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ニンゲンになりたい⑩

 「ねぇ、もしね、もしボクがこのままお空に行ったとしても、きっとママの日常は変わらず続いていくんだよね?」

 「そうだよ」


 ボクの命を奪った殺猫犯さつびょうはんがママの顔に傷をつけているヒトと同一犯だったなんて…。


 「あのヒトと離れることがもしできたら、もうママは悲しむことなんてなくなるのかな?ずっと笑顔でいてくれるのかな?」

 ネコはニャンタにかけてあげるふさわしい言葉を見つけられないでいた。


 「ボク、ママを助けたい。あの男から、ママを助け出したいの」


 一方でニャンタの心は決まった。もう自身の残りの時間を全てこれにかけよう、と。ママの笑顔を守るために、あの男からママを引きはがそう、と。

 

 「だから、教えて!ボクはどうやったらママを助けてあげられるか全く分からないの。だから、何か知識をおくれよ!」


*****


 「それはね、〝虐待〟っていうんだ」

 小さなイヌが欠伸をしながら答える。「気に入らないから、殴る、大声を出す。典型的な〝虐待〟だよ」


 ネコもどうすればよいのか良い案が思い浮かばなかった。だからニャンタと一緒にタイヨウのお家へとやってきた。ここに住むドウブツたちに助けを求めるために。そして今はタイヨウのお家にいるドウブツたちが一つの部屋へと集まって、お互いに自身の意見を言い合っているところである。


 「ボクもね、その…。〝虐待〟をされていたんだ。」辛そうに視線を落としながらそう言葉を紡いだのは、タロウ。「毎日叩かれて、怒鳴られて怖かった。一日中家の隅っこで震える日々を送ってたんだよ」

 「私は…。ご飯をもらえなかったわ。体が動かなくなるその時まで、ずっとずっと見捨てられていたのよ」と、ウサギ。

 「熱い熱いお部屋にいれられた。どっちが耐えられるか、ってよく分からない無意味な我慢比べをずっとさせられていたんだ。小さな部屋の中はグルグル回って、熱いし、痛いし、気持ち悪くなるし…。でも、勝者にしか冷たいお水をくれないし…。だから必死に我慢してた。それが〝虐待〟だって知ったのは、ここに来てからだったけれど…」と、二匹のキジトラ柄のネコ。


 「でも、どうやってみんなはその〝虐待〟されていた場所から、ここに来ることができたの?」

 素朴な疑問をニャンタはぶつける。

 「親切なヒトが〝ツウホウ〟してくれて、〝ホゴ〟されたんだ。体の調子を見るためにこの病院に連れてこられて、その後、縁があってここに住まわせてもらえることになったけど…」

 「だから、まずは〝ツウホウ〟が先じゃない?」と小さいイヌ。

 「でも、どこに〝ツウホウ〟するのさ?」と、ウサギ。

 「そもそも〝ツウホウ〟ってニンゲンにしかできないんじゃない?ニンゲンに頼もうよ!」

 「でも、どうやってニンゲンに〝ツウホウ〟してもらうのさ?」と、二匹のネコ。

 「ボクに良い案があるよ!」とインコが大きな羽をバタつかせながら、話を遮る。「みんなの知っての通り、ボクは迷子のインコさんなのだけれど…、ボクの元のお家を探すために、タイヨウとリョウが毎日〝ビラ〟という名のお手紙を作っているんだ」

 「「「「「ビラ?」」」」」

 「ここにインコさんがいますよ~ってやつ!作り方は知らないんだけど、センニンなら何か知っているかも!ニャンタも〝ママを助けて〟っていうビラを作って、それをニンゲンに配って、誰かに〝ツウホウ〟してもらうんだ!どう?この案」



 「よし、その案採用!」



*****

 

 その夜、センニンの元へと向かったニャンタとネコは、丁寧に事情を説明した。センニンは快く話を聞いてくれ、〝ビラ〟というものが何なのか教えてくれた。

 『白い紙に文字を書いて、それをニンゲンに配るんじゃ。それが、〝ビラ〟。白い紙なら儂が用意しておこう』

 そして、〝ビラ〟作りを手伝ってくれる約束もしてくれた。

 この日はもう制限時間いっぱいにニンゲンの姿に化けてしまったから、ビラを作ることはできなかった。だから、ニャンタのこの試みは次の日から始まったのだ。



 次の日の朝。タイヨウが学校に、トウサンが仕事に、そしてカアサンが買い物に出かけたのを確認した後に、ニャンタはあの男の子へと化けた。そして、センニンに用意してもらった紙に、たくさん文字を書いていく。


 ”ママ を たすけて ください”

 ”ぎゃくたい つうほう して”

 ”たすけて ください”


 この三パターンのビラを作った。

 毎夜センニンとネコに教わったニンゲンの文字。ニャンタのそれは辛うじて認識できるほどのまだまだ汚いもので、ヒトが認識できる程の文字ではなかったのかもしれない。けれど、心をこめて作ったのだ。きっと親切なニンゲンのもとに届く。ニャンタはそうニンゲンを信じて疑わなかった。

 センニンに指定された枚数を作り終えたニャンタは、カアサンが買い物から帰ってくる前にこのビラを持って、家をでた。ママが仕事場に向かう前に通る商店街で、ママのアパートの近くで、そしてママの学校の前で残り少ない時間を全てビラ配りにかけていた。


 でも、ニンゲンはニャンタの想像と違った。出逢うヒト、出逢うヒト…。どのヒトも皆、冷たいニンゲンばかりだった。


 全くビラを受け取らない人、受け取ってもその場にすぐ捨てる人、書いてある文字を読まずに、くしゃくしゃに丸めて鞄にしまう人…。

 心が折れそうになった。誰もそのビラを読んでくれないことに、誰もママを助けようとしてくれないことに。

 でもそんな心が折れそうになった時は、ビラを作成する合間に未来の自分へのご褒美を作ることにしていた。ママが無事に〝ホゴ〟されたら渡そう、と心に決めたママへのお手紙。たくさん書いた。だって伝えたいことは星の数ほどあるから。

 

 - これを見たとき、どんな顔をママはしてくしてくれるかな?


 それを考えるだけで、ニャンタは次の日も頑張ってビラを作って、配ることができた。

 

 だから、大事なことに気づいていなかった。

 このビラ配りが噂になり、その噂が姿を借りて化けているニンゲンの男の子の元にまで届いているということに。そしてその男の子がニャンタを探しに、すぐそばにまで迫っている、ということを。


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