第10話 蜜月の時
カインの私室に、空間に穴を開けたような入口、ポータルが現れる。
ポータルは、別の場所へ行ける魔法効果の総称だ。
中から、カインとルイーズが楽し気に笑い合いながら出てくる。
ルイーズは白と青の儀礼用スーツに片手剣。
カインは黒いローブに、先に赤い宝珠の付いたスタッフを持っている。
本気装備には、ほど遠いが、二人とも戦闘用の装備のようだ。
ルイーズは、腕に付けたタイマー付きの腕時計を見た。
「クリアタイムは45秒か。まあまあと言ったところか。さすがはカイン殿、道中からエピックスペルの詠唱を開始しながら、雑魚を倒して進み、ボス部屋入ったところで一撃クリア。初回から定石通り完璧にこなしたな」
「はっはっは、ルイーズ殿のサポートあってこそ。ボス部屋を開けるスイッチを押しに行くのが、これほど早いプレイヤーは、そうはいません」
ルイーズとカインは、お互いのプレイを称え合った。
「よし、もう一度85レベルの魔神討伐クエストだ。30周連続で行くからな」
「ルイーズ殿、次は40秒クリアしましょう!」
ルイーズは、床にプライベートダンジョンを生成する呪符を投げた。
クリアすると消える、個人パーティー専用のダンジョンを生成する課金アイテムだ。
一回生成すると消える消費アイテムなのだが、高速でアイテムや経験値を回収出来る為、廃課金の間では湯水のように使われる。
個別でも購入出来るし、ガチャの外れアイテムとしても手に入れる事が出来る。
85レベル魔人討伐クエストは、プライベートダンジョンとしては最高レベルではないが、クリアスピードが早く効率が良い為、人気だった。
ルイーズとカインは、新しく生成されたプライベートダンジョンへ向かうポータルに飛び込んで行く。
「久しぶりに楽しめた。感謝しますルイーズ殿」
「そうだな、少しは経験値稼ぎが出来たか?」
「いくら稼いだところで、私のギルドは最終エクスパンションのバージョン7のレベルキャップ条件をクリアしていません。バージョン6の最高レベル、100止まりです。デスペナルティの支払いの為の貯金にしかなりません」
「確かに、同ギルドによるチームアリーナでの戦績を積む事が120レベルの条件。このギルドのプレイヤー数では難しかったかもしれんな」
二人は、クエスト周回を終えソファに並んで座り、くつろいでいた。
イマジンは、6年目のバージョン6で深刻な問題を抱えていた。
強力なアイテムを出しすぎインフレ化が進み、プレイヤーがアイテムを貯め込んで、簡単に強力になってしまう事。
多数の職業や種族の追加によって、攻略が複雑になりすぎ、キャラ構築によって強さに違いが出過ぎる事。
また、あまりに複雑な相性の存在により、ゲームが難しくなりすぎ、新規が入れなくなってしまった事。
それを解決すべくバージョン7では、キャラクター自身の基本能力が大幅に強化された。
また、強くなりすぎたプレイヤーキャラの為に、超高難易度の条件を出し本来ボス用の設定である神格化が可能になっていた。
神格レベルを得たプレイヤーキャラは、設定上の永遠の命と若さと共に、エピックスキル&スペルを越える、ディバインスキル&スペルを得る事が出来た。
さらに、本来はガチャ産のレアである神造装備を越える、専用神造装備を着用した姿に変身出来る。
「しかし、イマジンは課金ガチャ産アイテムと、高難易度クエストで手に入れた世界に一つしかないレジェンドアイテムの数が強さを決める。120レベルが無くとも、対抗する方法は持っているのだろう?」
ルイーズは、言った。
レジェンドアイテムは、特殊な高難易度クエストで得られるアイテムで、世界に一つしかない。
その中でも強力なものはミスティックアイテムと呼ばれる超レアアイテムである。
「もちろん、それなりの備えが無ければ、プレイヤーキャラが他にもいる状況で侵攻は始められません。我がギルドは、かつてはレジェンドアイテム取得ランキング1位。レジェンドアイテムの所持数はゲーム随一ですから。また、引退したプレイヤーが残したガチャ産アイテムも多数所有している。しかし…」
確かにカインの本気の装備は、先ほど装備していたようなものではなく、全てレジェンドアイテムで揃えられた強力なものだった。
ただし、この世界に来てから、それを見たものは、ほとんどいない。
ルイーズもアリーナ戦に参加するカインの本気装備を見てはいたが、今の装備と完全に一致するかは知らなかった。
「しかし?」
「発見され、取得ランキングに報告されたレジェンドアイテムの数が、あまりにも少ない。おそらく、攻略されても報告しないプレイヤーやギルドが存在していたのではないかと。私の知らないレジェンドアイテムが、まだ存在している事を考えると、侵攻は慎重に行わなければならない」
「確かに多少は、そのようなものがあるかもな。しかし、慎重なカイン殿なら必ず事をうまく運ぶだろう。私も力を貸すぞ」
ルイーズは、顔色一つ変えずに答えた。
しかし、その報告されていないレジェンドアイテムの、ほとんどを取得していたのがルイーズ達のギルドである。
それは、完全に秘匿されていた。
「それにしても、イマジンでこれだけのギルドを築けたのだ。人付き合いの上手さもあるだろうが、それなりにリアルマネーの投資が必要。カイン殿は、それなりに高収入の職業だったのかな?」
ルイーズは、さりげなく話を変えた。
「いやいやいや、今時、低学歴で仕事があるだけマシなんでしょうけど、1日12時間はメタバースにログイン。仮想空間で、ずっと仕事させるブラック企業のAIオペレーターですよ? 多少は貰わないとやってられません。株式会社楽園って言うダサい名前の会社なんですけどね、どこが楽園なんですか?って感じですよ!」
カインは、急に早口になって言い立てた。
「う、うむ、メタバースで働くのは通勤時間も無いから多少はね? それに、残業代はちゃんと出ているし、優良企業と言えるんじゃないかな。実際の肉体的負担は少ないし…」
ルイーズは、ちょっと裏返った声で答えた。
株式会社楽園は、ルイーズの現実世界で経営する会社だったのだ。
AIオペレーターは、最近ニーズの高い職種だ。
今までのシステムエンジニアの仕事は、昨今ほとんどAIが代行するようになっていた。
しかし、AIの間違いをチェックし、AIに効率良く指示を出すAIオペレーターは、システムエンジニアに代わって必要になっていた。
そして、ブラックな激務としても、システムエンジニアに代わりつつあった。
「もちろん、感謝してはいる。私は貧困家庭に生まれ、小学生の時に過労と病気で両親を失った。その後、楽園が出資する私設養護施設に保護された。楽園の社長は度々、施設を訪れてプレゼントをくれたり、手を取り元気づけてくれた。時間は少なかったが、あの方が私の母親代わりだった」
カインは、うつむき気味で過去を話す。
『誰かは分からんが、あの子供達の一人だったのか』
ルイーズは、児童養護施設の事を思い返した。
「施設入りしてすぐ、母親が恋しくて泣いている私を社長が膝枕で慰めてくれたのを思い出す。おかげで私は立ち直り、さらにはAIオペレーターとしての技術を学ばせてくれた」
「ほう、それは良い社長だったのだろうなあ」
ルイーズは、カインの言葉に少し機嫌が良くなった。
「だが、それが罠。1日12時間もメタバースにログイン、出かける暇も無い。楽しみといえばVRMMOだけ。食事と睡眠以外は、ほぼネットにダイブしっぱなし。おかげで、課金がかさんで貯金もなく、リアルの友人や彼女もいない寂しい毎日を…オヨヨ」
カインは、半泣き状態になってしまった。
「そうか、では、ひさしぶり膝枕でもしてみるか? さあ、遠慮するな!」
ルイーズは、膝をポンと叩いていった。
「…」
カインは、自然とその言葉に答えて、ルイーズの前で横になった。
「今のお前は、睡眠も食事も必要ないアンデットかもしれない。しかし、今はゆっくり休むがよい」
ルイーズは、カインに囁きかけた。
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