第21話 無血入城
混乱冷めやらぬノドの城の暗い空に、1隻の航空戦艦が近づいていた。
真赤で美しい流線形をした葉巻型の船体がノドの空に花を添える
その艦橋の司令官席に、一人の少女が座っていた。
16歳ぐらいの、その小柄な少女は、ところどころがプレートアーマーで守られた真赤なロングドレス風の戦闘装備を身に纏っていた。
席の後ろには、彼女の物と思われる二本の槍が、槍立てに立て掛けられている。
髪は長く美しい栗色だった。
その憂いているような栗色の瞳は、退屈そうに前方のノドの城を見ていた。
身に纏う覇気は、とても少女には見えない。
「この艦、気に入ったぞ。素晴らしい出来だガンスミス。カインに礼を言わねばなあ。しかし、もうあいつは、この世界にいなかったな」
赤い戦闘装備の少女の横に立つ、同じくらいの歳のセミロングの黒髪の少女が悪戯っぽい目をして口を開いた。
ボディラインのはっきりでた黒いレザースーツを着た姿は、まるで怪盗だ。
「はっ、恐縮でございます。アンジェリカ様」
二人の少女の前方で操艦の指示を出していたガンスミスが答える。
「ノドの城の財の中でも、最強のアイテムを使用して敗北するとは。慎重で腰が重いくせに狭量、最後は滅茶苦茶なパワープレイしか出来ない奴。あれは1度しか使えない消費型アイテム。まったく、勿体ない」
アンジェリカが、消えたカインの事をなじる。
「それも、混沌‐悪の属性が成せる業。我々は、この世界では設定からは逃れられぬ。悪く言ってやるでない。あの男も、最後までGMの思い通り踊っただけであろう。これからは、秩序‐悪の属性を持つ私が皆を導いてやらねばならぬ。リーダーには論理的思考が必要なのだ」
赤い戦闘装備の少女が、静かに語る。
「ギルドリーダーが消えた場合、ギルド名簿第二席のモリガンちゃんがリーダーになるのは決まっている事。私はリーダーには興味ないし、文句は無いよ」
赤い戦闘装備の少女、モリガンに、アンジェリカは言った。
「それじゃあ、ノドの城の警備が緩んでいないか、ちょっとチェックしてくるよ」
そう言うと、アンジェリカの姿が、すっと消える。
「ほどほどにな…」
モリガンは、溜息をついた。
「ノドの城の主要な幹部、責任者を全て集めました」
ノドの城の大広間、王座に座るモリガンの前にルルワリリスが膝まづき言った。
横にはワーキンも膝まづいている。
その後ろには、ノドの城の主要な幹部と責任者数百人が同じ体勢で頭を下げていた。
「ルルワリリスよ、この母の前に来い」
モリガンが、ルルワリリスを静かな声で呼ぶ。
「はい…」
おずおずとルルワリリスが前に出る。
「さすがは、この私が創造した従魔だ。この私の為に王座を手に入れた事、褒めてやろう。ゲーム中は戯れで、あの根暗に作ってやった嫁キャラだったが、思わぬところで役に立ったぞ」
モリガンは、小さな声でルルワリリスに話しかけた。
「…」
ルルワリリスは、唇を噛みしめ震えている。
「だが、お前は情が深すぎる。従魔に感情などいらぬ。元のゲームの様にただ命令に従っているだけの方がよい。この私が、より完璧に作り直してやる。一度素材に戻るがいい」
モリガンがルルワリリスに手を向けると、従魔を素材に戻すコマンドを脳内で実行する。
「きゃあああ!!」
ルルワリリスは、悲鳴を上げながらモリガンの手の平に開いた黒い穴に吸い込まれていく。
エノクの魂を封印した黒い宝石が、カラカラと音を立てて床に転がる。
ワーキンが慌ててそれを拾う。
「そんなもの、お前達では復活させる事は出来まい。無駄な事をする者ばかりだ」
モリガンは、蔑むような目でワーキンを見下ろした。
その時、大広間の床から一本のワイヤーが飛び出し、天井のシャンデリアに絡みついた。
ワイヤーに引っ張られて床をすり抜けたかのようにアンジェリカが現れる。
「ここの警備、全然駄目。これなら私一人で落城させちゃうよ」
アンジェリカが手を伸ばすと、空中に黒い穴が開き、そこから貴重なレジェンドアイテムが、ガラガラと床に落ちる。
「そんな馬鹿な!我が城の宝物庫の財を、こんな簡単に」
ワーキンの顔が青ざめる。
「あの男は、部下を信用しすぎだったな。やはりノドは、私が率いなければならん!!」
モリガンは立ち上がるとダンと一度床を踏み鳴らし、初めて強い口調で言った。
薔薇のように美しい声が、大広間に響き渡る。
「ははぁっ!!」
大広間の一同が、頭をより深く下げた。
『この5年、カイン様に手を貸さず、自らの領地に隠れていたプレイヤー達だというのに!従わずにおれないのは、従魔の定めなのか?』
ワーキンは心の中で一度だけ呟いたが、次の瞬間には、それも忘れてモリガンへの忠誠を誓っていた。




