている。聖槍ロンギヌスの効果が、ゲームマスターの私にも予想のつかないものに変化していたようだ」
「お前の話は、いつも遠回しすぎる。どうなるのかハッキリ言え。死んでからもイライラさせる奴だ」
ルイーズは少し不機嫌になった。
「これから向かう世界は、ゲームマスターは誰も干渉出来ない。ルイーズよ、お前の力で、向こうの世界を守るのだ。私も、お前を呼び戻せるように努力しよう」
ソフィアが、そう言うと、ルイーズの意識は急速に遠のいていった。
「カインよ、目を覚ますがよい」
「お前はデモゴルゴン!一体どうなっているんだ?」
カインが目を開くと、ルイーズと同じ、ほの暗い水中を少し明るい上に向かって、上昇している最中だった。
「お前は、実に私を楽しませてくれた。しかし、お楽しみはこれからだぞカイン。ただのサラリーマンだった、お前が、真の悪性、真の魔王として覚醒するのが私の喜びだ。向こうに行っても、圧政と侵略、破壊の限りを尽くすのだ」
カインの前に現れたデモゴルゴンは、嬉しそうにカインに語りかけた。
「違う。私は、ノドの国の皆の幸せと願っているだけなのだ。そして万民が争いなく暮らせる国を作りたいだけ…」
カインが、頭をかかえて苦しむ。
「馬鹿を申せ。お前の中の真の悪性は、そんな事は望んでいないはずだ。どんなに抵抗しても、混沌と悪の属性に従って行動する事しか出来ないのだ」
デモゴルゴンがそう言った時、カインの体が自動的に贖罪魔法を発動する。
カインの心の呵責が消え去る。
この魔法は、自分の属性と違う行動や考えをしてしまった時、その呵責を消し去る。
「そうだ、私こそ真の魔王。ノドの国の王なのだ」
カインが、そう呟くと、彼の意識も消えていった。
「…」
いくら時間を経たのかも分からない。
カインが次に目を開くと、なんとも懐かしい臭いのする暗い部屋の小さいベッドの上に横たわっていた。
ベッドの上にも、洗濯していない男物の服などが散乱し、いかにも男やもめの部屋という感じだ。
「ここはまさか?元の世界に帰ってきたのか??」
周囲を見回すと、そこは確かに彼が現実世界で暮らしていた1Kの狭小アパートだった。
2畳1部屋に小さいベット、パソコンデスクとリクライニングチェア、洗面台と食品プリンター、ドラム式洗濯機が押し込まれている。
後は、入口のドアの横に小さいシャワー兼トイレのユニットバスがあるだけだ。
「ひさしぶりに帰ってきて思うけど、狭いなあ。でも、なんとなく落ち着くよー」
カインは、枕を抱きしめて呟いた。
「むむ?」
カインは起動しっぱなしのパソコンの方を見た。
いや、パソコンは始終起動しっぱなしだったので不思議はないのだが、問題は、その前のリクライニングチェアの方だ。
「誰かいる?そういえば、何年たっているんだ?あの世界にプレイヤー達の出現した時間はまちまちだったから、こちらで時間がどうなっているのかも不明だ…。しかし、この部屋は確かにイマジンのサ終時と同じ状態だ」
リクライニングチェアに誰かいる気配を察知して、カインは考えを巡らせた。
起き上がり、そっと倒されたリクライニングチェアをのぞき込む。
『なっ!?これは俺?』
そこには、ネットダイブ用のVRゴーグルを付けて横たわる人間の自分がいた。
カインとは違い、小柄で何とも冴えない顔つきの平凡な20代の青年だ。
洗いざらしの、ちょっと色の抜けた黒のスウェットを着ている。
『いやいや、この体は意識が戻らず抜け殻のままという線もある』
カインはパソコンに手を伸ばし、日時を確認する。
『イマジン終了から5カ月…大して時間は経っていないが、意識不明で生きていられるほど短い時間ではないぞ?』
パソコンを操作し、ダイブ状態を解除してみた。
スウェット姿の自分から、ゴーグルを外す。
「ぎゃああああ!!化け物!」
スウェット姿の自分が、目を開けると同時に悲鳴を上げた。
「きゃっ!」
カインも思わず、少し声を漏らす。
「ちょっと、黙ろうか。ご近所迷惑だからねっ!」
カインは、スウェット姿の自分の口を手で塞ぐ。
「ふごふご」
スウェット姿の自分は、長身のヴァンパイアに抑え込まれて、どうする事も出来ずに大人しくなった。
「それで、俺はイマジンのサ終(サービス終了)後も5年間、別の世界で王をやっていたと?ええと、ややこしいからカイン君でいいかな」
「そういう事だな。ええと、田中実君でいいよね」
二人は、半畳も無い部屋の床に、机代わりのダンボールをはさんで座っている。
カインは人間の自分に今までの事を説明し、相手の事を”カイン”、”田中実”と呼ぶ事にした。
田中実は、人間の時の実名だ。
「まあ、とりあえず、なんか食うか。8時間もダイブしっぱなしで仕事してたから腹減っちゃって」
田中実は、食品プリンターに手を伸ばす。
彼は、AIを操作してシステムエンジニアの仕事をさせるAIオペレーターだ。
AIの普及と共に急速に増えた職種である。
仕事は、VRによるネットダイブで行う。
仕事も娯楽もVR空間、部屋を出る事はほとんどない。
食品プリンターは、栄養カセットから料理を3Dプリントする最新家電だ。
最近の賃貸住宅には、備え付けられている事が多い。
本物の材料を口に出来る人間は、わずかな富裕層だけになっていた。
ダンボールの上に、2つのハンバーグプレートが並ぶ。
「この新メニューなかなかいけるんだぜ。秋のきのこハンバーグプレートだ!」
ニコニコしながら、田中実が言った。
「ぐぬぬ、相変わらず脂肪と蛋白質の量をケチってるな。粉っぽいぞ」
ハンバーグを口にしたカインが、顔を歪める。
「脂肪と蛋白質のカセットは高いんだよ!知ってるでしょ」
田中実は、文句を言うカインに怒った。
「いや、でも懐かしい味だ」
カインは、粉っぽいハンバーグを噛みしめた。
「しかしさあ、俺とカインが二人共現実にいるって事は、カインの言う世界は本当に存在していて、なおかつ俺が転移したわけじゃないって事になるな。俺は、イマジンのサ終後に普通にログアウトしてるからね」
田中実は、カインに自分の見解を伝える。
「確かに。それに私も感じていたのだ。もし私が田中実本人だとすると、簡単に異世界転移を受け入れて国を作り、戦争で人殺しなど出来るだろうか?あまりにも人格に大きな変化がありすぎる。だが、君の考えを聞くと納得出来た。そもそも、私と君は記憶は共有しているが、別の存在なのかもしれない」
カインは、考え込んだ。
「そうだな、俺には、そんな事はとても出来ないよ。どっかに引きこもって動かないんじゃないかな」
田中実は、言った。
「とりあえず、イマジンの事を調べれば、何か分かるかもしれない。協力してくれ」
「えっ!?」
カインは、田中実に協力を頼む。
しかし田中実は、あからさまに嫌な顔をした。
「他ならぬ自分自身が頼むのだぞ、少しは協力しろ!」
「何言ってんだ。今、別の存在だって自分で言ったでしょ!」
カインは、田中実の頭を脇にかかえると、こぶしをグリグリ押し付ける。
「この私は…私自身の失敗で多くの者を傷つけ、失ったのだ。あの世界に戻り、贖罪を果たさねばならぬ。私は、とんでもない愚か者なのだ」
カインは、田中実の頭を抱えたまま、しくしくと泣き出した。
「何だ何だ?情緒不安定な奴だな。分かった分かった!協力するから離せ」
田中実は、泣き出したカインを見て、しぶしぶ了承した。
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