人間を辞めたい②
「残念ながら…」
ダンボールに閉じ込められていた4匹の子猫ちゃんのうち、2匹は既に命を失っていた。
先生が淡々と放つその言葉に呆然とするりょう。
- 少し前まであんなに大きな声で泣き叫んでいたのに…。もっと早くに連れてきていたら?それか、もっと自分に知識があったなら?動物病院の場所さえ知っていれば…。命を失うことはなかったかもしれない。助かったかもしれない…
すぐに動物病院にまでこの子猫ちゃんたちを連れてこれなかったことに激しく後悔するりょう。
「だけどね、ごらんよ」落ち込んでいるりょうに先生は優しく声をかける。「だいぶ弱っていたけれど、この二匹はミルクをしっかりと飲んでいる。もし発見がもっと遅かったら、この二匹も命を落としていたかもしれない。だから、そんなに落ち込まないで。よく見捨てずにここまで連れて来てくれた。本当にありがとう」
優しそうに微笑む先生。その声に余計に涙腺が緩むりょう。温かな涙がつぅっと静かにりょうの頬を伝っていく。後悔や悲しい気持ちでいっぱいだったりょうの心をほぐしてくれるあたたかい言葉。りょうの行動を認めてくれた先生に、りょうはこそばい思いを初めて少し感じたのだった。
「とりあえず今日一日はこの病院で様子を見るから…」
「あ、ありがとうございます」
「明日引き取りにこれるかい?後、もし今夜急変したときに備えて、良ければキミのお名前と電話番号をここに書いてほしいのだけれど…」
でも、先生が続けて話すその言葉に一気に現実に引き戻されたりょう。そう、りょうは見捨てられずにこの子猫ちゃんを保護したのだけれど…。
「ごめんなさい」少し声を震わせながら謝罪するりょう。「私、アパートに住んでいるんです。ペット不可の…。だから引き取れないんです…。本当にごめんなさい」
りょうの消え入るような声に、先生は一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに変わらぬ優しい声色で答えてくれる。
「謝らなくても大丈夫だよ。命を救ってくれて感謝はすれど、責めたりなんて誰もしない。だけどね、この子たちをこのまま地域猫として再び野良として外の世界に返すのはまだまだ幼すぎるんだ。だからもう少し大きくなるまでお世話してあげる必要があるんだよ」
「地域猫として野生に戻すのではなくて、里親を探して譲渡することはできないんですか?」
最低限の知識しかないりょう。
「譲渡するにしても、この子猫ちゃんたちはまだまだ小さい。生後3か月くらいになるまでは、容態が急変しやすいし、まだ譲渡はできないかな。それにね、赤ちゃんとなると四六時中様態を見る必要があるんだ。だから基本はね、こういう時は保護した人か、ベテランのボランティアさんとかへお世話を依頼するんだ。だから心配しないで。暫くは病院で預かって、その後はちゃんとボランティアさんに子猫ちゃんたちを引き継いで、私たちが責任をもってお世話するから」
でもその解答にりょうはあることをダメ元で提案することにした。
「あの…もしよろしければ、ボランティアさんに引き継ぐまで、病院でお世話してくれている間は、私もお世話に来てもいいですか?仕事と学校の間に時間を作りますから…。だから、私にできることが少しでもあるのならば、協力させてほしいんです!お願いします。させてください!!」
「こっちとしては別に問題はないんだけれど…」困ったように笑う先生。「お別れするときに子猫ちゃんたちと離れがたくなってしまうよ?それでもいいの?」
「私、生き物の命なんて触れ合ったこと、人生の中で一度もなかったんです。でも、残念ながら亡くなっちゃった子もいる中で、助かった命もあった。私、この子たちをここで見捨てることがどうしてもできないんです。せめて最後まで自分が面倒を見れるのなら見てあげたい!病院の迷惑になることは重々承知してはいるのですけれど…」この時のりょうはもう自分が何を言っているのか分からなかった。この生き残った可愛い子猫ちゃんたちの命の責任を持てないくせに、まだ離れたくない、という矛盾した思いが交差していたからである。だからこんなバカげた提案をしたのだった。「私、昼間は働いて、夜は学校に行っているので、平日は夕方くらいしかお世話に来れないかもしれない…。だけど…だけど…」
じっとりょうの目を見つめるお医者さん。まるで品定めでもしているかのようなその視線に、りょうは耐えきれなくなって、ついつい視線を落としてしまう。
「分かったよ」手を上げ降参ポースをとったお医者さんは、優しくそう言葉を紡ぐ。「生き物の命に最後まで責任を持てるかい?それを約束してくれるのなら、子猫の様態が安定する生後三か月になるまでの間だけでもこの子たちのお世話のお手伝いを頼むよ」
「本当ですか?私、私、絶対に最後まで責任を持ちます!そして、お世話しに毎日来ます!毎日来て、ちゃんと譲渡先が決まるまで面倒を見ます!」
こうしてりょうは仕事と学校の間の短い時間、どうぶつ病院に顔を出すようになったのである。




