人間を辞めたい①
このストーリーは生後一か月で亡くなった保護猫Mayoと、
コロナ禍で間接的に知り合ったある女の子に捧げる物語です。
施設・人物は全く関係ありません。全てフィクションです。
宜しくお願いいたします。
「助けてください。この猫ちゃんの…、ニャン太の命を助けてください!」
これは命を救う責任を持てなかった私の後悔と。
両親に捨てられ愛を知らなかった私が、小さな命から愛を教えて貰う物語。
キミはそれを私の妄想だって笑って一掃するけれど、私にとっては全てが真実で、かけがえのない大切な思い出の一部なのだ。
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りょうは所謂〝いらない子供〟だった。
幼いころに離婚した両親。お互いともりょうを引き取ることに難色を見せ、りょうはまるで物のように父と母の間を行ったり来たりする幼少期を送っていた。小学生の頃には、児童養護施設に預けられることもあった。本音を言うと、りょうは例え血が繋がっていたとしても、父や母の家に引き取られることは嫌だった。むしろ、できればずっと施設でお友達と暮らしたかった。だって両親二人ともそれぞれ再婚し、新しい家族と住んでいたから。自分の居場所はどちらの家にもなかったし、〝いらない子供〟でお金だけかかる厄介者のりょうは、家庭内暴力を受けることは珍しくなかったから。誰もりょうを愛してはくれることはなかった。だから自身に無関心の人が集まる施設の暮らしの方がずっと楽だった。それなのにも関わらず、せっかくの施設での平和な生活も、数か月が経つとなぜなのか、どちらかの家に引き取られるのだ。りょうは、それが苦痛で苦痛で仕方がなかった。
だから中学を卒業した時、心の底から嬉しかった。
中学三年生の時の担任の先生の紹介で働くことになった食品工場。社長がこれまたとても良い人で、給料は少ないけれど、家賃補助の手当ても出してくれるし、高校くらいは卒業しなさい、とのことで、夜間学校に通えるよう、シフトも融通を利かせてくれていた。朝から夕方まで工場で働いて、夜は夜間の学校。
誰からも干渉されることも、暴力を受ける心配もなくなった一人暮らし。ようやく念願の自由を手に入れたりょう。決して裕福とは言えないギリギリの生活だったけれど、理不尽な八つ当たりにも怯えずに解放された日々を送れるこの自由な生活にりょうは満足していた。幸せだった。
*****
「ミーミー」
そんなある日のことだった。
仕事を終えて家路についている時、仕事場からの帰り道である商店街の中で聞きなれない声を耳にした。
「気のせい?」
一度止まって辺りを見渡す。
「ミーミー」
弱弱しい声がやはり聞こえてきた。
りょうは耳に両手を当て、集中してその声のする方へゆっくりと足を進める。どうやらこっちの方から聞こえる。商店街から伸びている一本の細い路地。りょうはその奥へと足を進めていく。
「ミーミー」
声が大きくなってきた。どうやらその声の主に近づいてきたようだ。
「うそでしょ…?」
目に入った、ゴミステーションに無造作に置かれていたダンボールに言葉を失った。なぜなら疑心暗鬼でその箱のガムテープを外し、中を覗くと、そこにはまだ生まれたばかりの目も開いていない小さなネコが四匹もいたから。
*****
「誰か、誰か!」
そのダンボール箱を持って工場へと戻るりょう。
この時のりょうは何も考えていなかった。ただ目の前で鳴くことしかできない小さな小さな命をどうにかして助けてやりたい。ただそれだけ。
- こういう時ってどうすればいいの?病院に連れて行けばいいの?でも、動物病院ってどこにあるの?
頼る人が周りにいなかったりょうは、この小さな命をどうすれば救うことができるのか分からなかった。ただ頭の中に浮かんだのは、自身の職場の食品工場。もしかしたら、工場で働く社員やパートのおばちゃんたちが何か知恵を分けてくれるかもしれない。その考えしか頭に浮かばなかったから、りょうはこのダンボール箱を抱えて、仕事場に戻ってきたのだった。
でも、りょうだって馬鹿じゃない。食品を扱っている工場だから、生き物を建物内に持ち込むのはご法度なことくらい理解していた。だから正門のところでダンボールを抱きしめて、仕事を終え外へと出てくる人、一人一人声をかけ、助けを求めることにしたのだ。
「ご、ごめんなさい!子猫をが捨てられていたんですけど…。誰か助けてくれませんか?」
ミーミーと激しくりょうの胸元で鳴き叫ぶ子猫たち。
だけど…
「ごめんね、忙しいから」
そう言って一人頭を下げて颯爽とりょうの前を過ぎ去っていく。
子猫ちゃんたちはまだ、ミーミーとまだ激しく鳴いている。まだ助けを求めている。
「ペット不可のマンションに住んでいるから…」
片手をあげて過ぎ去る人。
「鳥を飼っているのよ…」
両手を合わせて謝罪し、そのまま足早に立ち去る人。
「すいません…」
ペコリとだけお辞儀をして去っていく人。
「ミ…ミ…」
誰も止まってくれない。話を聞いてくれる人も、相談に乗ってくれる人もいない。
- どうしよう?誰か、誰か!子猫ちゃんたちの声が少しずつ小さくなってきている…。ねぇ、このままじゃ死んじゃうよ。誰か…誰か…。誰か、この子たちを助ける方法だけでも教えてよ!
「……」
もう誰もりょうと目を合わせてくれさえしない。皆、りょうに冷たい視線を向け、ただ無言で前を通り過ぎ去っていくだけ。
- なんでなんで?なんで誰も助けてくれないの!?どうしたらいいのかくらい、誰かアドバイスしてよ!私はこのままこの子猫ちゃんたちが弱っていく様子をただ黙ってみているだけしかできないの?
そんな風に途方に暮れていた時だった。
「あら、可愛らしい子猫ちゃんたちじゃない?」後ろから声をかけられた。買い物帰りなのか、その女性の自転車のかごからネギが顔を出している。「よかったら私のお家に連れていらっしゃい。旦那に診てもらえるか聞いてみるわ」
この女性をりょうは女神だと、天使だと、救世主だと心の底から本当にそう思った。
「あ゛、あ゛りが…、ありがとうございます」
ようやく話を聞いてくる人に出会え、りょうは涙声で感謝を述べる。そして、藁にもすがる思いでその女性が押す自転車の後ろをついていくことにした。
〝蓼原どうぶつ病院〟
工場から家とは逆の方へと商店街を10分ほど進むと、商店街の出口の先に大きな家があった。
そう、工場の前でダンボールを抱えて突っ立ているだけのりょうに声をかけてくれた女神のようなこの女性は、これからりょうが通うことになる、どうぶつ病院の先生の奥さんだったのである。




